第66話 強さが強さ
「なんだテメーら! 一応お客様だから丁重にもてなしてやってんのによぉ!」
「何がもてなしだ! 我らを放っておいてドンちゃん騒ぎしてるだけではないか!」
最初は一人二人のいざこざが次第に波となって大きくなり、酒場全体に波及していく。
まさに、一触即発の空気が張り詰めていた。
「……シェスター、これ、どうする?」
「う〜ん、一応僕たちも獣人達から見れば聖騎士団の一員だろうから、このまま乱闘に発展したら敵認定されそうだな」
二人の本音は、面倒くさい……だったが、黙って見てる訳にもいかないとは考えていた。
「上等だこの雑魚野郎共! ただ、ここで俺達が暴れたら店が壊れちまう。 だから、お互い一人ずつ代表を出して、模擬戦でもやろうじゃねーか!」
すると、一人の獣人が一対一での決着を提案して来た。
彼は、この場にいる獣王隊の中では最上位の序列一一位・『ダン』。
ライオンの様なたてがみを揺らす勇ましい男だが、実はまだ一八歳で、将来有望な戦士だった。
「フッ、野蛮な獣人らしい。 なら、この聖騎士団聖女専属部隊の『マイダナ』が相手をしてやる」
マイダナもまた、この場にいる聖騎士団の中では最強を自負する実力者であり、年齢はシェスターと一緒の二◯歳。
そのせいか、人一倍シェスターに敵意を抱いていた。
「マイダナか……。 アイツ、弱くはないけど、強くもないんだよな」
「それ、シェスターから見てだろ? 若手としては充分強い部類だと思うぞ?」
「まあ、見てれば分かるよ」
「酒の一滴は血の一滴……俺達獣人は酒場での殺しは御法度なんでな。 これでケリを着けようぜ」
ダンが己の両の拳を打ち付ける。 どうやら徒手格闘での勝負を持ち掛けているようだ。
「剣士であるこの俺に、拳だと? フン、仕方ない。 貴様らの様な野蛮人、剣の鯖にするのも勿体無いからな」
とことん獣人を見下す態度に、聖騎士団の一部も便乗して嫌な笑みを浮かべている。
「なあ、シェスター。 俺、獣人を応援していいかな?」
「え? 僕は最初から獣人を応援してるけど?」
見下されているのに気付いているのだろう。
獣人達が怒りから唸り声を漏らしている。
「フン、俺は剣の腕も一流だが、総合徒手格闘技学生大会で五位だった程の腕前なのだ! テリャー!」
マイダナの右フック。 だが、ダンはダッキングで躱し、アッパーでマイダナの顎を打ち抜いた。
「ぐがっ!?」
マイダナは、一撃で宙に浮き、そして倒れてしまった……。
酒場内に獣人達の歓声と雄叫びが轟く。
「雑魚、雑魚過ぎる! 所詮人間なんざこんなもんよ!」
大盛り上がりの獣王隊を横目に、聖騎士団はすっかり黙ってしまった。
「弱っ……。 大丈夫か、聖騎士団」
「まあ、素手で戦ったら獣人には勝てないだろう。 基礎となる身体能力が段違いだから」
「な、舐めるなよ……この、獣どもがっ!」
すると、起き上がったマイダナが腰の剣を抜く。
「お? 真剣でやるのか? いい度胸じゃねーか……」
ダンもまた、己の武器である鉤爪を取り出した。 こちらも木製などでは無い。
「死ね、獣がっ!」
マイダナが剣を振り下ろす……が、ダンの鉤爪にアッサリと弾かれた。
「残念だったな、最初に剣を抜いたのはテメーだ。 死んでも文句は言うなよ?」
そして、鉤爪がマイダナの腹を斬り裂く……寸前で、何者かに止められた。
「……悪いが、こんな所で血が流れたら、ルミー……聖女様が困るんでな」
ヴィーが、ダンの腕を掴んでいたのだ。
「へえ〜、この俺様の攻撃を止めるとは……やるじゃねえか。 そうか、この場で一番強えーのはオメーか!」
獣王隊の視線が、ヴィーに集中する。
(やれやれ……あまり目立ちたくはなかったんだが……)
ヴィーがシェスターをチラリと見た。 シェスターは呆れた様に笑みを浮かべている……どうやら今回は助け舟をだしてくれる気はなさそうだ。
「誰が一番強いかはともかく、聖騎士団の代表として戦ったマイケルが負けたんだから、この勝負は獣王隊の勝ちでいいんじゃないか?」
「へ〜、欲の無え奴だなぁ。 俺は強い奴を見ると戦いたくなる欲求が抑えられないんだよ。 是非、オメーとも戦いてえなぁ」
「いや、欲とかじゃなく、面倒だから」
そもそも、ヴィーはダンに対して強者だなどと微塵も思ってないのだから、欲も何も無い。
すると、面子を潰されたマイダナが叫んだ。
「舐めるな、このシェスターの腰巾着が! 大体、俺はまだ負けてなどない! その獣人は俺が倒すんだ!」
(腰巾着……。 そっか、常にシェスターが矢面に立ってくれてたから、俺ってそう見られてるのか……まあいいけど)
「いや、負けてたろ? 気付けよ、マイケル」
「俺はマイダナだ! 誰だマイケルって!」
「あ、ごめん。 だが、強くなるためには己の弱さを知って一歩だぞ?」
「この腰巾着め、貴様はどっちの味方だ! まず貴様から叩っ斬ってやる!」
マイダナは頭に血が昇っている。 それこそ、本当にヴィーを殺してしまってもおかしくない程に。
その光景を見ていたシェスターは、心底憐れみを込めて呟いた。
「あ〜あ、馬鹿だなぁ」
次の瞬間、マイダナは自らの首がなくなった身体を、上から眺めていた……。
(えっ? ……首、斬られた?)
そして、頭部が転がると共に視界もグルグルと回り、落ち着いた所で自分の首から血が吹き出す光景を目にした。
(あ……これ、死んだ……)
「……うわっ!?」
マイダナが辺りを見渡し、自分の首が繋がっているのかを確認する。
「はぁ、はぁ、はぁ!? 今のは……」
幻か? そう思ったが、斬られた感触も、頭部のみとなり地面を転がった記憶も、首から血が吹き出した光景も、全てが鮮明だった。
そして、ヴィーの氷のような視線に気付く。
「……次は、本当に殺るぞ?」
「はぁ、はぁ……は……」
あまりの恐怖に、マイダナは汚水を垂れ流して気絶してしまった。
「……なんだコイツ? 気ぃ失ってやんの。 ダッセェなぁ」
デジャヴ・アイが発動した事など知りもしないダンには、マイダナはイキるだけイキって気絶した風にしか見えなかった。
ここで、シェスターが場を収めるべく立ち上がった。
「さて、こんな雰囲気になったんじゃ歓迎会どころじゃないし、これ以上暴れたら、お互い上から大目玉を喰らってしまうだろう。 我々聖騎士団はここら辺で退散させてもらおう。 いいだろう、皆」
普段は揉め事を避ける為に大人しくしていたシェスターが、殺気を込めて聖騎士団の面々を睨み付ける。
誰も、シェスターに反論する者はいなかった。
「へえ〜、ちょっと待てよ。 アンタも強えじゃねえか。 雑魚ばっかだと思ってたけど、やるな〜、聖騎士団」
「そうかい? お眼鏡にかなって何よりだけど、手合わせの申し出ならお断りするよ。 なんせ、ウチの相棒がキレちゃってね……これ以上下手な事をすれば、僕でも止められないからね」
シェスターは、暗に、ヴィーが自分より格上だと、獣王隊のみならず聖騎士団にも告げる。
だから、これ以上余計な事はするなと。
「……フン、仕方ねえ。 この場はお開きにしといてやらぁ。 多分、オメーら二人は、この俺様より遥かに強えーみてぇだからな。 場を改めて、キッチリ勝負がしてえ」
獣人の野生の勘か、ダンは自分よりヴィーとシェスターの方が強いと認めたのだ。
「そうだね。 合同演習でもする機会があったら、喜んで相手をしてさしあげるよ。 じゃあ、帰るぞ」
シェスターに促され、聖騎士団の面々は渋々ながら酒場を出て行った。
「さて、僕たちも帰ろうか」
「……ああ。 スマン、ちょっと熱くなった」
「熱くなった相棒の頭を冷やしてやるのもまた、相棒の役割だ。 さ、どっかで美味い物でも食って帰ろうか」
二人は、なんだかんだまともに飯を食えてなかったのだ。
「ちょっと待て……」
すると、帰ろうとしていた二人を、ダンが止めた。
「……これ以上何か?」
「……食いもんならこんなにあるんだから、食って帰れよ! 俺たち獣人は、強えー奴には寛容だからよ! 強さこそ強さなんだ!」
他の獣人達も、何故か二人を笑顔……というより、尊敬の眼差しで見つめている。
獣人にとって、強さの序列は絶対だ。 若干一八歳で序列一一位のダンは、将来は獣王をも目指せる逸材として尊敬を集めている。
そのダンが、ヴィーとシェスターは自ら自分より強いと認めたのだから、獣人達にとって二人も尊敬に値するのだ。
「……ヴィー、どうする?」
「そうだな……勿体無いし、食べて行こうか」
「よーし、んじゃあゆっくりしてけよ! ところで、オメーら名前は?」
「帝国騎士団・シェスターと、帝国騎士団臨時剣術講師のヴィーだ。 よろしく」
「帝国? なんだ、聖騎士じゃねーのか?」
「まあね、僕らはどちらかというとおまけだから」
「オメーらがおまけ? なんだか人間って分かんねーなぁ。 普通は強えー奴が強えーだろ? つーか、帝国騎士団の剣術講師って……まさか勇者より強えーんか!?」
「いや……いや? ん〜、まあ、負ける事は無いと思うが……」
「なにいーーーーっ!? 勇者より強えーんか!?」
獣王隊から驚きの声と、そして興奮の雄叫びが上がる。
(いや、事実ではあるけど、信じるなよ)
自分の言葉をアッサリと信じてしまった獣人達に呆れつつも、彼らが純粋に自分に対して尊敬の念を抱いてくれた事が、どこか嬉しく思っていた。
これまでは、自分の強さは恐怖の対象でしかなかったから。
「よーし、じゃあ乾杯のし直しだ! オイ、ヴィー、シェスター、前哨戦として飲み比べで勝負だ!」
「いや、僕はあんまり酒は……」
困っているシェスターを見かねて、ヴィーが酒の入ったジャッキを持ち上げる。
「シェスター、ここは任せろ」
いつもシェスターには助けてもらってばかりだし、褒められて気分が良かったというのもあるだろう。
ヴィーはこの日、初めて酒を飲む決心をした。
「さあ、ダン。 この俺を倒せるかな?」
「くぅーっ、いいねえ! よし、おまえらよーく見とけ! これがダン様の心意気じゃ!」
結果……ダンが、エールをジョッキ三◯杯飲んだ所でダウン。
ヴィーは……
「……酒って、案外酔わないんだな」
訓練の結果、あらゆる毒物を克服していたヴィーにとって、アルコールもまた効く事はなかったのだった。




