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第61話 負い目のスパイラル

「……ア、アンノウン?」


 ルミーナの口から出た、かつての自分の名前……。


(……しまった!?)


 ヴィーは慌ててオーラを隠す。 時、既に遅しだが。


「まさか、貴方が……」


 否定しなければとおもいながらも、ルミーナの疑惑の眼差しに、ヴィーは何も言えない。

 何を言っても言い訳にしかならないし、ルミーナに対して嘘を言うのが嫌だったから。


 黙して語らないヴィーの様子を見て、ルミーナの中でヴィーがアンノウンだという事実がほぼ確定した。


「……何が目的なの? 魔王軍最強の死神と、七騎将の一人が帝都に現れるなんてね……」


 ルミーナの警戒心は既にマックスだった。


(なぜ、アンノウンが? だったら、なぜわざわざあの時、私に会いに? 分からない。 それに、ならばなぜ、ミゲール様が……)


 警戒しつつも、ルミーナは混乱していた。


 そして、それはヴィーも同じだった。


(どうする? 弁明するにしても……ルミーナには、知られたくない)


 スパイだったとはいえ、やはり魔王軍にいて、多くの命を奪った事は、幼馴染であるルミーナには知られたくなかった。



「……ルミーナ様、とりあえず座りませんか? 可能な限り、貴女の質問にお答えしますから」


 ……結局、全てを隠し通すのは無理だと観念し、まずは落ち着こうとルミーナに提案する。


「質問に答える? ……私がそんな嘘を信じると?」


「信じてもらうしかありませんね……」


 ヴィーは通信板を取り出す。 そして……


「よう、どうした、ヴィー。 そういえばおまえ、ハンターになったってどういう事なんだよ?」


「スマン、シュウト。 緊急事態なんだ。 実は、ルミーナにバレた」


「……それは……緊急事態だな。 で、おまえはどうしたい?」


「……とりあえず、間に入ってくれ。 場所は……」


「分かった。 じゃあ、すぐに行く。 これでまた貸しが増えるな」


 電話を切る。 ……ルミーナの疑惑を晴らしてくれる人物は、勇者であるシュウトしか思い付かなかったのだ。



「今のは……シュウト様? なぜシュウト様まで!?」


 アンノウンはルミーナにとって、あくまでも敵……しかも、魔王に匹敵する程の強敵なのだ。


 アンノウンが魔王を刺した話はシュウトに聞いていたが、ルミーナはその場を見ていた訳ではなかった。

 サクリファイスの不発によって意識が朦朧としており、肝心の現場を見逃していたから。



「シュウトが来る前に疑問に答えよう。 貴女の推察通り、俺はアンノウンだ……」


 ヴィーは、ミゲールの命を受けて魔王軍にスパイとして潜入した事。

 そして、最終的に魔王を倒すために、勇者パーティーと戦った事。

 今は普通の学生として生活している事を、ルミーナに話した。


「……じゃあ、次は私ね」


 シャリアは、魔界が今、思想の違いで分裂している事。

 派閥争いに巻き込まれたくないから、同じ七騎将のガイルと共に、人間界に逃亡して来た事。

 ヘンリー森林区でアンノウンであるヴィーと再会し、勇者・シュウトを介して亡命する予定だと、ルミーナに告げた。



 ルミーナは暫し考え込んでいた。


 話におかしな点は無い。 それでも、全てを鵜呑みにするには、アンノウンにしてもシャリアにしても、信じ切れる相手ではなかった。


「待たせたな。 よう、ルミーナ。 おかえり」


 だからこそ、ヴィーはシュウトを呼んだのだ。



「……ヴィーの話も、シャリアの話も、全部本当だ。 俺だって、帝王にアンノウンがスパイだったと聞いた時は驚いたからな。 ま、今じゃあヴィーには世話になりっぱなしだけどな」


 シュウトが、あれからのヴィーが騎士団の臨時講師として剣術指南役になった事。

 色々と厄介事をシュウトに代わって解決してくれた事。

 今ではすっかり騎士団の一員である事を、ルミーナに告げた。



 アンノウンが、帝国のスパイ。 しかも、その正体は学生で、あの時、儚い目をしていた男性だったのだと。

 シュウトが言うのだから、ルミーナは信じるしかなかった。



「はぁ……理解が追い付きません。 ひとつお聞きしたいのですが、なら、ヴィーさんはなぜ今になって学生に? 聞くに、騎士団でも剣術指南役なんでしょう?」


 妹であるソフィアと……目の前で自分に疑惑の眼差しを送る幼馴染を守るためだとは言えず。


「……貴女と話したおかげです。 スパイとして……アンノウンとしての三年間で、あの頃の俺の心は荒んでました。 でも、貴女と話して、もう一度人生をやり直そうと思えたんです」


 真実がどうあれ、ルミーナのおかげで今があるのは事実である。

 あの日、記憶を取り戻したおかげで、自分には大切な人がいるのだと思い出せたのだから。


「そうですか……。 はぁ、なんだか頭の中の整理が追いつきません」


 ルミーナも頭を抱える。


 心のどこかで、色恋ではなく人間としてヴィーに興味を抱いていたし、実際に再会して心が躍ったのも事実。


(ソフィアに付き纏う男がどんな奴かと思って会ってみたら……それが、あのアンノウンだったなんてね……)


「なら、なぜソフィアと親しくしているのかしら? まさか、惚れてるなんて言わないでしょうね?」


 ルミーナは覚えている。 幼少の頃、大好きだった少年・ヴィクトーは、ソフィアをとても可愛がっていた。

 ヴィクトーが両親と共にいなくなり、自分もとても悲しかったが、それ以上に辛い思いをしているソフィアを、自分が姉代わりになって助けてあげたいと、勝手に使命感を抱いた時の事を。

 そうやって関係を築いてるうちに、ソフィアはルミーナにとっても、実の妹の様な存在になっていたのだ。


「ソフィアは……俺が転校初日に、ちょっと他の学生と揉めてたんだ。 だから気になってな」


「話は聞いてるわ。 “姉”として、ソフィアを陰湿なイジメから救ってくれた事、本当に感謝しています。 ……でも、貴方がアンノウンと分かれば、例えスパイだったからとはいえ、これ以上ソフィアに近付くのを容認する訳にはいきません」


 ルミーナが自分をソフィアの姉と言ったのに、ヴィーは深く感謝していた。


 きっとルミーナは、自分がいなくなった後も、代わりにソフィアを守ってくれていたのだと。


「……ありがとう、ルミーナ様。 ソフィアは幸せだな、貴女が傍にいてくれて」


 優しい笑みを浮かべるヴィーに、ルミーナは目を疑った。


 最初に出会った時は、悲壮感が漂っていた。 今回再会して、少し元気になってはいたものの、ヴィーは基本的にクールな印象を崩さなかった。

 そんなヴィーが、こんなにも優しい笑みを浮かべるのが、とても意外だったから。


 ますます、ヴィーがソフィアをどう思っているのか分からなくなった。

 少なくとも、恋してるからなどの感情で浮かべる笑顔ではないと感じたから。


 この表情は、もっと深い関係……そう、まるで幼い頃、ヴィクトーがソフィアに向けていた、家族に対する愛情を込めた笑顔だと思ったから。


(……まさか、本当に? でも、そんな訳ないんだ。 生きてたのなら、なんで今更現れたのか? なんで、ずっと会いに来てくれなかったのか?)



「ヴィーさん……、貴方、幼少の頃からミゲール様のお世話になってたと言いましたよね? それって、どういう意味ですか?」


 ヴィーは言葉に詰まった。 ルミーナの雰囲気から、自分がヴィクトー・ハイドローズだと疑い始めたのではないかと感じたから。


(……言っても良いんじゃないか? ルミーナは聖女として、勇者パーティーの一員として、もう自立した大人だ。 俺の事情だって、ちゃんと説明すれば分かってくれるかもしれない。 でも……)


 ……それでも、大分立ち直った今でも尚、アンノウンとして自分が行った罪は、いまだにヴィーの心の奥底に癌細胞としてこびり着いていたのだ。


 善人や罪の無い人は殺してない。 殺したとしても、死んで当然の悪人しか殺してないという自負も、所詮言い訳でしかない。

 確実に、自分は目的のためとはいえ、無数の命を奪ったのに変わりはないのだから。


 ヴィーがアンノウンだったのはもうバレている。 自分が……ヴィー・シュナイダーがそういった行為をして来たのも、ルミーナならもう分かっているだろう。


 だが、記憶の中の自分……ヴィクトー・ハイドローズが、そう思われるのが辛かったのだ。 避けたかったのだ。 ソフィアの兄として、ルミーナの幼馴染として。


 他人から見ればどうでも良い拘りだと言われるかもしれないが、そこだけは絶対に知られたくないという、ヴィクトーとしての拘りだったから。



 ヴィーの表情が、先ほど見せた慈愛に満ちた笑顔が、みるみるうちに出会った頃と同じ、今にも死に場を探している悲壮感漂う表情に変わっていったのを、ルミーナは感じ取っていた。


 それが、自分はとんでもない質問を……ヴィーの爆弾に触れてしまったのだと気付かせた。


「ご、ごめんなさい。 その……今の質問は撤回します。 誰にでも、触れられたくない過去があるのは、私も分かってるつもりですし。 ただ……ソフィアはこれまでも、そしてこれからも私の大事な家族です。 アンノウンであった貴方を、私はまだ信用出来ません」


「……そうですか。 分かりました。 今後は、極力ソフィアには近付かないようにします」


 ヴィーとしては断腸の思いだったが、元々正体を明かすつもりが無いのであれば、仲良くなんてなっては駄目だったのだと思い直した。

 結局、自分が兄だと云う事実を隠したいと言いながら、本心では知って欲しかったのかもしれない……そんな自分の感情が、卑怯な想いだったのだと。



 やっぱり、卒業したら旅に出よう。 自分は、ソフィアやルミーナの傍にいたらいけない人間なんだ……と、ヴィーは思ってるのだろうな……と、シュウトは読んでいた。


(はぁ……まったく、とっとと自分はヴィクトーだって白状すれば良いのに。 妹だってルミーナだって、事情を知ればきっと責めたりしないし、むしろ喜んでくれるだろうって、ヴィーの秘密を知る全員が思ってるのに)


 現在最もヴィーと近しい関係のシェスターがどう思ってるかは分からないが、少なくともシュウトと、ミゲールもディエゴもアリシアも、ヴィーには正体を明かした方が良いと助言してるのだ。

 ただ、本人であるヴィーだけが、そこに拘りという負い目を抱いてる。

 そして、その負い目を抱かせてしまった張本人であるミゲールとディエゴとアリシアは、結局ヴィーの意思を尊重してあげるしかなくなっている。 


 第三者目線のシュウトから見れば、負い目のスパイラルである。



 シュウトは考える。


 このまま秘密を明かさずにいるのは、ヴィーとソフィアとルミーナにとって幸せなのだろうか? ……いや、絶対に違う、と。


 更に、ヴィーがまた旅に出るなんて言い出そうものなら、ヴィーを自分の後継者にする案が破綻してしまうのだ。


(なんとかしないとな……。 そうだ!)


「ルミーナ、次の聖女としての公務はいつからだ?」


「はい? ……三日間は帝都で過ごしますが、それからはサファリ大陸を訪問する予定なので、また一ヶ月は戻って来れません」


「そうか……。 なら、次回の聖女の護衛なんだが、ヴィーにも行ってもらおう」


「……なっ!? 何言ってるんだ!?」


 聖女の護衛には、教会専属の聖騎士の他、帝国騎士団からも数名派遣されている。

 その騎士団からの護衛に、ヴィーを推薦したのだ。



「ヴィー、それで貯まってた貸しはチャラにしてやるよ」


「それとこれとは……」


「い〜や、これは最初に決めた約束だろ? お互いが対等の関係を築くためには、互いにメリットのある関係でいようと」


 ニヤリと笑うシュウト。 確かにその約束を結んだのは事実だが、なんでこういつもいつも借りた分の倍以上もの厄介事を振ってくるんだと不公平に感じていた。


「よし、じゃあ早速準備しておいてくれ。 折角だし、騎士団からもう一人は、おまえの相棒のシェスターを派遣しておく。 帝国騎士団が誇る臨時講師と、教会側が喉から手が出る程に欲してる将来有望な新人だ。 教会側も文句はあるまい」


(一緒に過ごす間に、ヴィーがルミーナに打ち明ける決心ができれば良し。 勘の良いルミーナが自ら問い正すも良し。 最悪、正体が分かった上で仲違いしたのなら……そん時はまた何か考えるとするか)



 ヴィーは、勝手に話を進めるシュウトに異論を唱えようとするが……。


「分かりました。 では、早速その様に教会側にも報告させて頂きます。 騎士団臨時講師であり勇者が認めた方と、聖騎士なら誰もが憧れるコモンスキルの持ち主の方が護衛に就くと」


 ヴィーの意思を無視して、ルミーナがシュウトの提案を承認してしまったのだ。


(アンノウン……この男が、どんな人間なのか? ……私が見極めてやるわ)



(なんでこーなるんだよ……)


 本当になんだこうなったのか……ヴィーはこの場に来てしまった事を、猛烈に後悔したのだった。




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