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第62話 一抹の不安

「……なるほど、そういう事があったのか」


 ルミーナと再会した夜、騎士団の公務を終えたシェスターが、ヴィーの家を訪れていた。


「なんか、また巻き込んだみたいでスマン」


「気にするな。 それが相棒ってもんだろ?」


 シェスターにも、騎士団から正式に聖女護衛の命令が下されたらしく、念の為にヴィーに事情を聞きに来ていたのだ。



「でも僕、教会って苦手なんだよな……」


 シェスターの表情に元気がない。


「そういえばルミーナも、わざとらしく聖騎士なら誰もが憧れるコモンスキルの持ち主……みたいな事言ってたな」


「そうなんだ。 ご存知の通り、僕のコモンスキルはホーリーナイト……つまり、聖騎士のためにあるみたいなスキルなんだ」


 同じ騎士でも、呼び方に違いがある。


 主に王族の直属が近衛騎士、国に忠誠を誓う騎士団、教会直属の聖騎士団。


 聖騎士団にとって、ホーリーナイトなどというコモンスキルを持ったシェスターは、本来なら聖騎士になるべくして生まれた貴重な人材である。


 当然、シェスターはアカデミー卒業後の進路を決める際に、教会側から熱烈なスカウトを受けていたのだが、本人の幼い頃からの夢が帝国騎士団に入る事だったのだ。


「……おかげで、騎士団に入ると決めた時に教会側と散々揉めてね……。 でも、魔族との戦争が佳境を迎えていた頃だったから教会側もバタバタしてたし、なんとか誤魔化して帝国騎士団に入れたんだ。 でも、今だに教会側は折りに触れて引き抜きのスカウトに来るから、今回もちょっと気が重いんだよ」


 シェスターも色々と大変なんだなと思うと同時に、そりゃこんな有能な人材なら、たかが学生のヴィーが自分より上の扱いをされているのが不満だったのは当然だよなと、ヘンリー森林区での出会いを思い出していた。



「……で、ヴィーとシェスターが聖女の護衛って訳か。 俺は聖女とは一切面識がねーけど、所詮回復担当なんだろ?」


 相変わらずヴィーの家で寛いでいたガイルが、同じくヴィーの家で料理を作っているシャリアに問いかける。


「あの腹黒女、自分は回復だけです〜みたいな顔して、いきなり私の脳天にロッドを振り下ろして来やがったのよ? その時のあの顔、もうニヤリって不気味に笑ってたのが……今思い出してもムカつく! 絶対あの女は表向きの顔と裏の顔が違うタイプよ!」


 直接戦ったシャリアは、ルミーナに対して今だにムカついていたからこそ、先ほどの騒ぎが起こってしまったのだ。



「……で、やっぱり聖女に真実を告げるつもりは無いのかい?」


 シェスターも、ヴィーがヴィクトーであり、ルミーナが幼馴染だという事実を知っている。


 個人的にはシュウトと同じで、早く真実を告げた方が良いと思ってはいたが、結局はヴィーの個人的な問題だからと、特に強要する事はなかった。


「ああ。 今日、改めて会ってみて、やっぱり言わない方がいいって思ったよ。 だからシェスターも、遠征中はそのつもりで頼む」


「了解。 まあ、僕も聖女とは数回顔を合わせた程度だし、特に向こうから話しかけてくる事もないだろう」


 ルミーナにはあまり関わらないという事で、二人は意見を一致させた。


 勿論、ルミーナの護衛は真剣に行うつもりではある。 元々ヴィーは、ソフィアだけでなくルミーナの事も守ると決めていたのだから。


(子どもの頃の記憶だと、泣き虫でいつも俺の後ろに隠れてたハズなんだけど、今や世界に必要とされる聖女だもんな……)



「ところでシェスターは、サファリ大陸には行った事があるのか?」


 今回の聖女の訪問先は獣人の住むサファリ大陸の、サバンナ王国だ。

 ちなみに、サファリ大陸全体がサバンナ王国による一国統治の土地である。


 獣人は人間とは、魔族を共通の敵として友好関係にあったし、帝都にもそれなりの数が住んでいる。


「いや、初めてだな。 獣人の知り合いもいないし、実はちょっと楽しみではあるんだよね」


 獣人は魔法を使う者はほとんどいないが、平均的に身体能力が人間よりも遥かに高いのと、体内のオーラを扱う術にも長けている。

 そして、強さこそが全てという価値観のもと、国家が運営されている。


「今回訪問予定のサバンナ王国の獣王隊は、近接格闘だけなら世界一屈強な部隊と呼ばれてるし、機会があれば腕試ししたいと思ってるんだけどね」


 ヴィーは、これまで獣人との接点は一度しかない。 それも、苦い記憶となった一度だけ。


 連合国軍の中には何人か獣人はいたが、アンノウンとして交戦する事もなかったし、勇者パーティーには獣人はいなかった。


 武力を全てとする獣人族としては、勇者パーティーに選ばれてもおかしくない人材がいたかもしれないが、そうはならなかった。

 理由としては“獣人の制度”の問題が影響したのだ。


 一方で、結局多くの獣人は対魔族として考えた時、魔法を使えないのが致命的な弱点だと揶揄する者もいた。



「獣人ね〜。 アイツら接近戦バカだから、離れて戦えばイージーなんだよな」


 実際獣人の部隊と戦闘した経験のあるガイルが、獣人は接近戦に特化した種族だと評した。


「まあ、アイツら数だけは多いから、厄介といえば厄介なんでしょうけど、広範囲攻撃が得意な私とかガイルだと、確かにイージーだったわね」


 どうやらシャリアも同意見の様だ。


「でも……獣人も序列一位から五位くらいの奴は結構強いと噂されてたわよ? そいつらのせいで魔王軍の一個中隊が何隊か敗走したし」


 魔族はヒューマン大陸のみならず、サファリ大陸にも侵攻を仕掛けていたのだが、サファリ大陸での争いは全て敗走していた。

 その要因となったのが、五人の獣人。


 獣人族は三年に一度、獣王を決めるための武闘大会が開催され、一位から一◯◯位までの序列を決定する。


 その結果、一位の獣王から序列五位までは、決してサファリ大陸を出る事はないという、独自の制度を設けていた。

 外部ではなく、内部の守りを固めるための制度だ。 だから、魔族による侵攻を迎撃出来たのだ。


 だが、当時は魔族との最終決戦を前にし、世界の命運を決めるかもしれない状況だった。

 当然、連合国軍は獣人族に対し、序列上位五名の派遣を要請した。

 はじめはその要請を頑なに拒否していた当時の獣王だったが、連合国軍……ひいては世界中から獣人族に批判が集まった結果、上位五名を派遣せざるを得ない状況となりつつあったのだ。


 そんな時だった。 獣人族の頂点・獣王が急死したのは。


 これにより、国外よりも国内の防衛が第一だというのが、改めて王国の総意だと全獣人が決めた。


 結果的に、最終決戦には序列六位から二◯位までの獣人が連合国軍に加わったが、亡くなった獣王を除く上位四名が連合国軍に派遣される事は無くなってしまったのだ。



「ところでヴィー様、獣人をどう思いますか?」


 ヴィーはアンノウンだった頃、獣人族の特性を調べたが、結果は……単純、短気、突発的の三拍子が揃っていて、正直苦手なタイプだった。


 それに、シュウトの頼み事には必ず厄介なトラブルが付属するというジンクスがヴィーの中では確定しているので、正直な所不安で仕方ない。


「多分、性格は合わないだろうな」


「そうじゃなく、獣人のメスをどう思うかですよ」


「獣人のメス? ……いや、会った事もないからなんとも言えないな」


「アイツら無駄に発育が良いし、性欲強いし……何より、“より強い種”を欲する傾向があるので、ヴィー様なんか格好のターゲットですから、くれぐれも気を付けて下さいね?」


 シャリアの言っている事は、半分は正解で半分は不正解だった。


 まず、獣人の女性は、人間と違って年がら年中発情している訳ではない。

 決められた期間、もしくはとてつもなく強い男の種を見つけた時だけ性欲が増し、発情期に突入するのだ。


 ちなみに、無駄に発育が良い女性が多いのは事実だが、発育が良くない女性も少数だが存在する。


「ん〜心配だわ。 ねぇヴィー様、その遠征、私も着いて行ったら駄目でしょうか?」


「駄目だろ。 それに、おまえがいたらまたルミーナと喧嘩になる気しかしない」


「だって〜、心配なんですもの。 獣人族のメスどもは、平気で殿方を襲うらしいし……」


 その後もシャリアはしつこく同行をお願いしたが、そもそもヴィーには決定権が無いので、却下となった。



「まあ、どうでもいいがよ。 ところでヴィーは、獣人は暗殺してねーのか?」


 ガイルの唐突な質問に、ヴィーの中の苦い記憶が蘇る。


「……あるよ、一人だけ」


 ヴィーが死神として、暗殺した数は総勢六六人。


 主に、戦争に便乗して悪巧みを働いた貴族や要人、連合国軍に嫌がらせをしたエルフ、あまりにも残虐な魔族など、ヴィーの価値観で死んでも当然と判断した者のみだったが……一人だけ、いまだに殺すべきだったのか分からない人物がいたのだ。


 その一人が、獣人だった。


「そうかい? なら、くれぐれもアンタが殺したってバレないようにしろよ? アイツらは鼻が効くからな。 アンタが殺したのが誰かは知らねーが、恐らく獣人族の中でもそれなりの地位にいた奴だろ? なら、バレたら終わりだぜ……あ、獣人族の方がな」


 ヴィーが死神とバレれば、獣人族はヴィーを一族の仇として絶対に許さないだろう。

 そして、獣人族がヴィーに戦いを挑めば……獣人族の方が滅亡するだろうと、ガイルは予想しているのだ。



(あの日……あの部屋には、俺とターゲットの他には誰もいなかった。 大丈夫、殺しの痕跡を残す程、俺は愚かじゃなかったハズ)


 一抹の不安を抱きつつ、ヴィーはサバンナ王国へ向かう覚悟を決めたのだった。

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