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第37話 挫けぬ意志

「勝負あり……だな、クラリス。 ルイも、それでいいな?」


 模擬戦を見守っていたシェスターが、戦闘の終了を告げる。


「……勿の論です。 ハハッ……ヴィーってば、本当に凄過ぎて訳わかんない」


 ルイは完全にお手上げ状態だったが、クラリスはまだ愕然としたまま、シェスターの言葉に反応しなかった。



 すると……


「まだです。 まだ、僕が残ってます」


 先程までヴィーに恐れ慄いていたファンが、震えながらも剣を……木剣ではなく、真剣を手に取っていた。


 ファンは剣聖を祖父に持ち、幼少の頃から祖父に鍛えられて来たのだ。

 アカデミーでも生徒会副会長として、剣術に於いてはダントツの成績を修めていた……ヴィーが現れるまでは。


 今回の武力試験では、ファンはヴィーと同率の首位という成績だったが、これは科目の上限点数が定められていたからであり、もし上限無しの加点方式であれば、間違いなくヴィーの方が得点を稼いでいただろう。

 それを知らないファンは、ヴィーを試す意味合いを込めて、初顔合わせの時にヴィーを挑発したのだが……結果はデジャブ・アイによって、今も拭えぬトラウマを抱えてしまった。


 だが目の前で、クラリスまでもがヴィーによって打ちのめされてしまった……。


 アカデミーに入学し、初めての総合試験で自分を上回る成績を残したクラリスに、始めは対抗心を燃やしていた。

 だが、その対抗心はやがて尊敬に変わり、やがて更なる感情に変化していた……。


 ファンは常にクラリスの傍にいた。 ファンにとってクラリスは自分が仕えるに値する人物であり、少なくとも学生の間は、自分の剣は彼女に捧げると誓っていたのだ。


 なのに、クラリスが打ちひしがれてるのに、自分はビビって何も出来なかった。 それが許せなかった。


「今の僕の剣は、クラリス会長を護る為の剣だ。 何人足りとも、会長を害する者は、この剣で叩き斬る!」


 剣先をヴィーに向けるファンだったが、身体は小刻みに震えている。 まだ、デジャブ・アイのトラウマが完全には払拭されていないのだろう。



「……先輩、剣貸して下さい」


「ハイ、僕ので良ければ」


 ヴィーがシェスターから剣を受け取る。


「ファン……だっけ? 前回は少々卑怯な手を使って悪かったな。 お詫びに、今回は正々堂々と相手してやる」


 デジャブ・アイの恐ろしさは、使用者であるヴィー本人がよく知っている。 折られた心のトラウマが、そんなに簡単には拭えない事も。


 だからこそ、震えながらもヴィーに立ち向かうファンの男気に応えたいと思ったのだ。



「それでは、これより最終戦を行う。 ファン、死ぬ気で……いや、殺す気で戦え」


「勿論です……う、うおおおおっ!!」


 ファンの剣突。 震えていたにも関わらず、その動きは機敏で正確だった。


(良い剣筋だな。 クラリスもだが、ルイもライカールも、このファンも、将来有望な学生だ)


 ファンの剣をヴィーが半身になって躱す。 すると、その剣は軌道を変化させ、そのままヴィクトーの首筋を狙って来た。


(躊躇なく首筋を狙ってくるとは……先輩の忠告通り、本気で俺を殺すつもりか? ……どうやら、覚悟は出来てるみたいだな)


 剣を抜く覚悟。 先日の件で、ヴィーがファンに問い掛けた言葉である。


 あの時のファンは、そんな覚悟は持っていなかった。 常に自分は格上で、剣は相手を抑えつける為の手段としか思っていなかったから。


 でも、今回は違った。 ファンはヴィーが恐ろしい男だと知っている。 本来なら、二度と関わりたくない程に。


 それでも、忠誠を誓ったクラリスの為、剣を抜いた。 己の命を幾つ懸けても足りない相手に、殺すつもりで行かなければ話にもならないのだから。



 ヴィーはかつて、自分を殺しに来る相手には死を以って返すしか術を知らない男だった。

 だが、今は一学生だ。 それに、ソフィアが見ている前で、人を殺す光景など見せるつもりは一切無かった。


(この間の忠告が効いたのかな? まぁ、むしろ学生の身で躊躇なく殺気を剣に纏わせる事が出来るだけ、褒めてやるか)



 一閃……。



 ファンは一切油断していなかった。 どれだけ自分が攻撃中だとしても、いつヴィーの剣が自分に振り下ろされても反応出来る様に集中していた。


 なのに、自分の剣はヴィーにより振り払われ、宙を回転しながら飛んでいって地面に突き刺さり、首筋にはヴィーの剣が添えられていた……。



「……今度こそ、勝負ありだな」


 シェスターが静かに呟く。


 ショックで座り込むクラリス、ルイ、ファン。 いまだ気絶しているライカール。

 三年生トップクラスの三人を他所に、無傷のまま立っているヴィー。


 一年生にとって、戦闘中に何が起きたのか、細かい技術の攻防までは理解出来なくとも、その光景は、ヴィーが圧倒的強者だという事実を認識するには充分だった。



 湧き上がる歓声。


 一年生のみならず、教師陣すらも、ヴィー・シュナイダーが桁外れの実力者である事を認めた瞬間だった。



「お疲れ様でした、師匠」


「……はぁ、あんまり目立ちたくなかったんだけどな」


「無理ですよ、それだけの強さを隠し通すのは」


「大体、先輩が話をややこしくした気がするんだけど?」


 結局、誰もが認める実力者であるシェスターが現れ、更にヴィーを持ち上げた事で悪目立ちしてしまったのは否めない。


「僕としては、自分の認めた人が下に見られる状況は許せないので」


「……もしかして、全部計算か?」


「さあ、どうでしょうね」


 涼しげに笑みを浮かべるシェスターを見ながら、これが本当に昨夜命令を無視してジェイド・ドラゴンに殺されかけた無鉄砲な男なのだろうかと、ヴィーは目を疑いたくなった。



 そんなシェスターがクラリス達の前に移動して、一年生に聞こえない様に話し掛ける。


「立て。 負けてこのまま項垂れてる所を一年生達に見せたいのか? 三年生なら……アカデミーのトップたる者なら、どんなに無様に敗れても堂々と敗北を認め、勝者を讃えろ」


 ……シェスターの親友であるマーガスが聞けば、どの口が言ってるんだ? と思うであろうが、実際シェスターは自分より上と認めたヴィーに対しての敬意を隠そうとしていない。

 それは、後輩であるクラリス達からの目を考えれば、自分が恥をかくかもしれないのにだ。


 そんな先輩の姿を実際に目の当たりにして、クラリス達は立ち上がる。


「シュナイダー君……完敗です。 流石は兄が認めた人ですね」


 シュウトが認めた男……その言葉に、ルイや目を覚ましたライカール、ファンも驚きを隠せなかったが、何よりシェスターが肩を震わせていた。


「流石は師匠、まさかあの団長にまで認められていたとは……いや、流石は団長、見る目がある!」


 そんなシェスターの様子を見て、クラリスは肩を竦ませながら、一年生達の前に立つ。


「本来なら、貴方達一年生もこのアカデミーで研鑽すれば私達の様になれる……と、教える為の授業でしたが、ハッキリ言います。 どれだけ努力しても、二年間で……いや、一生を懸けてもこのシュナイダー君のレベルに到達する事は不可能でしょう」


 クラリスから出た言葉は、希望に満ちた一年生にはあまりにも酷なものだった。

 シェスターも、こうなる可能性があったからこそ、ヴィーの模擬戦を一年生に見せる事を避けようとしていたのだから。


「自分では遥かに及ばない高い壁にぶつかった時、現実を受け入れられず挫けてしまう人もいるでしょう。 実際に今回私達の前に、シュナイダー君は遥かに高い壁にとなって立ちはだかりました。 でも、私は……私達は挫けません。 他人は他人、自分は自分です。 貴方達一年生にも、自分なりの地に足を着けた目標を掲げ、決して努力するのを諦めないでもらいたい。 挫けぬ意志さえあれば、必ず目標は達成出来ると、私は信じています……」



 クラリスが一年生に向かって話をしているのを、ヴィーとシェスターは大人しく聞いていた。


「まあ、要は高望みせずに身の程を知って頑張れ……って意味ですけど、実際に打ち砕かれたクラリスの言葉だからこそ、案外一年生にも響くかもしれませんね」


「辛辣な言い方するなよ、先輩。 自分なりの目標を持つのは大切な事だ。 俺だってそうだったんだから」


 ヴィーも、生きる為にただ目の前の目標を一つひとつクリアして今の力を手にしたのだ。

 ……ただ、その目標は常に凡人では考えられない程に高いノルマを課せられる内容だっただけで。


「師匠の目標ですか……多分、僕なんかじゃとてもクリア出来ない高い目標だったんでしょうね」


「……否定はしないけど、多分シェスター先輩が同じ立場でも乗り越えられたと思うよ? ただ……一◯◯回位は死ぬ覚悟が必要なだけで」


 ヴィーの言葉に、シェスターは顔を青褪める。 どれだけの地獄を乗り越えて来たのかを想像してしまったから。



「……とにかく、授業はこれで終わりですね。 今日もヘンリー森林区に行くんでしょう? すみませんが、お供させて頂きます」


「ええ!? まだ俺に着いて来るの?」


「力不足なのは重々承知してますが、オルテガ師団長の命令でもあるので……」


 そう言って微笑むシェスターに、どこかシュウトに似た感覚を抱いたヴィーは、苦笑いするしかなかった……。

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