第31話 エリートの誤算
……二時間が経過し、シェスターは何体かの魔獣を倒したが、結局ヴィーを見つける事はできなかったし、特に森に異常も見られなかった。
(まあいい。 そろそろ班に戻らないと、マーガスの言う通り出世にも響くしな)
シェスターが班を離れて二時間が経過していた。 マーガスに上手く誤魔化してくれる様にお願いはしたものの、これ以上不在の時間が長くなれば、流石に他の班員もシェスターの不在に気付くかもしれない。
そう考えてレベル4エリアまで戻ろうとしたシェスターだったが、複数の魔獣の気配を感知する。
(一、二、……四体。 しかもこの威圧感は、レベル5の魔獣じゃない?)
現れたのは、三メートルの長身で筋骨隆々の猿人・クレイジーモンキー。 本来ならレベル6エリアに生息する魔獣だ。
(クレイジーモンキーだと? 何故コイツらがレベル5に!?)
レベル6エリアの魔獣といえど、単体であればシェスターなら確実に倒せる相手だが、クレイジーモンキーは群れで行動する魔獣であり、連携の取れた行動をする。 つまり、複数体のクレイジーモンキーを相手にする場合、その難易度は格段に上がる。
しかも、クレイジーモンキーの様子はどこか興奮状態であり、有無を言わさずシェスターに飛び掛かって来た。
(さっきレベル4エリアでもそうだったが、本来いるハズのない上位エリアの魔獣が出現するとは……)
「チイッ!」
クレイジーモンキーの体当たりを華麗にかわすが、もう一体が間髪入れずに突っ込んで来たのを避け切れず、盾でブロックしたものの、衝撃で吹っ飛ばされてしまった。
「ウキイイアアアッ!!」
咆哮をあげるクレイジーモンキー。 明らかに眼が血走り、気性が荒くなっている。
(やる気満々だな……。 いいさ、いずれ“騎士団のトップ”になる僕が、この程度の雑魚共に遅れを取る訳にはいかない!)
襲い掛かって来るクレイジーモンキーを剣で迎え撃つ。 斬撃がクレイジーモンキーの肩を斬り裂いたが、左右から別のクレイジーモンキーが攻撃を仕掛けて来た。
「チッ、すばしっこい奴等だ!」
これをバックステップで辛うじて回避したシェスターだったが、後方にもクレイジーモンキーが待ち構えていた。
クレイジーモンキーの振り下ろしのパンチを盾で防ぐ。 そのあまりの衝撃に、シェスターはバランスを崩した。
(流石に重い……一発でもまともに喰らえば大ダメージを受けてしまうな)
バランスを崩したシェスターに、ここぞとばかりに四体のクレイジーモンキーが飛び掛かって来た。
「この僕を舐めるな……ホーリーナイト!」
瞬間、真っ白なオーラがシェスターの身を包み込む。
コモンスキル・“ホーリーナイト”とは、自分自身に聖属性が付与されるスキルである。
聖属性のオーラを纏う事によって、攻撃にも聖属性がプラスされるので単純に攻撃力がアップするし、防御力もアップする。
その上、アンデット系の魔獣や、闇属性の敵、魔族に対して絶大なアドバンテージを得る事ができる。
更には、聖なる力により徐々に怪我等が回復する……非常に有用で強力なスキルであるが、デメリットとして体力・魔力・オーラの全てが通常より消費が多くなる。
魔力は体外の四大元素を集束する力だが、オーラとは魔力とは異なり、自身の体内から溢れる力である。
シェスターは武術だけでなく魔法の面でも秀でた才能を持っており、ホーリーナイトのスキルを効果的に使えば、現状でも既に騎士団でも上位騎士レベルを誇っていた。
「シェアアッ!!」
強化されたシェスターの繰り出す斬撃は、威力もスピードも通常時より段違いに上がっており、四体のクレイジーモンキー全てを難なく斬り付ける。
「グギャアアアッ!!」
四体のうち二体は今の攻防で致命傷を負ったが、残りの二体は傷口が浅く、間合いをとってシェスターを睨んでいる。
「チッ……全部は仕留め切れなかったか。 さあ、どうしたエテ公。 この僕と自分との力の差を理解して怖気付いたか?」
余裕を見せるシェスターだったが、実際はそれほどの余裕など無かった。 肩口にはクレイジーモンキーに抉られた爪痕が走り、血が滲んでいる。
今の攻防でも、クレイジーモンキーの攻撃を避けれたのは紙一重だったし、肩口を抉られつつも二体に致命傷を負わせれたのは、幸運な面もあった。
(コイツら、やはり群れられると厄介だな。 二匹減ったのは良かったが、ホーリーナイトを維持するのにも制限があるし)
ホーリーナイトはその性質上、体力と魔力とオーラを通常より多く消耗する。
個対個での戦闘になら効果的だが、対多数を想定する騎士団にとっては、使い所の難しいスキルでもあるのだ。
(グズグズしてる暇は無い。 とっとと片付けて、班に合流しないと……)
「……という訳だから、とっとと死んでもらうぞ、エテ公!」
……仲間を失い、傷を負ったクレイジーモンキー達は、ホーリーナイトを維持したシェスターを相手に粘ったものの、最後は討伐されてしまった……。
「ふう……なんとか倒したか」
ホーリーナイトを解除したシェスターは、体力とオーラと魔力を消耗した事により膝を着いていた。
四体のクレイジーモンキーを一人で相手にするのは、如何に騎士団といえど新人騎士には厳しい条件だ。
多少の攻撃を受けたとはいえ、一人で倒し切ったシェスターは、やはり将来有望な人材と言えるだろう。
「それにしても、なんでクレイジーモンキーがレベル5エリアに? ……とりあえず、今は早く分隊と合流するか」
自分の班へ戻ろうと立ち上がったその時、シェスターは森が揺れるのを感じた。
そして、圧倒的な威圧感を覚え、暗闇の向こう側を凝視する。
(……嘘だろ? なんで……なんで、こんな魔獣が!?)
木々を掻き分けて現れたのは、本来ならレベル7エリアに生息する魔獣、竜種のジェイド・ドラゴンだった。 単体での危険度レベルは8に認定されている。
「ジ……ジェイド・ドラゴン……だと?」
今、シェスターの目の前にいるのは、本来ならレベル7エリアに生息する魔獣であり、魔獣の中でも危険度レベルの高い種族の竜種・翡翠の如き深緑の皮膚を纏うジェイド・ドラゴン。
体長は屈んだ状態でも五メートルを超える巨体。 暴れ出せば、町の一つを瞬く間に壊滅に追いやるレベルの魔獣だ。
「グルルルルル……」
ジェイド・ドラゴンはシェスターを見つめながら、唸り声をあげている。
(ジ、ジェイド・ドラゴンがなんでこのエリアに!?)
先程のクレイジーモンキーもそうだが、このジェイド・ドラゴンも普段なら絶対にこのエリアに現れる魔獣では無い。
(馬鹿なっ!? この森では一体どんな異常事態が起こってるんだ!? いや、そもそも、だからこそ僕達騎士団が呼ばれてんだ、馬鹿は僕の方だっ!)
シェスターは、己のプライドを充す為に単独行動を取った事に、今更ながら後悔するのだった。
目の前には、圧倒的な威圧感を放つジェイド・ドラゴン。
新人騎士が戦っても勝てる訳がない魔獣であり、師団長クラスの騎士でも漸く対等なレベルなのだ。
ここで、シェスターの取るべき行動の選択肢は三つに限られている。
一つ、己の保身の為にジェイド・ドラゴンから逃げ、素知らぬ顔で班に合流するか?
二つ、己の罪を認め、この事実を班に報告し、現場保持の為、ジェイド・ドラゴンを足止めするか?
三つ、……己の力でジェイド・ドラゴンを倒し、情報を隠蔽するか?
シェスターが選択したのは……
「マーガス! レベル5エリアにてジェイド・ドラゴンと遭遇した! 他にもクレイジーモンキーも出現していたし、この森に異常事態が起こっている! 直ぐに応援を頼む!」
……胸元から通信機を取り出し、己の罪がバレるのを恐れず、班に状況を報告したのだ。
(こんな化け物を放って逃げ出したら、下手したら多くの犠牲が出るかもしれん。 騎士として、そんな事は絶対に出来ない!)
命令無視の単独行動。 バレれば確実に懲罰が与えられる。
それでも、全ては自分の蒔いた種であり、そんな状況で保身を第一に考える程、シェスターは腐ってはいなかったのだ。
(くっ、逃げ出したい所だが、ジェイド・ドラゴンは機動力に長けた竜だ。 このまま逃げ切れるかも分からない……。 それに、応援が来るまで足止めしなければ、下手すりゃ森を抜けて町まで行く可能性もある……)
「……くそっ、どっちみち今回の件が露見すれば僕の出世は遠のくだろう……全部自業自得だが、やれるだけやってやる!」
竜種は、本来なら精鋭揃いの騎士団一個隊で対応すべき魔獣である。 如何に騎士とはいえ、しかも新人の騎士が一人でどうこう出来る相手では無い。
「グルルルルルアアアッ!!!!」
空気が震える程の咆哮。 シェスターの身体が、まるで金縛りにあったかの様な感覚に陥る。
(……この化け物相手に、足止め? あ、ありえない!)
戦う決意をしたのも束の間、シェスターは瞬時に、自分とジェイド・ドラゴンとの力の差を理解する。 そこに、自分のプライドなど入り込む余地はなかった。
(無理だっ! こんなの、僕じゃ……いや、オルテガ師団長だって、一人じゃ太刀打ち出来ないだろう)
シェスターは訓練で幾度となくオルテガとも手合わせをしてきた。 現状では全く歯が立たないが、それでもオルテガがどの程度の強さなのかは理解している。
ジェイド・ドラゴンは、そのオルテガでも一人では倒すのは難しいだろうと、シェスターは感じたのだ。
「グルルアアアッ!!」
「!? くっ!?」
ジェイド・ドラゴンは風の属性を纏い、抜群のスピードを誇る竜種だ。
そのジェイド・ドラゴンの体当たりは、盾のブロックなど物ともせず、シェスターを吹っ飛ばした。
「がはぁっ!」
巨木に激しく打ち付けられ、呼吸を失う。
(は、速過ぎるだろ? 盾がなきゃ一発で……)
シェスターの脳裏に、“死”の文字が浮かび上がる。
「グルルアアアッ!」
ジェイド・ドラゴンから吐き出された風のブレスがシェスターに向かって行く。
「く、くそっ!」
シェスターが辛うじて身を屈めると、背後の大木は粉々に斬り裂かれた。
(こ、こんなの喰らったら、身体ごと粉々に……)
絶対的な恐怖……。 それは、地獄の新米訓練でも感じなかった感情だった。
恐怖は身体を硬直させる。 少なくとも、僅かな希望でもあれば立ち向かう覚悟も生まれたかもしれない。
だが、目の前のジェイド・ドラゴン相手に自分は何か出来るだろうか? 考えるまでもなく、ノーチャンスだった。
(くだらない嫉妬で軍の規律を破り、くだらないプライドを満足させる為に身勝手な行動をした挙句、このザマか? こんなんで、いずれは騎士団長だと? 僕はなんて馬鹿な事を……)
まさに絶望的な状況。 ほんの数秒後には、命を刈り取られてしまう現状でシェスターの胸に到来したのは、大きな後悔しかなかった。
だが……シェスターはただの勘違い新人騎士ではなかった。
「……フッ、まさか僕がこんな所で死ぬとはな。 周りからは、勘違い野郎が犬死したとでも笑われるんだろう。 でもな、この僕の最期が、ビビって何も出来ないまま死んで終わりだなんて、僕自身が許せない。 せめて自分だけは、僕が最期まで勇敢だった事を証明してやらなきゃな」
シェスターは、覚悟を決めた。 震える身体を気合いで抑え込み、最後の力を振り絞りって自分のコモンスキル・ホーリーナイトを発動させる。
ホーリーナイトとは、選ばれた騎士……聖騎士になるべき人間に発現するコモンスキルだ。
その意地が、誇りが、シェスターを奮い立たせる。
残された最後のプライドは、自分自身が……シェスター・レイモンドが、臆病者のまま死ぬ事を許さなかったのだ。




