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第54話 カインの憧れ

 一方、帝都へ向けて馬車を走らせるカイン達は……。


「……すぐに引き返せ! この僕が、あんな魔獣ごときを恐れる訳がないだろう!」


 馬車の中で、相変わらず、トーレスが暴れていた。


「……ちょっと、黙っててくれませんかね、殿下。 俺も親友を失ったかもしれないんだ、これでも冷静さを保ってるのが精いっぱいなんですよ……」


 カインから、我慢していた怒気が溢れ出す。 それは、まだ相手の実力すら分からないトーレスでも感じるくらいの、明確な格上のオーラだった。


「き、きさま、この僕にそんな態度をとりおって! 貴様など、シャムロックに言ってクビにしてやる!」


 それでも、トーレスの過信は収まらなかった。


「結構ですよ。 親友を置いて逃げ帰ってる自分が許せないほど、俺も俺自身に怒りが沸いてますから。 ですが、この依頼だけは……三人で受けた最後になるかもしれないこの依頼だけは、必ず成功させてもらいます。 だから、殿下には黙ってていただきたい」


 今のカインには、相手が次期帝王候補であろうが関係なかった。


 本音を言えば、自分もあの場に残りたかった。 だが、自分がシェスターの足手まといになるのは分かっていたし、なによりこの依頼は双子殿下のどちらかでも怪我一つ負えば失敗になるのだ。 それだけは、トラフトのためにも避けたかった。



 その時、馬車が急停止した。 それでも、カインは反動で双子殿下が怪我をしない様に対処してみせる。


「どうした!? 何があった!」


 困惑するトーレスが叫ぶと、御者が慌てた様子で応える。


「ま、魔獣です! 前方に、でっかいスライムが現れました!」


 カインは、まさかと思いつつ、即座に馬車を降りる。


「そんな……こっちにもフュージョン・スライムが」


 前方、まるで道を塞ぐ様に、巨大なフュージョン・スライムがいたのだ。


(なんで、滅多に現れないフュージョン・スライムが続け様に二体も?)


「殿下、一旦馬車から降りて、この場からお離れ下さい!」


 フュージョン・スライムはこちら側に向かってジリジリと距離を詰めてきている。 移動速度は決して速くはない。 ならば、帝都から応援部隊がやって来るまでやり過ごそうと考えたのだが……。


「フハハハハッ、やはり僕は神に愛されてるな! 今度こそ、あの魔獣を倒してやる!」


 やる気満々のトーレスが勢いよく馬車から飛び降り、今にもフュージョン・スライムに飛び掛かろうとしていた。


「このクソガ……殿下! おやめ下さい貴方では……俺達ではアイツには勝てません! ここは逃げるんです!」


「ふざけるな。 御主も見たであろう? 僕が高等部のトップクラスと云われたあの赤髪を圧倒したのを!」


 トラフトがトップクラスであり、アカデミーでも一〇位以内の実力者である事は間違いない。 だが、先の模擬戦は明らかにトラフトのミスだった。 本来であれば、トーレスがトラフトに勝つ可能性は限りなく低いと、カインは予想している。


 そして、カイン自身は常に学年総合三位をキープし続けていたのだ。 武力試験においては、ヴィーが現れるまでは常に副会長のファンと競り合い、一位を獲得したこともある。 つまり、武力の面ではアカデミーの真のトップだった生徒なのだ。


 そのカインですら、あのフュージョン・スライムには勝てないと言っているのに、トーレスは全く気付いてなかった。


(駄目だ、このままこのクソガキが戦っても、またフュージョン・スライムに取り込まれるだけだ)



「……殿下、なら、まず私を倒してからにして下さい。 そしたら、どうぞお好きになさって下さい」


「何を言う? その間にあの魔獣がこちらに……」


「心配ございません。 そこまで時間は掛かりませんので」


「面白い……ならば、お望み通り瞬殺してやる!」


 トーレスが一気に間合いを詰めてカインに斬りかかる。 狙いは首筋……勿論、本人は寸止めするつもりだったが……その剣は、カインの首筋に辿り着く前に、カインの盾で弾かれた。


「なっ!?」


 そしてカインは、剣を弾かれて態勢を崩したトーレスの鳩尾に、強烈なボディーブローを叩き込んだ。


「ごはあっ……」


 起きていられてる限り、トーレスは言う事を聞かないだろう。 だから、カインはトーレスを気絶させた。 例え、不敬罪で処刑されようとも。



 カインは、気を失ったトーレスを肩に抱き抱え、状況を見守っていたサーニャに語り掛けた。


「サーニャ殿下、一緒に出来るだけ遠くへ逃げます。 着いて来て下さい」


 本来であれば、自分が足止めをして、その間に双子殿下には出来るだけ遠くに逃げてもらう案も考えたが、戦えばカイン自身もフュージョン・スライムに取り込まれる可能性が高いと考えれば、真っ向から戦う選択肢は無かった。


「……お手数おかけしました、カイン殿。 貴方が兄のトーレスより遥かに強いのは分かってますし、御指示に従います」


 サーシャは本当にトーレスの双子なのか? と疑問に思う程に、素直にカインの指示に従う意思を見せた。


「ありがとうございます。 あのフュージョン・スライムは突然変異体です。 今は機動力が遅く見えますが、その気になれば我々より速く動ける可能性はあるし、今以上に大きくなってパワーアップする可能性だってあるんです。 ここは出来るだけ早く、遠くへ逃げるしかありません」


 カインがトーレスを担ぎ、御者がサーシャを守りながら、とにかくその場から離れるために走り出す。



 だが、フュージョン・スライムはカインが危惧した通り、移動速度を上げて来た。

 このままだと、いずれは追いつかれるだろう。


(なんて事だ、悪い予感が当たってしまった。 このままだと、全員共倒れだな……)


 自分では、フュージョン・スライムには勝てないだろう。

 それでも、このまま全員が共倒れするのならば、少しでも誰かが足止めをしなければならないのではないか? ……例え、取り込まれてしまおうとも。


(ああ、まさかこの依頼が、こんなとんでもない結末になるとはな……)


 カインは……覚悟を決めた。



「すみません、殿下をお願いします」


 担いでいたトーレスを御者に頼み、カインはフュージョン・スライムを睨み付ける。


「カイン殿……もしかして、戦われるのですか?」


「このままだと全員アイツに飲み込まれます。 ならば、俺一人引き換えに、少しでも時間を稼いでみせます」


「……分かりました。 なら、私も戦いましょう」


 今まで淡々としていたサーシャが戦うと言い出す。


「サーシャ殿下……」


 カインは正直、やっぱりトーレスと双子なんだなと、失望していた。


(この兄にしてこの妹ありか……どこまでも自惚れの強い双子だな)


 トーレスは身の程を知らずにフュージョン・スライムに立ち向かおうとしていた。

 カインも、結局サーシャも同じだったか……と思ったのだが、サーシャは違った。


「このまま逃げても、結局いずれは私達も取り込まれますよ。 なら、この場であのフュージョン・スライムを倒すしかないのでは? 少なくとも、カイン殿一人よりは可能性は上がるかと」


 サーシャは冷静に状況を分析した上で、共闘を申し出たのだ。



「駄目です! あなた方は王族ですよ? こんな所で死んでいい人間じゃない!」


「勿論死にたくありませんよ? だから……起きなさい」


 サーシャがいきなりトーレスの頭を叩く。


「うぐっ……誰だ、この僕の頭を叩いたのは?」


 すると、トーレスが目を覚ました。


「お兄様、出番ですよ。 おもいっきりあの化け物と戦って下さい」


 カインは考えを改める。 今までは、兄の陰に隠れた大人しい少女とばかり思っていたのだが、どうやら違った様だと。



 カインは、現状での最善の手が何かを考える。


 確かに、自分が一人でフュージョン・スライムに立ち向かっても、下手したらものの数分で自分も取り込まれる確率が高い。 そうなれば、サーシャの言う通り、結局双子殿下も同じ末路を辿るだろう。


 なら、一か八か、双子殿下と力を合わせてあのフュージョン・スライムを倒す?

 いや、おそらく倒す事は難しいだろう。


 だが……倒すのではなく、時間を稼ぐだけならばどうか?

 時間を稼げれば、帝都からの応援部隊さえ来てくれれば……それが、唯一の道ではないかと。



「両殿下、絶対に倒そうとしないで下さい。 さっきの別個体を見て分かったと思いますが、アイツの触手攻撃は速い上にかなりの長さで伸びて来ます。 俺たちは、ただひたすらに距離を取りつつ触手を避ける事に集中します。 分かりましたか」


「この僕に、逃げろというのか? 貴様、マグレで僕に勝てたからと言って……」


「お兄様、この場はカイン殿の言う事を聞いた方が良いのでは?」


「なんだとサーシャ! おまえまで僕をみくびるのか!?」


「いいえ、ただこのまま突っ込んで行ってお兄様が死んでしまえば私はお父様に、お兄様は無謀にもその命を無駄に散らしましたと……報告しなければならなくなりますから」


 淡々と毒を吐くサーシャに、トーレスも言い返せずに黙ってしまった。



「さあ、来ますよ、避ける事に集中して下さい!」


 フュージョン・スライムとの戦闘が始まった。


 やはり長い触手が無数に伸びて来るが、先程のトラフト・スライムよりは鋭さも速さもそこまでではない。 これには、カインも少しだけ安心していた。


(さっきのトラフトの触手と比べれば全然だな。 もしかして、俺はフュージョン・スライムの強さを高く見積り過ぎたのかな?)


 トラフト・スライムは、危険度レベル7は確定の強さだった。

 だが、目の前のフュージョン・スライムは、恐らく危険度レベル4か5。


 それならば、運が良ければ自分でも倒せたのではないかと。


(いや、油断しちゃ駄目だ。 気を引き締めて、応援が来るまで避け続ける!)


 カインは、自分の慢心を抑え込んだ。


 だが……抑え込めない男がいるのを忘れていた……。



「なんだコイツ! さっきのスライムと比べたら全然大した事無いではないか! これなら、僕でも倒せるわ!」


 これまでは大人しく触手を躱していたトーレスが、自分なら倒せると懲りずに攻撃を仕掛けたのだ。


「このクソガキ……!?」


 流石のカインも、トーレスには機動力だけは劣っている。 距離的にも、止める事は出来ない。


 突進するトーレス……すると、ここぞとばかりに、過去最多の触手がトーレスを襲った。


「えっ……こんなの、避けきれ……」


 だから言っただろうが!? ……というトーレスへの文句と同時に、それを予想出来なかった、止められなかった自分の落ち度に気付く。



 その瞬間は、時間の流れが酷く遅く感じて、様々な思考がカインの頭の中を巡っていた。


 友を失い、依頼まで失敗した。 この責任は、代理とはいえリーダーにあると、自分を責める。


(ああ……きっと、ヴィーがリーダーなら、こんな事にはならなかったんだろうな……)


 同級生でありながら、学年トップクラスの成績である自分を遥かに凌ぐ存在。


 助けてもらった恩と同時に、猛烈に憧れる存在。


 代理とはいえ、そんな存在のヴィーの代わりにリーダーになった事は、実はカインにとってはとても光栄な事で、しっかり依頼を成功させて、少しでもヴィーに近付きたいと意気込んでいた。


(やっぱり……俺はヴィーにはなれないな……)



 目の前では、首、腹、両手両足に触手を巻きつけられて暴れるトーレス。


 その光景を、カインは茫然と眺める事しか出来なかった……。



 ……が、突然一筋の閃光が、フュージョン・スライムの身体を核ごと貫いた。


 そして、何者かがカインの目の前に着地する。


「すまなかった、カイン。 厄介事を押し付けてしまって」


 振り返り、自分に申し訳なさそうに謝る憧れの存在に、カインは……


「……おまえって奴は……」


 ……言葉にならない感情を抱いていた。



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