第36話 勇者の妹
ライカールを一蹴してしまったヴィーは、この後の展開をどう立ち回るかを考えていた。
(勢いよくかかって来たから、ついつい手解きをしてしまった……。 さて、クラリスは魔法でルイは弓……どっちも中・遠距離の攻撃を得意とするんだろうが、どの程度の実力を見せれば自然かなぁ?)
「ルイ、弓を弾いて。 シェスター先輩の言う通り、殺すつもりで」
「ええ? いや〜、流石に殺すつもりには……わ、分かったよ」
普段温厚なクラリスから放たれる視線に、ルイは黙って頷くしかなかった。
「ファンは……黙って見てなさい」
ファンにも命令を出そうとしたクラリスだったが、彼は先日の件で今だにヴィーに怯えている。
(何をされたのかは分からないけど、あのファンが、今だにシュナイダー君に怯えてるなんてね。 ……良いでしょう。 貴方よりも私の方が優れている事を証明してあげます)
「じゃあ、行くよヴィー! こんな所で人を殺したくないから、なるだけ避けてね!」
ルイから弓矢が放たれる。 言葉とは裏腹に、その矢は正確にヴィーの眉間を狙っていた。
だが、ヴィーはその矢を二本の指で掴むと、そのままルイに跳ね返した。
「えっ、うそっ!?」
その矢は、そのままルイの眉間に突き刺さった……。
一年生から悲鳴が上がる。 矢が眉間に刺さったのだから。
「ル、ルイ!?」
クラリスが慌てて倒れたルイを抱き起こす。 すると、眉間に突き刺さったと思われた矢は、先が丸められていて致命傷には至ってなかった。
(……あの一瞬で、矢の先を丸めて跳ね返した? そんな事が可能なの?)
「痛ててて……あれ? 私、生きてる?」
眉間から血を流しつつも、それだけで済んだルイが起き上がる。
「ルイ……とにかく打ちまくって」
「えっ? ……わ、分かった」
ルイとしては、たった今自分が何をされたのか理解していなかった。 そんな状況で更に弓を射るのには不安があったが、とにかく気を取り直してクラリスの言葉に頷く。
一方、唐突に始まった一対二の模擬戦に、ヴィーは気乗りしてなかった。
(つい条件反射で弓矢を打ち返してしまった。 ギリギリで矢先は丸めといたけど、これからどうしようか?)
ヴィーとしては、これまでも自分の実力を隠すつもりはなかったが、クラリスの前でだけは違った。
あのシュウトの妹なのだから、実力を知られれば必ず良いように使われると恐れていたのだ。
だからこそ、如何にギリギリで勝てるかを思案し始める……。
クラリスとルイは、遠距離から魔法と弓で攻撃してくるだろう。 早めに模擬戦を終わらせたければ、ヴィーなら一瞬で間合いを詰めて二人を気絶させる事は容易だ。
だが、ここでシェスターの言葉を思い出す。 一年生にとって、自分の戦い方は諸刃の剣だと。
(確かに手加減は苦手だけど、俺は常に自分より強い人達に鍛えられ、目で見て成長して来た。 一年生にとっても、強者の戦いを間近で見る事は決してマイナスにはならないと思うんだがな……)
考えてる間にも、矢継ぎ早にルイが攻撃を仕掛けて来るが、これをヴィーは左手で全て弾き、クラリスの魔法攻撃を右手で小さな魔法陣を作って吸収している。
(手加減か……難しいな。 でも、あまり実力を見せるのは面倒事に発展しそうだし、どの程度の力を見せるべきか……)
……ここまで、ヴィーはクラリス達の攻撃に対して、ほぼ無意識で対応している。
「なんかムカつく! 行くよ、ファイブ・スター!」
ルイが自身の得意技であり、五本の矢を一気に射るファイブ・スターを放つ。
だが、それすらもヴィーは軽々と、蝿を払うかのごとく弾き飛ばしてしまった。
(……一気に間合いを詰めて、一撃で倒すのはやっぱりやり過ぎだよな。 なら、相手の攻撃を紙一重で避けながら、なんとか間合いを詰めて、怪我しない様に投げ飛ばすか……)
ヴィーの意識は、どれだけギリギリの戦いを演出出来るかの思案に集中しており、現状はルイの攻撃など気にもしていない。
それでも攻撃に対処しているのは、意識外でも条件反射が発動してしまっているからなのだが……。
クラリスはルイが攻撃している間に、上級魔法を形成していた。
魔法は個人差はあるものの、下級から中級、上級、最上級、究極とランクが上がる程に威力が増すが、その分発動までに時間を必要とする。
「喰らいなさい……ダイヤモンド・ダスト!」
極寒の吹雪がヴィーを襲う。
……が、それすらも、ヴィーの作った掌サイズの魔法陣に、全て吸い込まれてしまった。
「……な、なんなの……この人……」
ヴィーはまだ一度も攻撃を繰り出していない。 それでも、クラリスとルイの戦意を喪失させるのには充分だった。
その頃、漸くヴィーの中で、ちょうど良いかもしれない勝ち方が決まった。
(よし、あくまでギリギリを演出する……決まりだ!)
「さあ、じゃあ始めようか……って、どうしたんだ?」
既に戦意を喪失している二人を見て、ヴィーは状況が読み込めずにいると、自分の手に違和感を覚える。
足下には大量の弓矢が、左手には魔法陣が作られていたから。
考え事をしていたヴィーは、無意識で二人の全ての攻撃に対処してしまったのだ。
「……オホン、さて、準備運動も終わったみたいだし、模擬戦を始めようか?」
苦しい……苦しい言い訳だと理解しながらも、ヴィーは場を取り繕うとしたが、その言葉はかえって逆効果となった。
「準備運動って……私、全力だったんだけど……」
ルイは既に戦う気力を失い、その場にへたり込んだ。
そして、一連の状況を見ていた一年生の過半数は、クラリスとルイの攻撃を一歩も動かずに対処したヴィーを見ながら、一体何が起こったのか理解出来ていなかった。
シェスターの言う通り、ヴィーの力が規格外過ぎて、理解の範疇を超えていたのだ。
クラリスもまた、ヴィーの実力を認めざるを得なかった。
今後どんなに研鑽を積んでも、自分では絶対に届かない存在。 クラリスはヴィーに、この短期間のやり取りで、シュウトやシェスター以上の差を感じてしまったのだ。
そして、自分の感情に気付く。 今までは、シュウトもシェスターも自分より歳上だから、自分もいずれ歳を重ねた時には二人に並べると言い訳をしていた事に。
でも、目の前の男は自分と同じだけの時間しか生きていないのに、自分の全てを軽々と超えていた。
「認めない……同年代で、私より強い人間なんて、絶対に認めない!」
突如、クラリスから巨大な魔力が溢れ出し、徐々に集約されて掌サイズの円球となる。
「あれは……混合属性魔法!? クラリスのやつ、やはり天才だな」
シェスターの言った混合属性魔法とは、異なる属性を混ぜ合わせた魔法であり、使用出来る者は帝国内でも僅かしかいない。
シェスターも、クラリスは魔法に関しては自分を凌ぐ才を持っている事は知っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。
(学生の身で複数の属性を混合させるとは……いずれは大魔道士・マサートにも届く才能か……)
クラリス自身は気付いていないが、シェスターも含め、周囲は彼女の事を、彼女が思ってる以上に高く評価しているのだ。 ただ、本人は兄に対する劣等感が災いして気付いていないだけで。
ただ、今の年齢にも関わらず混合属性魔法を習得出来たのは、クラリスが常に劣等感に苛まれ、努力を積み重ねて来た結果に辿り着いた領域でもあったのだが。
「シュナイダー君、これでも余裕を保っていられるのか、試してあげるわっ!」
赤と緑、火属性と風属性の混ざり合った魔力の塊が、ヴィーに向かって放たれた。
「火属性と風属性の混合魔法か……流石はシュウトの妹って所だが……」
クラリスが今の年齢で混合魔法を発動したのは驚愕に値する。 だが、それはあくまで一般的な尺度から見ればだ。
(大きさや魔力から見て、レベル的には中級程度。 勿論、混合魔法ならではの属性の組み合わせによる威力や性質は普通の中級魔法とは桁違いだが……俺にとっては、どんな魔法もただの魔法でしかない)
ヴィーの作り出した魔法陣はコモンスキルで、如何なる魔法をも吸い込んで消失させてしまうものだった。 最終決戦の際には、あの大魔道士・マサートの究極魔法をも飲み込む程の。
当然、この場でクラリスの魔法を消失させるのは簡単な事だが、ヴィーはそれを躊躇した。
(どんな魔法でも消失させてしまうスキル……これって中々の規格外なんだよな。 考え事しながら反射的に使ってしまってたが、あんまり多用すべき能力じゃない)
コモンスキル・“ソーサリーサクション”。
掌から魔法陣を創り出し、全ての魔法を吸収してしまう、対魔法使いにおいてはチートなスキルだ。
だが、吸収出来る魔法のレベルは、一応スキル使用者の魔力及びオーラが反映される。
ヴィーは先天的に魔法の素質はほとんどない。 だが、それに代わる力として、オーラの量が常人の数百倍。
なので、ヴィーのソーサリーサクションは、マサートの究極魔法ですら簡単に吸収してしまうのだ。
今更ではあるが、ヴィーはこれ以上実力を晒すのを避けたかった。
……だから、今回はソーサリーサクションを使わず、放たれたクラリスの混合魔法を避けてから一気に間合いを詰めた。
「なっ!?」
いつの間にか目の前にいたヴィーに、クラリスは愕然として立ち尽くしてしまう。
「隙あり」
そして、気が付けばヴィーの手刀が、クラリスの首筋に添えられていた。




