第29話 新人騎士のプライド
新人騎士の一人、『シェスター・レイモンド』は、不満気な表情で手を挙げた。
シェスターは燃える様な赤髪の美青年だった。
カイゼルアカデミーを卒業してすぐに騎士団に入団し、在籍二年目。
ヴィーより二歳上で、面識は無いもののカイゼルアカデミーの先輩にあたる。
幼い頃から神童と呼ばれ、同世代では常にトップの成績を誇るエリートだった。
カイゼルアカデミー在学中は生徒会長を務め、クラリス達当時の一年生にも多大な影響を与えている。
そんな彼をしても、一年間の騎士団新米訓練は過酷なものだった。
周りの先輩騎士達も、これまでの自分が如何に井の中の蛙だったかを知らしめてくれるレベルの強さだったし、師団長クラスともなれば、現状では手の届かない存在だった。
なのに、まだ学生であるヴィーに対して、師団長であるオルテガがヘラヘラし、先輩騎士達に至ってはペコペコしてる姿が信じられなかったし、なにより許せなかった。
神童と呼ばれ、地獄の新米訓練を乗り越えて更に成長し、騎士団の中でも将来を嘱望される自分が、たかが学生……しかも後輩よりも下に見られるのが。
シェスターは考える。
(大体、こんな奴は僕の在学中にはいなかったし、当時の一年で現在の三年生のトップはシュウト団長の妹のクラリスだったハズ。 あの子は確かに魔法の才に長けていたが、それでも学生時代は俺の方が総合力で遥かに上だった。 なのに、こんな若僧が、なんでオルテガ師団長に?)
クラリスも入学当初から優秀な生徒だったが、当時三年生で生徒会長でもあったシェスターは、勇者の妹であるクラリスをして遥か高みにいる人物でもあった。
「……見た所彼はまだカイゼルアカデミーの学生ですよね? 失礼ですが、学生に今回の作戦は荷が重いのではないですか?」
だから、手を挙げて異論を口にしたのだ。
見た限り、確かにヴィーの佇まいからは学生らしからぬ落ち着きは感じられた。
そもそも、普通の学生が騎士団の師団長や大勢の騎士たちの前で平然としていられる訳がないのだ。 それだけ、シルマーリ帝国騎士団というのは、若者達の憧れであると共に、恐れられる存在なのだから。
だが今は、規律を重視する騎士団において、師団長であるオルテガが今後の計画を告げている場であり、新人騎士に発言が許されるタイミングではなかった。
にもかかわらず手を挙げたシェスターを制しようと、副師団長の『レビン』が青筋を浮かべて立ち上がろうとするが、それをオルテガが手で抑えた。
レビンは、騎士団では数少ない女性騎士で、その戦闘力を評価されて副師団長を任されている彼女もまた、ヴィーとは友好関係にあり、その実力は嫌という程理解している。
だがそれ以上に、この場で団の規律を乱して新人が発言した事を注意しようとしたのだが……先にオルテガが口を開いた。
「シェスターか……。 まあ、確かにおまえら新人達はこのヴィーの事を知らねえんだから、いきなり指示に従えなんて言われても納得できねえわなあ……」
オルテガがチラリとヴィーを見ると、ヴィーは無表情のままだったが、その心境を推し量る。
騎士団に臨時で剣術指南役を務めてた頃のヴィーは、強くなるために非効率な行動や面倒ごとを嫌う傾向があった。 それを、九ヶ月の付き合いで理解していたのだ。
そんな臨時講師のヴィーにとって、シェスターの行動は無駄でしかないと思ってるだろうな……と。
実際、内心でヴィーは……。
(俺が学生だからって舐めてるんだろうけど、今は少しでも時間が惜しいし、オルテガさんがとっとと場を収めてくれると助かるんだけどな)
やはりオルテガの予想通り、ヴィーは現状を面倒くさいと思っていた。
改めて、オルテガはミーティングを進める。
「……だが、今日はこれから直ぐに森林区に入る予定だから時間がねえ。 コイツの実力が知りたきゃあとで時間を設けるから、今回は指示に従え」
「……分かりました」
シェスターとしては到底納得できる答えではなかったが、上の命令は絶対である騎士団において、師団長であるオルテガにこれ以上意見する事も出来ず、抱いた感情を吞み込んだ。
状況が一段落した事を察し、ヴィーは早速動き出す事にした。
「じゃあ、俺は先に行かせてもらう。 もし、何か異常があれば直ぐに報告してくれ」
課外授業の間に少しでもソフィアの傍にいる為には、騎士団の依頼を早めに片付けてしまうに越した事はない。 ヴィーとしては、なんなら今夜中にも片を付けておきたいのだ。
足早にテントを出て行ったヴィーを見送った後、オルテガは何事もなかった様に任務開始を団員に告げ、騎士達は次々とテントを出て行った。
「……おいシェスター、流石にさっきのはマズイだろ~? 副師団長のレビンさん、おまえを睨んでたぞ?」
シェスターと同期で、同じ新人騎士である『マーガス・ザガロ』が、シェスターに話し掛けて来た。
「だって、信じられるか? 師団長はおまえやこの僕よりも、あの学生の方が強いと言ってるみたいなもんなんだぞ?」
「強いかどうかは分からないだろ? あの学生が探索系のスキルに優れてるなら、単独行動を許される可能性だってあるし……つか、それしか考えられないだろ?」
探索系のスキルは、確かに先攻部隊としては重宝されるし、場合によっては単独行動の方を得意とするパターンは多い。
「……ちゃんと師団長や先輩達の態度を見たか? まるで、自分達よりも格上に対する対応だったじゃないか」
ヴィーはこの九ヶ月、シュウトの薦めで臨時講師として騎士団の訓練に参加していた。
だから、オルテガをはじめ他の師団長や有望な騎士達は、訓練の中でヴィーの実力をまざまざと見せられていたのだ。
特に、ヴィーと騎士団長であり勇者・シュウトとの模擬戦は、今も騎士団の中では伝説として深く記憶に刻みこまれている。
互いがコモンスキルの類いを使わない形での模擬戦だったが、魔王を倒し、新たに騎士団長に就いたシュウトは闘神・リョウと並び世界最強と謳われていたにも関わらず、まだ学生の年頃であるヴィーは互角以上に渡り合ったのだ。
その桁違いのレベルの高さに、全騎士団員は次の日からヴィーの指示を二つ返事で聞くようになったのだ。
だから、オルテガを含めたヴィーの実力を知る騎士達のヴィーに対する信頼度は計り知れない。 それが態度に出てしまう程に。
「んな訳あるかよ。 学生時代にどんだけ有望だと言われてても、騎士団に入ったらレベルが違うんだって事は、俺達が一番よく知ってるだろうが?」
マーガスもまた、カイゼルアカデミーの姉妹校でもあるガルビックアカデミーを首席で卒業した期待の新人だったが、それでも新米訓練の際には二度ほど脱走を企てているのだが、彼もまた将来有望な新人騎士だ。
そんなマーガスにとっては、シェスターの憤りなど杞憂でしかなかった。
「とにかく、僕は気に食わないね。 あんな若僧にデカい顔されるのはな」
「おいおい、やめとけって。 今日の作戦は森林区レベル3から4の探索で、異常があれば報告するだけなんだから。 あの学生に歯向かうって事は命令違反に繋がるんだ。 同世代トップのおまえが、下手に波風立てて出世を棒に振るなんて馬鹿らしいぞ」
「……チッ、とにかく、僕はあんな奴は認めない。 命令に背くつもりも無いが、機会があれば化けの皮を剥がしてやる」
シェスターの、幼き頃から神童と呼ばれて培われたトップのプライドは、騎士団に入団してから一度揺らぎはしたもののへし折られる事はなかった。
自分なら、いずれは騎士団という組織の中でもトップに登り詰める事が出来ると信じて疑わない。
そんな彼にとって、自分より歳下のヴィーが周りに認められているなど、到底容認出来るものではなかったのだ。




