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第72話 vs獣王

 二年前……。 


 魔族と他全種族との戦争は激しさを増していた。


 だが、獣人族は独自の制度により、最大戦力である獣王隊の序列上位を派遣する事はなかった。 それが、連合軍との間に軋轢を生んだのだ。


 自国の防衛も大事だが、緊急事態なのだからと説得する連合軍だったが、当時の獣王・アレキサンダーは、獣王隊序列上位の戦士を自国の防衛に置き、頑なに連合軍に派遣しようとしなかった。 これは、連合軍側としてお由々しき事態だった。


 そして、それは魔王軍にも影響を与えていた。 度重なる侵略も、屈強な獣人達に跳ね返された魔王・ハーデスも、アレキサンダーには手を焼いていた。 少なくとも、傍で見ていたアンノウンにはそう見えた。


 連合国側と魔王軍の双方から邪魔な存在として認定されたアレキサンダーは、死神・アンノウンにとってターゲットとなる最低条件を満たしていたし、独自に調べた結果、獣王は戦争後、勝利した方と友好関係を結ぶべく裏で暗躍していたのを知った。



 単身、サバンナ王国の王城に忍び込み、獣王の私室に侵入したアンノウンは、そこで待ち構えていたアレキサンダーと対峙したのだ。


 勝負は、一瞬で決した……。 アンノウンのダークマターが、アレキサンダーの心臓を貫いたのだ。

 だが、実際は紙一重の勝負だった。 アレキサンダーの刃もまた、アンノウンの首筋を斬りつけており、あと数ミリ深ければ、アンノウンもまた絶命していたかもしれない。


 そして、最期にアレキサンダーが残した言葉が、アンノウン……ヴィーにとって、重い十字架となったのだ。



「戦争など、下らない……願わくば、子孫たちが思う存分、強さを競い合える豊かな時代になる事を願う……」



 アレキサンダーは、自分が命を狙われる事を知っていたのかもしれない。 それが、連合軍側の刺客か魔王軍側の刺客かまでは分からなかっただろうが。

 どっちにも着かない曖昧なその態度は、アレキサンダーが戦争が終わった後の子孫のために備えていたからなのだ。 どちら側が勝っても、獣人が獣人らしく生きられる世界になってほしいと願って。


 それを知ったアンノウンは、果たしてこの暗殺は、正しかったのか分からなくなった。

 人間も、獣人も、魔族だって、それぞれの種を守る為、より幸せになるために戦ってるのだ。


 片方に加担し、もう片方の命を奪う様は、無作為な行動でしかないのではないか?


 結果、残された獣王隊は、国外よりも国内の防衛が第一だというのが、改めて王国の総意だと決め、最終決戦には序列六位から二◯位までの獣人が連合国軍に加わったが、亡くなった獣王を除く上位四名が連合国軍に派遣される事は無くなってしまったのだ。



「……アマンダ様……」


 謝ろうとしたが、言葉が出て来ない。 どんな言葉も、軽々しいものにしかならないと思ってるから。


「さあ戦え、死神。 貴様が我が父を屠ったのであれば、その力を私に示してみろ」


 アマンダから、獣人族の頂点・獣王のオーラが溢れ出す。

 両手には、獣人族に代々伝わる太身の湾刀を構え、防御を無視したスタイル。



「シャアアアッ!」


 同じ双剣スタイルだが、スピードではハヤブサを上回っている。 更には、より野生的な荒さがあるので、攻撃が読み辛い。


 ヴィーが、ダークマターを取り出す。 それは、アマンダの実力を認めた証拠でもあった。


 激しく打ち合う。 双剣による手数で圧倒しようとするアマンダだったが、全ての攻撃をヴィーがダークマターで受け流した。


「どうしたんだい死神! ちっとも攻めてこないんじゃ、面白くないねえ!」


 実際、アマンダのパワーとスピードは、闘神と呼ばれるリョウと比べても遜色はない。

 鋭く重い攻撃が、野生特有のトリッキーな動きと相まって、近接格闘最強種族の名に恥じない戦闘力を誇っていた。



「ふん、埒があかないねぇ。 なら、一足先に本気でやらせてもらうよ!」


 アマンダが両手の剣を投げ捨てる。 そして、全身に力を込めると……身体が徐々に変化し、肉体は一回り大きくなり、肌を獣毛が包み込み、その顔は正に百獣の王の如き凛々しいライオンに変わった。


 獣化……。 獣人だけがもつ特殊能力であり、獣化する事で身体能力が大幅にアップするのだ。


(これが獣化か……。 確かにこのレベルの戦士が五人いたら、最終決戦も、連合軍側にもっと楽な作戦が立てられたかもな)



「ふしゅるるるるるぅ〜、さあ、行くぞ死神ぃ!」


 鋭い爪がヴィーを襲う。 これをヴィーは辛うじて避けたが、アマンダは攻撃の手を緩めることなく追撃してくる。


(なんて強さだ。 これは……ひょっとしたら勇者パーティーに匹敵するぞ)


 ここまでヴィーは、身体能力のみで戦って来た。

 だが、その身体能力の面で、アマンダは完全にヴィーを越えている。


(……久しぶりに、ちょっとだけ本気で戦うか……)


 ヴィーがダークマターを横薙ぎに一閃。


 アマンダはこれをバックステップで避けたとおもったが……ダークマターは刀身が伸び、アマンダの腹部を斬り裂いた。


 コモンスキル・エクステンドウェポン。


 オーラを込めた武器を伸び縮みさせるスキルだが、長さや強度は使用者の技量とオーラの量に比例する。

 つまり、ヴィーが使った場合、最高峰の効果を発揮するのだ。


 闘技場の広さは直線で一◯◯メートルだが、ヴィーのエクステンドウェポンなら五◯メートルの長さまで至近距離の強度を誇る上に、最長の一◯◯メートルでも六割の強度を維持できる。


 つまり、闘技場の中ではもうアマンダに逃げ場は無い。



「さあ、獣王。 一気にカタを付けてやる」


「ぬうう、やれるものならやってみろ!!」


 アマンダが近づこうとするとダークマターが伸びてくる。 避けても追撃される。 間合いを取ろうとしても逃げ場が無く……気が付けばアマンダの身体は全身斬り傷だらけになっていた。



「おのれ……」


 悔しそうにヴィーを睨みつけるアマンダ。


 ここで、ヴィーはダークマターを異空間に収める。


「確かに、このスキルはちょっと卑怯だったな。 なら、最後は真正面から殴りあおうか」


 ヴィーが両拳に、コモンスキル・ヒートナックルを発動。

 その拳は、ダイヤモンドの硬度と、マグマの温度を併せ持つ凶器となった。


「き、貴様……そんな凶悪なコモンスキルまで……」


 ヴィーは、やはりアマンダがアレキサンダーの娘だという事に引け目があった。

 だが、それこそが誇り高き戦闘民族獣人にとっての侮辱だと知っていた。


 だから……全力で倒すと決めたのだ。


「さあ、行こうか」


「くふ、くはは! まさか、獣人と殴り合おうとする人間がいるとはな! 面白い、面白いぞ!」



 至近距離での殴り合いが始まる……かに見えたが、ヴィーは近距離にも関わらずアマンダの攻撃を全て避け、カウンターでヒートナックルを一方的にアマンダに打ち付けた。


 アマンダの攻撃は、音速を越えた速度と、風圧だけで人間など紙切れにする威力を誇っている。

 なのに、ヴィーは無駄なく避け、的確にカウンターを合わせているのだ。


 それは、その光景を観ていたもの全て……獣王隊も聖騎士団も、ロバートですら、もはやヴィーが、太刀打ちなど出来るはずもない遥か高みの存在なのだと思い知らされていた。



「グオアアアッ!!」


 アマンダの最後の力を振り絞った打ち下ろしの拳。 これを、ヴィーは避けずにクロスガードで受け止めた。


 その一撃でヴィーの手甲は粉々に砕け散った。


「いい一撃だな。 これなら、きっと前・獣王だって倒せただろうよ……強いな、アンタ」


 屈辱。 自分の全てを込めた攻撃ですら、この男には全く効いていない。

 でも……そんな偉大な男に、褒められたのが、アマンダにとって何より嬉しかった。



 アマンダの身体が急激に縮んでゆき、通常の状態に戻ってしまった。


「はぁ、はぁ、はぁ……負けだ、私の」


 そして、その場に倒れたアマンダは、自らの敗北を認めたのだった。



 会場が静まり返る……。 獣人の象徴であり、誇りである獣王の敗北に、何も言えずに。


「アマンダ……」


 ヴィーは、仰向けに倒れたアマンダの傍で跪き、語りかける。


「俺がアンタの父親を殺したのは事実だ。 どれだけ恨んでくれても構わない。 俺は、それでも、その恨みを背負って生きていくつもりだ」


 もし、ルミーナに正体を打ち明けていなかったら……こんな答えには辿り着いてなかったかもしれない。

 でも、ヴィーはハッキリと決めたのだ。 どんなに恨まれても、どんなに過去に囚われても、それでも生きて行くと。



「そうか……。 ヴィー、一つ聞きたい。 父の最期を」


「……アンタの父親は、死ぬ間際でも、獣人族の未来を見ていたよ。 戦争など下らないと、獣人達が、獣人達らしく生きられる世界になってくれ……と」


「……ふふっ、父らしい。 父は……強かったか?」


「……ああ。 紙一重だったよ……俺が死んでいてもおかしくなかった」


「そうか。 ……肩を貸してくれないか、ヴィー」


 最早一人では立てないアマンダに肩を貸し、立ち上がらせる。



「ハァ、ハァ、この勝負の勝者は、ヴィーだ! 皆の者、獣王を倒した男に祝福を!」


 アマンダがヴィーの手を取って勝ち名乗りを挙げさせる。 すると、待ってましたと言わんばかりの大歓声が、ヴィーとアマンダに降り注いだ。


 獣人にとって、獣王を殺されたのは確かに屈辱だった。 でも、それ以上に、前・獣王を殺す程強く、現・獣王を真正面から倒して見せたヴィーに対する尊敬が上回ったのだ。


 正に、強いが正義……強いが一番強いのだ。



「ここに宣言する! 私は負けた……よって、今日この時より、このヴィーを、新たな獣王とする!」


「……はあ!? 何言ってんだ!?」


 ヴィーはすぐさま異を唱えようとするも……割れんばかりの大歓声に打ち消されてしまった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 獣王って、獣人しかなれないだろ?」


「む? そうだな……なら、ヴィーも獣人になればいい」


「いやいや、それは無理だろ?」


「そうだ! いい事を思い付いたぞ!」


 また、ヴィーは嫌な予感がした。


「皆の者、聞けい! 私、アマンダは、このヴィーと婚姻を結ぶ! 喜べ、最強の遺伝子を以って、我々獣人族は更なる進化を遂げるのだ!」


「何言ってんだアンタ!?」


 そんなヴィーの文句は、今日一番の歓声に掻き消され、誰の耳にも届いてなかったのだった……。



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