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第45話 亡命

「ぼ、亡命だと? 正気か?」


 シャリアの突然のお願いに、ヴィーは動揺を隠せなかった。


「ええ、元々そのつもりで海を渡り、ここまで来て、どう取り入るか作戦を練っていたんです。 まあ、どうしたらいいのか分からず、この場所でもう一ヶ月以上野宿してたんですけどね……。 それで、帝国のミゲール王は魔族とは友好的な人物ですし、私達の亡命を頭から拒否はしないんじゃないかなと思ってたんですが、その上アンノウン様の口添えがあれば、尚更上手くいくかなと」


 ガイルとシャリアは、一ヶ月前に魔界から海を越えてこのヘイル森林区の山頂に辿り着いた。

 だが、どうやったら人間の社会に溶け込めるか、ノープランで魔大陸を脱出して来てしまったため、山頂に仮屋を造り、適当に魔獣を狩って生活していたのだそうだ。


 そんな折り、麓に騎士団がやって来て探索行動をしていたのを好都合と考え、誰かがこの山頂までやって来たら交渉しようと考えていたのだが……なぜかヴィーと交戦してしまったのだ。


 結果的に、ヴィーがアンノウンだったのは、交渉役としては最適といえた。



 ミゲールであれば、恐らくヴィーの頼みなら断りはしないだろう。


 だが、国民感情もある。 しかもそれが、魔王軍でもトップの七騎将となれば、国民の反感を買うのは必至。


「戦争が終わったとはいえ、人間はまだ魔族に対してアレルギーがなくなってない。 いくらミゲール王とはいえ、国民感情を無視して魔族を招き入れるのはリスキーだ」


 国民感情とは政治において、小さく見えても無視できない厄介なものだ。


「ミゲール王がおまえらを受け入れれば、王としての信用を失う危険性もある。 そんなリスクを、俺は帝王に負わせたくない」


 ヴィーにとってミゲールは、親代わりであり命の恩人だ。 そのミゲールに負担をかけるのは本意ではなかった。



「チッ、もういいって、シャリア。 俺は最初からアンタみてえな裏切り者はあてにしてねえ。 こっそり亡命して、こっちの世界のハンターにでもなるぜ」


 魔族と人間の外見的な特徴として異なるのは肌の色だ。 魔族の肌は、人間ではあり得ない程に青白いのだ。


「ハンターズギルドが、まんま魔族だと分かるおまえらを受け入れるとは思えないぞ。 むしろ、討伐対象にされる危険性だってある」


「なら、裏社会にでも潜ってやらあ」


 戦争の影響で、人間界と魔界の表向きな国交は断絶したままだが、裏社会は戦時中でも繋がっていたのはヴィーも知っている。

 裏社会の住人は、なによりも自分の利益のために動いているのだから。



 そんな裏社会であれば、七騎将である二人は歓迎されるだろうが……。


「馬鹿言うな。 おまえは七騎将の誇りを捨てるつもりか?」


「今更誇りとか、知らねえよそんなもん。 大体、スパイだったアンタに言われたくないね」


「なんだと? 確かに俺はスパイだったが、おまえらは魔族のトップとしての気概が……」



 ここで、不毛な言い争いになりそうな気配を察したシェスターが動いた。


「ヴィー。 シュウト団長とは知り合いなんだよな? だったら、一度判断を仰いでみては?」


 すっかり敬語が抜けたシェスターは、ヴィーからシュウトに相談してみてはと持ち掛ける。


「シュウトか……」


 ヴィーからミゲールに言えば、ミゲールはどんなに自分の信用を失おうともガイルとシャリアを受け入れてしまうだろう。

 この九ヶ月、ミゲールはどんな些細な事でも、ヴィーの頼みにノーとは言わなかったから。 それは、自分に対する感謝と、それよりも重い負い目からなのだろうと気付いていたし、そんなに気を使わせてしまうのも気が引けていた。



 であれば、先ずはシュウトに聞いてみるのは有りだと考え、ヴィーは携帯電話を取り出した。


「…………シュウト、俺だ」


「おう、ヴィー。 オルテガからスタンピードの兆候があると報告を受けたが、原因はやっぱり七騎将だったか?」


 オルテガから既にヘンリー森林区でのスタンピードの兆候を聞いていたのだろうが、シュウトの声は落ち着き払っていた。 全ては、ヴィーに対する信頼からだろう。


「ああ。 で、もうガイルとシャリアは戦う気もなく……実は、厄介な頼み事をされてるんだ」


「頼みごと? 俺にか? まあ、聞くだけ聞いてみるが……」


 ヴィーが事の成り行きと亡命の件をシュウトに説明する。


 するとシュウトは……


「なるほど、おまえが帝王に気を使うのは分かるが、そんなの甘えるだけ甘えてやればいいじゃないか。 おまえはそれだけの事を成し遂げたんだから。 でもまあ、そんなおまえだから、俺も信頼できるんだがな。 ……仕方ない、じゃあガイルとシャリアを一度俺の所に連れて来い……いや、スタンピードの件もあるし俺がそっちに行こう。 亡命を認めるかどうかは、その後判断する」


 シュウトは二人に会うのをアッサリと決めた。 しかも、こちらに赴くとの事。

 流石にミゲールの許可もなく、王都に魔族を招くのを避けたのだろう。


「すまないけど、宜しく頼む」


「ああ、心配すんな。 これは……元々俺からの依頼だったから貸しは無しにしとくか」


 最後の一言に安心しつつ、電話を切り、ヴィーは二人にシュウトの言葉を伝える。


「帝王の許可を取らずにおまえらを王都に招くのはマズイから、まずはシュウトがこちらに向かう予定だそうだ。 明日には到着するだろうから、亡命を認めるかどうかはその時に決めるんだろう」


「勇者・シュウトか……最終決戦じゃあ結局顔を拝む事も出来なかったからな」


「勇者ね……敵の総大将だった事を考えると、ちょっと会うのも複雑だけどね」



 とりあえず色々あったが、一先ずは話が落ち着いたのを察し、シェスターはまとめに入った。


「それでは、七騎将ガイル殿とシャリア殿、団長との面会までは我々帝国騎士団の客人として行動を共にしてもらうが、良いだろうか?」


「あん? なんだ、雑魚が急にキリっとしやがって」


「僕は帝国の騎士ですから。 貴方がたがヴィーの仲間であり、団長の客人となれば、礼を以って接するまでです」


 先程まで戦っていたガイルの悪態にも一切動じず、騎士として振る舞うシェスター。

 それを見てヴィーは、戦闘面以外は全てシェスターに負けてるなと、頭を掻いた。


「とにかく、今は俺達について来い。 取り敢えず師団長に会ってもらうから」



 ……その後、適当に遭遇する魔獣を狩りながら、途中、オルテガとも合流して四人は下山した。



 __帝国騎士団第二師団・作戦会議用テント



「……改めて自己紹介をしよう。 俺は帝国騎士団第二師団長のオルテガ・バンビーノだ。 魔王軍七騎将のガイルとシャリアで間違いないな?」


「何度も聞くなよオッサン、俺がアダッ!?」


「黙ってなさい! 一応、私が元・七騎将の『シャリア・ロンバート』と、この馬鹿が『ガイル・スマッシュ』です」


 相変わらず呑気な雰囲気のガイルだったが、オルテガもレビンも七騎将の二人を前に緊張した面持ちだった。


 そんな重苦しい空気を変えるべく、ヴィーが場を取り持つ。


「シュウトには俺から連絡しておいた。 明日にはこちらに本人が来るというから、それまではこの二人の面倒を頼みたい」


「面倒と言われてもね……この二人が絶対に暴れ出さないという保証はあるのかしら?」


 もし二人がその気になれば、第二師団総出でも止められないだろう。 レビンはそれを危惧していた。


「今更テメーらごとき雑魚どもを相手に暴れ出したりしねーよ。 どうしてもお望みっていうなら、遊んでやってもいいぜ? ま、命の保証はしないがな」


「なんだと……」


 敵わないと分かっているとはいえ、レビンも女性としては帝国最強と呼ばれる騎士だ。 侮られて黙っていられる性格ではない。


「落ち着けレビン。 コイツらだって、亡命したいって言ってんだから無茶はしねーだろ。 それに、遊びっていうより稽古してくれるなら願ってもないじゃねーか。 ウチの若い奴等を鍛えあげてもらおうぜ」


 憤るレビンとは対照的に、オルテガはガイルの申し出に好意的だった。


「へ~、人間にも話が分かるオッサンがいんじゃねえか。 だが、俺の特訓は死神仕込みだからな、地獄見る事になんぞ」


 得意気に胸を張りながら、ガイルはヴィーに視線を向ける。


 ヴィーが魔王軍最強のアンノウンだったと云う事実は、オルテガやレビンは知らない。

 そうとも知らずに思わせぶりな態度をとったガイルに、ヴィーの表情が変わる。 ……以前は仮面の下に隠されていた、死神の表情に。


「なるほど……そんなに死神仕込みの特訓が恋しいなら、今からでも付き合ってやろうか?」


「あ……いや、……き、今日は勘弁してやるぜ! オ、オッサン、今日はもう疲れたから寝床用意してくれよ!」


「オイオイ、引っ張るな! じゃあ、今日は解散、レビンはシャリアを寝所に連れてってやってくれ。 おまえらも早く休めよ!」


 地獄の訓練を思い出して背筋が凍ったガイルは、慌ててオルテガを連れてテントを出て行ってしまった。 続いて、レビンとシャリアも。



 残された二人、ヴィーとシェスターは、色々あって長かった一日を思い出し、目を合わせた瞬間に吹き出してしまった。


「フフフッ、本当に密度の濃い一日だったな。 僕の人生でも一番に」


「まあ、いきなり朝からシェスターが来たのが始まりだったけどな。 それより、やっと普通に話してくれるようになったな」


 ヴィーとガイルの間に割って入った時から、シェスターはヴィーに対して対等な口調になっていたのを、内心では喜んでいたのだ。


「それにしても……噂程度にしか知らないが、魔王の右腕であり、魔王軍最強と呼ばれていたのが、確か死神・アンノウン……。 それが、ヴィーだったって訳か……」


「……軽蔑したか? 俺は……魔王軍の一員として、人類侵攻に加担していたんだから」


「でも、話を聞く限り、最初からスパイとして魔王軍に潜入し、最後は魔王の打倒に一役買ったんだろ? なら、僕は人類を代表して御礼を言いたいくらいだよ」


 スパイだったとはいえ、アンノウンは人類の敵だったのだ。 にも関わらず、シェスターは感謝の意を示してくれた。


 スパイとしての三年間が、少しだけ報われた気がすると共に、やはり人格面でシェスターには遠く及ばないなとヴィーは苦笑いを浮かべた。



「魔王を倒した英雄が相棒なんて、荷が重いな……。 でも、戦闘面ではまだ全然及ばないが……今の僕でも他の面でなら君の力になれるから、宜しく頼むよ、ヴィー」


「ハハハ、確かに戦闘面以外は先輩に敵う所が一つも無いな~って、自分が嫌になったし。 これからも宜しく頼むよ、シェスター」



 こうして、出会って二日目で相棒となり、任務を遂行した二人の長い一日が終わったのだった。

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