第42話 過信
ヴィーの雰囲気が変わったのを、ガイルとシャリアも見逃さなかった。
アンノウンとして、ガイルとシャリアには卑怯な真似はするなと伝えて来たし、無駄な破壊と殺しは控えろと、何度も何度も忠告して来た。
だが、ヴィーとしてあらためて二人に遭遇し、やはりこの二人は自分の教えを分かっていなかったのだろう感じたのだ。
「ちょっとガイル、あの子、本気で私達二人を相手にする気みたいよ」
「ああ……クソガキのクセに生意気だな。 手加減すんな、全力で行くぞ!」
ガイルとシャリアも、ヴィーを強大な敵と認識する。
「喰らいやがれ、ソニックブーム!」
ガイルから音速を超える風の波動・ソニックムーブが無数に放たれる。 その時間一〇秒、狙いを定めているかも分からない連続攻撃で、山頂の地面は抉れて粉塵で視界が遮られる。
「お~い、まだ生きてるかクソガキ~?」
粉塵が収まるのを待ち、ヴィーが立っていた場所を確認する。 地面は削られて深い穴ができていたものの、そこにヴィーの姿は無かった。
「ガイル、上よ!」
ガイルはシャリアの言葉に促されて上空を見る。 そこには、空から自分に向かって急降下して来るヴィーがいた。
「ぬわっ!?」
ガイルは間一髪その場を飛び退き攻撃を回避したが、ヴィーの拳によって地面はガイルが空けた穴より更に深い穴が抉られていた。
「今おまえが攻撃した場所の地面を見ろ。 やたらめったら攻撃したおまえの攻撃の威力と、一撃しか放ってない俺の攻撃の威力の違いが分かるだろ?」
「なんだと~? んなもん、大して変わらねえじゃねえか。 俺は派手なのが好きなんだよ!」
ガイルが接近戦を仕掛ける。 そのパンチとキックには全て風属性が付与されており、一つひとつの攻撃の速さとキレは、巨岩をも容易く斬り裂く威力を伴っていた。
「どうした? 避けてばっかじゃつまんねーぞ!」
ガイルの攻撃は風圧でさえ触れれば斬り裂かれるので、ヴィーはしっかりと確実に避け続ける。 それがガイルにとっては、ヴィーは避ける事で精一杯だと感じさせたのだろう。
「ほらほら! 逃げてばっかじゃ……ぶへっ!?」
油断していたガイルに、ヴィーがカウンターの右ストレートを喰らわせる。
「どんな時も油断するな……とも教えたハズだが?」
竜種ですら一撃で大ダメージを与えるヴィクトーの拳だが、ガイルの耐久力が高いのもそうだが、威力よりも速さとタイミングを重視したので大きなダメージは与えていない。
「チッ、全然効いてないが、この俺様に一撃喰らわすとは……にしても、さっきから訳分かんねー事言いやがって……俺はテメーに教えてもらったもんなんざねえよ!」
「どきなさい、ガイル。 ホントは私は戦る気はなかったんだけど、七騎将が舐められるのは癪だしね。 さあボウヤ、地獄の業火に焼き尽くされなさい!」
シャリアの声に反応したガイルが、ヴィーから大きく距離を取る。
次の瞬間、詠唱を終えたシャリアがコモンスキル・ダークファイアで創り出した黒炎をヴィクトーに向かって撃ち放った。
燃え上がる巨大な黒い火柱。 その威力に、山頂部が半壊してしまった。
……だが、ヴィーは上空に回避し、シャリアを見下ろしていた。
「チッ、また上に逃げたか……良い反応してるじゃない」
涼しげに着地したヴィーに、ガイルはイラつきを覚える。
「……ったく、イライラして来たー! おいシャリア、本気で殺すつもりでやるぞ!」
アンタ元々殺すつもりだったじゃない? ……と言いたくなったが、シャリアも気を引き締め直した。
目の前の男は、間違いなく強い……勇者・シュウトにも匹敵するかもしれないと判断したから。
「シャアアアアーッ!」
ガイルの攻撃が更に鋭さを増す。 接近戦に遠距離の風属性攻撃も織り交ぜて、ヴィーの反撃を許さない。
その表情には一切の慢心はなく、本気でヴィーを殺すつもりなのが表れていた。
そして、タイミングを合わせてガイルが距離を取ると、シャリアの黒炎が猛威を振るい、山頂部は一面黒い火の海と化してしまった。
(火力ゴリ押しの二人だが、中々良いチームワークだな。 俺も、このままスキルを出し惜しみしてると、戦闘が長引きそうだ)
ヴィーのコモンスキルを知っている“人間”は四人。
……だが、魔王軍七騎将は、全員ヴィーの……アンノウンの真のコモンスキル・スキルティーチの存在を知っていた。
一つ目の理由としては、魔王軍に潜入する際、実力を証明する為に複数のコモンスキルを使わざるを得なかったから。
二つ目は、七騎将のコモンスキルを習得するためには、スキルティーチの能力を伝えて教えを乞う必要があったからだった。
つまり、ヴィーの所持するコモンスキルの中には、全員ではないものの七騎将のコモンスキルも含まれているし、そのスキルは戦闘を有利に進めるものが多く、強敵との戦いでは必然的に使用してしまう事も多かった。
だからこそ、それを使えば……本気で戦えば、アンノウンだと気付かれる可能性は大きいのだ。
しかも、後天性のスキルを複数所持する者はいるが、先天性のコモンスキルを複数所持する者は稀少だ。
ヴィーが複数……少なくとも三つ以上のコモンスキルを使用すれば、ガイルとシャリアなら、ヴィーとアンノウンを連想させる可能性は高い。
コモンスキルに頼らなくとも、剣術や体術などのスキルだけでもヴィーが強い事に変わりはない。
だが、最も得意とする剣術でも、黒刀・ダークマターもまた、ガイルとシャリアに自分がアンノウンだと証明する武器となってしまう。
そんなハンデを己に課して魔王軍七騎将の二人を同時に相手しなければならない現状、コモンスキル抜きでは若干厳しいとヴィー自身も感じていた。
(七騎将の中でもトップクラスの火力を誇るガイルとシャリアの攻撃を、コモンスキル抜きで凌ぐのは厳しいな……。 攻撃面でも、特にガイルとは多くの組手を重ねた仲だ、長引けば勘付かれるかもしれない。 ……やはり、やられる前にやるしかない)
防御面では、魔法系の攻撃に対してソーサリーサクションを使えないのは大きな痛手となる。
その上、戦闘時間が長くなればなる程、アンノウンだった頃の癖や特徴に気付かれてしまうだろう。
つまり、このままアンノウンだとバレずに二人を無力化させるのは、かなりの難易度だといえた。
「どうした! また避けてばっかでカウンターでも狙ってんのか!?」
ガイルの攻撃は更に鋭さを増し、コンパクトでカウンターの隙も与えない。
「……やかましい奴だな……なら、今度はこっちの番だ」
ヴィーが異空間からブレイカーを取り出して反撃を開始する。 ガイルの攻撃を華麗に避けながら短刀を駆使したスキルで対抗……すると見せかけて、体術で反撃した。
スキル・波動暗殺術。 一切の無駄を排除し、相手の外部よりも内部の破壊を目的とした戦場格闘術。
ライカールの徒手格闘術が表の格闘技であれば、戦場格闘術は裏の格闘技ともいえる。
ガイルの攻撃の流れを利用して、鳩尾に波動拳を放つ……が、危機を察したガイルは大きく間合いをとった。
「なにビビってんのよ、ガイル。 ちゃんと隙を作りなさい」
「うるせえよ! 今のパンチ……スゲー危険な感じがした。 まるで、あのアンノウンの……」
波動暗殺術は、アンノウンの頃にガイルと組手を行った際に何度か使用したものの、たった今の一瞬で、ガイルはアンノウンを連想してみせた。
殴られて体内にダメージを負う。 まるで腹の中が波打つ様な不快な感覚、ガイルにとってそれはトラウマ以外の何物でもなかったから。
(ガイルめ……よほど俺との組手が嫌だったんだな)
「アンノウン様は、魔王様と共に死んだのよ。 それに、あのダンディな雰囲気ムンムンだったアンノウン様と、イケメンではあるけどこんなお子様を一緒にするなんて、この私が許さないわ!」
ガイルの言動が癪に触れたのか、シャリアから大砲の如き黒炎が次々とヴィーに放たれる。
黒炎を避け続けるものの、ヴィーは内心焦っていた。
(この威力の魔法をこれだけの数で放たれたら、流石に避け続けられない!)
既にガイルはヴィーとアンノウンを連想しつつある。 それに加えて、アンノウンのコモンスキルを使えば、シャリアもまた疑惑を抱くかもしれない。
ヴィーがアンノウンだと知られ、それが魔族側に伝われば、七騎将は勿論、全魔族がヴィーの命を狙って来るだろう。
アンノウンの正体は人類のスパイで、三年間も魔族を欺いてたと知れば、恐らくは魔王・アレキサンダーが敗れた一端を担っている事が容易に想像出来たから。
自分の平穏な生活が、音を立てて崩れる未来が見えた。
……ならば、二人は確実に殺さなければならないだろう。
だが、やはり負い目のあるヴィーは、二人を殺す決断まではしきれなかった……。
シャリアの大砲の様な火球と、ガイルの全てを斬り裂く風の刃が、息つく間も無くヴィーを襲う。
コモンスキル・ソーサリーサクションを使って魔法を吸収してしまえば、現状を打破する事は可能だろう。 だが、あれはアンノウンだった頃も、そして今も、最も多用しているスキルなのだ。 あれを使えば確実に怪しまれる。
(くそっ……この二人を舐めていた訳じゃないが、コモンスキルを使えないのがここまで足枷になるとは……)
これまでヴィーは、相手の魔法はソーサリーサクションで無効化し、ダメージを受けてもヒーリングパームで回復してきた。 命の危険を感じる闘いなど、自分は久しく行っていなかった事に気が付く。
すると、ガイルとシャリアが一気に勝負を決めに来た。
「いくわよ、ガイル!」
「任せとけ!」
シャリアから一際巨大な黒い火球が放たれ、その火球をガイルのハリケーンが包み込む事で、より強力な火球がヴィーに向かって飛んで来た。
(なっ、逃げ場がないっ!?)
速く、巨大な黒い火球がヴィーを包み込む。
その余波で、山頂部は完全に崩壊してしまった……。
上空、いまだ燃え盛る山頂部をガイルとシャリアは見下ろしていた。
「流石に死んだろ?」
「それ、フラグってやつじゃない?」
「いやいや、今のまともに喰らったら、それこそあのアンノウンだって死ぬから」
「……馬鹿ね。 アンノウン様ならソーサリーサクションがあるからまともに喰らわないわよ。 ま、あのボーヤが生き残るのは無理だろうけどね……ん?」
燃え盛る炎の中に、人影が見えた。
軽装鎧は吹き飛び、騎士団の制服も所々焦げてるし、身体中火傷だらけではあるが、その人影はしっかりと立ち、二人を睨んでいた。
「……嘘だろ? 今の喰らって……」
「……アンタが無駄にフラグなんて立てるからじゃない?」
ダメージを受けたヴィーだったが、己にヒーリングパームを使用して傷を癒していた。
(馬鹿だな、俺は。 自分が無敵にでもなったつもりだった……)
アンノウンとして、戦闘力だけなら魔王・アレキサンダーにも引けを取らない自負はあったし、実際に勇者パーティーをも一蹴する実力を身に付けた。
そしてこの一年、帝国騎士団の精鋭を相手にしても苦戦すらしなかった。
それが、ヴィーの自信を増長させ、油断を招いたのだ。 コモンスキルを使わなくとも、例え相手が魔王軍最強の七騎将だったとしても、自分ならどうにか出来ると過信してしまう程に。
改めて、魔王軍七騎将であるガイルとシャリアの力を認めた。 アンノウンとして身に付けたスキルを隠したままでは勝てないと。
「……相変わらず、火力任せな単細胞だな、おまえらは。 そんなんで、この俺に勝てると思ったか?」
黒刀・ダークマターを出現させ、漆黒のオーラを全開にまで練り上げる。
ヴィーは、自分がアンノウンだと、隠すのをやめたのだ。
「こ、ここここ、このオーラは……まさか!?」
「あの刀は、ダークマター……嘘……」
ガイルとシャリアは顔面蒼白になり、ヴィーを見つめる。
「そうだよ、俺は……アンノウンだ。 正体を知ったからには、生きて帰れると思うなよ?」




