第55話 より大切な機会
少し時間を遡り……ハンターズギルド第三支部では、今回の依頼には参加しなかったのだが、それでもカイン達が心配で居ても立っても居られずに、ロビーに併設されているカフェ兼酒場にてヴィーがひとりでコーヒーを啜っていた。
「いよう、期待のルーキー。 やっぱり仲間が心配で居ても立っても居られなくなったのか?」
そこへ、ギルドマスターのヤーマンがやって来る。
「……まあ、仲間もそうですが、代役も信用できる人なので心配はしてませんが……暇なので」
ヴィーはシェスターを信頼している。 新人騎士にもかかわらず、ジェイド・ドラゴンを単独で倒してるのだ。 騎士団の中でも、既に師団長クラスの強さを身に着けているのだから。
更に、カインを筆頭にトラフトとダイスも、学生としてはトップクラスの実力と素質を併せ持っている。 このまま研鑽を積めば、ハンターとしてもAランクには到達出来るだろうと評価していた。
「ふ~ん、ま、俺も、あの代役がいりゃあ他のメンバーでもこの程度の依頼は確実にこなせるだろうとは思ってるけどな。 まさか危険度レベル5以上の魔獣が現れる訳でもないし」
今のシェスターならレベル5の魔獣など問題なく倒せるだろうと思ってはいたが、それでも心配なものは心配なのだ。
ヴィーはこれまで、命令やお願いをされる立場だった。 それが今回は、自分がお願いした立場になっている。 それが慣れなくて、どうしても不安が付きまとうのだろう。
気が付けば、ヤーマンはヴィーの対面に座っていた。
「ところでヴィー、一つ聞きたいんだが、おまえは将来、ハンターを続ける気はあるか?」
ヤーマンはいつになく真剣な表情だった。
ヴィーとしては、ソフィアが成人するまでは見守ってやりたいと思ってるので、それまでは帝都に留まるのは決定事項だった。 だがその後は、記憶を取り戻した当初の計画通り、世界を旅して周りたいと考えはじめていた。
ただあの時は、罪の意識からいつ野垂死んでもいいという後ろ向きな考えがだったが、今は本当に世界を旅して見聞を広め、人生を謳歌してみたいという前向きな気持ちだった。
そのためには、世界中に支部があるハンターズでハンターとして活動するのは第一候補として考えていたのだが……先日、恩人であるディエゴとの会話で、どうやらディエゴがヴィーには卒業後の進路としてハンターではなく騎士団に入るのを望んでるのが分かった。
「ん~…………どんな形であれ、趣味程度には続けて行きたいとは思ってる」
少なくとも、学生の間は友人達とハンター活動を楽しみたいと思ってるし、第一候補ではあるものの恩人であるディエゴがあれだけ反対するのならば、それを押し切ってまでハンターを続けようとまでは思ってない。
……ここにも、ヴィーがこれまで命令やお願いをされる立場だったのが影響しているのかもしれない。 つまり、ある意味主体性が無い……ともいえた。
「ふむ……じゃあ、騎士団に入るとか決めてる訳じゃねーんだな?」
ディエゴはヴィーを騎士団に迎えようとしていたが、正直な所、ヴィーは卒業後の就職先として、騎士団は候補に入れてなかった。
騎士団に入れば、組織の一員として行動が制限されるし、そうなれば自由に世界を旅する計画は難しくなるから。
それに……既に臨時講師の剣術指南役として、ある意味騎士団の一員でありながら自由が確保されているポジションをゲットしているので、敢えて新人騎士として騎士団に入団し直す選択肢は全く無かったのだ。
「実はな……おまえの事をグランドマスターに報告したらな、なんと、特例中の特例として、おまえをAランクに飛び級させようって話が出てるんだ。 で、おまえさえ良ければ、直ぐにでも申請を進めようと思ってるんだが……」
ハンターズギルドのAランクとは、全ハンターの五パーセントに満たない。 それほど希少であり、世界中で尊敬され、必要とされる存在である。
Aランクハンターの平均年収は五億ギルを超えるし、特権として人間の社会ではほぼ全ての国で公共の機関や宿泊施設を無料で使用可能。
そんなAランクを、まだ学生であるヴィーに与える。 ……それは、ヴィーの思い描く計画にとっても、非常に利のある申し出でもあった。
「ん~……悪いけど、今はお断りするよ」
「何? やっぱり騎士団に?」
「違うけど、俺はいずれ自力でもAランクになれるだろうし、だったら学生のうちは仲間と一緒に段階を踏んで行きたいと思ってる」
誇張などではなく、ヴィーならその気にさえなれば自力でも、一年以内にはSランクに昇級出来るだろう。 であれば、今は仲間と同じクラスでハンター活動を楽しみたいと考えているのだ。
ヴィーの素直な思いを聞いたヤーマンは、暫し考え込み……。
「……なるほど。 やっぱおまえは見どころがあるな。 良いハンターってのは、良い仲間に恵まれるもんだ。 これからも、仲間を大切にしろよ?」
シャムロックからは、絶対にハンターズに引き込めと言われていたが、そもそもヤーマンは昔気質のハンターだ。 策略や謀略には興味がない。
だから、ヴィーが思うままにさせよう……ただ、願う事なら自然な流れで将来ハンターを選んでもらえるように接しようと、考えを改めていた。
そしてヴィーも、ヤーマンの言葉を聞き、仲間について改めて考えていた。
(そうだよな……仲間を想うなら、ディエゴさんに反対されようが、俺も今回の依頼に参加するべきだった)
トラフトはともかく、ダイスは長男なので卒業後は家を継ぐだろうし、カインもまた爵位を取り戻したので家を継ぐか、もしくは夢だった騎士団に入団するだろう。 マルクは正直予想が出来ない。
つまり、学生の間……あと約半年間しか、トラフト・ダイス・カイン・マルクと揃って依頼を受ける時間は残されていないのだ。 であれば、今の一つ一つの依頼が、より大切な機会なのだから。
ヴィーは自分の今回の選択に後悔しながら、ギルドを後にしようと立ち上がった所で、慌てた様子のミアがヤーマンに緊急の報告にをしに来た。
「たった今、カイン・ビルバーグから緊急応援要請がありました!」
「なんだと!? 何があった!?」
緊急応援要請……。 ヴィーの中で、あまりにも予想していなかった出来事過ぎて、理解出来ていない。
「ス、スライムがフュージョンを起こしてフュージョン・スライムに……更に、ハンター一人を取り込んで、ヒューマン型のフュージョン・スライムに進化したとの事です!」
ヒューマン型フュージョン・スライムとは、過去にも極稀にしか確認されていない魔獣だ。 流石にハンターズギルドの上位役職であれば聞いた事がある程度の知識はあったが、ヴィーをはじめ普通のハンターでは全く聞いた事がない程に希少な存在だった。
それだけに、少なくともそのスライムが、非常に危険度レベルの高い魔獣だと予想するのは容易だった。
「人が取り込まれただと……ただでさえ、フュージョン・スライムの危険度はレベル5以上、たしか昔の記録では、ヒューマン型の危険度はレベル7以上だったか?」
危険度レベル7以上……。 シェスターは既に危険度レベル8のジェイド・ドラゴンを一人で討伐している。 だが、あれは後ろにヴィーがいるという安心から、全てを投げ出して戦いに集中出来たからだ。 今回の様に、誰かを守りながらでは、流石のシェスターでも簡単ではないだろう。
それよりも、ヴィーはスライムに一人が取り込まれたという言葉が気になっていた。
「で、その取り込まれたハンターは誰だ?」
「はい、取り込まれたのは、トラフト・エンゼル。 生死は……不明との事です」
次の瞬間、ヴィーは今回の依頼の目的地であるスライムの沼地に向かって飛び出していた。
飛行術を身に着けているヴィーならば、馬車よりも飛んで行った方が速い。
目的地に向かって飛んでいる間、ヴィーの頭の中は、後悔でいっぱいだった。
先ず、この依頼が然程難しいものではないと判断した事。 自分がいなくでも大丈夫だと思っていた事。 そして、自分が参加しなかった事……。
全ての後悔が、自分自身の愚かさを責めていた。
(クソっ……トラフト、皆、今行くから死なないでくれ!)
飛行する事数分……前方に、体長一〇メートル程の巨大なスライムを発見する。 足元にはカイン、そして、今にもトーレスがスライムに取り込まれようとしていた。
(いた! カインは無事みたいだし、トーレスはヤバい!)
ダークマターを取り出し、その場で一閃。 漆黒の刃の波動は、フュージョン・スライムを核ごと斬り裂いた。
フュージョン・スライムが消滅するのを確認し、ヴィーはカインの目の前に着地する。
「すまなかった、カイン。 厄介事を押し付けてしまって」
そして、申し訳なさから深く頭を下げた。
「……おまえって奴は……」
カインは呆れた様に、だか安堵の苦笑いを浮かべた。
「ところでカイン、トラフトは? 一体どうなったんだ?」
トラフトの事を聞くと、カインは悲痛な表情を浮かべて俯いた……がすぐに頭を上げた。
「そうだ、まだシェスター先輩が、トラフトを取り込んだスライムと戦ってるんだ!」
ヴィーは辺りを見渡す。 気絶しているトーレスと、こっちをジッと見つめているサーシャ。
(あの二人にはあまり会いたくなかったのに……結局、俺がこの依頼に参加しなかった意味が無くなったな。 ……バチが当たったのかもしれない)
「じゃあカインは、引き続き二人の護衛を続けてくれ。 俺は一応シェスター先輩の助っ人に行く」
「すまない、結局おまえに頼ってしまった……」
「仲間が仲間に頼るのが、悪い訳ないだろう? それより、トラフトは? 取り込まれたって?」
「分からない。 シェスター先輩の話だと、取り込まれた人間は自我を失い、完全にスライムの一部になってしまうと言っていた。 それに……ニュアンス的には、もう元に戻すのは難しいと」
博識のシェスターが、元に戻すのは難しいと判断したのなら……トラフトはもう助からないという事だろう。
すると、項垂れるヴィーの下に……サーシャが近付いて来た。
「私、知ってますよ。 スライムに取り込まれた人間を助ける方法」
唐突に告げられたサーシャの言葉に、ヴィーとカインは勢いよくサーシャを見た。
「いきなり見ないで下さい。 怖いですよ?」
「すまない、だが知ってるなら教えてくれ。 どうやったらトラフトを救えるんだ?」
切羽詰まってるからか、ヴィーは殿下であるサーシャに対して口調を正す余裕もなかった。 元々、その父親であるミゲールにも半分はタメ口だし。
「そうですね~、でも条件があります。 私の質問に一つだけ、絶対に答えて下さい」
ヴィーは嫌な予感がしたが、それでも拒否する訳にはいかなかった。
「分かった。 だから、早く教えてくれ」
「分かりました。 では、貴方は……私の“御義兄様”なんですか?」




