第46話 魔族と知り合い
翌日、ヘンリー森林区では早朝から騎士団による魔獣一斉討伐作戦が行われた。
本格的なスタンピードに発生する前に、のそもそもの原因だったガイルとシャリアが山頂から去り、更には高レベル帯の魔獣がヴィーとシェスターによって大量に駆除された事により、作戦は順調に遂行され、ヘンリー森林区は通常の姿よりも静かになる結果となった。
その間……ヴィーは討伐作戦には参加せず、学生達の野外訓練に帯同していた。
今日もまた、ヘンリー森林区での野外訓練はお預けとなり、一年生が屋外グラウンドにて教員たちによる授業を受けているのを、三年生の五人は少し離れた場所で眺めていた。
「……シュナイダー君、騎士団が随分騒がしかったみたいですが、昨晩は何かあったのですか?」
欠伸をしているヴィーに、クラリスが問い掛ける。 その表情と口調は、ヴィーに対してまだ距離のある態度ではあったが、少なくとも昨日までの敵意みたいな感情は無くなっていた。
「ん? まあ、作戦完了の目途が立ったって所だ。 今回騎士団が同行した理由を兄貴から聞いてないのか?」
「流石に内容までは聞いていませんよ。 兄妹だからといえ、情報漏洩になりますしね。 それに……兄と私は、それほど会話する仲でもありませんので」
シュウトとクラリスは歳も離れているし、シュウト自身が多忙の身なので、会話らしい会話など月に一度するかどうかだった。
「そっか、それはシュウトも気の毒だな」
「兄が気の毒? 何故ですか?」
クラリスとしては、自分が気の毒と言われるのならまだしも、何故シュウトが気の毒なのか疑問を覚える。
「気の毒だろ。 可愛い妹と一緒にいる時間も無いんだから。 まあ、騎士団長の立場では仕方ないんだろうけど」
「……まるでシュナイダー君にも妹さんがいるみたいな言い方ですね」
クラリスがくすりと笑う。
「い、いや、もし俺に妹がいたら、そんな感じに思うのかな〜と、な」
つい本音が漏れてしまい、動揺しながら誤魔化すヴィーを、クラリスは少し驚いた表情で見つめると……
「……シュナイダー君も動揺する事があるのですね。 でも、本当に妹さんがいたのだとしたら、その妹さんが羨ましい……」
……聞こえないほどの小さな声で呟き、儚い笑みを浮かべて俯くのだった。
それをヴィー聞き逃さなかった。 そして、今度シュウトに会ったら、もう少し妹との時間を設ける様に忠告してやろうと思っていた。
「お! ここにいたのか、アンノウン!」
するとそこへ、場違いな大声でガイルがやって来た。 昨晩までのヴィーに対する憎しみはどこへやら……すっかり機嫌を取り戻した様子で。
(ガイル!? あの野郎、なんで?)
「すみません、アンノウン様。 私は止めたのですが、どうしてもアンノウン様に会いたい……というより、暇だからと駄々をこねまして」
いつの間にかヴィーの隣に並んでいたシャリアが、申し訳なさそうに頭を下げていた……ヴィーの腕に抱き着きながら。
「おまえまで……って、腕を組むな」
突然現れた青白い肌と只ならぬオーラを漂わせた男女に、その場がざわつき始める
そして、いきなりヴィーの隣に現れた美しい女性を間近で見た三年生の面々は、シャリアが魔族だと気が付く。
「ま……魔族!? 何故!?」
警戒するクラリスに、シャリアは余裕の笑みを浮かべる。
「何故? 私たちはただ、アンノウン様に会いに来ただけで……すよっ!?」
クラリスに対して、大人の余裕を感じさせる妖艶な笑みを浮かべたシャリアだったが、その頭にヴィーの拳骨が振り下ろされた。
「痛い! なんで殴るんですか!?」
涙目で抗議するシャリアの耳元でヴィーが囁く。
「今の俺はヴィー・シュナイダーだ。 二度とアンノウンの名前を出すな」
小声ながらもしっかりと怒気の含まれた囁きに、涙目のシャリアは無言で頷くしかなかった。
「な~にジャレてんだよ、アンノウンにシャリア。 そういやおまえら、昔からイチャイチャしてたっけ? ったく、隅に置けねえなぁ魔王軍最きょゴハアアッ!?」
高速で間合いを詰めたヴィーのボディーブローがガイルの鳩尾を打ち抜く。 それは、竜種の身体であろうと一撃で吹っ飛ばす程の力が込まれていた。
「俺は、ヴィーだ。 二度と、俺を、アンノウンと、呼ぶな」
魔族二人を相手に慄くどころか、むしろ足蹴にするヴィーに、その場にいる全員が状況が分からず唖然としていた。
すると、慌てた様子でシェスターもこちらに走って来た。
「どこに行ったかと思えば……ガイル殿とシャリア殿は客人とはいえ身柄を拘束されている身なんですから、勝手な行動は困ります」
「よう、シェスター。 ゆっくり休めたか?」
シェスターは昨夜ヴィーと行動を共にし、ガイルやシャリアとの交渉役を見事に担った功績をオルテガに讃えられ、討伐部隊には参加せずに休養を与えられていたのだが……ガイルとシャリアが抜け出したと聞いてヴィーの下にやって来たのだった。
「……すまんな、ウチの見張りが二人を逃がしてしまって。 それに、こんな時に自分だけ寝てるのは性に合わん」
ガイルとシャリアの見張りは別の新人騎士が行っていたのだが、二人はアッサリと見張りを掻い潜り、テントを抜け出したのだった。
「まあ、この二人をしっかり見張るつもりなら、シュウトでもいなけりゃ無理だから仕方ないさ」
昨日はヴィーを師匠と呼び、敬語を使っていたシェスターが、対等な口調で会話をしている。 だが、昨日よりも確実に親し気な二人に、クラリスは昨晩何があったのか興味を抱いた。
「あの、シェスター先輩。 騎士団の作戦が機密事項なのは理解してますが、一日で随分とシュナイダー君と親しくなってますね。 一体何があったんですか?」
「ん? 何があったか……ま、一◯回以上死にそうになった結果だよ」
全く意味不明な言葉で煙に巻くシェスターに、恐らくこれ以上は聞いても無駄なんだなとクラリスは悟る。
「さて、じゃあおまえらは帰れよ。 いきなり魔族なんか現れたら、生徒達がビビるだろうが」
「そんな~、だってガイルと二人きりで狭いテントにいたって暇なんですもの」
白目を剥いて気絶しているガイルを見ながら、シャリアは表情を曇らせる。
「多くの人間にとって魔族はまだ恐怖の対象だ、学生なら尚更な。 これからの未来、人間と魔族が友好関係を結べば、認識も変わるだろうけどな」
「じゃあ、私達は人間と魔族の友好の架け橋になるのかもしれませんね。 ……そうだ、だったら私に良い考えがあります」
「ほう、どんなだ?」
「友好関係を結ぶ象徴として、互いの人種が婚姻を結べば良いんです。 例えば……私とアン……ヴィー様とか」
「なんでそうなる?」
シャリアは魔族の中でも、その強さと美しさから『魔姫』と崇められる程に魅力的な女性ではあるが、残念ながらヴィーには一切その気はなかった。
「いいじゃないですか。 それとも、私じゃあ不満ですか?」
そう言って上目使いしながら豊満な胸をヴィーに押し付けてくるシャリアに、クラリスは眉をしかめるが、ライカールなどはすっかり鼻の下が伸びていた。
思えば、シャリアは魔王軍の頃からアンノウンに対して、尊敬以上の感情を隠しもせずに接して来ていた。
恋愛には疎いというより興味がなかったヴィーとしては、正直悩みの種でしかなかったが……ふと、一年生の中から心配そうにこちらを見つめているソフィアに気がつくと、慌ててシャリアの腕を振り解いた。
「馬鹿言うな、俺はまだ学生だぞ?」
「最初は私も、まさかあのアン……ヴィー様が、十代だったとは驚きましたけど……良いじゃないですか。 魔族は男は一六歳、女は一四才から婚姻が認められてますし」
「ここは人間の社会だ。 ……っていうか、シャリアって何歳なんだ?」
「レディーに年齢を聞くのはナンセンスですわよ? でも……そんな常識知らずな所もカワイイですけどね」
「イテテ……オイ、アンノ……じゃなくて、ヴィー? テメー洒落になんねーだろが! 殺す気か!?」
気を失っていたガイルが起き上がる。 あの一撃を喰らっても平然としていられるのは、流石に元とはいえ魔王軍七騎将といった所か。
「そうだ、そういえばガイルって何歳なんだ?」
「あん? 俺は二九歳だ。 シャリアとは同じ歳の腐れえ……うぎゃああっ!?」
ガイルの身体を黒炎の業火が包み込む。
「オホ……オホホホホッ、私がアラサーな訳ないじゃない! 見なさい、この水を弾きまくるピチピチな肌を!」
アラサーなんだな……と、ヴィーは悟る。 自分はともかく、その程度の年齢差なら恋愛の障害にはならないと思っているが。
「テメー、シャリア! 本当に洒落にならねえじゃねえか! 殺す気か!?」
黒炎を風で吹き飛ばすものの、身体は黒焦げのガイル。 あの炎を喰らっても平然としているのは、流石に元とはいえ魔王軍七騎将といった所だ。
「……なあ、ヴィー。 彼らは本当に七騎将なんだよな?」
昨夜の破壊的な戦闘を見ていたシェスターですら、まるでコントの様な掛け合いをする今のガイルとシャリアに、これが魔王軍の恐怖の象徴と呼ばれた七騎将なのかと疑問を抱く。
「一応な。 七騎将はそれぞれ個性的なメンバーが集められてたから」
七騎将の中で最も騒がしくて能天気なのがガイルだったし、最もアンノウンに対して友好的だったのがシャリアだった。 今思えば、今回人類の領土に現れたのがこの二人だったのは、ヴィーにとっては幸いだったのかもしれない。
「そういや、こん中におまえの妹がい……おっと! 何度もその手はくわねえぜ」
ヴィーのボディーブローをガイルが躱す。
どこから聞き出したのか、ガイルはヴィクトーの妹の存在を知っていた。 それはシャリアも同じ。
むしろ二人は、この場にヴィクトーの妹であるソフィアがどんな人物なのかを見物に来たのだ。
「……妹には、俺が兄だと言ってないんだ。 余計な事はいうな」
誰にも聞こえないように、ガイルとシャリアにだけそう囁く。
「……なんだかめんどくせぇなぁ。 まあいいや、とりあえず紹介してくれよ。 死神の妹なんておもしれー人間、見なきゃ損だからな」
「別にいいが……絶対に俺が兄だとは言うなよ? あと、ソフィアはあまりに可愛い過ぎるから、変な事したら肉片一つ残さず消し去ってやるからな?」
二人はヴィーが冗談を言ってるのかと思ったが、その目が真剣なのに気が付き、冗談じゃないんだと悟る。
その上で、あのアンノウンがシスコンだった事実に驚いていた。
そんな二人をよそに、ヴィーはソフィアの元へ向かう。
「アイツら、魔族ではあるが一応旧友なんだ。 それで、友人としてソフィアの事紹介させてくれるとありがたいんだが……あ、嫌なら全然構わないから」
「大丈夫ですよ。 先輩の友達なら、私もご挨拶したいし」
この三日間で、ヴィーとソフィアを見る一年生の目はかなり変わった。
元々付き合ってるのではとの疑惑を抱きつつも、ヴィーに対しては嫉妬の対象だった男子生徒はとくに、ソフィアに対して下手に手を出そうものなら三年トップの四人を圧倒したヴィーに本当に殺されるかもしれないという恐怖を植え付けられたのだから。 とにかく、この二人とは友好的にしなければならないと。
ソフィアにとっても、自分に優しく接してくれる尊敬する先輩が戦っている姿……規格外の強さに驚いたのは事実。 ロレッタの件でも助けてはもらったが、あれほど強いとは思っていなかった。
そして、何故か魔族と親しげなヴィー見て、もしかしたらヴィーは転校する前は魔界にいたのかもしれない……などとあり得ない事を思ったのだが、気にしない事にした。
なぜなら、ヴィーは自分にとって少し過保護過ぎる程に優しい先輩である事には変わらないし、むしろちょっとだけ誇らしい気分にもなっていたから。
ヴィーに促され、ソフィアはガイルとシェスターの前に立つ。
「ソフィア・ハイドローズです。 えっと……ヴィー先輩にはいつもお世話になってるんです」
ヴィーは旧友と言った。 つまり、ガイルとシャリアは、自分の知らないヴィーを知っているのだ。
「良かったら、今度昔の兄の事をお聞かせ下さい」
転校してくる前にヴィーが過ごしていたのか? ヴィーは詳しい話をしてくれないし、あまり踏み込んで聞くのも悪いと思っていた。
今回、旧友だという魔族のガイルとシャリアが現れた事で、少しでも尊敬する先輩の過去を知りたいと、ソフィアは思っていたのだ。
「あら〜、誰かさんに似て美人さんね〜。 私はシャリア、ヴィーとは恋び……いたっ!?」
「う、嘘言うな!」
またもシャリアの頭に拳骨が落とされる。 だが、先程は冷静な一撃だったが、今回のは動揺しながら慌てて振り下ろされた一撃だったので、ダメージは大きい。
「駄目ですよ先輩! 女の子を叩くなんて!」
「あ……いや、ごめん」
困った顔で怒るソフィアに、ヴィーは申し訳なさそうに謝る。
普段から冷静沈着なヴィーが、ここまで動揺するとは……と驚きつつも、シャリアは気付いてしまった。 ヴィーを落とすにはソフィアと良い関係を築くのが必須だと。
「痛たた……ホント、ソフィアちゃん助けて〜。 ついでにお言葉に甘えて、今度一緒に遊びに行っちゃおうかな」
「ええ、是非! お待ちしてます、シャリアさん」
シャリアが馴れ馴れしくソフィアに抱きついた為、再び拳骨を落とそうとしたヴィーだったが……またソフィアに怒られるのは避けたかったし、なにより可愛い妹が笑顔だったのでやめた。
一方、シャリアはソフィアに反応を示したのだが、ガイルは一切無反応で立ち尽くしていた。
しかしその視線は、ソフィアに釘付けで……。
「か……かわいい。 ……ヴィー、今日からおまえを兄貴と呼ばせてくれないかぶはっ!?」
なんと、ソフィアに一目惚れしてしまったガイルだったが、次の瞬間にはヴィーのアッパーストレートよって遥か彼方に殴り飛ばされてしまった。
それでも、五分後には死なずに帰って来て、ヴィーに文句を言う余裕があったのは、流石に元とはいえ魔王軍七騎将といった所だった……。




