第73話 新たな王
「ふざけるなぁ!」
来賓席から、ロバートが叫ぶ。 ルミーナの背後から、剣を首に添えて。
「ロバート……貴方、自分が何をしてるのか分かってるのかしら?」
剣を首に添えられ、命の危機に瀕しているにも関わらず、ルミーナは冷淡な雰囲気でロバートに問い掛けた。
「なぜ……なぜですか!? 私がこの世で一番貴方様を想い、御守りしてるのに、なんであんな殺し屋を!? 獣人どもも、そいつは、貴様らのトップを暗殺したんだぞ? 何を拍手してんだ!? 頭おかしいのか?」
ロバートは冷静さを失っていた。
きっかけは、ルミーナがヴィーと親しくしていたのが面白くなかったから。 そして、盗聴によって得た真実……。
だから、ヴィーを陥れて獣人達に始末させようと企んだ。
なのに、全てうまくいかなかった上に、敬愛する聖女に殴られる始末。
何もかもが思い通りに行かず、精神的に追い詰められてしまったのだ。
……だが、それが死神の怒りを買ってしまった。
「……ルミーナを、離せ」
それを見たヴィーは、かつてないほどの怒りを露わにする。
それこそ、アマンダと戦っていた時以上の……まるで地獄の釜が開いたかの様なオーラが闘技場全体に溢れ出した。
隣にいたアマンダすらも、恐怖で座り込んでしまう。
「こ、こんなオーラを……私は、全然本気にされていなかったのか……」
「ロバート……三つ数える間にルミーナを離せ」
自分に向けられた強烈な……死神の殺気にあてられ、ロバートは金縛りにあったかの様に動けなかった。
「三……二……」
カウントが進む。 だが、ロバートは動かないのではなく、理解を超えた恐怖で動けないのだ。
(わ、私はとんでもない化け物に逆らってしまったのか……)
「一……」
いよいよ、ロバートは自分の命は風前の灯だと自覚する。
だが……。
「……舐めないでもらいたいわね……私、守られてるだけと思われるのが一番嫌いなのよね」
ルミーナがロバートの剣を奪い取ったのだ。
「ロバート……アンタがこれまで献身的に私を守ってくれた事には感謝してるわ。 でも、アンタは越えてはいけない一線を越えた……悪いけど、これは看過できない」
ルミーナが拳に聖なる魔力を纏わせて、強く握る。
「これで、目を覚ましなさい!」
そして、再びロバートの顔面に右ストレートを叩き込んだのだ。
聖なる魔力を纏った強烈な一撃を喰らい、ロバートは吹っ飛んで壁に激突し、気絶した。
(……強え〜。 俺の出る幕がなかった)
自分の身は自分で守るルミーナの強い姿に、本気でキレそうになった自分が恥ずかしくなってしまった。
ヴィーが落ち着いた事で、アマンダも緊張から解放される。
「……さっきは、本気じゃなかったのだな?」
寂しそうに呟くアマンダ。
「いや、本気だったぞ? まあ、使ってないスキルとかあったし、正々堂々戦うためには本気だった」
すると、アマンダは急に乙女の表情でヴィーに抱き付いた。
「流石は私の旦那様だ。 ますます惚れたわ」
巨大で柔らかい二つの物体がヴィーの胸に押しつけられる。
(なっ……弾力があるのに柔らかい!? どうなってんだ?)
「ちょっと待ったーー!!」
すると、聖女・ルミーナのよく通る叫び声が、闘技場に響き渡った。
そして、ルミーナも飛翔魔法を使い闘技場に降り立つと、慌ててヴィーとアマンダを引き離した。
「アマンダ様! 何をやってるんですか!? 大体、さっき婚姻って言いました? 本人の意思を確認もせずに勝手に決めないで下さい!」
「何が悪い? この私に勝ったのだぞ? より強い種を残すには、最強のオスとメスが交尾をするのが最適だろうが?」
「こ、こう……ダメダメダメダメ! ちょっとヴィクトー、アンタもなんとか言いなさいよ!」
「あ、ああ。 俺も婚姻なんていきなり言われても困るというか……」
「いきなりでは困るか? なら聖女が王国にいる間は私と共に過ごせばいい。 これでも私は案外イイ女だと褒められるのだぞ?」
アマンダがこれ見よがしに爆発的な胸を強調する。
ルミーナは、思わず自分の胸と見比べて固まってしまった。
「う……そ、そんなの、歳と共に垂れ下がるでしょ!?」
「分かっとらんなぁ。 我ら獣人族のメスは、鍛えてるうちは垂れる事などないぞ? 少なくとも、垂れる乳も無い聖女に心配される言われはない」
「う〜! もう、なんとか言ってよヴィクトー!」
俺に言われても……とも言えず、ヴィーも困り果てていた。
「そうか、聖女とヴィーは恋仲だったか? そうかそうか、強い男に惹かれるのはメスの本能。 我ら獣人は、強いオスなら何人でもメスを娶っても構わないからな。 私は聖女とヴィーが子作りしても一向に構わんぞ?」
「こ、恋仲? こ、子作り……」
ルミーナは顔を真っ赤にして、ショートしてしまった。
「と、とにかく、俺は獣王になるのも結婚するのも御免だ!」
「………私は、そんなに魅力がないか?」
またも急に乙女の顔でシュンとするアマンダ。
「いや………魅力がないというか、魅力が過ぎるというか………」
「なら良いではないか」
またも、今度はヴィーの顔を爆乳に埋めさせる。
(ふごっ!? くるじい………のに、不思議と嫌じゃない!?)
「ちょっ………ヴィクトーは、わ、私のよ!」
顔を真っ赤にしたまま、ルミーナがヴィーを自分の胸に抱き締める。
(あれ? まな板?)
「!? ヴィクトー………今、何考えてた?」
「ん!? いや………」
「クックック、ヴィーもやっぱりまな板よりも私の方が好みの様だな」
(やめろ! 余計な事言うな!)
………その後、ヴィーを巡る二人の女の戦いは、まるでコメディーショーの様に繰り広げられ、会場も温かい笑いに包まれたのだった。
…………
「………酷い目にあった」
宿舎の自室にて、ヴィーはグッタリと椅子にもたれ掛かっていた。
「ハッハッハ、それは良い所を見逃したなぁ」
治療を終え、ほぼ全回復したシェスターは、事の顛末を聞いて笑いが止まらなかった。
「にしても………流石は獣人族だな。 自分達のトップを殺した相手だろうと、強ければ尊敬の対象になるとはね。 でも、これが他の種族だったらこうはならない。 情報統制はしっかりしておかないとな」
今日のあの場には、獣人族だけではなく聖騎士団もいた。 人間が、死神の存在を知って黙っているとは考えられない。
「ああ、その事なんだけど、ルミーナに考えがあるってさ」
その頃、既にルミーナは対策を実行していた。
全聖騎士団員を集め、聖属性魔法・メモリデリートをかけていたのだ。
メモリデリートとは、当人にとっての嫌な記憶や衝撃的な記憶を消す精神系の魔法。
これは、その記憶が直近であればある程効果を発揮する。 つまり、時間が経てば経つほど効果は薄くなるのだ。
「そうか………。 で、おまえはどっちが良いんだよ? ルミーナ様とアマンダ様」
「はあ!? シェスター、おまえまでそんな事言わないでくれよ」
「いや~、ここまで動揺する姿は滅多に見れないからな。 よし、じゃあ全部忘れる為にも、酒でも飲みに行くか!」
「どうせ俺は酔えないし、シェスターは飲まないだろ?」
「いいからいいから……」
シェスターに流されるまま、酒場へと向かう。 だが、彼の口角がニヤリと上がったのに、ヴィーは気付かなかった……。
酒場に入った瞬間、中にいた客は全員、ヴィーに向かって敬礼していた。
「……なんだこれは?」
「クックック、まさか、本当にこうなるとは思わなかったな。 だってヴィー、おまえはもう新たな獣王なんだから」
「ええ!? あれはちゃんと断ったのに!」
ヴィーの思いを他所に、獣人達は我先にと新たな獣王に話しかけてくる。
「関係ないんだよ。 獣王という称号があろうがなかろうが、彼らにとって大事なのはヴィーが獣王と呼ばれるに相応しい強さを持ってるって事なんだから」
「おまえら、新たな獣王に無礼だぞ!」
その後も揉みくちゃにされていたヴィーだったが、ダン率いる獣王隊の面々がやって来た事で落ち着きを取り戻した。
「ダン……助かった」
「そんな、当然の事をしたまでです、“兄貴”」
「ん? 兄貴? やめてくれよおまえまで。 以前の様に気楽に接してくれ」
「そういう訳にはいきませんよ。 だって、もうヴィーは正式に俺の兄貴なんですから?」
「正式にって……獣人族は自分より強い男は皆、兄貴になるのかよ?」
「え? ああ、言ってませんでしたね。 アマンダは俺の血の繋がった姉貴ですから。 姉貴と婚姻を結んだ兄貴は、もう俺の兄貴です」
「はあ!? おまえら、姉弟だったのかよ!? つーか、婚姻は断ったハズだろ!?」
「いえ、サバンナ王国では、大勢の前で婚姻を宣言すれば、それが正式な発表になるんですよ」
「えっと、書類の提出とかは?」
「書類? そんなめんどくさい事、獣人はしませんよ!」
二人のやり取りを黙って見ていたシェスターが、遂に堪え切れず爆笑してしまった。
「ぶわっはっはっは! どうする、ヴィー。 もう、帝国に戻らないでサバンナ王国に骨を埋めるか?」
「か……勘弁してくれ……」
シェスターの冗談に意気消沈したヴィーは、やけくそで酒を飲むしかなかった。
そして、酒場にいた全員が潰れてダウンするのを横目に、酔えない自分の体質が心底恨めしいと後悔していたのだった……。




