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prologue.5 新たな希望

「失礼します、団長!」


 ルミーナとの面会を終えたヴィーが真っ先に向かったのは、ミゲールのいる玉座の間だった。


 勿論、本来であれば一個人が帝王に面会など出来るハズもないのだが、ヴィーの隣には宰相であるディエゴがいたため、近衛騎士達も止める事ができなかったのだ。



 玉座の間には、玉座に座るミゲールと、ミゲールに向かって片膝をつく一人の男がいた。


「どうした、ヴィー。 ルミーナとの面会はもう終わったのか?」


「はい。 おかげさまで……」


 そこで、ヴィーは片膝をついた男が何者かに気が付く。


 男の名は、『シュウト・レッドフォード』。


 魔王にトドメを刺した勇者である。



「……シュウトよ、報告ご苦労。 今はとりあえず身体を休めよ」


「ですが、帝王……分かりました」


 シュウトはミゲールにまだ何か言いたげだったが、もうミゲールの興味が自分から突然現れたヴィーに向いている事を察し、指示に従った。



 すれ違い様、シュウトはヴィーの隣で立ち止まった。


 身長体重共に同じくらいだが、どこか影のある美少年のヴィーとは対照的に、シュウトは黄金の髪がよく似合う陽の美青年といった印象。


 立ち止まり、暫しヴィーを見つめるシュウトだったが、特に言葉を発する事もなく、軽く微笑んで去って行った。



 勇者・シュウトとは、アンノウンとして直接対決もした。 その際、ヴィーはシュウトを圧倒はしたが、本来の実力にはそこまでの差が無い事は、ヴィー自身がよく知っていた。


 あの時、シュウトを含めた勇者パーティーを圧倒出来たのは、ひとえにミゲールとディエゴから事前に貰った勇者パーティー一人ひとりの情報を頭に叩き込み、万全の準備をしていたからなのだ。



「して、ヴィーよ。 その表情を見るに、どうやら吹っ切れた様だな」


 ミゲールは、ヴィーの表情が明らかに変わっている事に気が付いた。 まるで、魔王軍に潜入する以前の、明るくやる気に満ちた顔だったから。


「はい。 おかげさまで、記憶を全て取り戻しました。 ……それで、一生のお願いがあるんですが……」


 表情に加え、その声色にも力が込められている。


「なんだ? 言ってみよ」


「ハイ。 ……あれだけ帝王の申し出を拒否しておいて心苦しいのですが、俺、暫く帝国に留まりたいと思ってます。 それで、出来ればこれからもあの家に住んでも良いでしょうか?」


 ヴィーの心変わりに、ミゲールもディエゴも驚きはしたが、それよりも喜びの感情が大きかった。


「あたりまえだ。 おまえが望むなら、私の養子として……」


「それは勘弁!」


 ディエゴの言った通り、ミゲールが自分を養子に迎えるつもりだと聞き、ヴィーは全力で断った。


「ハッハッハ! 帝王、王族の権力争いに巻き込まれたくないヴィーの気持ちも察して下さい。 ヴィーは私の養子として、我がドラマーナ家で預かりましょう。 幸いウチは後継ぎがまだおりませんし、なんなら娘と婚姻を結ばせましょう」


「いや、それも無理!」


 ヴィーはディエゴの申し出も全力で断った。 婚姻の件も、確かディエゴの娘はまだ八歳だったのを知っていたから尚更。



 その後もミゲールとディエゴは立場を無視して、どちらがヴィーを引き取るかで口論を繰り広げたのだが……。


「どっちも御免です。 俺は王族にも貴族にもなりたくないので」


 結局ヴィーがどちらも拒否したため、不毛な言い争いは終結した。



 ……そして、ヴィーは記憶を取り戻して思い出した妹の事を、これからは傍で守ってやりたいと告げた。 幼馴染だったルミーナに関しては、下手な勘繰りを避けるために言わなかったが。


 ミゲールとディエゴも、ヴィーに妹がいた事に驚いていたが、記憶が戻った事とルミーナが知り合いである事から、すぐにでもヴィーと妹を引き合わせようと考えたのだが……。


「悪いけど……妹に正体を明かすつもりはないんです。 ルミーナの話だと、今は立ち直って元気にやってるみたいだし、今の俺は妹に誇れる人間じゃありませんから」


 記憶を取り戻し、暗い感情が吹っ切れたとはいえ、やはりヴィー自身が、血に塗れた自分では兄として名乗れないとの考えは頑なだった。


「そんな事は無いと言っておるだろう? 全ては私の命令であり、全てはこの世界を救った功績ではないか」


「どんなに言われても、自分自身が納得出来ないんですよ……」


 アンノウンとして魔王軍に潜入し、向こうで出来た仲間を欺く間、また死神として暗殺を繰り返す度、徐々に心が壊れていったヴィーに対して、やはりミゲールとディエゴは深い罪悪感を覚えた。


 どれだけ世界が救われたとしても、その代償として、一人の少年の心が壊してしまう所だったのだと。


 ただ、記憶を取り戻し、生きる活力を得てくれた事は、二人にとって何よりも喜ばしい事だった。



ここで、帝国騎士団名誉顧問であるディエゴが、ヴィーに提案を持ちかけた。


「おまえの気持ちは分かった。 ところで、妹さんを守ると言っても、黙ってあの家にいるのも退屈だろう? 帝国騎士団も今回の最終決戦で何人かの精鋭が怪我により引退する事になった。 今後の帝国の安寧の為にも、弱い騎士団では話にならん。 よかったら、暇つぶしがてら鍛えてやってくれないか?」


「俺が騎士団を? そりゃ、身体を動かすには良い相手かもしれないけど、俺みたいな若造がいきなり騎士団に行っても相手にされないのでは?」


「な~に、トップが認めれば皆従うわい。 それに、今回の戦果を鑑みて、新たな騎士団長には勇者・シュウトが任命されるだろう」


 勇者・シュウトが騎士団長になるのは、ヴィーにとっても既定路線に思えて納得出来た。

 なにせシュウトは、魔王を倒した英雄なのだから。


「……つまり、勇者が俺の存在を認めれば問題ないと? いや、シュウトとはアンノウンとして一度交戦したけど俺の事は認識してないだろうし、なによりもし俺がアンノウンだったと知られたらマズイんじゃないか?」


「そこは帝王がなんとかするだろう。 それに、シュウトはそんな器の小さな男ではないぞ。 これからの帝国騎士団を担う人材なんだからな」


 神に選ばれた勇者・シュウト・レッドフォード。

 ヴィーは昔から、戦闘力だけなら自分の方が上だと思っていたし、事前の準備があったとはいえ、実際手を合わせてみてその通りでもあった。


 そしてスパイとしてアンノウンを演じている時に、ふと、こんな考えが頭をよぎっていた。

 自分の方が強いのだから、自分の方が勇者に相応しいんじゃないかと……。 そう思った事は一度や二度とではない。


 魔王軍での生活は、確実にヴィーの心を蝕んでいた。 いっその事、自分が勇者だったならばこんな想いはしないで済むのではと。


 しかし、シュウトの事を知れば知るほど……勇者として必要な素質を知れば知るほど、何故シュウトが勇者なのかを理解させられた。


 勿論、ブレイブハートという稀有なコモンスキルの存在はあるものの、勇者に必要なのは戦闘力だけではないのだ。

 絶対的な強さに加えて、カリスマ、勇気、優しさ、そのどれもが必要不可欠であり、強さ以外はどれもが自分には無いものだと認識させられたから。


 全てを備え、人類の光となるべき存在だからこそ、シュウトには勇者たるコモンスキルが与えられたのだと。



「先ほどシュウトは、今回の顛末を私に報告しに来ていたのだ。 魔王にトドメを刺したのは自分だが、その全ては魔王軍のアンノウンが御膳立てしたのだと。 自分は英雄などでは無い……とな。 欲の無い奴だが、その誠実さは奴の良い所でもある」


 余計な事は言わずに、自分達が魔王を倒したとだけ報告すればいいのに、シュウトはアンノウンの存在を含めて、正確に事の顛末を報告したのだ。


「それに、御主が今後も帝国に住むのなら、私達と接する機会も増えるだろう。 となれば、理解者がもう一人くらい増えた方が何かと便利であろう」


「え? って事は、俺の正体をシュウトにバラすんですか? 俺はつい先日、刃を交えたアンノウンなんですよ?」


「帝王も俺も、シュウトだけには、おまえの正体を教えても問題ないと考えてる。 勿論、おまえが拒むならやめておくが……これからこの国で暮らしてくなら俺達だけじゃなく、勇者であり次期騎士団長の後ろ盾があれば何かと助けになる。 それだけじゃなく、おまえが騎士団の臨時講師として力を示してくれれば、騎士団がおまえの味方をしてくれるだろう」


 シルマーリ帝国騎士団は敵だった存在だ。 騎士団の人間は誰一人殺してはないが、それでもアンノウンの名は知る人ぞ知る恐怖の対象として認識されているだろう。 ヴィーにはその引け目があった。


「おまえがアンノウンだと知るのは帝王と俺、そしてシュウトだけなら、なんの問題もない。 騎士団の者にはおまえの事は、帝王の隠し子……ではなく、帝王と俺の秘蔵っ子として紹介してやるから安心しろ」


 ヴィーとしては、自分がシュウトに受け入れられるのか些か不安ではあったが、ミゲールとディエゴの説得により、了承する事にした。


「秘蔵っ子ねぇ……。 分かりました。 騎士団の件は承知しました」



「ところで、アリシアにはもう会ったか?」


 ヴィーがミゲールに引き取られて魔王軍にスパイとして送り込まれるまでの七年間、彼の教育係を務めた他、生活の世話をしてくれた『アリシア・システィーナ』だった。


「まだだけど、勿論会いに行くつもりだよ。 アリシアさんには、ちゃんと謝りたいから」


「そうだな……彼女は御主をスパイとして魔王軍に送り込むのを最後まで反対しておったし、常に御主を心配しておった。 今は騎士団を退団しているが、魔王軍に潜入してる間も御主が元気にやってるのか、ちゃんと勉強してるのかと心配しておったぞ」


 アリシアが、ヴィーがスパイとして潜入任務に就くのを反対していたのは事実だが、最終的にヴィー自身が任務に就く事を承諾し、それと同時にアリシアは騎士団を辞めたのだ。


 そして、今では学園の理事長として、帝国の有望な子どもの教育に携わっているのだが……。


「そうだ、御主の年齢的にアリシアの学園に通うのも面白いのではないか? 見た目もまだ学生だと言ってもおかしくはないしな」


「学園……? この俺が?」


 ディエゴとアリシアから文武両道の教育を受けていたとはいえ、この三年間は魔王軍で魔王の側近として生きて来たのだ。 当然、その間は学生がする様な勉強など一切していなかったし、ましてや同世代の人間と接した経験がないヴィーにとって、学園に通うなど想像もしていなかった。


「……あんまり気が進まないな。 ちょっと考えさせて……いや、アリシアさんの学園って、もしかしてカイゼルアカデミー?」


 ルミーナの話だと、妹は春からカイゼルアカデミーに入学する予定だと聞いていた。


「そうだ。 カイゼルアカデミーは帝国中から優秀な若者が集まる帝国随一の名門校だ。 なんなら、ルミーナも在籍してるぞ」


 ルミーナもまた、カイゼルアカデミーの生徒だった。

 妹とルミーナの二人を傍で守りたいと考えたら、同じ学園に通うのは好都合だと考える。


「俺なんかが、そのアカデミーに通っていいのかな?」


「おお、その気になったか? おまえ程の実力があれば特待生枠でねじ込むのは簡単だが、ある程度の学力が無いと入学してから厳しいのも事実」


 魔王軍に潜入するまでの間、ヴィーは最低限の勉強はしていたが、それからの三年間は学業という分野から遠ざかっていたのだ。


 カイゼルアカデミーは帝国中から次代を担う人材が集まるエリート校だ。 当然、本来であれば学力という面でも高い能力が求められる。


 一部特例として、特殊能力や特定の分野で著しい才能を評価された特待生も存在するが、それでも最低限の学力が必要とされるのだ。



「……なら、勉強してカイゼルアカデミーに通えるだけの学力を身に付けてみせるよ。 ……半年もあれば、それなりにいけるかな?」


 こうして、ヴィーはアカデミーに入学すべく、半年間の猛勉強を胸に誓ったのだった。




死神のリグレット〜魔王軍最強の死神、学生になる〜


prologue



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