第68話 リグレット
「ハッハッハ、別にいいのよ。 仲間同士で揉めるなんて、ウチじゃ日常茶飯事だし。 なんなら、些細な揉め事が序列戦に発展する事もあるんだから。 そうだ、貴方達も揉めたなら戦って序列を決めれば? なんなら場を設けよう」
揉めたら戦って決める。 全て、強いものが強いがポリシーの獣人らしい問題解決策でもある。
「……いえ、我々には強さだけでない明確な格の違いが存在します。 聖騎士団の隊長である私が、このような帝国騎士団の新人騎士ごときと序列を巡って争うなど以ての外」
シェスターはロバートに対して、自分から決闘だと騒いでおいて何言ってんだ……と、いう言葉を飲み込む。
穏便に済めば、それに越した事はないと判断したからだ。
「ふむ……人間とは面倒なものだな。 家柄や階級、金、そんな面倒なものに縛られて生きていて辛くはないか?」
「はい、それが人間ですので。 それでは、私は聖女様の護衛に戻ります」
それだけ言うと、ロバートはそそくさと立ち去って行った。
「まったく、今回ばかりは本気であのオッサンを懲らしめてやろうと思ったのに……まあ、トラブルに発展しなくてよかったよな……どうした、ヴィー?」
ヴィーは、目の前にいる現・獣王のアマンダが、自分が暗殺したアレキサンダーの娘だと知り、苦い記憶を思い出していた。
(当時、確かアマンダの序列は第三位だった。 若干二三歳では異例の出世だったハズ。 父であるアレキサンダーの死後、彼女が新たな獣王になっていたとは……)
そして考える。 もし、父を殺したのが、死神……自分だと知ったら、アマンダは父の仇討ちをしようとするだろうか?
(もし、そうなったら……どうすればいい? 甘んじて命を差し出すか……いや、まだ死ねない、死にたくない……)
ヴィーは暗殺者として、多くの暗殺を遂行させて来た。 そしてそのほとんどが、自分の価値観では悪人と呼ばれる者だけに絞っていた。
だが唯一、今でも自分は正しかったのか分からないターゲットがいた。
それが、獣王・アレキサンダーだった。
「おい、ヴィー、どうした? 何か嫌な事でも思い出したのか?」
「いや、なんでもない。 ちょっと昨日の酒が今になって効いて来たのかもな」
心配するシェスターを安心させる様に、ヴィーは無理に笑顔を作る。
「そちらのお兄さん、随分青い顔してるな。 二日酔いなのか?」
「あ、いや……その……」
アマンダに見つめられ、戸惑うヴィー。 その瞳は、全てを見抜いてるかに見えたから。
おまえが父を殺したのを、知ってるぞ……と言われてる気になってしまったのだ。
「す、すまん、ちょっと休ませてもらうよ」
そう言い残し、ヴィーは聖騎士団に割り当てられた宿舎に走り去ってしまった。
(……あの表情、あれは、ヴィーが過去の自分の行動に対して深い罪悪感を抱いた時の表情だった。 また何か思い出したんだろうか? とすると、原因は?)
ヴィーがおかしくなったのは、獣王・アマンダが現れてからだ。
(アンノウンだった頃のヴィーは、アマンダとの間になんらかの接触があったんだろうか?)
ヴィーがアマンダに対して何か思う事があったのは間違いない。
でも、それが何かまでは、今のシェスターには分からなかった……。
暗い表情のまま、ヴィーは早足に宿舎に向かっていた。
その間、休憩に入ったルミーナの前を通り過ぎても気付かずに。
(ヴィー……また、あの時の表情……)
初めて会った時、そして再会した時、ヴィーは今にも死んでしまいそうな程追い詰められた表情をしていた。
気が付けば、ルミーナはヴィーの後を追っていた……。
宿舎の自分の部屋に入り、ヴィーはベッドに顔を埋めた。
「くそっ……なんでだっ!?」
記憶を取り戻し、生きる目的を見付け、自分自身も生きる喜びを感じるまでになった。
なのに、過去の後悔はまるで呪縛の様に、幸せになろうとするヴィーを縛りつける。
やはり、自分は人並みの幸せなど願ってはいけないのだと。
部屋の扉をノックする音が聞こえる。
シェスターが追いかけて来たのだろうかと思い、ヴィーはドアを開ける。
「……どうしたの? ヴィー」
そこには、心配そうに自分を見つめるルミーナがいた。
「……おまえこそどうしたんだ? 聖女の仕事で忙しいんだろ?」
「今は休憩中。 ま、そんなに時間がないのは事実だけど……なんか、辛そうな顔してるからさ」
ルミーナに心配されている自分が恥ずかしかったのもあるが、なにより、押し寄せてくる過去の後悔に苛立ち、ヴィーは不機嫌な態度をとってしまった。
「ほっとけよ。 おまえには聖女として、人に誇れる存在としての仕事があるんだろ? 俺なんかに構うな」
大分気軽に話せる様にはなっていたが、ここまで投げやりな態度のヴィーを見たのは初めてだったので、ルミーナも少しだけ動揺してしまった。
「ねぇ、ヴィー。 貴方は本当は何に悩んでるの? 初めて会った王城の中庭でも、そんな顔をしてた。 私はこれでも聖女なんだから、人の悩みを聞くのはお手のものなんだか……」
「うるさい! おまえに、何が分かるんだよ!」
何故だろう? ヴィーは自分でも理解出来なかったが、今まで溜め込んでいた感情を、よりにもよってルミーナにぶつけてしまった。
「おまえは良いよな……聖女として、英雄として、皆から認められて、褒められて、さぞかし自分が誇らしいだろう? じゃあ、俺はどうだ? 同じ、魔王を倒す目的のために俺は、何人のもの命を奪い、仲間を裏切り、何にも誇れるものなんて無い……どうして、どうして俺はこんな思いをしなきゃならないんだ? いつまで、過去の呪縛に縛られなきゃならないんだ!」
ミゲールやディエゴにはとても言えなかった本音……。 いや、本音の一部を、ヴィーは初めて口に出して言った。
ルミーナも、ヴィーがアンノウンだった事は既に知っている。 ただ、敵だったアンノウン……ヴィーが、どんな人間なのか? それが知りたかった。
そして、ヴィーの心の悲鳴を聞いた今、自分が如何に浅はかだったかに気付かされた。
ヴィーは自分と同じ一八歳だ。 つまり、魔王軍に潜入したのは、まだアカデミー中等部の一四歳の頃。
その頃ルミーナも既に聖女として認められていたが、常に自分を守ってくれる人や導いてくれる人がいたし、頼れる勇者パーティーの面々もいた。
対してヴィーは独り、人格を形成する重要な年代に、誰も頼れる人もいない環境で、常に周りと自分を欺きながら生きて来たのだ。
自分に同じ事が出来ただろうか?
(絶対に無理……。 多分、途中でバレて魔王に殺されるか、自分の心が死んでいた)
ヴィーが見せた表情は、アンノウンとして生きて来た間のリグレット……後悔だったのだ。
自分でもなんでそんな行動に出たのか分からない。 でも、ルミーナはベッドに座って頭を抱えているヴィーを強く抱き締めた。
そして、聖属性魔法・セイントレクトを発動する。
「辛かったね……。 多分、周りは皆ヴィーが成し遂げた事を褒めてくれたし、認めてくれたんだと思う。 でも、本当は分かって欲しかったんだよね? アンノウンとして生きて来た自分の葛藤と後悔を……」
セイントレクトが効いたのだろうか? ……気が付くと、ヴィーは涙を流していた。
自分はアンノウンだった頃を褒められたかったんじゃない。 認められたかったんじゃない。
むしろ、責めて欲しかった。 そうすれば、少しは気持ちが楽になったかもしれないから。
どれだけ心が壊れても流れなかった涙は、一度だけ……ルミーナに会って記憶を取り戻した時に流して以来だったが、今はとめどなく流れてくる。
「大丈夫。 これからは、私が貴方を守ってあげる。 私だけじゃない、ソフィアだって。 だから……安心して……“ヴィクトー”」
その言葉に、ヴィーは驚いた表情でルミーナを見つめた。
だが……否定はしなかった。
ただ、ルミーナを力強く抱き締めた。
「俺は……俺は、ヴィーだ。 アンノウンだ。 おまえやソフィアに誇れる人間じゃないんだ。 だから、ヴィクトー・ハイドローズは、おまえらの記憶の……心の中でだけでも、誇れる人間でいて欲しいんだ……」
「誇れるよ! ヴィーは……ヴィクトーはいつも私を助けてくれた! アンノウンの時だって、魔王から私を助けてくれた! 私の自爆を防いでくれた! ずっと、ずっと、ヴィクトーは私の自慢で、誇りで、大切な人だから!」
ルミーナもまた、とめどない涙を流していた。
ずっと会いたかった幼馴染が生きていた喜び。 そんな幼馴染が、どれだけ苦しんで生きて来たのかを思いながら……。
……そんな二人の会話を、ドアの向こうでシェスターが静かに聞いていた。
(……これで良かったんだ。 周りが無理に進めたって、ヴィーは心の壁を壊そうとはしなかっただろう。 唯一、ルミーナだけが、ヴィーの心を救えたのかもしれないな)
あとは二人で乗り越えてくれる事を願い、シェスターはその場を後にしたのだった……。




