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prologue.3 死神

 アンノウン改めヴィーは、玉座の間から出ると、直ぐ様コモンスキル・サイレントステルスで姿を隠した。


 自分の存在は限られた人間しか知られていない現状、城内で誰かに見つかれば確実に不審者として即拘束されてしまうのだから。



 適当に窓から飛び出し、中庭に着地する。 玉座の間からは地上五〇メートル程の高さがあったが、ヴィーにとっては何の問題もない高さだ。


 すると……ヴィーは気配を感じ、溜息を吐く。


「この気配は……暗殺者か?」


 暗殺者……つまりは、十中八九ミゲールの命を狙っているであろう者がこの城内にいると察知する。


(……魔族との戦争が終わったっていうのに、今度は人間同士で……。 仕方ない、“死神”として、最期の仕事を遂行するか)


 ヴィーはスイッチを死神に切り替え、気配のする方へと飛び立った。




 ……城内東側中庭には、全身黒尽くめの男が四人。


「現在、城内は魔王軍との戦争で騎士団の精鋭部隊が留守により警備も緩くなっている。 現に、内通者からは今現在帝王近辺のガードは手薄になっているとの報告を受けた。 この機を逃す手は無い」


 男の名は、破壊者の異名で呼ばれる暗殺者・『ダービッツ』。 裏の世界では最狂の暗殺者と恐れられている男だ。


「内通者の話だと、帝王は玉座の間で一人、何故か人払いしたらしく近衛騎士の護衛はいないとの事。 まあ、この俺の腕なら精鋭部隊のいない騎士団などどうとでもなるがな」


 暗殺者とは本来、対象に気付かれる間もなく命を刈り取るもの。  だが、ダービッツの殺しの手口は凄惨なものだった。

 ターゲットの傍にいる者は皆殺し。 その慈悲の無い殺し方から、破壊者・最狂と呼ばれる様になったのだ。



 そんなダービッツが配下と共に内通者からの合図を待っていると……ダービッツが気配を感じ取った。


「……まさか!?」


 振り返ると、配下の背後に人影が……。


「逃げろっ!」


 その言葉も虚しく、配下の三人は頸動脈から血を吹き出して、糸の切れた人形の様に倒れてしまった。



「……どういう事だ? この俺がこんなに接近されるまで気付けない程の者が、戦争にも参加せずにこんな所にいるとは……貴様、何者だ?」


 魔王との最終決戦は人類の戦力を結集した戦いである。 もし、相応の実力者で戦争に参加してないとすれば、ダービッツの様な裏社会の人間だけのハズだと、ダービッツ本人も考えていたのだ。


「……知らないのも無理はないが、戦争は終結した、勇者の勝利でな。 そして俺は……おまえにとって、冥府へ誘う死神だ。 残念だが、今回地獄への片道キップを掴んでしまったのはおまえだ、暗殺者・ダービッツ」


 ヴィーは転移石で帰って来たので、勇者が魔王を倒してからまだそれほど時間も経過してない。 当然、戦争終結の報などダービッツは知る由もないのだ。


「ほう……あの勇者が魔王を? 意外だったな。 俺の見立てだと、あの勇者では魔王を倒すまでには至らないと予想していたんだが……」


「知ったような口聞くじゃないか。 アンタじゃ勇者には勝てないと思うけど?」


「そりゃあ面と向かって戦ったら勝てないだろうが、俺は暗殺者だ。 戦って勝てなくとも、殺す事は出来る。 それに貴様、俺の名を知っているとは……同業者か? まさか、本当に“あの”死神ではあるまい?」



 ヴィーは雰囲気である程度相手の強さが分かる。 そんなヴィーから見て、ダービッツは勇者パーティーには及ばずとも人類トップクラスの実力者に見えた。

 そして、“同業者”として、この男が最狂の暗殺者と呼ばれるダービッツだろうと推察したのだ。


「はぁ……アンタみたいな奴でも、戦争に参加してくれていたら少しは役に立っただろうに、人類が魔族に支配されても良かったのか?」


「クックック、俺の様な人種は、どんな状況でも必要とされるんだよ。 雇い主が人間であろうが魔族であろうがな」


 ……こんな人間もいる。 ヴィーだって分かってはいた。 それでも、自分がスパイとして魔王軍に潜り込んでいた地獄の期間は、こんな人間を救うためじゃないと強く感じた。 


 魔王軍最強と恐れられながらも、ヴィーはこれまで無益な殺生は絶対にして来なかったった。

 多くの命を奪ってきたが、それでも自分から見て善良な者は魔族であろうと人間であろうと殺めた事はなかった。

 そんな彼にとって、ダービッツはもっとも嫌いな人種だった。



「……チッ、なんにしても作戦は失敗だな。 おい自称・死神、おまえを殺しても金は出ねえし、このまま黙って去れば見逃してやるぞ」  


「見逃すとは? 随分上から目線だな」


「おまえの隠密スキルは認めるが、所詮は若造。 面と向かって戦うとなれば、おまえの戦闘力は半減するだろう?」


 暗殺者は、基本的には正面切っての戦闘は避ける。 影に潜み、影から現れ獲物をしとめ、影へと消えるのだ。 ダービッツもヴィーの隠密スキルは高く評価し、自分と同じ暗殺者の資質を感じていた。


 だが、このダービッツは普通の暗殺者とは違う。 勿論時と場合によっては正攻法の殺しも出来るが、基本的には面と向かっての皆殺しスタイル。

 正面から戦えば自分の方が強いと、ダービッツは信じているのだ。


「この場で俺達二人が馬鹿正直に戦えば、騒ぎを聞きつけた近衛騎士が駆けつけて来るかもしれないだろう? それでも戦うと言うならば確実に俺が勝つ。 だから見逃してやると言ってるんだが?」


 ダービッツは、純粋な戦闘力なら自分が上だと信じて疑わない。


「簡単な事だ……なら、誰もが気付く間もなく、俺がおまえを地獄に送ってやる……」


 そんなダービッツを嘲笑うかのように、ヴィーは黒刀ではなく、最も使い勝手の良い武器、オリハルコン製で特殊な形状のナイフ・ブレイカーを身構える。


「そのナイフ……やはりおまえも同業か。 チッ、馬鹿がっ」


 暗殺には大きな得物は必要ない。 ダービッツもまた、大型ではあるがナイフを構えた。



「アサシン業界トップの実力を教えてやる。 死んでもらうぞ、自称・死神」


「トップ? おまえ、自分がトップの器だと? じゃあ、勘違いを改めさせてやるためにも、サクッと片付けてやるか……おまえの死を以ってな」


 ヴィーの身体が幾重にも分身する。 超高速な動きと独特な足捌きで分身を作り出したのだ。


「ハッ、そんな子ども騙しが俺に通じるか!」


 ダービッツも暗殺者だけあって、俊敏性は世界トップクラスと言っても過言ではない。 そのスピードで、分身全てにナイフを突き刺す……が、その全てに手応えは無かった。


「ふ〜ん、暗殺者だと侮っていたが、なるほど、自惚れるだけの実力はあるみたいだな」


 少し離れた場所で、ヴィーは涼しい顔をしてダービッツを眺めていた。


(いつの間に……この俺が見失った? まさか、本当に……いや、こんな若僧が本物の死神のハズがない)


 ダービッツもまた、超一流の暗殺者。 ヴィーの危険度を瞬時に上方修正し、気を引き締める。


「ほざけっ、今度はこっちから行くぞ! シャドウ・リストリート!」


 突如、ヴィーの足元から影が出現し、全身を縛り付けた。


「ほう、コモンスキルか。 折角の才能を……もっと有意義に使えば、人々に賞賛される人生を送れただろうに」


 魔法とは異なる能力、スキル。


 基本的にスキルは努力と修練で得る事の出来る能力だが、稀に先天的に持って生まれる場合や突発的に発現する場合がある。

 その様なスキルは特殊な物が多く、努力で身に付ける後天性のスキルよりも上位な格付けとして、コモンスキルと呼ばれる。


 コモンスキルに目覚めるのは割合的に全人類の一割であり、目覚めただけでも一生不自由なく生きてゆけると言われる。


「ハッ? 聖人君子みてーな人生なんざ真っ平御免だ! それに、俺のコモンスキルのシャドウリストリートは殺しに使ってこそ意義のあるスキルだ。 どうだ、動けまい?」


 影はヴィーの全身を縛り付け、完全に動きを封じている。


「動けない人間をメチャクチャにするのが俺の生き甲斐なんだが、今は余計な時間も無い、少し呆気なかったが一撃で殺してやる」


 ダーヴィッツが短剣をヴィーの心臓に突き刺す……が、ダービッツの短剣はヴィーのブレイカーによって絡め取られた。


「なにっ!?」


 勝利を確信したダーヴィッツだったが、短剣を奪われた、そして気付けばヴィーは背後から首筋にブレイカーを添えていた。


「なっ……どうやって?」


「やれやれ……暗殺者ごときが俺を相手に真正面から勝てる訳が無いだろう?」


 シャドウリストリートは対象を一度捕えれば、脱出するのはかなり困難なスキルなのだが、気が付けばヴィーは影の呪縛から抜け出し、ダービッツの背後を取っていた。


 

「さて、狙いは帝王か? 誰に頼まれた? 言えば見逃してやる」


「くっ……ふざけるな、どんなに俺が非道でも、自分が助かるために依頼人の名を吐くなんざ、暗殺者のする事じゃねえ」


「暗殺者の吟持か。 只のクズって訳でもなかったか。 ……なら、死ね」


 そう言うと、ヴィーは躊躇う事なくダービッツの頸動脈を斬り裂いた……。



「がっ……この俺が……まさか、こんな若造が本当に……死神だったの……か?」


「……最初に言っただろう? 俺は死神だと。 アンノウン……この名を名刺代わりに冥府へ持って行け。 俺に殺された奴らと共に、俺がそっちに行くのを待っていろ」


 アンノウンのもう一つの異名・死神。 裏社会では知らぬ者のいない、世界最強の暗殺者。

 それはヴィーの……アンノウンのもう一つの顔だった。


 ヴィーはアンノウンとして魔王軍に潜入していたが、滅多に表には顔を出さなかった。

 だがその間に、死神として、多くの人間と魔族、時には他の種族を暗殺していたのだ。


 暗殺のターゲットは、ミゲールにとっても魔王にとっても邪魔となる者で、その絶妙なラインのターゲットを多く始末した事で魔王からの信頼も得ていたのだ。


 そしてまた一人、最凶の暗殺者・ダービッツは、死神の刃に刈り取られ、あまりにもアッサリとあの世へと誘われたのだった……。



 ダービッツが完全に動かなくなった事を確認し、ヴィーはブレイカーをコモンスキルで創り出した異次元空間……マジックボックスにしまってから考える。


 帝王の名を出した時、ダービッツの眼球は左右に僅かに揺れた。 これは、触れたくない事、誤魔化したい時に起こる現象であり、暗に肯定したのと同義だと判断した。


 なら、一体誰がミゲールを狙ったのかを考える。


(他国や他種族の首脳陣は、今は対魔王の意志の下で団結している。 だが、共通の敵がいなくなればどうなるかは分からない。 それが人間だし、獣人族やエルフ族だってどこまで信用できるか分からないしな……)


 どんなに考えても、直ぐには依頼人が思い浮かばない。 というより、候補が多過ぎて絞り切れなかった。


 ミゲール程の大物となれば、本来であれば誰かしらに命を狙われるのは仕方のない事なのかもしれない。

 魔王亡き後、どの国が……誰が世界の舵を取るのか……そんな野心に満ちた者が台頭しないとは言い切れないのだから。



 夜空を見上げ、満点の星空を眺めながら呟いた。


「……仕事が増えたな」


 ミゲールは、自分の父親ともいえる存在だ。 そんなミゲールに危険が迫ってるのであれば、まだ自分の仕事は終わっていないのかもしれない。


(今はまだ団長の傍を離れる訳にはいかないのかもしれない……けど、勇者だっているんだ、俺がいなくてもなんとかなるだろう)


 これから自分は何者でも無い存在として生きると決めたのだ。


 ヴィーの脳裏に、勇者パーティーの面々の顔が浮かぶ。 彼等がいれば、きっと大丈夫だと。


 それでも、せめてこの国にいる間は、自分が目を見張らせようと、最期の使命を自身に課すのだった。

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