第65話 サファリ大陸
……翌日も、ヴィーとシェスターはルミーナの馬車に同乗し、港町のシップシェープに辿り着いた。
そこでも、ディナーはルミーナと共に海鮮を楽しんだ。
「ヘンリーの海鮮料理も美味かったけど、ここの海鮮も美味いな」
「ヴィーは海鮮料理が好きなの?」
「ああ。 マグロとかは大好きだけど、サバとかは臭いが苦手だな」
「なにそれ? ヴィーってお子ちゃま?」
「うるさい……」
「まあまあ、ヴィーって案外お子様な所があるんですよ。 あまり責めないでやって下さい」
「シェスターまで……」
この頃になると、ルミーナとヴィーに関しては既に取り繕う言葉遣いは皆無となっており、シェスターだけが形式上ルミーナに敬語を使っていた。
その間、ルミーナは無理にヴィーの過去を探ろうとはしなかったし、本当に同年代との雑談を楽しんでいるかに見えた。
(ヴィーって、顔に似合わず素直というか、単純な所があるんだけど、そんなヴィーを守ってるであろうシェスターのガードが固いのよね……)
だがヴィーとシェスターも、そんなルミーナの魂胆はお見通しだった。
「ヴィー、どんなに気楽に接する様になっても、気を抜いたらアウトだからな?」
「……分かってるよ。 なんか、俺の事を本当にお子様扱いしてないか?」
「フッ、ノーコメントで」
……そして、翌日は一日中船で海を渡り、翌朝にはサファリ大陸に到着する予定だ。
船に乗って五時間。
今回もまた護衛から外されているヴィーとシェスターは、潮風に吹かれながら海を眺めていた。
「ん〜、久しぶりに船に乗ったけど、風が気持ちいいな」
「シェスターは過去にも他の大陸に行ったことがあるのか?」
「いや、他種族の住む大陸に渡った事はないけど、ジャパング皇国に行った事はある。 あそこ島国だから、飛空挺か船じゃないと行けないから」
飛空挺は、構造や制作費の問題から、世界でも数台しかなく、一国の最重要人が緊急の際に利用するに留まっているため、主な移動手段は馬車と船となっている。
「ジャパングといえば、闘神・リョウの国か。 あの国の武士隊って確かサムライだっけ? 結構強い奴多いんだよな」
「そう。 リョウは団長と互角と言われているし、他の隊員……サムライも、帝国騎士の師団長クラスばかりらしい。 機会があれば是非立ち合いたいものだね」
「師団長クラスばかりか……。 まあ、シェスターも戦闘力だけなら、もう師団長レベルだと思うけどな」
「ありがたい……と、ついこの間までは思えたんだろうが、ヴィーと出会ってからは、まだまだまだだなとしか思わなくなってしまったよ……」
「……そうだな。 俺の相棒なら、将来的にはシュウトレベルになってもらわないと」
「勇者か……。 ……ハードルが高過ぎる」
苦笑いを浮かべるシェスターだったが、ヴィーの見立てでは、充分その可能性を秘めていると考えている。
(今度時間が空いたら、また特訓してあげようかな)
ヴィーの怪しい視線を感じとり、シェスターは背筋が凍る感覚を覚えていた……。
「随分お暇そうですね」
すると、ロバートの他三人の護衛を引き連れてルミーナがやって来た。
「……いえ、ロバート隊長のお気遣いのおかげです」
シェスターは、暗にロバートにより護衛から外されてると皮肉った。
「きさ……聖女様の護衛は我が聖騎士団の務め。 帝国からのお客様の手を煩わせる訳にはいきませんのでな」
シェスターは皮肉を込めた笑顔で、ロバートは怒りを噛み殺した笑顔で、互いに目を合わせていた。
そんな二人を見てルミーナは、ヴィーの耳元で囁く。
「この二人って、ホントに仲悪いみたいね」
「そう仕向けてるのが自分だって気付いてるよな? ……おっと」
ルミーナと顔を近付けて会話をしているヴィーを、ロバートが慌てて突き飛ばす……が、ヴィーは少し体勢を崩しただけだった。
「き、貴様、聖女様に無礼であろうが!」
聖騎士にとって聖女は絶対的であり神聖な存在だ。 そんなルミーナに、帝国騎士団の新人騎士程度の者が接近するなど、ロバートにとって許し難い事だった。
「ロバート様、今のはどう考えても聖女様からヴィーに近付いてましたけど、それって聖女様に対する批判だと分かってます?」
相棒が攻撃されたからか、シェスターはいつにも増して皮肉る。
「なんだと!? 貴様、この私を侮辱するか!?」
「やめなさいロバート。 貴方の私に対する献身には日頃から感謝してますが、この二人に対する扱いは目に余ります。 それは、私だけでなく、引いてはこの世界の英雄である勇者様に対する無礼なのですよ?」
「ぐむっ……し、失礼しました。 ……帝国のお二方も、今後は護衛……」
「いえいえ、こちらも少々言い過ぎました! 聖騎士の皆様の完璧な護衛に我々が手を貸すなど以ての外ですので、今後も適当に放置していただければ幸いです」
ロバートの言葉を遮り、シェスターは満面の笑みを浮かべながら早口で捲し立てた。
そんなシェスターを見て、ヴィーは……。
(……よほど聖騎士と一緒に働きたくないんだろうな……)
「なら、二人は暇なのね。 じゃあ、私の部屋でお茶でもしましょう。 どうせ二人は暇なんだから、ね」
逃がさないわよ……と、ルミーナは目で語る。
結局、二人はまたも聖女の暇つぶしに付き合わざるを得ないハメになり、聖騎士達はそれを忌々し気に眺める事しか出来なかったのだった……が。
「前方に巨大生物出現! 全員、配置に着け!」
聖騎士の一人が、大きな声で指示を出している。
「何事だ!?」
ロバートが慌てて叫ぶと、聖騎士の一人がこちらに走って来た。
「ク、クラーケンです! クラーケンが現れました!」
クラーケンとは、巨大な海洋魔獣であり、危険度は海に於いて最大のレベル8。 無数の足で、過去にも多くの船を飲み込んできた化け物である。
「クラーケンだとお!? そんな化け物がなんでこんな時に現れるのだ!」
クラーケンの存在自体は、少なくともここ数年は目撃例は無かったのだ。
「全員、甲板前方へ移動! クラーケンの足から船を守れ!」
ロバートの号令を受け、聖騎士達が甲板前方へ移動し、向かってくるクラーケンの足を防いでいた。
「……ヴィー、どう思う?」
「どう思うって……聖騎士だけじゃ厳しいだろうな。 クラーケンを相手にするなら、剣だけじゃ足を斬るだけで精一杯だし、本体を倒すにはかなり強大な攻撃魔法が必須だし」
実際、クラーケンの巨大な手を剣で凌げている時点で、聖騎士達もかなり頑張っているのだが、結局本体を倒さなければ意味が無いのだ。
「そうか……。 つまり、ヴィーなら倒せるって事か。 どうする?」
「どうするって……やるしかないだろ。 俺は正体は隠したいけど、別に実力を隠すつもりはないぞ? まして、このままだとこの船はクラーケンに飲み込まれる」
言いながら、ヴィーは心の底から、この遠征に帯同させたシュウトに感謝していた。 おかげで、ルミーナを守れそうだったから。
(不幸中の幸いってやつだな。 なんにしても、ルミーナは絶対に守る)
そんなヴィーの思惑を他所に、ルミーナも甲板前方に移動し、魔法を発動していた。
「よし……ロバート、補助をお願い!」
「はいっ! 全員聖女様を守れっ!」
ルミーナの身体から聖なる魔力が溢れ出す。 そして、その魔力が一気にクラーケンに向かって放たれた。
聖なる光に包まれたクラーケンは……攻撃の手を止め、静かに去って行ったのだった……。
甲板に、聖騎士達の大歓声が轟いた。 それは、伝説の魔獣を戦わずして退けるという神業を見せた聖女に対する感謝と賛辞だった。
「……凄いね、流石は聖女様」
シェスターも、改めて聖女の力に感嘆を覚えていた。
「……聖属性魔法・セイントレクトか」
聖属性魔法・セイントレクトとは、興奮状態にある相手の精神を鎮める魔法だ。
相手がこちらに対して明確な敵意をもった場合は効果が薄いが、ただ興奮していただけであれば、戦闘を回避するのに適した魔法である。
(いざとなったら対象を攻撃して無効化するしかない俺では思い付かない発想だな。 ……聖女か)
死神として、幾多の強敵を力で捩じ伏せて来た自分と、聖女として、争いを避けながら問題を解決するルミーナ。
ここ数日で、二人の関係は急激に近付いていた。 お互い遠慮なく喋り合える、そんな関係に。
だが、自分とはまるっきり正反対のルミーナに、やはり住む世界が違うんだなと割り切りながらも、ヴィーはそれを少し寂しげに思う自分の感情に気付いていなかった。
……そして翌日、船は無事にサファリ大陸に到着した。
そうこうしていると、聖女が聖騎士達に囲まれた状態でサファリ大陸に足を踏み入れた。
「聖女・ルミーナ様、サファリ大陸、サバンナ王国へようこそ!」
すると、ルミーナを出迎える様に数百人の獣人達が大歓声を上げていた。
「ありがとうございます。 この様な熱烈なお出迎えを頂き、私も感激しております」
「ガハハハハッ! 偉大なる勇者パーティーの一員、聖女・ルミーナを一目見たいと、多くの獣人は昨日からこの場で待機しておりましたからな!」
どこぞの商店の新規オープンかと呆れながら、ヴィーは獣人の群れを見渡す。
すると、要所に強烈なオーラを漂わせる者がいる。
(……獣人側の護衛だろうな。 中々に強い)
とりあえず敵ではないと判断し、放っておく事にした。
……その後、ルミーナはサバンナ王国の王城に招かれ、歓待を受ける。
同行を許されるのは、ルミーナと共にやって来た医師団と、護衛の聖騎士数名のみ。
残りの聖騎士達は、サバンナ王国の獣王隊と親睦を深めるため、大きな酒場で酒を酌み交わす事になった。
そして、ヴィーとシェスターも、おまけではあるが参加していた。
獣王隊からは五◯人が参加し、聖騎士一◯名プラス二名。
大きな笑い声をあげて盛り上がる獣王隊とは対照的に、聖騎士達は静かに酒を飲んでいる。
その光景を、二人は酒場の隅の席で眺めていた。
「獣人って元気だな……」
「いや、僕は聖騎士達が澄ましてるだけに見えるね。 状況はどうあれ、獣人側が親睦を深める場を設けてくれてるのに、一切親睦を深める気がないみたいに見えるし」
「ふむ……聖騎士って、もしかして獣人を見下してるのか?」
聖騎士の多くは、高貴な家柄の者が選ばれる。
そして、そんな家柄ほど、獣人が奴隷民族だったという一◯◯年以上前の風習を捨てきれずにいる者も多いのだ。
「……まあ、お互い揉め事を起こす程馬鹿ではないと思いたいけど、この雰囲気はキツイね」
「ん〜、折角ミゲールさんが階級制度や身分による差別を改善しようとしてるのに、肝心の騎士がこれじゃあなぁ」
「悲しいけど、何千年と続いたカースト制度はそう簡単には無くならないよ。 勿論、多くの貴族はもう帝王の意志に賛同を示してるけど、どうしても下らないプライドを捨てきれない貴族がいるのも事実だからね。 だからこそ、貴族である僕達が率先して意識を改革していかなきゃ駄目なんだ」
強い意志を秘めたシェスターの言葉に、やはりこの男は将来、騎士団のトップに立つべき人間だと確信していた。
(例えその時、俺が騎士団にいなかったとしても、全力で協力させてもらおう)
その時、激しく物が割れる音がした。
「なにしやがんだテメー!」
「うるさい、大体貴様らは獣臭いんだよ!」
……案の定、獣王隊と聖騎士団が喧嘩を始めていたのだった。




