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第74話 宴

 ヴィーが聖女の護衛としてサバンナ王国に来てから三週間が経ち、いよいよ明日、帝国へと戻る日を迎えていた。


 聖女専属護衛部隊長のロバートは、聖女の部屋を盗撮したのみならず、護るべき主である聖女に刃を向けた罪により、一足先に教会機構総本部のあるフランシス聖国に強制送還となった。

 あとは教会の判断となるが、恐らく死刑かそれに準ずる重い刑罰を受けることになるだろう。


 そして王城では、聖女と医療団、護衛の聖騎士団に対する感謝の宴が催されていたのだが、ヴィーとシェスターは、いつもの酒場でいつもの獣王隊の面々と共にお別れ会を開いていた。



「兄貴〜、行っちゃ嫌だよ〜、このままサバンナ王国で俺達を鍛えてくれよ〜」


 既に酔いが回ったダンが、ヴィーにウザ絡みしている。


 相変わらず護衛任務を外されて暇だったヴィーは、アマンダの要請を受けて獣王隊に地獄の特訓を課していたのだ。

 どうやらヴィーは特訓となると鬼教官の顔が前面に出て来るらしく、ライガーやハヤブサまで弱音を吐く程の過酷さだった。

 だが、その特訓のおかげで獣王隊全員が格段にレベルアップし、ヴィーは最早獣王ではなく、獣神と呼ばれて尊敬を集めていた。


 因みに、ダンはこの特訓によってみるみる成長し、今では序列三位のハヤブサとも互角に戦えるまでになっていた。



「ところで兄貴、城の宴には参加しなくて良かったのかよ? 姉貴が寂しがってたぞ?」


「ダン。 俺がなんで宴に参加してないか分かってて言ってるんだよな?」


 あの日以降も、ルミーナとアマンダの女の戦いは更に激しさを増していた。


 ルミーナが公務の間、獣王隊に特訓を課している時はアマンダは常にヴィーにベッタリだったし、夜は夜でヴィーを取り合い、結局ヴィーが酒場に逃げ出す日々が続いていたのだ。


 結果、なんとか自分の貞操は守り切っていた。


「大体、アマンダ様とルミーナ様に好かれるなんて男冥利に尽きるじゃないか」


 シェスターが茶化すが、ヴィーの表情は優れない。


「なら代わってくれよ……苦労を分け合ってこその相棒だよな?」


「ハッハッハ、ところでダン、君は本当に強くなったな〜」


「そんな、“アニキ”に比べたらまだまだだよ」


「……話逸らすなよ、相棒、おい」


 シェスターも特訓ではコーチを務めつつ自身も特訓に強制参加させられており、模擬戦ではライバルのハヤブサに明確に勝ってしまう程の実力を身に付けていた。


 そもそもシェスターは面倒見が良く、鬼のヴィーと仏のシェスターといわれて、ダンをはじめとした獣王隊の若手メンバーからはアニキと呼ばれて慕われていた。



「まあ、なんだかんだ楽しかったな、サバンナ王国は。 まさか僕が、こんなにも獣人達と仲良くなれるとは思ってなかったよ」


「俺もだよ。 アレキサンダーの件もあったし、本当は不安だったんだけどな……」


「で、アマンダ様はどうするんだよ? ルミーナ様とは帝国に帰ってからも会えるだろうが、アマンダ様とは暫く会えなくなるんだぞ?」


「そんな事言われたってなぁ……」


 ヴィーとしては、アマンダの事が好きとかの感情は一切なかったのだが、毎日続く猛烈なアタックによって、今では少し意識する様にはなっていた。


「そうだよ兄貴。 姉貴はあれで、自分より強い男にしか抱かれないって公言してたからさ〜、今だに経験無しなんだ。 もうすぐ三十路だぜ? 早く貰ってやってくれよ」


 獣人は比較的人間と比べて性に奔放な方である。 特定の交際相手という概念はなく、気に入った者同士で繁殖行為を行う。

 女性が子供を産む平均人数も五人程だし、初体験は男女共に大体が一五歳まで済ませている。

 しかし、婚姻を結ぶとなると話が変わり、生涯配偶者以外との繁殖行為は倫理的に御法度となる。


「もう姉貴より強い男なんて、兄貴を逃したらババアになって衰えるまで現れないって。 な〜、なんなら子種だけでもあげてやってくれよ〜」


「それが一番問題だって言ってんだろ」


 アマンダが嫌いなわけではないのだが、もしそういう行為をしてしまうと、確実にルミーナを悲しませてしまう……というより、殺されてしまうかもしれない。

 しかも、その情報は妹のソフィアにも伝わってしまうのだ。

 兄としての尊厳を守りたいヴィーにとって、それだけは避けたいのだ。



「とにかく、俺は帝都に帰るが、今度は転移石を使って抜き打ちで様子を見に来るからな。 怠けてたら今以上の特訓をしてやるからしっかり精進しておけ?」


「勿論さ! オイ、テメーら! 明日からも兄貴の組んでくれたメニューで鍛えまくるぞ!」


「「「オオーッ!」」」



 酒場内が大盛り上がりのまま、時は流れる。


 この頃には、チラホラと酔い潰れる者もいた。


「さてと、ヴィーは帰ったらすぐアカデミーの二学期が始まる訳だが、ソフィアさんには本当の事を告げるのか?」


「……ああ、そのつもりだ。 ルミーナにも言われたけど、結局俺自身が過去の呪縛に縛られてただけなのかもしれないし。 勿論、俺の犯した罪は消えるもんじゃないけど、ちゃんと向き合って、少しでも前向きに生きていこうと思ってるよ」


「うん、ヴィーが決めた事なら、僕はその意志を尊重するだけだ。 で、ちょっと話は早いけど、卒業後の進路はどうするんだ?」


 ヴィーとしては、目下の問題がそれだった。


 自分としては、ハンターになるのが第一候補だったのだが、ディエゴやシュウトは当然の様に騎士団に迎え入れようとしている。


「……シェスターはどう思う? やっぱり、俺は騎士団に入るべきかな?」


「そりゃあ、騎士団の事を考えれば、ヴィーが入ってくれるのは僕としても嬉しいさ。 でも……ヴィーは、今まで善きにしろ悪きにしろ他人に決められた道を歩んで来たんだと思う。 だから、これからは自分がしたい事をすればいいさ」


 シェスターとしては、本音は騎士団で共に働きたいとは思っていた。

 だが、今のヴィーならハンターとしてもSランクとして活躍出来るだろうし、今回縁が出来たサバンナ王国で獣王として君臨する事も出来る。

 なんなら、ヴィーの実力があればある程度好きな道で好きな様に生きていけるのだ。


 恐らく、周りもヴィーを放っておかないだろう。 でも、自分だけは、ヴィーの決断を尊重してやらなければと思ったのだ。



「自分のしたい事……か。 改めて考えてみると、案外難しいな」


「そう。 選択肢があればある程、決断を下すのは難しい。 でもそれは、とても幸せな悩みだ」


「幸せ……か。 うん、帝国に帰って来てからは、俺は幸せなのかもしれないな。 騎士団の皆、アカデミーの友人達、今回の獣人達も、沢山の仲間に恵まれて毎日が楽しいし」


 アンノウンだった頃は、魔族の仲間達とも親しくしていたが、どうしても後ろめたさが付き纏った。

 それに比べれば、時に過去の後悔が邪魔をする事はあっても、毎日が新鮮で、楽しくて、充実した日々だったと、改めて実感していた。



「よし! じゃあ、今回の遠征と、相棒の新たな門出に乾杯しよう!」


 シェスターがジョッキを上げる。 因みに、中身は果実ジュースだ。


「ああ。 シェスターもこのまま行けば、騎士団で出世街道真っしぐらだしな」


 ヴィーもまた、ジョッキを上げる。


「……お? 兄貴とアニキ、乾杯れすか! んよーし、テメーら寝てんじゃねえ! 兄貴達と乾杯だ!」


 よれよれのダンが周りを促すと、酔い潰れていた獣王隊の面々もゾンビの様に立ち上がり、それぞれのジョッキを掲げた。


「じゃあ、この場にいる全員の、これからの栄光を願って、カンパーイ!」


「「「カンパーイ!」」」


 シェスターの号令で、全員がジョッキを天に掲げ、楽しそうに酒を喉に流し込んだ。



 その時、酒場のドアが勢いよく開く。


 そこには、顔を真っ赤にして酔っ払ったアマンダがいた。


「ヴィー! さあ、今日は最後の夜だ! 今から私とまぐわうぞ!」


 アマンダの後方では、ライガーとハヤブサがアマンダを必死で止めている。


「ア、アマンダ……」


 ヴィーの乾杯して晴れやかだった表情が、困惑に変わる。


「あちゃ〜、大分酔っておられるな。 どうする、ヴィー。 据え膳食わぬは男の恥だぞ?」


 ニヤニヤしながらシェスターがヴィーを煽った。 状況を楽しんでるのだろう。


「そんな……こんな急に? 大体、シェスターだって経験あるのかよ!?」


「君ねぇ……自慢じゃないけど、僕は女性にモテなかった事が無い男だよ? むしろ、なぜ僕がチェリーだと思った?」


 シェスターのスペック的に、そりゃそうだと思ったヴィーは何も言えない。



 するとそこへ、もう一人の厄介者……もとい、女神が飛び込んで来た。


「やっぱり……途中で居なくなったから、もしかしたらと思って来てみたら……いいかげんにしなさい、アマンダ!」


 怒り心頭のルミーナが、アマンダに詰め寄っていた。


「ルミーナ、御主はなんなのだ? ならば、御主はヴィーにその身を捧げる覚悟はあるのか?」


「なっ!? わ、私はヴィクトーの幼馴染として、間違った方向に行くのを止める義務があるから……」


「何が間違った方向なのだ? 聖女の教えだと、子孫を残すのは間違ってるのか?」


「そ、そんな事は……」


「煮え切らぬオナゴよのう……。 よかろう、ならば、今夜は二人でヴィーに愛でてもらおうではないか。 私もこう見えて初めてだからのう」


「め、愛でて……」


 こうして結局言い負かされてルミーナがショートするのが、いつもの一連の流れだった。



「シェスター、悪いがあとは頼んだ」


「また逃げるのか……。 ふう、相棒がお子様だと苦労するなぁ」


「いいから! じゃあな!」


 ヴィーはコモンスキル・サイレントステルスを発動して、酒場を出て行ってしまった。


「こんな事でコモンスキルを使うなんて、羨ましいというかなんというか……」


 シェスターは呆れながらも、目の前で繰り広げられる修羅場をどう収めようかに思考を変えたのだった。


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