第30話 嫌な予感
ヘンリー森林区・レベル4エリア。
レベル4以降は、明日からの一年生の課外授業では立ち入る予定の無いエリアである。 それは、単純に学生では太刀打ち出来ないレベルの魔獣が生息しているからだ。
現在、ヴィーは騎士団の軽装鎧に身を包み、日が暮れて暗闇となったレベル4のエリアを一人で散策していた。
手には松明や照明の類いは持っていない。
スキル・暗視。 どんな暗闇でも、周囲の姿形をハッキリと視認する能力によって、この暗闇の森でも不自由ない移動を可能にしていた。
このスキルは集中力が重要なのだが、騎士団に入るレベルの者なら誰でも身に付けている。 だから、暗闇の中でも捜索活動を行えるのだ。
(特に異常は見られないが……もう少し先に進むか)
ヘンリー森林区を進み、山頂付近になると危険度はレベル8に設定されている。 そこには、騎士団一個隊でも苦戦を強いられるレベルの魔獣……竜種が生息しているのだ。
(ガイルとシャリアなら、例え竜種であろうとも遅れはとらないだろう。 竜種の更に上……伝説級とされる龍種となれば話しは変わるが)
同じ竜種でも強さには差があるし、更にその上には伝説級とされる龍種と呼ばれる魔獣が存在し、その危険度レベルは10とされている。
これは、一国が壊滅させられる程の危険度に認定されており、レベル10以上……つまり測定不能に認定されている古代龍クラスとなれば、魔王と同様、勇者パーティーでも命を懸けて対処しなければならないだろう。
ヴィーが胸元から通信板を取り出し、オルテガに繋いだ。
「オルテガ師団長、俺はこれからレベル4を抜けてレベル5エリアの捜索に向かう」
レベル5となると、新人騎士だと単独では遅れをとってもおかしくない魔獣が現れるエリアなのだが、通信板の向こうのオルテガの声は簡単なものだった。
「了解だ。 俺たちは今日はレベル4までをじっくり捜索しておくから」
ヴィーの実力を知るオルテガにとって、ヴィーが向かうエリアがレベル5であろうが6であろうが、むしろレベル8の山頂付近であろうが何の心配もなかったのだ。
通信板を胸元にしまい、ヴィーは森の奥地を見つめる。
(出来れば今日中に少しでも手掛かりを見つけておきたい。 いるならとっとと出て来いよ……)
かつての部下であったガイルとシャリアの顔を思い浮かべながら、ヴィーはレベル5のエリアへと向かうのだった。
……その頃、シェスターが配属されている第二師団第三班は、レベル4エリアを捜索していた。
「ふぅ、暗闇での戦闘とはいえ、この程度の雑魚ばかりじゃ訓練にもならないな」
シェスターの足下には、たった今斬り落としたナイトバットが数体転がっていた。
ナイトバットは個体の戦闘力こそ高くは無いが、夜限定で活動し、群れで襲い掛かって来る厄介な魔獣であり、仮に学生が襲われたとしたら成すすべなく殺されてしまうのだろうが、シェスターの前では単なる小鳥も同然であった。
「よく言うよ。 一年前は暗視が使えないから暗闇に慣れてなくてジタバタしてたのに」
隣では、同じくナイトバットを容易く処理したマーガスが笑みを浮かべていた。
「おまえと一緒にするなよ。 僕は暗視なら学生時代にマスターしていた。 それに、僕らはあの地獄の訓練を生き延びたんだから、この程度の魔獣にもう遅れは取らないだろ」
「まあな。 でも、そう考えるとまだ学生なのに単独でこのレベル4エリアを捜索してるあのヴィーって奴は何者なんだろうな?」
学生時代トップの成績だったシェスターとマーガスですら、初めてこの森のレベル4エリアに来た時は苦戦したのだ。
それを在学中のヴィーが、しかも単独で動いているなど、とても信じられる事ではなかった。
「フン、どうせ今頃は、暗闇の中で身動きが取れずに立ち往生でもしてるハズだ」
「でも、あのオルテガ師団長が認めてるんだったら、やっぱ相当な実力者だって事だろう?」
師団長が認めた実力者。 その言葉は、やはりシェスターのプライドを大きく刺激した。
「また魔獣だ……って、おいシェスター、あれって……ダイヤモンドラビットじゃないか!?」
ダイヤモンドラビットとは、危険度レベル5の魔獣であり、本来ならレベル4エリアに出現するハズの無い魔獣だった。
「確かに、ダイヤモンドラビットだな。 何故ここに?」
シェスターの捜索班二◯名が、即座にダイヤモンドラビットを取り囲む。
そして、あっという間にダイヤモンドラビットを駆除してみせた。
班長の騎士は、本来レベル5エリアに生息するダイヤモンドラビットがレベル4エリアに出現した異変を、オルテガに報告している。
「焦ったけど、流石にこの人数じゃあの程度の魔獣は楽勝だな。 でも、一人でとなると……あの学生、本当に一人で動いてんのかな?」
マーガスの言葉が、再びシェスターに火をつけてしまった。
「……僕だってレベル5程度なら一人でも余裕だ。 あの学生がどんなものか、俺が見極めてやる」
シェスターは班を抜けて、ヴィーの後を追うため単独行動をとると、マーガスに告げた。
「はあ? 何言ってんだ? 完璧に規則違反じゃないか!?」
シェスター達への命令は、レベル4の探索。 レベル5への侵入許可は下りていない。
当然、班として命令違反を容認する訳が無いのだから、シェスターは無断でレベル5へ向かうつもりなのだろう。
「確かにおまえならレベル5程度で遅れを取る事はないだろうが、なんでわざわざあの学生に拘るんだよ? 言っておくが、俺は付き合わないぞ」
シェスターの暴挙に、マーガスは付き合うつもりはなかった。
もしバレれば厳しい罰則が与えられるだろうし、当然今後の出世にも影響を及ぼすのだから。
「レベル5なんて、新米訓練でも経験してるだろ? ま、嫌なら無理には誘わない。 心配しなくても、あの学生の実力を確認したら戻って合流するから、班長には上手く誤魔化しておいてくれ」
そう言うとシェスターは隊列を離れ、レベル5エリアへ向かって去って行った。
「お、おい……馬鹿野郎。 どんだけあの学生を意識してんだよ……」
元々プライドの高いシェスターにとって、ヴィーの存在が気に入らないのはマーガスも理解してはいる。 それでも、いくらなんでも軍の規則を違反するのはやり過ぎだ。
「……まあ、アイツの実力ならレベル5までの魔獣なら問題ないだろうが、厄介な事にならなきゃ良いけど……」
シェスターの実力を信じつつも、トラブルが起きない様に祈る事しか、マーガスには出来なかった……。
__レベル5エリア。
ヴィーが襲い掛かって来たクレイジーモンキーの群れを瞬殺していた。
「クレイジーモンキー? ……なんでレベル6エリアに生息している魔獣がレベル5に?」
クレイジーモンキーとは、本来危険度レベル6エリアに生息する魔獣であり、人間より一回り大きい筋骨隆々な猿である。 その生態系から、縄張りの外に出る事は滅多にないと言われている。
(……考えられるとしたら、更に奥地にいる危険度レベルの高い魔獣に追いやられた?)
普段縄張りから出ないクレイジーモンキーが、縄張りの外に出る。 それは、自分達の縄張りに自分達以上の強さの生物が現れ、逃げ出したと考えられた。
(なるほど……それがガイルやシャリアだとしたら、クレイジーモンキーがレベル5に逃げ込んだとしてもおかしくないな。 なんにしても直ぐにオルテガさんに報告しないと、下手したらもっと危険な魔獣が低レベルエリアに現れないとも限らない)
レベル4エリアを探索している騎士団の元に、いきなりレベル6……それ以上の魔獣が現れたら大変な事になる可能性もある。
勿論、単独ならともかく、複数人で行動してるのだし、そもそも騎士団員は精鋭揃いなのをヴィーも理解していたから過度な心配はしていなかったのだが……何故か嫌な予感がしていたのだった。
「シイィッ!」
レベル5エリアの魔獣を一刀で斬り落とし、シェスターは己の強さを再確認していた。
(確かに騎士団にはまだまだ上がいる。 だが、僕なら数年後には必ず師団長クラスになれる)
実際、シェスターには素晴らしい素質があり、その上努力を惜しまない気概もある。
本人の思っている通り、このまま研鑽を積めば、二十代中頃で師団長になるのは難しくはない。
……ただ、高過ぎるプライドを抑え込めればだが。
(レベル5といっても、この程度の魔獣なら僕一人でも問題にならないんだ。 あの学生が出来て、俺に出来ない事なんざ無いんだ)
命令を無視しての単独行動は、当然バレれば懲罰ものである。 そんな事はシェスターも充分理解している。
それでも、自分より優遇されている学生=ヴィーの存在が許せなかった。
高過ぎるプライドが、自分で自分を納得させる為だけに、シェスターを単独行動という規則違反に走らせたのだから。
「僕はエリートだ。 いずれは騎士団長になる僕が、たかが学生に遅れをとる訳がないんだ」




