第41話 魔族
__ヘンリー森林区レベル5エリア。
「クソがっ。 やはり、スタンピードが起こる一歩手前だな……」
師団長のオルテガが、本来ならレベル6エリア以降に生息しているハズの魔獣と交戦しながら愚痴る。
現在、オルテガ率いる帝国騎士団第二師団の騎士達は、森の奥地から溢れ出す魔獣達と激しい戦闘を繰り返していた。
もし、ここで騎士団が敗北すれば、ヘンリー辺境領に魔獣の群れが雪崩れ込むだろう。 そうなれば、課外授業に来ている一年生が宿泊する施設は勿論、海洋都市ハマーンは壊滅的な打撃を受けてしまう。
ワイルドモンキーの群れを軽々と切り捨てたレビンが、オルテガと合流する。
「総員配置に着きました。 竜種が出現したとしても、このままなら状況を乗り越えられるかと。 それにしても、スタンピードが発生しそうになってるとは……予想通り魔王軍七騎将、もしくは同等の魔獣が突発的に出現した可能性が高いですね」
「そうだな。 幸い、まだレベル7以降に生息する魔獣どもは見かけてない。 油断は出来んが……アイツ等に賭けるしかねえか」
現在レベル7より先にはヴィー達がいる。
まだこの場にレベル7以降の魔獣がいないのも、実はヴィーとシェスターが片っ端から魔獣を狩りまくっているからなのだが、オルテガもレビンもそれを分かっていた。
「頼むぜ、ヴィー。 とっとと原因を何とかしてくれよ」
__ヘンリー森林区山頂付近。
ヴィーとシェスターの通って来た道には、無数の魔獣の亡骸が転がっている。
「シェスター、そろそろ竜くらいなら一人で倒せる様になったか?」
目の前に亡骸となって転がっているコハク・ルビー・サファイアのドラゴン三体を瞬殺したヴィーが、死に物狂いでジェイド・ドラゴンと対峙しているシェスターに問い掛ける。
「ハ、ハイ! 今度こそ倒して見せます!」
ここまで、シェスターは一〇体のドラゴンと戦ったが、その全てに敗れて、死にかける度にヴィーのコモンスキル・ヒーリングパームで強制的に回復させられては、また次の戦いを強いられていた。
(も、もう、一〇回は死にかけてる! この分だと、一○○回も現実味を帯びてくるな……)
一○○回死にかけるのって案外簡単なんだなと、正常な思考が働かなくなりつつあるシェスターが現在対峙しているのは、昨夜敵わなかったジェイド・ドラゴン。
だが、シェスターは今、ジェイド・ドラゴンと互角の勝負を演じていた。
確かに、レベル8エリアからここまで時間にして三時間弱、シェスターは全敗だった。 そして、三時間程度でシェスターの身体能力が劇的に上がる訳ではない。
それでも、昨日は歯が立たなかったジェイド・ドラゴンと互角に戦えているのは、偏に場数と経験によるものだった。
まず、強敵相手に臆する事がなくなった。 恐怖は著しくパフォーマンスの低下を招くが、今のシェスターに恐怖心は微塵もない。
一時的に感覚が麻痺しているのかもしれないが、その結果思い切りよく動けているし、昨日は圧倒的な暴力にしか感じられなかったジェイド・ドラゴンの攻撃による威圧感にも慣れて来たのだ。
(まともに喰らえば死にかける程の攻撃だ。 でも、反応出来てる。 これが、一〇回死にかけた成果か!)
“一〇〇回死にかけた教”の信者になりつつあるシェスターは、その教えに乗っ取って、才能を開花させていたのだ。
ホーリーナイトを発動。
シェスターは、最後の賭けに出た。
「うおおおおっ!」
ボロボロになりながらも、盾でジェイド・ドラゴンの顎を跳ね上げ、喉元を顕にする。
「ここだっ! グランドクロス!!」
そのの僅かな隙を見逃さず、的確に弱点である喉元目掛けて必殺のグランドクロスを放った。
「グルオアアアアア……」
ジェイド・ドラゴンは断末魔をあげ、そして倒れた……。
「……やった。 ウオオオオッ、僕はやったぞ! 竜を倒したぞっ!」
ダメージから仰向けに倒れたが、シェスターの歓喜の雄たけびがヘンリー森林区山頂付近に木霊する。
「やるね~。 予想ではあと一〇回は死にかけると思ってたんだけど、流石だわ」
今だ喜びを爆発させているシェスターに、ヴィーは温かい視線を送っていた。
竜種を一人で倒すのは、恐らく師団長のオルテガでも難しい。 それを、新人騎士であるシェスターが成し遂げたのだ。
(まあ、人と魔獣は違うし相性とかもあるから、シェスターがオルテガさんにも勝てるかというとまた別の話になるけど、にしても流石だな。 オルテガさんやレビンさんが目をかけるのも頷ける。 これは、次期騎士団長も夢じゃないな……)
騎士団上層部の意向など知りもしないヴィーは、シェスターを将来の騎士団長に相応しい存在にすべく、更に厳しい訓練を課そうと胸に誓ったのだが……。
突如、禍々しい空気がヘンリー森林区の山頂に漂い始めた。 嬉々としていたシェスターが恐怖で固まってしまう程の。
「ア、アニキ……あれって、まさか……」
山頂には、二人の人影がいた。
一人は、真っ黒な髪と深緑の軽装鎧を纏った男。
もう一人は、真っ黒な髪と全身燃える様な真っ赤なドレス型の軽装鎧に身を包んだ女。
二人はどちらも、魔族特有の青白い肌をしていた……。
二人の魔族を見つめ、ヴィーは複雑そうな表情で呟く。
「ガイル……シャリア……。 本当にいやがった」
情報は事前にあったし、今回の作戦自体がガイルとシャリアの二人がいるのかを確かめるものだったが、ヴィーは心のどこかで、あの二人が本当にこんな所にいるのか疑問に思っていた……というより、会いたくなかったのだ。
シェスターを回復させた後、何も言わずヴィーは山頂に向かって歩き出す。 シェスターも恐る恐るヴィーに続いた。
ガイルとシャリアの二人は一切動かず、ヴィー達が近づいて来るのを待っている様にも見える。
そして山頂に到着したヴィーは、二人に問い掛けた。
「魔王軍七騎将、暴風のガイルと灼熱のシャリアだな?」
魔王軍で仲間だったアンノウンとしてではなく、あくまでヴィーとして、ガイルとシャリアに接する。
すると、ガイルとシャリアは、不適な笑みを浮かべながら答えた。
「その通り。 ……おいシャリア、俺達ってこんな人間の若造に知られる程有名だったんだな」
「なに喜んでるのよ。 んな事より、あの子メチャクチャ強いわよ? ……ちょっとカワイイし」
アンノウンの頃は常に仮面で顔を隠していたので、二人はヴィーがアンノウンだと気付いていない。 それでも、その強さはしっかりと感じ取っていた。
「ん〜確かに強えな、あのガキ。 でも、あんな強い奴なのに、最終決戦にはいなかったよな?」
「そうね……ってか、私達はアンノウン様のしごきで寝たきりだったから、人間側の連合軍に誰がいたかなんて全員は知らないでしょ? それに……帝国騎士団の軽装鎧着てるし、帝国騎士団の精鋭部隊に混じってたかもしれないじゃない。 あれだけの実力だもの、きっとあの場にいたとしたら、かなり多くの同胞の命を奪ったかもよ?」
どこか緊張感のない会話をするガイルとシャリアに、ヴィーは相変わらずだなと懐かしむ。
昔を懐かしむヴィーをよそに、シェスターが二人に向かって言う。
「何故七騎将のおまえらが人間の領土にいる? 説明如何では、拘束させてもらうぞ」
「拘束? 俺達を? ひゃひゃひゃひゃ、俺達を拘束したいんだったら勇者パーティーでも連れて来いってんだ。 なあ、シャリア」
「やめなよガイル。 あの子達、帝国騎士団でしょ? 本当にシュウトなんか連れて来られたら洒落にならないじゃない」
シェスターもまた、緊張感のないやり取りをするガイルとシャリアに、若干拍子抜けして一瞬気を抜いてしまった……。
「……大体、おまえみたいな雑魚が俺たちを拘束する? 冗談にしても笑えねえ……なあっ!」
……次の瞬間、全てを斬り裂く疾風がシェスターに向かって放たれた。
「!? え、!? うわあああああ……」
疾風がシェスターの首を刎ね飛ばす瞬間、ヴィーがシェスターを突き飛ばす。
おかげで疾風は回避できたが、シェスターは山をゴロゴロと転げ落ちて行った。
「なにやってんのよガイル? イケメン君が可哀想でしょ」
「ハッ、俺が雑魚に舐められるが嫌いなの知ってるだろうが? 大体、雑魚は雑魚でも、こんな山頂から転げ落ちた程度なら、暫くは動けないだけで死んじゃいねえだろ? んな事より、やっぱりアイツは只もんじゃねえ、油断するなよ、シャリア」
ガイル……シャリアもだが、シェスターを雑魚と、ヴィーを只者ではないと判断していた。
ガイルがシェスターを攻撃したのも、ヴィーと戦闘になった場合を考えて、念の為に排除しておきたかったからだ。
「……改めて質問にさせてもらう。 何故、七騎将の二人が、こんな所にいるんだ?」
「まあ、俺らにゃ俺らの事情ってもんがあんだ。 知りたきゃ……力ずくで話させてみな」
軽い口調ながらも、ガイルは既に戦闘モードだった。
「ちょっとガイル? ……もう、私を巻き込まないでくれる?」
ヴィーは二人に負い目があった。 アンノウンとして、二人とは三年間行動を共にして来たし、この二人は七騎将の中でも比較的アンノウンに友好的な方だった。
なのに、ヴィーはスパイとしてずっと二人を裏切り、欺いていたのだから。
「……七騎将の二人が、人間の若造相手に二人がかりか?」
負い目はあった。 だが、少しづつヴィーの雰囲気が変わる。
「ビビったのか? どんな小物にも全力を尽くす。 それが魔族の習わしなんだ」
悪気無くそう言ったガイルに、ヴィーは不満気な表情を浮かべる。
「魔族のトップ……七騎将たる者、トップたる誇りを持てと教えたハズだが……自分より弱い者に不意打ちをするとはな……どうやら分かっていなかったみたいだな」
ヴィーは小さく呟いただけだったが、地獄耳のシャリアはその言葉を聞き取った。
「は? 何いってんのよボクちゃん。 私達はアンタに会った事なんて………………ん? なんか寒気が……」
魔王軍七騎将。 魔王を頂点とした魔王軍の最上位の存在である彼らにアンノウンは、誇りを持ち、卑怯な事は控えろと常に伝えていたのだ。
その中で、今回の様な一対二となる状況も、先程の様な不意打ちも、恥ずべき行為だと伝えていた。
しかも、やられたのは自分が相棒と認めたシェスターだ。
負い目はある……確実にあった。 だが、久しぶりにガイルとシャリアに会い、急激にアンノウンだった頃の、鬼教官の心を取り戻してしまったヴィーは、この一時だけ、負い目を怒りが上回ってしまった。
「いいだろう。 忘れたのなら思い出させてやる……この俺の教えをな!




