第69話 告白
……あの後、お互い泣きながら抱き締め合っていたのだが、暫くすると、急に恥ずかしくなったのか、思わず笑い出してしまった。
そして、ヴィーが夜に全てを話すと約束し、ルミーナは職務に戻って行ったのだ。
__ルミーナの私室。
夜になり、シェスターは獣王隊の面々と飲みに行くとの事で、部屋にはルミーナとヴィーの二人だけ。
勿論、シェスターなりに二人に気を使ったからだ。
護衛のロバートにも、聖女直々に部屋の前から外れる様に伝えてある。
「さあ、じゃあ教えて、ヴィクトー。 この一三年間、貴方に何があったのかを……」
ヴィーはまず、自分は記憶喪失だった事をルミーナに告げた。
魔族に襲われ、父と母を亡くし、自分は記憶を無くした。
そんな自分を拾ってくれたのがミゲールであり、育ててくれたのがディエゴやアリシアで、厳しくもあったが愛情をもって接してくれた。
そして、自分に発現したコモンスキル・スキルティーチ。 そのおかげか、そのせいか、魔王軍にスパイとして潜入する事になった。
魔王軍では、己の力でナンバー2のポジションを手に入れ、七騎将の面々とは仲間の様に過ごした。
その間、正体不明の暗殺者・死神として、魔王にとってもミゲールにとっても邪魔となる存在を暗殺などもしていた。
そして……最終決戦において、ルミーナの自爆魔法・サクリファイスの聖なる力と、ルミーナが呟いた言葉で、記憶を少しだけ取り戻した。
それでも、まだ生きる活力を取り戻すにはいたらなかったが、中庭でルミーナの過去を聞き、自分には妹がいると思い出した。
それからは、妹と幼馴染……残された大切な人を守る為に、帝国に留まっていたのだと……。
「……そっか……。 やっぱり、あんなに仲の良かった家族が、ソフィアだけ置いていなくなる訳が無いとは思ってたのよ」
ルミーナは涙を流しながらも、ヴィクトーだけは生きていてくれた事を素直に喜んでくれた。
「それにしても、私がヴィクトーの記憶を蘇らせたなんてね。 フフフ、これも運命かしら?」
「……そうかもな。 もしあの時、ルミーナが俺の名を呟かなかったら……俺は今、生きていなかったかもしれない」
あの日……ヴィーは裏切りの代償として、七騎将に命を委ねる覚悟をしていたから。
「なんか……恥ずかしいわね。 それに、あの時は人生で二人目というか、最後に抱き付く男の人が敵のアンノウンだなんてと思うと、我ながら悲しくて……でも、結局アンノウンはヴィクトーだったし、さっきも……つまり、一人にしか抱き付いてなかったのか。 うん」
どこか満足げに笑みを浮かべるルミーナを見て、ヴィーはなんでもっと早く打ち明けなかったのだろうと後悔していた。
(周りも皆、真実を打ち明けた方が良いって言ってたけど、本当にその通りだった。 結局俺自身に勇気が無かっただけなんだな。 過去の呪縛は、俺自身が作り出したものだったのかもしれない)
「それで、ソフィアには? 私としては、帝国に帰ったら直ぐに打ち明けるべきだと思うけど……ってゆーか、打ち明けないと怒るから」
「分かってるけど……なんか今更言い辛いというか……」
「ねえ、ヴィクトー。 ソフィアがどれだけ貴方を……お兄ちゃんの事を想っていたか知ってる? そのお兄ちゃんが生きてるんだって、私は早く教えてあげたい。 なんなら、今直ぐ通信板で!」
「いや、直接言うよ! でも……なあ……」
今更ながら、言うなら初見のタイミングだったと思うが、その頃はまだ呪縛の影響があったのだから無理もない。
「大丈夫、私も付き添ってあげるから。 ソフィアはもう、私にとっても大事な大事な妹なんだから」
(多分、ソフィアはヴィーの事を、異性として意識してるわ。 今なら傷も浅い……それよりも、ヴィクトーが生きていた喜びが勝るハズ)
全てを話し、ヴィーの心はかつてない程にスッキリしていた。
それはルミーナも同じ。
ルミーナも聖女としての公務に追われ、人間らしい人生を諦めていた節があった。
でも、ずっと……ずっと好きだった幼馴染と再会出来たのだ。
これからの人生を思い、かつてない程に未来が明るく見えていた。
ここで、ルミーナは気になる事をヴィーに尋ねた。
「ところで、さっきはなんでまた表情が沈んでたの?」
「……ああ。 俺が死神として暗殺者だった頃に唯一、悪人じゃなかったかもしれないターゲットがいたんだ。 それが、前・獣王のアレキサンダー……現・獣王のアマンダの親父さ」
「なるほどね……アマンダ様に会って、父親を殺してしまった罪の意識が蘇ってしまったのね」
「ああ。 ……正直、俺が父を殺した死神だとアマンダにバレたら、俺はどうすればいいのか分からない」
「……ヴィクトーはどうしたいの?」
「……昔の俺なら、甘んじて命を捧げだろう。 でも今は……生きたい。 謝って済む問題じゃないけど、例え許してくれなくても、それでも、謝りたい」
「そう……そうよね。 でも、アンノウン……死神の存在は、世界的にも不明な部分が多いわ。 勇者パーティーに協力した事は秘蔵されてるし、ただ魔王軍の切り札だという事しか伝わっていないから。 そんなアンノウンが実在して、しかも正体が貴方だと知られれば……ミゲール様が創ろうとしている世界にとっても大きな影響を与えるわ。 だから……アンノウンがヴィクトーだという事実は絶対に知られてはいけない」
もし、アンノウンが実在し、それがヴィーだと知られれば……。
まず、魔王亡き後、新たな脅威として世界を不安にさせるだろう。
そして、そのアンノウンが学生で、しかもミゲールが送り出したスパイだと知られれば、人類のみならず、現在友好関係を結ぼうとしている魔族との関係も拗れるだろう。
また、アンノウンの正体がヴィーだと知られれば、もう彼には平穏な生活を送る事は叶わないかもしれない……。
平等で平和な世界を創りあげようとしているミゲールにとっても、新たな人生を生きようとしているヴィー自身にとっても、そして……そんなヴィーを想う家族や友人達も、誰も幸せにならない選択だと、ルミーナは考える。
「……そうか。 俺はやはり、秘蔵されるべき存在なんだな……」
「そういう意味じゃない! 貴方の行動は他の誰も成し得なかった事よ。 ただ……世の中はそれを理解しようとしない人達もいる、それが人だもの。 でも、私は……ソフィアも、ミゲール様もディエゴ様もアリシア様も、シュウト様もシェスター様も、トラフト君やダイス君、他にも貴方と出会った人達は皆、貴方の事が大好きで、幸せになってもらいたいと思ってるの! それだけじゃダメ?」
「……分かってる、ルミーナに打ち明けてから、凄く心の靄が晴れたっていうか……もう、過去の呪縛に囚われるのはやめる努力をしようと思ってるんだ。 ありがとうな」
これまでは、過去を思い出すだけで心が沈んでいた。 だが今は、自分でも嘘の様に、過去の後悔に打ち勝とうとする意欲が湧いていた。
「……よろしい! それでこそヴィクトーよ。 じゃあ、今度は私とソフィアが、あの後どうやって生きてきたかを教えてあげるわ」
「!? よろしく頼む!」
「……なんか、私の事よりソフィアの事となると目の色が変わるの、ちょっと面白くないんですけど?」
「え? いや、そんな事はないぞ? ただ、ソフィアは妹だしな……」
「……分かってるわよ。 ヴィクトーは、昔も今もシスコンなのは変わってないみたいね」
「シスコン……この、俺が?」
その後も二人は、楽しみながら過去の話やこれからの話で盛り上がったのだった……。
……その頃、ロバートは護衛を外され、自室で待機していたのだが……。
「あの腰巾着が……アンノウンだと?」
ルミーナの自室に“盗聴石”を仕込んでいたロバートは、二人の会話を全て聞いていたのだ。
(アンノウン……噂程度にしか聞いた事はないが、魔王の懐刀と呼ばれてたとか……それが、帝国のスパイだったと?)
アンノウン……ヴィーの存在が恐ろしくもあったが、それ以上にルミーナとの関係を危惧していた。
(しかも、あの有名な暗殺者・死神もあの小僧だったと……。 そんな奴と聖女が近しい関係だなどと世に知られれば、教会の権威は失墜するやもしれぬ……)
面白くなかった。 自分を差し置いて聖女の傍にいて、親し気に会話をし、今など……声色からでも、ルミーナがヴィーに対して親愛の感情を込めているのが分かるのだ。 それは、いつも傍で護衛していたロバートだからこそ気付いた変化だった。
(この私には、聖女様はあんな感情を向けてくれたことは無い……。 あの小僧~)
最初は、シェスターの腰巾着としか思ってなかった。 だが今はヴィーこそが、教会にとって、聖騎士団にとって、そして聖女にとっての害悪だとハッキリ断定していた。
消さなければ……。 そうは思っても、相手は魔王軍最強と噂され、世界最強の暗殺者と呼ばれた男なのだ。 当然、ロバート一人の力では相手にもならないのは容易に想像できた。
(……そうだ、死神は獣王・アレキサンダーを暗殺したと言っていたな。 それをアマンダに教えてやれば……)
ロバートは直ぐにアマンダの元を訪れる。
「聖騎士団聖女専属部隊隊長・ロバートだ。 アマンダ様に緊急の報告がある」
そう告げて、トレーニングルームに通してもらうと、アマンダは日課の訓練で汗を流していた。
「よう、隊長殿ではないか。 また揉め事じゃないだろうな?」
「至急、獣王様にお伝えしたい情報がございまして」
「それ、飯と喧嘩と訓練よりも重要な事?」
実は、訓練を邪魔された事がアマンダには不満だったらしい。
だが、獣王の威圧に圧倒されながらも、ロバートは口を開く。
「ハイ、とても重要な事です。 アマンダ様は、御父上である前・獣王様とは、とても仲が良かったと聞いております。 御父上が亡くなった時も、とても悲しんでらしたとか」
「そうだな……。 あまりに突然の事だったし、あの強かった父上がまさか暗殺されてしまうとは……我が獣人族最大の失態であり、娘としてあれ程の屈辱はなかった」
「心中お察しします。 その、御父上を暗殺したのが、死神と呼ばれる暗殺者だとは?」
「……噂程度にな。 調べれば、世界最強の暗殺者だとか?」
「……そうです。 そして、私はその死神の正体を知っています」
アマンダの目の色が変わる。
「……世迷いごとではあるまいな? もし、嘘であれば……貴様の首を捻じ切ってやるぞ?」
「ほ、本当です! そして、その死神は……正体を隠し、今この時も、このサバンナ王国に来ているのです」
己の父、前・獣王アレキサンダーを殺した者が、サバンナ王国にいる……。
怒り、悲しみ……そして期待と緊張、様々な感情がアマンダの心を支配する。
「……言え。 死神は……誰だ?」
「……ヴィー・シュナイダー。 今回派遣された帝国騎士の一人で……あの、魔王軍最強と噂された、アンノウンの正体です」
ロバートにとって、獣人もまた気に食わない存在だった。 馬鹿なくせに偉そうな、強さにしか価値観を見いだせない下等種族だと。
(いい機会だ……邪魔な奴らは、全員まとめて共倒れさせてやる! そして、私は聖女様……ルミーナと結ばれるのだ……)




