第53話 フュージョン
今だに大きくなり続けるフュージョン・スライム。
トラフトは草むらに身を隠し、その様子を眺めていた。
(倒すなら今や……これ以上大きくなられたら流石に倒せへん)
双剣を手に握る。 さっきは何もする前にトーレスに敗れた。
だが、ヴィーと共に盗賊団を討伐してから、トラフトは自分には才能があるかもしれないも思い込み、その後も一人で練習を欠かさず行っていた。
(さっきのはマグレや。 俺は……強いんや!)
トラフトがフュージョン・スライムに飛び掛かる。 そして、双剣で身体を斬り裂いて核を壊そうとするも、フュージョン・スライムの身体は斬られたそばから再生されていき、いつまで経っても核まで辿り着けない。
基本的にスライムは温厚……というより、知能が無いので、余程の事が無い限り攻撃して来る事は少ない。
だが、フュージョン・スライムとなれば話は別だ。
フュージョン・スライムから伸びた鞭の様な一撃が、トラフトの足に巻き付いた。
「なっ!? 動けへん!」
足に絡みついたスライムの触手が、物凄い勢いでトラフトを自分の体内に引き込んだ。
(い、息が……!?)
フュージョン・スライムが人間まで吸収するという知識が、トラフトには無かった。 というより、フュージョンという現象が稀過ぎて、詳しく伝わっていなかったのだ。
(まさか、死ぬんか?)
身動きも取れず、息も出来ない。 その上、次第に自分の身体が自分のものではなくなる感覚。
トラフトは死を覚悟した。
(俺は……アホや。 みんな、スマン……)
そして、完全に意識がなくなってしまった……。
……その頃、カインとダイスは、トラフトが中々戻って来ない事を不審に思い始めていた。
「遅いな、トラフトの奴。 まさか、ショックで帰ったんじゃないだろうな?」
「それはないよ。 この依頼は自分で志願したんだから、アイツはああ見えて責任感はあるからな」
カインとダイスは、それでもトラフトが逃げるような男ではないと、友人として知っていた。
すると、漸くトラフトが戻って来た。 その姿はびしょ濡れで、表情は暗い。
「遅かったじゃないか。 なんだおまえ、沼に落ちたのか?」
ダイスが笑いながらトラフトに近付こうとすると……
「!? 駄目だ、離れろ!!」
シェスターが物凄い形相でトラフトに斬り掛かったのだ。
トラフトはシェスターの剣を腕で受け止めようとするが、腕は綺麗に両断された。
「なっ、シェスター先輩!? なにしてんだよ!」
目の前で親友の腕を斬り飛ばされ、ダイスは先輩であるシェスターに怒鳴る。
「落ち着け、コイツはもう……トラフト君じゃない」
シェスターはあらゆる文書を読むのが趣味であり、その知識量は膨大だ。 だからこそ、フュージョン・スライムに関しても、普通の人なら知らない情報でも知っていた。
フュージョン・スライムの最大危険度レベルは5とされているが、過去にも人間を取り込んだフュージョン・スライムがレベル7に認定されたのも知っていたのだ。
「……トラフト君は、フュージョン・スライムに取り込まれた。 こうなるともう取り込まれた人間は自我を失い、完全にスライムの一部……魔獣になってしまうんだ」
シェスターの言葉に、カインも理解が及ばない。
「それじゃあ、トラフトは……」
「残念だが、今僕たちが出来るのは、これ以上被害が広がらないように……トラフト君ごと倒すしかない」
カインもダイスも、頭が真っ白になっていた。
さっきまで、一緒に依頼をこなしていたのだ。 全然元気だったのだ。
その親友が……もう、いないのかと。
「くそっ……この僕が付いていながら、すまない、カイン君、ダイス君。 全ては僕の責任だ、君達は殿下達を連れて直ぐに騎士団とハンターズギルドに報告してくれ。 トラフト君は、僕が責任を以って討……眠らせてあげる」
シェスターは配慮して、眠らせると言葉を変えたが、最早、トラフトは完全に魔獣なのだ。
まだ気持ちは割り切れていないが、それでもカインとダイスはこの場で出来る最善の行動、護衛対象である双子殿下をこの場から退避させようと動き出した。
カインは焦りを抑えながら、ギルド第三支部へ連絡し、ダイスは双子殿下を馬車まで連れて行こうとしたのだが……。
「はははっ、これがフュージョン・スライムか! こんなつまらない初討伐では、未来の帝王であり英雄になる男であるこの僕には相応しくないと思ってたんだ! もしかしたらと思っていたが本当にフュージョン・スライムに出くわすとはな!」
「殿下! 今は笑ってられる状況ではありません! すぐに帝都に戻ります!」
「黙れ! 僕は自分より弱い者の言う事など聞かぬ! ここで、危険度レベル5といわれる魔獣を倒し、トーレス・フェルナンド・ゴンザレスの輝かしい歴史に最初のページを作るのだ!」
トーレスはダイスを跳ね飛ばし、フュージョン・スライムとなったトラフトに向かって走り出した。
「ばっ、馬鹿が!」
ダイスも慌てて追いかけるも、悔しい事に機動力“だけ”はトーレスが勝っている。
「どけ、新人騎士! そのスライムは、この次期帝王が倒す!」
トーレスのまさかの行動に、シェスターの反応が一瞬遅れる。
トラフトの斬られた腕が瞬時に再生し、鞭のようにトーレスの首に巻き付いたのだ。
「ぐっ……この程度、叩き斬ってやるわ!」
トーレスが剣でトラフトの触手を斬ろうとするも、触手は硬く、剣が跳ね返されてしまった。
「なっ!?」
唖然とするトーレスに、またもトラフトの触手が伸びる。 しかも、切っ先が鋭利で、トーレスの身体など簡単にを貫くだろう。
だが、その触手はシェスターの盾に阻まれた。 そして、トーレスの首に巻き付いた触手もシェスターが斬り落とした。
「実力を弁えて下さい、殿下! この魔獣は、貴方がどうにか出来る相手ではない!」
「なっ、ふ、不敬であるぞ!」
「言ってる場合ですか!? 貴方はまだ己と相手との実力差を計りきれてもいない子どもだ! 今は邪魔だけはしないでいただきたい!」
シェスターは、トーレスの実力をある程度計りきっていた。 だからこそ、トラフトとの模擬戦を中断させたのだ。
一度目の立ち合いは明らかにトラフトが集中を欠いており、自慢の機動力で勝つことが出来た。 だが、本気になったトラフトには絶対に勝てない。 むしろ、冷静さを失ったトラフトが事故を起こしそうだったから、敢えてトーレスのプライドを慮ったのだ。
「貴様~、僕は次期帝王だぞ! 貴様など、容易く首を飛ばしてやる事も出来るのだぞ!?」
喋りながらも、トラフトの触手は襲ってくる。 それを、シェスターは全て防いでいた。
「ミゲール王なら、そんな横暴な真似は決してしませんよ? 貴方が将来、本当に英雄と呼ばれる帝王になりたいのであれば、己の身の程を知り、周りの人間の言葉に耳を貸す事です。 貴方の父親は、それが出来る。 だからこそ、賢王と呼ばれているのです」
怒りと屈辱、そして焦りから、トーレスは反論出来ずに震えている。
そのトーレスの両腕をカインとダイスが持ち上げ、強制的に馬車に連れて行った。
「貴様らも、ふけ……離せ!」
「我々の任務は殿下の護衛です。 妹君は既に馬車に乗っております。 直ぐに退避しましょう」
暴れるトーレスを抑えつけて、カインも馬車に乗り込む。 だが、ダイスは……。
「すまん、カイン。 帝都へはおまえだけで向かってくれ」
「何を言ってる? 今は自分に出来る事をやる時だ! それに、俺たちがいても足手まといになるだけだぞ!」
「……邪魔はしない。 ただ、トラフトとの付き合いはおまえより少し長かったんでな……もし、これが最期だというのなら、俺は親友として、あのバカ野郎の最期を看取りたいんだ」
カインは暫しダイスを睨んでいたが、やがて呆れたように苦笑いを浮かべた。
「……分かった。 だが、あのトラフトがそんなに簡単に死ぬなんて、俺は信じられない。 だから、アイツが正気に戻った時、俺の分まで頭を小突いてやってくれ。 このバカ野郎ってな」
お互いニヤリと微笑み、拳を合わせる。 そして、馬車は帝都へ向かって走り去って行った。
一方、シェスターはトラフトの猛攻に手が出せないでいた。
(トラフトは元々機動力の長けたハンターだった。 それが影響しているのか?)
先の模擬戦でも、二戦目を止めた最大の理由が機動力だった。
シェスターから見て、トラフトはスピード型、ダイスはパワー型、カインはバランス型と、特徴が綺麗に分けられている印象を受けた。
三人とトーレスがまともに戦えば、三人全員が勝てるだろう。 だが、トーレスから見て相性的に最悪なのが、トーレスと共にスピード型で格上のトラフトだった。
パワー型には相性が良い、バランス型にも自分の強みを生かせる、だが、同じスピード型には、そのスピードで上回れたら勝負にならないのだから。
そうなればトーレスは、カインやダイスに敗れるよりも大きなショックを受ける事になっていただろう。
(こんな事なら、二戦目をやらせてトラフトの自尊心を回復させてあげれば良かったな。 まだ幼い殿下のプライドを慮った僕の計算ミスだ)
トラフトの攻撃は、より苛烈さを増す。
(もしかして、フュージョン・スライムは、取り込んだ人間の影響を受けるのだろうか?)
もしフュージョン・スライムが、取り込んだ人間の特徴や強さが影響するのなら、シェスターは絶対に自分は取り込まれるわけにはいかないと、背筋に冷や汗がつたった。
言い方は悪いが、自嘲でもなんでもなく、シェスターは戦闘力の面でトラフトの遥か格上だ。
……もし、そんな自分が取り込まれたら、フュージョン・スライムはどれだけの化け物になってしまうのか?
(くそう……軽く引き受けた依頼だったけど、まさかこんな展開になるとは……。 だけど、全ては僕自身のミスだ。 この場をなんとかしなければ)




