第33話 師匠
翌朝、ヴィーは臨海施設内で割り当てられた自室にて目を覚ました。
昨夜はジェイド・ドラゴンの出現、他にも高レベルエリアの魔獣が低レベルエリアに出現する現象、そして新人騎士のシェスターが怪我を負った事で、初日夜の部の探索は打ち切りとなったのだ。
(本当は昨日の内に目的を終えておきたかったんだがな……)
高レベルエリアの魔獣が低レベルエリアに移動してる状況は、とてつもない危機感を騎士団に抱かせた。 それは、“スタンピード”の前兆を連想させたからだ。
スタンピードとは、なんらかの理由でパニックに陥った魔獣の群れが、同じ方向に突進する現象である。
もしスタンピードが発生し、高レベルエリアの魔獣が街に向かってきたら……対応を誤れば、海洋都市は壊滅の危機を迎える事になる。
現在騎士団は、捜索作業の昼夜交代制の予定を変更し、総出でスタンピードの兆候の調査と、発生した場合の対応に追われている。
(騎士団は今、スタンピードの対応に追われてるし、七騎将の捜索に関しては後回しになってるのは否めない。 また竜種なんかが現れたら、それこそ一大事だろうし。 でも、ガイルとシャリアじゃなかったとしても、高確率で森の生態系を揺るがす生物が奥地にいるのは間違いない。 ……やっぱり俺が一人で山頂まで捜索の足を伸ばすしかないだろうな)
そんな事を考えながら、ヴィーは食堂へと向かった。
食堂では既に一年生が朝食をとっている。
見渡すと、ソフィアも友人達と楽しげに食事をしていたが、ヴィーを見つけると笑顔で手を振ってくれた。
ソフィアに手を振り返しつつ、邪魔するのも悪いと思い空いてる席を探すと、三年生の四人が座っているテーブルの席しか空いておらず、仕方なくそこに座った。
「寝坊ですか? 我々は一年生の模範となるべき存在です。 だらしない姿は極力見せないでいただきたいですね」
生徒会長のクラリスが、ヴィーと視線を合わせる事なく説教をはじめる。
……ヴィーが夜間は騎士団に帯同してるのは知っているハズだし、正確にはまだ寝坊ではないのだが。
「悪かったな。 明日からはもう少し早く起きるよ」
「……ええ、そうして下さい」
クラリス達には、昨夜何が起きたのかはまだ知らされていない。
でも、高レベルエリアの魔獣が低レベルエリアに出没するかもしれない現状、一年生の森林区での課外授業は中止となるだろうし、クラリス達にも間もなくその情報が入るだろう。
「ねえヴィー。 昨夜は騎士団と行動してたんでしょ? 一体どんな事してたのよ?」
そんな中、比較的ヴィーに対して分け隔てのない態度のルイが話し掛けて来た。
「ああ、ちょっと森の中を探索してただけだ」
「フン、騎士団と一緒なんだから、おまえなんざどうせ散歩してただけだろう」
ライカールはまだヴィーの事を認めてないため棘のある口調だ。
「まあ、そんなもんだ」
これをヴィーは、特に反論せずに受け流す。
そんな態度が気に食わなかったのか、ライカールはヴィーを挑発的に睨んだ。
「そうだ、騎士団の中にシェスターって人いただろう? あの人はアカデミー始まって以来の天才って言われて、スゲー先輩だったんだぜ? あの人レベルの学生だったら騎士団に推薦されてもおかしくねーんだろうけど、なんでおまえなんかが推薦されたんだ?」
昨日、命令違反を犯して死にそうだった所をヴィーに助けられたシェスターは、ライカールが一年生の時に最強の生徒会長として憧れの存在でもあったのだ。
「シェスター……? ああ、昨日の……先輩だったのか? 確かに中々見込みのある男だったな……」
さもシェスターを知ってる風に話すヴィーに、クラリスが反応した。
「シェスター先輩は、無駄にプライドが高いけど優秀な方でした。 お兄様も、上手く育てば将来有望だと評価してましたし、そんな先輩とお知り合いなのですか?」
「ん? いや……知り合いという程ではない」
昨晩の出来事を話せば、尊敬されているだろうシェスターの評判を落とすかもしれないと察して、ヴィーは言葉を濁した。
「へっ、どうせ昨日一緒に行動してる時にでも、遠くから先輩を眺めてただけだろ? 思わせ振りな反応してんじゃねーよ」
「……悪かったな」
あからさまなライカールの嫌味にも、ヴィーは気にする事なく食事を続けていたのだが……。
「おはようございます! 師匠!」
食堂内に響く大きな声で、ヴィーに挨拶する男が現れた。
「うるせえなぁ……誰だ……って、シェスター先輩!?」
声の主に文句を言おうとしたライカールだったが、その人物がたった今話題になった、自分も尊敬していた先輩であるシェスターだと知り、言葉を飲み込んだ。
シェスターは規律正しく歩きながらヴィーの前にやってくると、深々と頭を下げた。
「昨日は本当にありがとうございました!」
クラリスも、ルイもライカールも、ついでにファンも、状況が読めずに茫然としている。
シェスターを知らない一年生達も、騎士団の団員が一学生に頭を下げている光景に驚いて、食堂内は一気に静まり返ってしまった。
ヴィーも空気を察したのか、慌てて場を取繕う。
「いや……聞けばこのアカデミーの先輩だったそうですね? 自分こそ昨日は生意気な態度をとって申し訳ありませんでした」
「何を言いますか! 僕は師匠がいなければ死んでました。 それに、師匠は僕のくだらないプライドを打ち砕いてくれました……あんな馬鹿やらかした僕を鍛えてくれましたし、その上庇ってくれました……一生頭が上がりません」
昨夜……命令を無視して単独行動した挙句、死にそうになったシェスターは、当然懲罰もの……下手すれば騎士団をクビになってもおかしくはなかった。
だがヴィーは、シェスターはヴィーからの命令で秘密裏に単独行動をとったのだと、オルテガに報告したのだ。
それは、素質ある若者の未来を思っての行動だったのだが、シェスターがヴィーの強さと優しさに惚れ込んでしまったのは無理もない出来事だった。
「つきましては、オルテガ師団長より直々の命を受け、此方に滞在中は師匠の補佐に回れとの事でしたので、たった今より師匠の指揮下に入ります。 宜しくお願いします!」
ヴィーはオルテガのほくそ笑む顔を思い浮かべる。
恐らく、オルテガは全てを知った上でシェスターをヴィーに預けたのだろう。 庇ったのなら、責任をもって最後まで面倒を見ろと。
(あのオヤジ……余計な事をっ)
「あの……お久しぶりです、シェスター先輩。 その……シュナイダー君がいなければ死んでいたって、一体何があったのですか?」
「ん? おお、久しぶりだな、クラリス。 それは、昨日俺がジェ……もがもがっ!?」
「せ、先輩! それはいいですから!」
クラリスの問いに答えようとしたシェスターの口を、ヴィーが慌てて塞ぐ。
ヴィーは、アカデミー内でもある程度は力を誇示した方がソフィアの為にもなるとは思っているが、何事も程々が大切なのはシュウトとの関係で学んでる。
この九ヶ月。 ヴィーの真の実力を知るシュウトは、事あるごとに面倒事を押し付けていたのだ。 おかげでアカデミーへの中途入学も三ヶ月ずれ込んでしまったのだから。
同様に、アカデミーでも過去一優秀だったとされるシェスターを軽く超える実力がバレれば、また面倒を押し付けられないとも限らない。
なにせ、生徒会長があのシュウトの妹のクラリスなのだから。 下手をすれば、アカデミーでの厄介ごとを押し付けられる可能性もある。
そうなれば、普通の学生としてソフィアを守りつつ、友人との学生生活を謳歌したいヴィーにとって、死活問題になるのだから。
「と、取り敢えずシェスター先輩、ちょっと向こうでお話しましょうか?」
「俺の事は先輩なんて呼ばないで下さいよ、師匠。 歳は上でも、俺は師匠に惚れ込んだんですから」
人一倍才に溢れ、プライドの塊であるシェスターのこの姿を、シェスターと同期の新人騎士や彼のこれまでを知る全ての者が見れば、誰もが唖然としてしまう光景であろう。 現に、直属の後輩であるクラリス達は既に唖然としている。
誰もが認める天才が、自分より歳下の学生に尊敬の念を隠そうともしないのだから。
(取り敢えず、オルテガさんにクレーム入れとこう……)
もはやシェスター本人には何を言っても無駄だと察したヴィーは、今晩オルテガにキツめのクレームを言うと決めたのだった。




