第59話 聖女
……教会機構。 この世界において最も大きな組織であり、最も必要とされる組織でもある。
教会は、神を信仰し、人々の心に寄り添う活動をメインとしており、世界中に拠点を設けている。
そして、その拠点に病院を併設しており、怪我や病に苦しむ人々を救う施設としての役割が、最も大きな活動となっている。
教会では、世界中から回復魔法や回復スキルの使い手を集めており、回復系能力者の約九割が教会に在籍している。
勿論、個人によって回復能力に上下があるので、より優秀な回復系能力者は都心部の教会に在籍しているし、回復系能力者のトップクラスともなれば引っ張りだことなり、世界中を渡り歩かざるを得ない状況となる。
そんな唯一無二の存在であり、教会のシンボルとして崇められているのが、聖女・ルミーナである。
ルミーナは幼少の頃から回復系魔法の才に目覚め、教会から将来を嘱望された存在だった。
それだけでもルミーナの人生は安泰だったし、幼少期は彼女の意思を尊重して、生まれ育った村で過ごす事を教会も許可していた。
だが……魔王の誕生により、勇者が現れた。 そして、ルミーナにも天啓が降り、聖女の証であるコモンスキル・アフェクションセイントに目覚める。
聖女の本来の役割は勇者のサポートだが、ルミーナの勇者パーティーへの加入に教会は最後まで反対したが、シルマーリ帝国を中心とした全世界の国々による圧力に屈し、最後は条件付きで、ルミーナのパーティー加入を容認した。
その条件が、聖女の……アフェクションセイントの最終奥義である、己の命を燃やし尽くす代わりに対象に甚大なダメージを負わせると共に、勇者に最期の一撃を放たせる隙を作る為の自爆魔法・サクリファイスの使用禁止だった。
結果的に、最終決戦において追い込まれたルミーナは、自爆魔法・サクリファイスを発動しようとした。
もし、あのままサクリファイスが発動され、ルミーナが死んでいたら……教会側は、少なくとも連合国軍のトップ・シルマーリ帝国に責任を負わせるべく、帝国内の全教会施設の撤廃という行動に出ていただろう。
だか、サクリファイスは魔王軍最強の男・死神・アンノウンによって不発に終わった……。
無事に魔王を打倒した後、ルミーナを待っていたのは聖女して超多忙な日々だった。
元々魔族との戦争により、アカデミーへの登校は年間の三割程だった。
戦争が終わり、ルミーナは漸く登校する時間も増えると期待していたのだが、戦争により傷付いた多くの人々が聖女の力を必要としていたために世界中を走り回っており、ほとんど登校できない状態が続いている。
……そんな折、アカデミーは夏休みに入り、ルミーナもやっと聖女としての活動がひと段落し、帝都に戻って来ていた。
帝都に戻ったルミーナが最も心配していたのが、妹の様に可愛がっているソフィアの存在だった。
ソフィアは亡くなった家族に似てとても可愛らしい女の子だ。 だが、早い段階から大人の社会を見て来たルミーナは、人間の醜い部分も知っている。
ソフィアの様な飛び抜けた美少女は、周りから持て囃され続けるか、途中でソフィアを妬み、陥れる人間が現れるかの二択だと危惧していたのだ。
ソフィアがアカデミーに入学してから、ルミーナは折に触れて彼女に連絡はしていた。
入学当初は明るかったソフィアの声が、一時、無理に明るく振る舞っている時期があったのだ。
自分の悪い予感が的中したのにかもしれない……今すぐにでもソフィアの元に駆け付けたい。 そして、ソフィアを苦しめる奴等を根絶やしにしてやりたい……そんな感情に侵されていたが、聖女の活動を中断する訳にはいかなかったのだ。
だが……暫くすると、ソフィアに明るさが戻ったのだ。
それ自体はルミーナも心から安心した。 それでも気になるのは、何があってソフィアが立ち直ったのか?
それを聞くために、帝都のメインストリートにある、今女性に一番人気のお洒落なカフェで、ソフィアと再会の約束をしていたのだ。
「ソフィア……久しぶり!」
「キャっ! お、お姉様、ぐるじいです」
ルミーナは再会と共に、我慢出来ずにソフィアを力強く抱きしめてた。
「ん〜可愛い! もう、会いたかったんだからね!」
「ぐるじ……わたちもでしゅ……」
気が付けば、ソフィアは気を失う寸前だった……。
……その後、ソフィアから、入学してからこれまでの出来事を事細かく尋問……教えてもらった。
「そう……アンダードッグ家とドゥワンゴ商会が……」
心配そうに表情を歪めるルミーナ。 だが、その心の中では……
(クソどもがっ……どっちも聖女の力でぶっ潰してやるわ……)
既にドゥワンゴ商会は潰され、アンダードッグ家は息子が強制収容所行きになっているのだが。
「でも……六月六日に転校して来た三年生の先輩のおかげで、もう虐めもなくなったし、今は友達も増えて、とっても楽しいんです!」
「……そ、そうなの? それは良かったわね、本当に。 それで、その転校生は男の子? 女の子?」
「男の子です! いや、男の子っていうか、男性っていうか……あんなカッコいい男の人、初めて見たといいますか……」
頬を赤らめ、もじもじしながら、その転校生の事を話すソフィアを、ルミーナは微笑みながら聞いていたが……
(誰なのよ……そのクソ野郎は)
ルミーナはその転校生に、ロレッタやゲロリアン以上の怒りを覚えていた。
(絶対に下心丸出しのクズ野郎だわ。 私のソフィアは、絶対に渡さない!)
「ねえ、ソフィア。 良かったら、その転校生に会わせてくれないかしら? 貴女の姉として、改めて御礼を言わなくちゃいけないし」
「あ……連絡先は一応交換してるんですけど、でも、私から連絡なんて恐れ多くて」
「恐れ多い? 助けてもらった恩義があるから?」
「それもあるんですけど……先輩って、凄くモテるんですよ。 でも、普段はクールで……でもでも、何故か私にだけ優しくて……それで、ちょっともう訳が分からないというかなんというか……」
またも頬を赤らめながらもじもじするソフィア。
(……転校生、コロス)
「それだけじゃなくてですね、一年の課外演習に三年生の代表の一人として参加してくれたんですけど、生徒会の四人をあっという間に倒すし、今は騎士団の……確かシェスター先輩とも凄く仲が良いみたいですし、あと、魔族の友達もいるみたいで」
「……なにそれ?」
三年生の生徒会。 勇者の妹・クラリスは、将来は大賢者にも届く才能の持ち主だし、ファンはルミーナを除くアカデミー最強。 ルイとライカールの戦闘力も学生の範疇を超えている。
(それを、簡単に倒した?)
現・騎士団のシェスターは、ルミーナが入学した時点でのアカデミー生徒会長であり、その実力とカリスマ性は、時代が時代なら勇者パーティーの一員にもなり得た素質の持ち主だ。
(そんなシェスター先輩と、凄く仲が良い?)
魔族は、ここ数十年は国交がストップしていたため、人類との交流は殆どない。
(なのに……魔族と友達?)
訳が分からなかった。 ルミーナの中で、転校生の人物像が全く予想出来なかったのだ。
(何者なの……? シェスター先輩は騎士団だし、シュウト様に聞けば分かるかしら?)
その時、突然ソフィアの通信板が鳴った。
「誰だろう? ……わっ!? せ、先輩だ!」
(先輩? ……転校生かっ!?)
「で、出るべきですよね……」
ソフィアの言葉は不安そうだが、その表情は今すぐにでも通常板に出たいと物語っている。
「そうね。 折角連絡くれたんだし、出てみたら?」
「わ、わかりました!」
ソフィアがドキドキしてるのが目に見えて分かる。
「はい、もしもし、ハイドローズです! あ、ソフィアです! ……はい、はい、ハイ! あ、遊びにですか!?」
ソフィアがまるで助けを求める視線をルミーナに向ける。
「……どうしたの?」
「あ、あの……せ、先輩が今、お友達と一緒にいるらしいんですけど、良かったら一緒に遊ばないかって……」
(……このカス野郎、私の可愛い妹を遊びに誘うだあ? ……上等だ。 化けの皮を剥いで肉仮面を作ってやる)
「あら、ちょうど良いじゃない。 私も是非お会いしたいし……そうだ、私がいる事は内緒で、一応友達と二人でお茶してるからとだけ教えて、こちらに来てもらいましょうよ」
「……お姉様、良いんですか?」
ルミーナは世界的な人気を誇る聖女だ。 いや、もはや信仰されている女神なのだ。
今いるカフェも個室のVIP席だし、ルミーナがプライベートで男と会っていたなどと騒がれたら一大スキャンダルに繋がる危険性もあるのだ。
「良いわよ。 だって、同じアカデミーの生徒なんだから……うふふふふっ」
(さあ、来やがれドサンピン転校生。 この私が直々に見定めてやる……勿論、合格は無いけどね)
__一方、ヴィーは……
通信板を切り、ため息を吐いた。
「……なんか、友達とメインストリートのカフェにいるらしいから、一緒にどうかってさ?」
「ええやんええやん! ソフィアちゃんの友達っちゅーと一年生やな?」
「トラフト……おまえ、相変わらず軽い奴だな。 ま、俺はシャリア姐さん一筋だから、付き合ってやるだけだぞ」
結局二人ともノリノリである。
「ふむ、なら行くか。 じゃ、シャリア、留守番頼むな」
「え〜。 私を置いてくんですか〜? ソフィアちゃんとはもう友達なのに〜。 留守番はガイルだけで大丈夫です、私も行きます!」
(ソフィアちゃんは妹だけど、その友達のメス豚がヴィー様に惚れるのは確実。 絶対に邪魔してやる)
「めんどくさいなー。 でもまあ、確かにソフィアもシャリアの事嫌いそうじゃなかったし、一応帽子とサングラス着けてならいいぞ」
「やった〜!」
「……俺が留守番なのは変わらないんだよな、チクショウ」
この後……熾烈な女の争いが勃発する事を、この時のヴィーは知る由も無かったのだった。




