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第35話 模擬戦

 クラリスの言葉に、現役騎士団員であるシェスターと手合わせが出来ると期待した一年生の代表三名のみならず、それを見学する予定だった他の生徒達の表情が曇る。


 一年生にとってはヴィーなど、まだ転入して間もない三年生で、ソフィアと恋人の噂があるという情報しか無いのだし、現役騎士団員でかつてのカリスマ生徒会長のシェスターが戦う姿を見たいと思うのは当然なのだから。



「……クラリス、何を勘違いしているんだ? 確かにこれは本来なら三年生である師匠の役割かもしれないが、生徒の事を第一に考えれば、師匠の実力を知るよりも現役騎士団員である僕のレベルを知る機会の方が貴重だと思うが?」


「生徒にとっては現役の騎士である先輩との模擬戦が戦う側にも観る側にも得るものが大きいのは理解しています。 でも本来この場では、先輩は部外者です。 アカデミーにはアカデミーの方針がありますし、今回は私達三年生の教えだからこそ、一年生の学びに繋がるのではないでしょうか?」


「……言う様になったじゃないか、クラリス。 だが、僕が言ってるのはそういう事じゃない。 一年生に……いや、おまえら三年にも、師匠の強さを知るのは諸刃の剣だと言ってるんだ」


 シェスターの物言いは、ヴィーが明らかに自分より格上だと認めている様に聞こえていた。


「人には目標が必要だ。 だが、その目標が高過ぎると悟った時、それでも上を目指せる者は少ない。 生徒会長であるおまえが、ピカピカの一年生のやる気を削いでしまう選択をしてもいいのか?」


 シェスターの言動に納得いかなかったライカールが口を挟む。


「なっ……シェスター先輩! 一体コイツがどんだけのもんだって言うんですか!?」


「……おまえ、師匠とアカデミーで生活を共にしてるのに、師匠の偉大さに気付いてないのか? それ、終わってるぞ?」


 シェスターはヴィーがアカデミーに転入してまだ一ヶ月弱しか経過していない事を知らない。

 そして、シェスターの言動はヴィーとしても都合の良いものではなかった。


(先輩、どんだけ俺を持ち上げるんだよ……。 クラリスの手前、あんまり実力を知られたくないんだけど……。 でもまあ、収集がつかなそうだし、こうなったら仕方ないな)



「先輩、良いですよ。 模擬戦は俺がやりましょう」


(適当に手加減すればいいだろう。 でも、手加減か……。 ミゲールさんに拾われて鍛えられてる時も、アンノウンとして魔王軍に潜り込んだ時も、七騎将と訓練してた時も、常に本気で戦わないと死んでしまう状況だったから、あんまり手加減ってした事ないんだよな。 しかも相手は学生だし。 ん〜適当にあしらう位で大丈夫……だよな)


 ヴィーは無表情を貫いていたが、僅かに不安を抱いてるのをシェスターは見逃さなかった。


「……そうだ、だったら三年生のおまえらが師匠と模擬戦をすれば良い。 勿論、全員で、本気でな」


 アカデミーのトップたる四人が、ヴィー一人と模擬戦を行う。 当然、言われた四人としては、プライドが著しく傷付けられた。

 ……ヴィーに友好的なルイが不満を漏らす程に。


「ちょっと〜、いくらシェスター先輩でも、私達を舐め過ぎじゃないですか?」


「いや、足りないな。 なんなら、僕も加わろうか? そうすれば、少しは善戦出来るかもしれないしな」


 現・生徒会長であり魔法学に長けたクラリス、弓術の実力者であるルイ、格闘術の学生王者ライカール、そして剣の達人であるファン。

 これに現役騎士団員であり元・生徒会長のシェスターまで加わって、ヴィー一人の相手をする……。


 一年生にしてみれば、まるで魔王でも倒すつもりかと内心でツッコんでしまう戦力差に思えた。



「どうですか? 師匠」


 ヴィーとしては、ただでさえクラリスの前では実力を隠しておきたいのに、この場で現役騎士団のシェスターを倒してしまったら、もう隠しようがなくなってしまう。


「……先輩は現役の騎士団員でしょ? 大人しくしていて下さい」


 誰もが、ヴィーが流石にシェスターの相手は無理だと言ったのだと認識したが、シェスター本人だけは正しく解釈をした。


「……お優しい。 学生の前で僕に、引いては騎士団全体に恥をかかせまいと……すみませんでした。 僕はそんな事にも気付かず、師匠に手も足も出ずに負けて騎士団全体の評判を落とす事まで気が回りませんでした」


(いや、そこまでは言ってないんだけど……もう、この先輩には何を言っても無駄だな)


「分かりました。 じゃあ、当初の予定通り師匠と三年生四人との模擬戦にしましょう。 クラリスも、それで良いな?」


 クラリスとヴィーの間の空気が張り詰める。 ……主に、クラリスの方だけが厳しい視線でヴィーを睨んでいるのだが。



「チッ、舐めやがって……一人で、俺達四人とやるだぁ? ふざけんな!」


 開始の合図も待たず、ライカールはヴィーに飛び掛かった。


 飛び込みながらの右ストレート……のフェイントからの下段タックル。


「うごっ!?」


 だが、ライカールの顔面にヴィーの膝がめり込んでいた。


 顔を抑えて蹲るライカールに、ヴィーが申し訳なさそうに声を掛ける。


「すまん、いきなり来るもんだから、つい条件反射で膝が出てしまった。 大丈夫か?」


 鼻血を出しながら、ライカールは怒りの形相でヴィーを睨む。


「つい……だと? ……舐めんなっ!!」


 またもライカールがヴィーに片足タックルを仕掛ける……が、ヴィーは微動だにしない。


 ライカールは、まるで鉄柱にタックルしてる感覚を抱いていた。


(なんだコイツ……ビクともしねぇっ!?)


「良いタックルだけど、ちょっと力任せだな」


 言いながら、ヴィーは捕まれた前足に少しだけ力を加えて横に反らすと、ライカールは派手にひっくり返って地面に倒された。


 空を見上げながら、ライカールは自分の身に何が起こったのかを理解出来なかった。


(何故だ? ヴィーは全く力を入れてなかった。 ただ、足を動かしただけ。 それだけで、俺をひっくり返しやがった)


 ヴィーはライカールの力の流れを利用して、ほんの少しの動きでライカールを転倒させたのだ。


 ライカールの中で、ヴィーに対する評価が変わった。 この男は、自分より遥かに強いと。



 立ち上がったライカールは、ファイティングポーズをとった。


「やるじゃねえか、ヴィー。 俺は、剣はファンに、魔法もクラリス達には及ばねえ。 でもな、この拳と、徒手格闘の技術じゃあ誰にも負ける気がしねえんだ!」


 ライカールがスピーディーかつ無駄のない動きでパンチとキックを繰り出す……が、ヴィーはそれを難なく躱す。


(なるほど、良い動きだな。 これなら、学生相手になら敵はいないだろう)


 ライカールの右ストレート……を躱し、カウンターでヴィーが左手フックを脇腹にめり込ませる。


「ぐほっ……」


 一撃で、ライカールの肋骨が数本砕けた。


「攻撃してる時こそ、防御を疎かにしたらこうなる。 覚えとけ」


「ぐっ……まだまだぁ!」


肋骨が折れたにもかかわらず、ライカールはパンチのラッシュを繰り出す……が、その全てをヴィーはパーリングで受け流す。


「攻撃が単調だな。 パンチでの攻撃は、上下に散らせ」


そして、先ほどと反対側の脇腹に強烈なボディーブローを叩き込むと、またも肋骨が数本砕けた。


「あがっ……」


「痛みを表情に出すな。 そんな顔見せたら、敵は容赦なく追撃して来るぞ」


 そのまま、悶絶しながら屈んだライカールの顎に膝を喰らわせると、ライカールは大の字になって倒れてしまった。


「こんな風にな。 ……聞いてないか」


 ……ライカールがアッサリとひっくり返された光景を、クラリス達も唖然として見ていた。 


 ライカールは徒手格闘の分野では、プロの格闘家とも互角以上に戦える実力者なのだから。



 すると、シェスターは真剣な表情でクラリス達に言う。


「おまえら、師匠の実力が知りたいんだろう? だったら、本気で行け。 本気で……殺すつもりでやれ。 大丈夫、それでも師匠の足元にも及ばないだろうから」


 つい先程まで、シェスターのヴィーに対する態度や言動は、クラリスにとってある意味ジョークとしか思えなかった。


(まさか……これ程とは。 ヴィー・シュナイダー……)



 クラリス・レッドフォードは、幼少の頃から容姿端麗、頭脳明晰で、特に魔法に関しては逸材と呼ばれる素質を持っていた。


 高い評価は受けていた……だが、彼女が周りから持て囃される事は無かった。


 それは彼女の兄が、更なる才能に溢れたシュウト・レッドフォードだったからだ。


 クラリスは魔法の才には長けていたが武術の面では平凡だった。

 シュウトとクラリスの年齢差は一三歳。 クラリスが物心ついた時には、シュウトは武術面でも魔法面でも天才と言われ、何よりも人を惹き付けるカリスマ性を持ち合わせていた。


 そして、クラリスが十二歳の時、兄・シュウトは正式に勇者に任命された。


 勇者として、人類の命運を懸けた戦いに身を投じる兄と、まだ幼く守られてばかりの自分。


 クラリスは生まれてからずっと、シュウトに劣等感を抱いて来たのだ。



 そして、シュウトは魔王を倒し、人類に平和が訪れた。


 クラリスは相変わらず優秀な成績を修めていたし、評価もされてはいたが、兄であるシュウトとは比較すらしてもらえなかった。


 だから、魔法に関しては必死に勉強し、常に同世代のトップを維持しながら、将来は兄とは異なる分野で名を馳せるべく研鑽を積んでいた。


 なのに、突然現れた同学年の男、ヴィー・シュナイダーは、勇者・シュウトが認め、シュウト以外で唯一尊敬していたシェスターが師匠と慕っているのだ。


 認めたくなかった。 ヴィーを、自分より評価される同年代の人間を。


 だからこそ、今のライカールとの攻防、そしてシェスターの言葉に、クラリスは文字通りヴィーに対して殺すつもりで戦う覚悟を決めたのだった。

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