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第56話 脳の芽

「分かりました。 では、貴方は……私の“御義兄様”なんですか?」



 やはりというか、嫌な予感が的中してしまった。


「違う! 絶対に違う! さあ、早く教えてくれ」


「え~? まさか、そんなに強く否定されるとは思いませんでした~」


 実際に、違うものは違うのだ。 ただ、幼少の頃から自分を育ててくれた父親代わりではあったが。


「時間が無いんだ、はやくしてくれ!」


「む~、違ったら違ったで、私にそんな態度を取るなんて不敬ですね~」


「いい加減にしろ。 教えるのか教えないのか、三秒で言え」


 だんだんもどかしくなって来たヴィーから、少しだけアンノウンのオーラが漏れてしまう。


「……わ、私を脅すのですか?」


「三……二……一……」


「言います、言いますから! ごめんなさい!」


 遂には王族であるサーシャに謝らせてしまった。



「ヒューマン型フュージョン・スライムの核は心臓の位置にありますが、この核を攻撃したらアウトです。 取り込まれた人間諸共死にます。 でも、指揮系統を司るのは脳を蝕んでいる“芽”なんです。 つまりこの芽を、脳を傷つけずに破壊する事が出来れば、身体の支配権は元の人格に戻るのです」


 ヒューマン型フュージョン・スライムの核はあくまで心臓だが、身体の指揮系統を司るのは脳にある芽。

 そして、この芽を脳を傷つけずに破壊する事が出来れば、トラフトは助かるのだと、サーシャは言うのだ。


「た~だ~、脳に傷を付けずに芽を破壊するには、超精密な一撃が必要となります。 それこそ、上空一万メートルから鳥の卵を落として、かけうどんのどんぶりに乗せるくらいにね」


 どんな例えだ? と、ツッコミたくなったが、今はそれどころではない。


「やばいな……急がないと」


「話聞いてました? 上空一万メートルから……」


「分かったって! それは良いんだよ。 俺が心配してんのは、シェスターの事だ」


「ああ、そうですよね。 相手はヒューマン型フュージョン・スライムですから、今頃は死んでるかも……」


「違う! 早く行かないと……シェスターがスライムの核を潰してしまうんだよ!」




 ……少しだけ時を遡り、カインが双子殿下を連れて去った直後……シェスターは、トラフト・スライムと対峙していた。


 相変わらず、凄まじい手数の触手がシェスターを襲うも、全て盾で防いでいた。


「シェスター先輩! 俺も、手伝います!」


 親友のためにこの場に留まったダイスだったが……可哀想だかシェスターにとって足手纏いでしかないのは事実。


「いいから離れててくれ! 間違ってもスライムには近付くな!」


 この状況で最も警戒するのは、ダイスまで取り込まれてしまう事だ。


(フュージョン・スライムは、取り込んだ人間の能力を継承し、数倍にする……。 スピードのトラフトに加え、パワーのダイスまで取り込まれたら、流石に僕でもキツくなる)



 シェスターは、ヴィーと出会い、ヘンリー森林区では幾度となく死にかけた。

 だが、そのおかげで竜種を単独で討伐するまでに急成長を遂げた。

 これは勿論、元々のシェスターの素質と、弛まぬ努力による下地が出来ていたからこその開花だった。


 そしてなにより、ヴィーの回復スキルにより、余程のダメージを負わなければ死なないというチートがあったからだ。


(今日は相棒はいない。 だが、それでいい……僕は、こんな修羅場を何度も経験してこそ、いずれはヴィーに相応しい真の相棒になれるんだ)



 ここまで防戦一方だったシェスターだが、何も黙って防御に専念していた訳ではない。


(そろそろ攻撃パターンが読めて来た)


 そう、トラフト・スライムの攻撃パターンをある程度頭に叩き込んでいたのだ。


 触手を避けながら、または斬り落としながら、シェスターがジリジリと間合いを詰めて行く。

 そして、距離にして五メートル、シェスターは一気に加速してトラフト・スライムの懐に飛び込んだ。


 核があるであろう心臓に突きを放つが、トラフト・スライムも警戒していたのか、心臓を全力でブロックした。


「ならば……」


 心臓に防御を集中させたのを逆手に取り、両手足を両断。 そして、首を刎ねた……。



 ダイスはその光景を見て、ただただ感嘆していた。


 シェスターの事は勿論知っていたし、どれだけ凄い人物だったのかも理解している。

 だが、自分とたった二歳しか違わないのに、こんなにも強くなれるのだろうか? 二年後、自分はあの高みに登れているだろうかと考える。


 そしてなにより、シェスターがトラフト・スライムを圧倒した事により、ダイスは僅かな希望を抱いてしまった……。



 胴体だけになったトラフト・スライムだったが、数秒もすれば再生するだろう。


「すまない、トラフト君」


 そして……心臓に剣を振り下ろそうとした瞬間……


「待って下さい、先輩!」


 ダイスがトラフト・スライムを庇ったのだ。


「……どけ、ダイス君。 そいつはもう、トラフト君じゃないんだぞ?」


「分かってます! でも……なんとか元に戻す方法は無いんですか? ほら、生け捕りにして、回復魔法とかで! 俺たち、アカデミーでは聖女のルミーナと同じクラスなんですよ、だから……」


「甘い希望は捨てろ。 戦場では一瞬の油断も命取りになるんだ。 もし、仮に回復魔法で救えるとしても、少なくとも今は無理だし、このスライムを生け捕りするのも、今は無理だ」


「そんな、先輩くらい強ければ……がはっ!?」


 言いかけた所で、ダイスはシェスターに前蹴りで吹っ飛ばされる。

 スライムの触手が、ダイスに絡み着こうとしていたから。


「だから、一瞬の油断が命取りになると言ったんだよ」


 シェスターは言いながらも、結局はダイスの話に付き合ってしまった自分が悪いんだなと苦笑いを浮かべる。



 胴体から斬り離された両手両足が、付近のスライムをどんどん吸収し、胴体と合体したのだ。


「立たせるか!」


 より巨大化したトラフト・スライムの足を斬りつけるが、更に強固になっていて両断出来なかった。


「ますます手強くなったか……」


 チラリとダイスを睨む。 ダイスも状況を理解したのか、自分がしてしまった事の重大さに気付いていた。


(さてと……もうこのスライムの危険度レベルは竜種に届くかもしれないな。 でも、まだ僕もホーリーナイトを温存出来てるし、今度こそ油断なく一気に仕留める)



 ……とんでもない事をしてしまった。 


 親友のためとはいえ、ダイスは自分がどれだけ未練がましく、情けない姿を見せてしまったのかを後悔していた。


(シェスター先輩の邪魔をした挙句、スライムにパワーアップする隙を与えるなんて……)


 自分は戦力にすらなれない立場で、一縷の望みに縋ってしまった結果、シェスターを危機的状況に追いやってしまったのだと。



 元のトラフトより一回り大きく成長したトラフト・スライムは、触手による中距離攻撃から、両腕を剣状にしての接近戦に戦法を変えて来た。


 双剣を活かした素早い体捌き。 だが、シェスターはなんとかスピードに対応して攻撃を盾でブロックしていたが、まさに防戦一方。


(パワーアップした事で防御力が上がったからゴリ押しして来たな)


 シェスターの身体を白いオーラが纏う。 ホーリーナイトを発動したのだ。


(これでもスピードではまだ向こうが上だろうが、少なくとも攻撃は……)


 トラフト・スライムの隙を突き、腕を斬り落とす。


(これなら、僕の攻撃が通る!)


 先程は足を両断出来なかったが、今度は腕を斬り落とす事に成功した……のだが、切断された腕が瞬時に再生された。


(なっ、再生能力も上がってるのか!?)


 戦況を見守る事しか出来ないダイスも、トラフト・スライムの速さと、あり得ない再生能力に唖然としながら、如何に自分の行動が愚かだったかを再認識していた。


「あ、あんなの、どうやって倒すんだよ……」


 自分がシェスターを止めなければ、もう決着していたハズなのだ。



 この相手を倒すには手数ではなく、絶対的な火力を用いた攻撃が必須。


 そして、シェスターはその絶対の一撃を持っている。


(ホーリーナイトを発動したグランド・クロスなら倒せるかもしれないが……)


 グランド・クロスは隙の大きい攻撃だ。 圧倒的なスピードを誇るトラフト・スライムにはかなり相性が悪い。


(ほんの少しだけでも、時間を稼げれば……)



 トラフト・スライムの攻撃が鋭さを増す。


 シェスターが隙を突いて攻撃を繰り出すも、脅威の再生能力でダメージが無効化されていた。


 その上、徐々に疲労が溜まってきたシェスターとは対照的に、トラフト・スライムは脅威のスタミナで連続攻撃は止みそうにない。 そもそも、スライムにスタミナと云う概念があるのかすら分からなくなっていた。


(こうなったらダメージ覚悟でグランドクロスを放つしかないか……)



 覚悟を決め、せめてもの時間稼ぎとして盾をトラフト・スライムに投げ付ける。


 そして、その隙に魔力とオーラを集中させる。


 だが、盾はトラフト・スライムの時間を数秒しか奪えなかった。


 伸びてくる鋭利な触手が、シェスターの心臓を狙っている。


(……仕方ない、ポイントをズラし、心臓への直撃だけは避ける!)


 即死だけは免れ、肉を切らせて骨を断つ作戦だ。



「うおおおおっ!」


 その時、トラフト・スライムの背後から、ダイスが大剣で斬りつけた。


 何も出来ない上に、余計な事をしてしまった自分が許せなかった。

 だから、下手すれば迎撃されて死ぬかもしれない特攻を行ったのだ。


 シェスターにのみ戦意が向いていたトラフト・スライムは、予想外のダイスの攻撃に怯んだ。



「ナイス、ダイス!」


 その間に、渾身のグランドクロスを放つ。


 横の斬撃で腹を切断、返しの下からの斬撃は、トラフト・スライムが反射的に首を傾けて頭部への斬撃を避けたが、股から鎖骨部分を切断した。


「よし……トドメだ!」


 トラフト・スライムが再生する前に、心臓を貫くための一撃を、シェスターが放とうとした瞬間……


「止まれーーっ、シェスターーーーっ!」


 突然聞こえて来たヴィーの声に、シェスターが動きを止める。



 飛んで来たヴィーはシェスターの目の前に着地すると、トラフト・スライムの首を掴んだ。

 そしてこの後は、サーシャのいう一万メートル上空という例えレベルの精密な攻撃で、脳の芽にピンポイントで当てなければならない。


 ヴィーは敵の弱点を瞬時に見抜くスキル・“サーチアイ”を発動。


 トラフトの後頭部に芽があるのを確認し、指先にオーラを練り上げる。


 指一本の攻撃でも、芽だけではなくトラフトの脳を破壊してしまうだろう。

 だからこそ、練り上げられたオーラはまるで針の様に細く、鋭かった。


「帰って来い……トラフト!!」


 そして、オーラの針で脳の芽を突き刺す。 脳には、一切傷を付けずに。


 ……まさに、神業だった。


「かはっ!?」


 血反吐を吐き、トラフト・スライムは完全に意識を失った。


 ヴィーはトラフト・スライムを静かに地面に寝かせる。

 ……すると、倒れてる間にも再生能力は死んでおらず、トラフトの身体は完全に修復されていたが、身体の大きさだけは元のサイズに収まった。



「ヴィー、今のは?」


 まさかヴィーがトドメを横取りしたなどとは微塵も考えてないシェスターは、今のヴィーの行動にどんな意味があったのかを疑問に思った。


「ふぅ……見てれば分かる」


 ヴィーが黙ってトラフトを見つめる。


 ……すると。


「ぐっ……あたたた……頭が痛いわ。 ……あれ? 俺、スライムに飲み込まれて……」


 なんと、トラフトが不思議そうな表情で辺りを見渡していた。


「ト、トラフト!!」


「おわっ! なんやねんダイス!」


 ダイスがトラフトに抱き付く。


 もう会えないと思っていた親友が復活した喜びで、ダイスは涙を流しながらトラフトを抱きしめたのだった。


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