第44話 アンノウンの作戦
「どーいう意味だ、雑魚。 あんまくだらねえ事言ってると、今直ぐ殺すぞ?」
ガイルは、シェスターが何の根拠もなく今の言葉を言ったのだとしたら、本気で躊躇なくシェスターを殺そうとしている。
が、シェスターは一切物怖じせず、最終決戦における自分の見解を語り始めた。
「記録を確認する限り、朝方に人類の精鋭軍が魔王城に乗り込み、昼過ぎには終戦を迎え、結果的に人類側は一○○名のうち負傷者こそ八〇名だったが、死者は五名しかいなかった。 これに対し、魔族の死者も二五名しかいなかったと記録されていた。 僕が不思議に思ったのは、最終決戦と呼ばれた戦争なのに、思いの外短期決着で、しかも互いに死者の数が少なかったって部分だ。 勿論、重傷者の数は人類側も魔族側も多かっただろうが、もしヴィーが……魔王打倒に加担していたのだとしたら、そのおかげでこれだけの死者の数で済んだんじゃないのか?」
シェスターの見解を聞いて、ヴィーは改めてシェスターの頭脳に感嘆していた。
人類側と魔族側、双方の犠牲者を最小限に食い止める。 それは、まさにアンノウンの最終決戦における裏テーマでもあったのだ。
もし、七騎将が戦線に出ていれば……人類側の精鋭軍の殆どは死んでいただろう。 同じく、魔族側も勇者パーティーをはじめとした精鋭軍との応戦により、七騎将を含め犠牲者の数は大幅に増えていた。
つまり、ヴィーの計算では、仮に自分が介入しなかった場合、勇者パーティーが魔王の下まで辿り着き、更に魔王を打倒する確率は五分より低く、その上で魔王と勇者のどちらが勝つにしても、それ以外は互いに全滅するだろうとの計算だった。
だから、ヴィーは七騎将を戦線に出さない様に策を練り、勇者パーティーをスムーズに魔王の下まで辿り着かせ、自分が魔王を油断させる為に敢えて勇者パーティーを一度撃退したのだ。
「だ、だからって、アンノウンが魔族を裏切ってたのは事実だろうが!」
「……ここからは僕の知る所じゃない。 ヴィー、君の口から話すんだ」
シェスターは座ったままだったヴィーの腕を取る。
「戦闘面ではまだ全然及ばないが、一応僕は君よりも歳上だ。 人生の先輩の言う事は聞いておいた方が良いぞ、相棒」
あれだけ拒んでいた言葉使いを、シェスターは敢えて正して言った。 戦闘面では相棒にはまだ相応しくないと思っているが、精神面くらいは本当の相棒として手助けしたいと思ったから。
「シェスター。 だが……」
「おまえにとって、この……七騎将も仲間なんだろう? だったら、正直な気持ちを伝えなきゃ駄目だ」
押し黙るヴィーだったが、ガイルも、そしてシャリアも、ヴィーの次の言葉を待っていた。
ヴィーの中で、魔族にとって自分は裏切り者だと思ってるし、七騎将の面々には弁解の余地がないのも理解している。 だからこそ、出来れば今回の件も本音では穏便に済ませたかった。
だが……それでは誰も納得しないらしいと悟る。
意を決し、ヴィーは語りだした。
「俺がアンノウンとして過ごした三年間で感じた事は、魔族も人間も変わらないという事だった。 どちらの人種も、笑い、泣き、悩み、喜ぶ……肌の色が違うだけで、何も変わらないんだと。 結局は、全ては上に立つ者によって左右されるだけで、戦争だって立ち位置が変われば見方も変わる……どっちが正義とか悪とか関係ないんだと悟った」
スパイになると決めた時点で、ヴィーはミゲールとディエゴとアリシアしかまともに接した人間はいなかった。 彼らは自分に厳しい訓練を課したが、根底に優しさがあり、信念があった。
そして魔王軍に潜入した際も、接する魔族は様々で、当然死んだ方が良いクズはいたが、特に密に接した七騎将などは皆個性があり、それぞれの信念があった。
ただ、邪神の加護を受けた魔王・アレキサンダーの思想が、人類の根絶と領土侵犯だっただけで、魔族の全てが人間を殺したい程恨んでいる訳では無いと知った。
トップが変われば、魔族と人間の争いはなくなるかもしれない……そう思ったのだ。
「……だから俺は、当初の予定通り勇者が魔王を倒すのに手を貸した。 魔王さえいなくなれば良いのだから、できるだけ犠牲者を増やしたくなかったんだ……おまえ達七騎将も含めて。 それでも、俺が魔族を欺いた事に変わりはない。 本来なら……俺は魔王が死んだ後、おまえ達七騎将に生死の判断を委ねると決めていた。 おまえらが死ねと言えば死ぬ覚悟もあった。 でも今は……どんなに恨んでくれても構わないが、それでも俺は……まだ死ぬ訳にはいかない。 俺を殺したければ殺しに来れば良い、でも、俺も黙って殺されるつもりは……無い」
ソフィアとルミーナを守る為。 最初はそれだけだった。
「俺なんかが何を勝手な事をと言われるかもしれない。 だが今は、妹や幼馴染がいて、騎士団の騎士達やアカデミーの友達、そんな仲間達と過ごす中で、俺は生きる喜びを知ってしまった。 まだ、死にたくはない。 勿論、俺の仲間達にも死んで欲しくないんだ。 ……おまえら二人にも、願わくば幸せになって欲しいと思ってる」
ヴィーの告白に、ガイルは俯いて黙り、シャリアは薄らと涙を浮かべていた。
「だから……このまま魔界に帰ってくれないか? そして、もう俺には関わらないで欲しい。 おまえ達が俺を殺しに来るのなら、俺も相応の対応をしなければならなくなるから」
悲痛な表情で、そう告げるヴィーだったが、ガイルは複雑そうな表情を浮かべる。
「だからって……おまえが俺達を騙した事は許せねえ。 許せねえ……」
ヴィーの想いが伝わったのか、ガイルの歯切れが悪くなっていた。
「もういいわ、ガイル。 アンノウン様も苦しんだのよ……私は、少なくとも私だけは、アンノウン様を許します」
ヴィーは別に赦しを得たい訳ではなかった。 それでも、シャリアの言葉に安心している自分がいる事に気が付く。
「俺は、許しが欲しい訳じゃ無い。 むしろ、おまえ等にはずっと俺を憎んで……」
「そうだ! だったら、罪滅ぼしに私達のお願いを聞いて下さいませんか?」
ヴィーの言葉を遮り、シャリアが提案を持ち掛けた。
「オイ、シャリアおまえ、まさか……」
「黙ってて。 アンノウン様は今の魔界の現状を把握してますか?」
驚くガイルを制し、シャリアは続けた。
「魔界の……すまない、最近は新しい環境に慣れるのが精一杯で、詳しくは把握していない」
この九ヶ月、ヴィーにとっては慣れない事ばかりだった。 環境に順応するのに手一杯で、気にはしていたのだが、魔界の現状を把握する暇がなかったのだ。
「現在魔界は、魔王という絶対君主を失い、混迷を極めています。 原因は、今後の魔族の在り方に関して魔族間で意見が真っ二つに分かれている事に起因してるのです」
魔王がいなくなれば、人間との争いはなくなると、ヴィーは思っていた。 だが、それは魔界内での権力争いに発展してしまったのだ。
まず、魔王の意志を引き継ぎ、再び人間界に侵攻を始めようとする戦争推進派。
対して、ヴィーの願望通り、魔王亡き今、人間界とも友好関係を結ぼうとする友好派。
そして、少数だが、そのどちらにも属さない中立派。
「……我々七騎将も、戦争推進派と友好派、そして中立派で分裂してしまい、もう七騎将という形は瓦解してるんです」
シャリアの話を聞き、ヴィーは自分の思い通りにならなかった現状を初めて知った。
「そうか……俺の思惑通りにはならなかった訳だ。 それで、おまえ等二人はどの派閥なんだ?」
聞きながらも、敵対する者みな破壊する勢いの火力馬鹿である二人なら、恐らく戦争推進派なんだろうと考える。 今回人間界にやって来たのも、その第一歩なのかもしれないと。
「なるほど……おまえらは再び戦争を始める為の視察に来たという訳か……」
「チッ、確かにアンタにとっちゃあ俺達は戦争推進派に見えるのかもしんねーがよ、残念ながら俺もシャリアも中立派だ」
七騎将の中でも火力圧しで単細胞の二人が中立派と聞き、ヴィーは少し驚いていた。
「好き勝手暴れるのが大好きなおまえらが中立派だと? なぜだ?」
「し、失礼だなあオイ! 俺達だって別に戦争が好きな訳じゃねーよ。 アンタも今自分で言ってただろうが! 戦争なんて立ち位置が変われば見方も変わるってよ。 戦時中は、俺にとって人間は同胞の命を奪おうとする敵だった。 それこそ、個人的には何の恨みもねーハズなのに、明確に敵だと思ってた」
「……魔王様とアンノウン様がいなくなり、魔王軍は崩壊しました。 でも、敗戦国である私達魔族に人間側が求めたのは、今後の友好関係を築く為の休戦協定でした。 その時、私は争いのない、平和な世の中も有りかな、と思ったんです」
ヴィーは思い出す。 最終決戦の後、ミゲールは人間側を代表して、勇者・シュウトと共に魔界へ赴いていた事を。
具体的に目的を聞いた訳ではなかったが、ミゲールが魔族とこれ以上の争いを望んでいない事は理解していた。
「……元・七騎将である私達二人は中立派の立場で静観していたのですが、やはりそれを他の七騎将達は許せないらしく、勧誘が次第に脅しに変わって来たんです」
「んで、面倒だから全員ぶっ殺してやろうとも思ったんだけどよ、それもどうかと思って……」
七騎将の中でも意見が食い違い、仲違いが起こっていたと聞き、ヴィーはそれもあり得ない事ではないなと思った。
同じ七騎将でも、ガイルとシャリアの様にアンノウンとの関係が良好だった者もいれば、アンノウンの存在を疎ましく思う者や、野心に満ちた者もいたからだ。
そして……シャリアから出た提案に、ヴィーは唖然とする事になる。
「つまり、私達は人間の世界に逃げて来たんです。 で、先程のお願いに戻りますが、アンノウン様の力で私達を亡命させて下さい」




