第52話 焦燥
双子殿下一向の、初の魔獣討伐の場所は帝都から馬車で一時間離れた沼地だった。
この沼地は主に最弱魔獣・スライムが多く棲息する場所で、初めて魔獣討伐をする子どもたちのメッカとなっている。
途中、邪魔になる魔獣はカイン達三人が退け、無事に目的地に到着していた。
「まったく、皆僕を見くびり過ぎなのだ。 僕は近衛騎士とも互角に打ち合えるのに、なんでスライムなど相手にしなければならないんだ」
近衛騎士とは、主に王族を守る騎士である。
選定条件としては、より護衛に長けた能力が必要とされ、基本的には騎士団に一◯年以上在籍し、その上で能力を評価された者だけが近衛騎士に選ばれる。 つまり、学生では太刀打ちできる相手ではない。
現在は、まだ魔族との争いが終わったばかりで世界が安定していないし、最終決戦終了後に、ヴィーに撃退はされたがミゲールに暗殺者が仕向けられた事から警戒を強めており、ミゲールが他国に訪問する際には、必ず近衛騎士団長が護衛を務める他、稀に騎士団長であるシュウトも近衛騎士の助っ人として投入される事がある。
それが、帝王の傍には勇者であり英雄が常に仕えていると他国に知らしめる効果にも繋がっているのだが。
「殿下、スライムは体内に核が存在し、それを……」
カインがスライムの弱点を説明すると……。
「そのくらい知っておるわ。 僕を馬鹿にしてるのか?」
言いながら、トーレスはスライムの核を剣で突き刺していた。
「いえ、失礼しました」
トーレスは完全にカイン達を見下している様で、何か助言をする度に反論していた。
トラフトが小声でダイスに呟く。
「なんやねん、アレ。 あんなんが次期帝王言うんやったら、この国どないなんねん?」
「バカ、殿下に聞こえたらどうする? おまえだけじゃなく、俺達全員、不敬罪で首が飛ぶぞ!?」
トーレスとサーシャが、スライムを難なく退治している。
スライムは特に近付いても反応しない事が多く、身体が半透明なので核を貫くのも容易い。
「……つまらぬ。 つまらぬぞ! オイ護衛、退屈であろう? 僕と模擬戦で一戦交えよ」
トーレスの切先が……トラフトに向けられる。
「え? ……俺? いや、私はあくまで護衛ですし、次期帝王候補の殿下と模擬戦などとんでもない!」
「……聞こえておったぞ。 僕が帝王になった後の帝国に不満があるみたいだな」
「なっ!?」
「バカ! だから言っただろ!」
「申し訳ございません、殿下。 この男は少々言葉使いが下手ですので誤解を招いたかもしれませんが、トーレス殿下が帝王になったあかつきには、どの様な素晴らしい国に導いてくれるのだろうという意味だったのです」
カインが即座に膝を着いてトーレスに謝罪する。 なんとか誤魔化してみたが、それでも苦しい言い訳だ。
「ふん、見え透いた言い訳など聞きたくないわ。 で、相手をするのかしないのか? ハッキリしろ」
「相手しろと言われましても……」
内心では、トラフトも生意気なトーレスに腹が立ったはいたが、相手は王族であり次期帝王候補なのだ。
判断を仰ぐべくカインをチラリと見るが、カインは首を横に振っていた。
トラフトの戦闘面での実力は、最近のハンター活動でメキメキと上がっていた。 少なくとも、アカデミーでも一◯位以内に入る程に。
トーレスは近衛騎士とも互角に打ち合っていると言っていたが、そんなのは近衛騎士が手加減しているのは明白なのだ。
もし、自分が本気で戦ってトーレスに怪我でもさせたら一大事どころではない。
かといって、こんな生意気なクソガキにわざと負けてやれる程、トラフトは大人ではない。
「僕が御主らに依頼したのは、同年代の実力が知りたいからだ。 肝心の同年代がおらぬのなら、高等部の実力がどんなものかご教授して貰いたいものだなぁ、センパイ」
互いの顔を見合わせる三人。 その表情は一様に、困惑と呆れ。
カインとダイスに至っては、この依頼を引き受けた事を激しく後悔していたのだが、トラフトは違った。
「分かりました! 殿下との模擬戦、この俺が引き受けましょう!」
Dランクハンターへの渇望が、トラフトを奮い立たせた。
「ほう……少しは見所があるではないか。 では、胸を貸してもらうぞ、センパイ」
挑発的に剣を構えるトーレス。 トラフトも、両手に短刀を持って構える。
模擬戦など予想していなかったため、木剣など用意していなかったのだ。
(大丈夫や……こんなクソガキ、適当に打ち合って、癪だが最終的にわざと負けてやったらええんや)
己のプライドを捨て、トラフトがトーレスに視線を戻すと……その場にトーレスはいなかった。
「オイオイ、いくらなんでもこの程度か? もう少し頑張ってくれよ、センパイ」
気が付けばトーレスの剣が、トラフトの喉元で止まっていた。
「い、今のは油断しただけや……だけです! もう一戦、お願いします!」
(見えなかった! もしかしてこのガキ、ホンマに強いんか!?)
トラフトが気を取り直して再び構える。
だが、油断していたとはいえ、中等部に一本取られたのは、トラフトを動揺させるのには充分だった。
だからこそ。精神を落ち着かせ、今度こそ本気で相手をすると決める。
「失礼ながら殿下。 その辺でお辞めになった方が宜しいかと」
だが、今まで黙っていたシェスターが間に入って、模擬戦を止めた。
「貴様……この僕に進言する気か?」
「いえいえ、殿下のお力は充分証明されたではありませんか。 彼はカイゼルアカデミー高等部でも上位の実力者です。 そんな生徒に、殿下は勝ったのですから」
「なっ……シェスター先輩!?」
中等部に負けたと言われ、訂正しようとしたトラフトを、シェスターは首を横に振って止めた。
「木剣でもあれば、心ゆくまで戦っていただけたのでしょうが、真剣でこれ以上の模擬戦は危険ですよ。 興奮すると誤って当たり所が悪くなって怪我を負うか、下手すれば命を奪ってしまうのですから。 でしょう? 殿下」
「フン、御主は帝国騎士団の新人騎士らしいな。 仕方ない、僕もこの歳で人殺しになりたくはない、模擬戦はここまでにしておこう」
不満を言いながらも、高等部の実力者から簡単に勝てた事にトーレスは、満足気に剣を鞘に収めた。
「なっ、ちょっと待って下さいよ先輩! 俺はまだ……」
「黙るんだ。 “実状”はどうあれ、負けは負けだ。 現実を受け止めないと、いつまで経っても強くなどなれないぞ」
「ぐっ……」
何も言えず、悔しがるトラフトの肩に、シェスターが手を置いた。
「この依頼での君の目的は、殿下を負かす事じゃない。 そうだろ?」
それだけ言うと、シェスターは再び後方に下がり、周囲の見張りを再開していた。
「トラフト、あれで良かったんだよ。 間違って殿下に怪我でも負わせたら大変だったんだから」
ダイスがトラフトを慰めるが……
「はぁ!? ……チッ、小便してくるわ」
納得出来ないトラフトは、舌打ちをしてその場を離れた。
(クソッ……こんなんじゃ、一人前の……皆が認めるハンターになれへん……)
トラフトの実家・エンゼル家は、帝国西側にある。
男爵家であるエンゼル家は特定の領地を持たないため、他の家が領主をしている領地の一部を管轄していた。
跡取りに関しても、既にトラフトの兄が内定しており、トラフト自身も納得している。
領地の一部を管轄しているだけなので、次男のトラフトが長男をサポートする程の仕事もなく、必然的に卒業後は独立して生活する覚悟をしていた。
そんなトラフトが見付けた夢が、ハンターだった。 だが、トラフトの親はそれを認めなかった。
何故、高い授業料を払ってカイゼルアカデミーに通わせてるのに、ある意味根無草のハンターなのかと。
トラフトの親も、将来家を出る次男が少しでも良い就職先を見つけられる様にと、無理をしてアカデミーに通わせているのだから。
ハンターは、Dランクで漸く一人前だが、それでも決して裕福な生活を送れる訳ではない。
報酬が高くなるのはBランクからだが、Bランクから上はハンター全体の三割程なのだ。
(俺は早くBランクまで駆け上がって、親を安心させたいんだ。 今回の機会は、親を納得させる材料になる……ハズなのに、中等部に負けるとは……俺、才能無いんかな……)
学生でDランクは、かなり有望なハンターとして扱われるだろう。 そうなれば、親も自分がハンターになるのを認めてくれるハズ……と思い、今回の依頼を引き受けたのだが、今の模擬戦でトーレスに敗れたのは大きなショックだった。
小便を終え、ため息をひとつ。 ……すると、木陰で何かが蠢いていた。
不信に思い、木陰に近付く。 そこには、群れで蠢くスライムがいた。
(まさか……これは、“フュージョン”!?)
スライムは稀に、個体と個体が合体し、より大きく強く成長する。 この現象をフュージョンと呼び、最弱のスライムが大きさ次第では最大で危険度レベル5認定される魔獣に進化するのだ。
(この大きさ……もうレベル5を超えている!?)
瞬時に、トラフトの脳裏に二つの選択肢が浮かんだ。
一つ目は、直ぐに臨時リーダーであるカインに報告して、適切な対応をする。
二つ目は、この場でレベル5のスライムを倒す。
当然、正解は一つ目の選択肢だ。 だが、トーレスに敗れる失態を犯し、挽回のため目先の手柄に目が眩んでしまっていたトラフトは、二つ目を選択した。
(レベル5言うても所詮スライムや! 俺なら出来る……やってやろうやないかい!)




