第39話 100回死ぬ覚悟
ヘンリー森林区レベル8エリアは、ヘンリー森林区の山岳地帯であり、竜種をはじめ凶悪な魔獣が多く生息している事から、騎士団ですら基本的には立ち入る事を禁じられている危険なエリアである。
現在、ヴィーとシェスターはその一歩手前のレベル7エリアにいた。
肩で息をするシェスターの目の前には、クレイジーモンキーの上位種の魔獣であるワイルドモンキーが五体。 足元には、既に倒されたワイルドモンキーが二体転がっている。
「どうした? この程度の魔獣に手こずる様じゃ、騎士団で出世なんて諦めた方がいいんじゃないか?」
ワイルドモンキーと対峙するシェスターを、ヴィーは高みの見物していた。
「ハァ、ハァ、確かに師匠なら、こんな奴等瞬殺するんでしょうけどね……」
これが他の人物から言われたのであれば、だったらおまえが戦ってみろと文句を言いたくなる状況なのだろうが、実際に瞬殺してしまうであろうヴィーから言われては、シェスターも何も言えなかった。
「ふぅ、僕は師匠の相棒になる男だ……おまえらなんかに苦戦してる場合じゃない!」
気合いを入れ直し、ワイルドモンキーに斬り掛かったシェスターは、その後激しい交戦を経て、漸く全てのワイルドモンキーを討ち取ったのだった。
「よくやった。 正直、さっきはああ言ったが、新人騎士でワイルドモンキー五体を一人で倒すとか、控えめに見ても凄いな」
「ハハハ……師匠に言われても嫌味にしか聞こえませんよ」
ヴィーはアカデミーに入学するまでの九ヶ月間、騎士団の訓練に参加し、ある程度は騎士のレベルを理解していたのだが、シェスターは新人の枠を軽く飛び越える実力を誇っていると感じていた。
なので、今の言葉はあくまで素直な感想だったのだが、シェスターとしては自分より遥か高みにいるヴィーに言われても複雑なだけだった。
それでも自分が憧れ、目標とする人物からの褒め言葉は、シェスターにとって悪い気分ではなかったが。
「さて、本格的に日も暮れたし、先を急ぐぞ」
ヘンリー森林区は、ここまでは緩やかな傾斜で少しずつ山を登っている地形だったが、レベル8以降は本格的に山登りと呼べる傾斜になる。
「ハイ。 行きましょう!」
騎士団の新米騎士一年目の訓練では最奥でも活動エリアはレベル7までだったので、シェスターにとってレベル8以降は初めての経験となる。
「レベル8エリアか……ここからは、竜クラスの魔獣がいつ現れてもおかしくないのか」
シェスターはジェイド・ドラゴンと対峙した昨日の事を思い出す。 結局、歯が立たずに敗れ去ってしまった苦い記憶と恐怖を。
「心配しなくても、ここからは俺も戦う。 ただ、自分の身は自分で守れよ?」
「分かってます。 せめて師匠の足手まといにはならない様に頑張りますよ」
シェスターは言いながらも緊張していた。 レベル8エリアには、ワイルドモンキーを凌駕する魔獣が多く生息するとされているのだから。
「……早速お出ましだ」
レベル8エリアに侵入し、山を登る事三◯分。 魔獣の気配を感じ、ヴィーはダークマターを異空間から取り出した。
この黒刀は元々魔王の城の宝物庫に長年眠っていた刀で、名をダークマターと云う。
魂喰いの呪剣と呼ばれ、触れると魔力を吸われるので誰も使う者がいなくなり、長い間宝物庫の片隅に眠っていたのだ。
だが、不思議な事にヴィーが握っても魔力を吸われる事はなく、むしろ握った瞬間に身体中に力が漲って来たので、魔王にお願いして頂戴した物だ。
種明かしをすれば、ヴィーは魔力をほとんど持ってないのが功を奏していただけだったのだが。
ダークマターはヴィー唯一の愛刀だ。 今回は、下手すれば魔王七騎将と対峙する可能性もあるので、最も慣れ親しんだ黒刀・ダークマターを躊躇なく使用すると決めたのだ。
ちなみに、接近戦や暗殺の際によく使っていたブレイカーという名の特殊な形状のナイフもある。
「……その刀、昨日も見ましたけど、なんか妖しく輝いて見えますね……」
ダークマターの刀身は紫黒のオーラを纏っている。
「そうなんだよ。 一つ忠告しとくけど、絶対にこの刀に触れるなよ? 俺以外の奴が触れると魔力を吸われるから」
それ、呪いの剣では? とツッコミを入れたくなるシェスターだったが、ヴィーだから大丈夫なんだろうなと勝手に解釈して自分を納得させた。
「ガルウウウウウッ!」
現れたのは、体長五メートルの猛獣・サーベルパンサー。 二本の長い牙が特徴で、巨体にもかかわらず恐るべき俊敏性を誇る危険な魔獣である。
「シェスター、殺ってみる?」
あまりにも簡単に言うヴィーに焦るシェスターだったが、彼の中でヴィーからの申し出に対する応えはもはや、ハイかイエスかウィーしか残されていなかった。
「……やるだけやってみます」
シェスターも剣を構え、初っ端からホーリーナイトを発動する。
「コモンスキルを使ったとはいえ、新人騎士でそれだけの戦闘力とは……やっぱりシェスターは優秀だな」
ヴィーの感心する声が聞こえたが、今は目の前のサーベルパンサーに集中する。
サーベルパンサーは、基準として副師団長クラスの騎士に匹敵する強さである。 いくら将来有望とはいえ、本来なら新人騎士にどうにか出来る相手ではない。
(師匠は、一◯◯回死ぬ覚悟を持てと言っていた。 なら、ここで逃げてたらいつまで経っても真の相棒になんてなれない!)
ヴィーから相棒と呼ばれ、シェスターは堪らなく嬉しかった。 が、それと同時に、明らかに実力で劣る自分に、恥ずかしさと怒りを覚えていたのだ。
そして、決心した。 ヴィーが現在の強さを身に付けるまで一〇〇回死ぬ思いをしたのなら、自分も同じかそれ以上の死ぬ覚悟が必要だと。
「来い!」
シェスターの叫びに呼応する様に、サーベルパンサーが動き出し、巨体に似合わぬ高速の動きで鋭い爪をシェスターに叩き付けた。
「クッ……やはりこれまでの魔獣とはレベルが違うな!」
サーベルパンサーの爪を盾で防いだシェスターは、レベル7までの魔獣とのレベル差に驚きつつも、その闘志が萎える事はなかった。
「これでこそ、命を懸ける甲斐があるというもの。 いくぞ、サーベルパンサー!!」
シェスターの、命を賭した戦いが始まった。
規格外の速さとパワーを伴った魔獣の激しい攻撃を、シェスターは鉄壁の防御と見切りの良さで回避する。
これまでのシェスターは才能に任せた攻撃重視の戦い方だったが、昨日からの経験を通じてそれでは自分と同等かそれ以上の敵と遭遇した時には通用しないと悟ったのだ。
一進一退の攻防。 いや、やはり地力の差でサーベルパンサーが若干上回っており、シェスターは劣勢を強いられていた。
(強い、これがレベル8エリアの魔獣! 生きた心地がしない! でも……これこそが僕の求めていた戦いだ!)
致命傷こそ無いものの、シェスターの身体は至る所に傷を負い、最初からホーリーナイトを全開で戦っていたから気力も尽きかけている。
それでも、シェスターは諦めていなかった。
残された全ての力を、切り札を、最後に使うタイミングを見計らっていたのだ。
シェスターは傷付き、今にも倒れそうな獲物……サーベルパンサーにとって、最早シェスターは満身創痍に見えた。
次の一撃で確実に殺せると判断したサーベルパンサーは、シェスターの首筋に噛み付き、トドメを刺そうと飛び掛かった。
(いまだっ!)
猫型の魔獣は、得物を仕留める時は高確率で首に噛みつき、死に至らしめる習性がある。 サーベルパンサーも例外ではなかった。
相手の狙いさえ分かれば、自分の攻撃もまた狙いを定められる。 そう考えたシェスターは、全ての力を振り絞って、サーベルパンサーに必殺の一撃を放った。
「グランドクロス!!」
グランドクロス……騎士団に伝わる必殺の技なのだが、ホーリーナイトによる聖属性を伴っている為、その威力は倍増ふる。
そして、横凪の一閃と打ち上げの一閃の剣筋が、サーベルパンサーを十字に斬り裂いた。
「ハァ、ハァ、ハァ、か、勝ったぞ! アニキ、やりました……って、えぇ?」
勝利した喜びをヴィーに伝えようとしたシェスターだったが、目の前に広がる光景に思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
「終わったか、シェスター。 サーベルパンサーを一人で倒すなんて、おまえもう新人騎士どころか中堅騎士レベルを超えてるな」
涼しげな顔で笑みを浮かべるヴィー。 だが、その顔や身体には、無数の返り血が飛び散っていた。
サーベルパンサーよりも危険度の高い魔獣が五体、そして竜種が一体、いずれも一太刀で両断されたであろう姿で転がっていたのだ。
「あの……これは、全部師匠が?」
「ああ、なんか飛び掛かって来たからさ、折角命懸けで戦ってるおまえの邪魔をする訳にはいかないから、とりあえず倒しておいた。 心配しなくても、次にこのレベルの魔獣が現れたら戦わせてやるよ」
もし、この場に転がってる竜や魔獣を同時に相手しなければならないとしたら、騎士団でもしっかり作戦を練った上で、師団単位で戦う必要があるだろう。
それを、ヴィー一人で……しかも、軽々と屠っていたのだ。
(師匠の相棒……か。 ……これ、何年かかったら師匠に相応しい相棒になれるんだ……?)
今回の戦いで確実に成長したであろうシェスターだったが、ヴィーとの力の差を見せつけられ、途方に暮れるのだった。




