第24話 冷姫
昨夜、ヴィーはデフール家であった事を、すぐに電話でマルクに報告していた。
「……まさか、カイン君の家を没落させたのが、デフール家だったなんて……。 しかも、ヤイーミ先生とスヴェンはただ気に食わないってだけで、カイン君を貶めたなんて……許せない」
「ああ、その上、その後の借金もデフールが意図的に仕組んでたんだ。 自分の意思で誰かを殺してやりたくなったのは初めてだったよ」
明日、この証拠を持って、ヤイーミを糾弾する。 その証人として、敢えて今だけはデフールを泳がせ、後にシュウトの手を借りてデフールを家ごと没落させてやるのが、ヴィーの計算だった。
「……ねぇ、ヴィー君。 君がこの後どうするか……多分僕も同じ考えだと思うんだけど、その役目、僕に任せてくれないかな?」
「マルクに?」
マルクが底知れない男なのはヴィーもなんとなく気付いてはいた。
それでも、今回の件に関しては一貴族を破滅に追いやらせるのだから、国の……騎士団の助けは必須だろうと考えていた。
「安心して。 ヤイーミとスヴェンにも、そしてデフールにも、しっかり制裁をくわえてやるからさ……」
……こうして、マルクのシナリオ通りに事が進んでいたのだ。
デフールには昨夜、ヴィーも散々釘を刺しておいた……暴力を用いて。
だがマルクは、また別の……情報という力を用いて、トドメを刺しておいたのだろう。
では、マルクは何をしたのか? 詳しくは……デフールに、カインの暴力事件は全てヤイーミと自分達の仕業だったと白状する様に要望したのはヴィーと同じ。
ヴィーはデフールにした要望は三つ。
先ずは、カインの暴力事件は全てヤイーミとおまえらの仕業だったと白状する事。
二つ目は、直ぐに息子の騎士団の入団を辞退させる事。
最後に、ビルバーク家の借金を帳消しにした上で、騙し取った利権を返してやり、これまで返済されたの金も全額返済する事。
これを引き換えに、デフールの命は奪わない趣の約束を取り付けていた。
そしてマルクは、デフールに対してより明確に条件を突き付けていたのだ。
マルクはカインの件のみならず、デフールが行ってきた過去の悪事を証拠付きでデフールに叩き付けた。
その上で、これまでビルバーグ家に負わせた負債は勿論、故意に詐欺を働いた賠償金、そしてビルバーグ家から奪った利権を全てカインに返す様に求めた。
その上で、ヤイーミの悪事を証明する役目を担わなければ、全てを公表すると脅し……交渉したのだ。
「……ヤイーミ先生、これは一体、どういう事でしょう?」
アリシアは、元・騎士団師団長だった肩書は公表していないため、周りからは間違いなく温厚な印象を受けている。
だが今は、部屋全体にアリシアから発せられた冷気が張り詰めていた……。
「いや、いや……一体なんの事だか?」
とぼけるヤイーミに、マルクが追い打ちをかける。
「ヤイーミ先生、貴方がスヴェン先輩に言って、カイン君がアカデミーに通う気を失うぐらい痛めつけてくれと打診したんですよね? 代わりに、スヴェン先輩を騎士団へ優先的に入団させるのを条件に」
「しえっ!? デ、デタラメだ! わ、私がそんな事……」
「往生際が悪いですね。 どんなに貴方が否定しても、デフール子爵はいくらでも証言してくれますよ? まあ……結局、スヴェン先輩は気が変わったのか、騎士団への入団を辞退したみたいですけど」
そう言うと、マルクはヴィーにウィンクした。
(……マルク、本当に何者なんだ……?)
マルクは、ヴィーが騎士団に協力を仰いでやろうとしていた事を、それ以上のクオリティでやってのけたのだ。
当然、裏ではヴィーも知らない協力者がいる可能性は高い。
それでも、マルクは情報を扱う能力に加え、行動力さえも高いのだ。
マルクは良い奴だ、と思ってる。 初めて出来た友達だし、ソフィアの件でも、今回の件でも、自分のことのように怒り、心配してくれた。
それでも……その能力の高さに、少しだけ不安になる。
(いつか……マルクがその気になったら、俺がアンノウンだった事がバレるんじゃないだろうか? いや、アンノウンの情報が割れる可能性は低いだろうが、俺の過去が改竄されてる事くらいには辿り着きそうだな)
もしそうなったら……。 ……一瞬だけ過った、アンノウンだった頃の思考を脳内で打ち消す。
(例え、俺の秘密がバレたとしても……多分、マルクなら……トラフトやダイスだって、きっと何事もなかったように接してくれる気がする)
まだ出会って長くはないが、これまでの期間、ここ数日行動を共にして、彼らなら信用できると、そう自分に言い聞かせていた。
「マ、マルク君! 如何に君といえど、そんな出鱈目は許しませんぞ!」
マルクの告発に動揺を隠せないヤイーミの姿が、マルクの言葉が真実だと物語っていた。
(如何に君といえど……? マルクの家って確か、準男爵だから、ヤイーミからすれば格下なんだよな?)
「……という訳でヤイーミ先生、貴方はもう、終わりです」
マルクが、ビシッと、ヤイーミを指刺した。
……それぞれがそれぞれのヤイーミに対する怒りを胸に抱く中、追い詰められているヤイーミが突然笑い出した。
「アハッ、アハハハハハッ! ぶ、物的証拠が無い限り、そんな話は通じない! デフールの証言だけだろ? そんなもの、もっと権力のある貴族の力でもみ消してやるわ!」
ここまで見苦しいと、いっそ死ぬ寸前まで痛め付けてしまおうかと思ってしまったヴィーだったが、隣で不気味な笑みを浮かべているアリシアに気付いて思い止める。
「ヤイーミ先生……貴方の階級絶対主義の思想は随分前から注視してましたが、教師としてだけは優秀な先生だと思ってましたので、様子を見てました。 ですが、私の認識違いだったみたいですね……」
「はっ? 何を? 私だけが階級絶対主義などではない、もともと、世界は階級こそ絶対なのだから! 私の主義は、世界の主義だ! それを否定するなら、間違ってるのは理事長、そちらの方だ!」
一切悪びれないヤイーミに、アリシアが遂に本性を著した……。
「ふ……ざけんじゃねぇぞゴラァ! テメーみてーなチン○ス野郎を今まで見逃してやってたのは、もっと外堀埋めて完膚なきまでにケチョンケチョンにしてやるつもりだったからなんだよビチ◯ソがっ! だがなあ、ここまでのクサレ外道だったとは予想外だったわ! テメー教師のクセに生徒を陥れるたあどんだけクズ野郎なんだよオイ! 階級? んなもんこっちゃあハナからクソ喰らえなんだよ! テメーのその汚え口に手え突っ込んで喉ちんこ引っこ抜いてやろうか? アアッ!?」
突然の豹変に、アリシアの本性を知っているヴィー以外の者は、先程ヴィーが殺気を放った時以上の衝撃を受けていた。
そんな光景を見て。ヴィーは思わず吹き出してしまった。
(……ああ、ムカつくと口が悪くなる癖は直ってないんだ。 でも、アリシアさんらしいわ)
“冷姫”・アリシア・ベルモンド。
現役時代は、騎士団トップクラスの剣術と氷系の魔法を組み合わせた戦闘スタイルで、冷姫と恐れられた。
キレた時のアリシアの恐ろしさを、ヴィーはよ~く知っている。 あのミゲールやディエゴでさえも、一度へそを曲げてしまったアリシアを宥めるのには苦労していたのだから。
「なっ……ついに正体を現したな! 所詮は平民出だな、なんて下品な女だ! 教育者にあるまじき言動じゃないか! この事は教育委員会にもしっかり報告し……シエエエエエッ!?」
アリシアの綺麗な右ストレートがヤイーミの鼻に炸裂した。
「教育委員会の委員長は、私が騎士団だった頃の部下だ! テメーが何言おうが、全部揉み消してやるわっ!!」
「しょ、職権乱用だ! ……え? 騎士団だった?」
「とりま、黙れっ!!」
アリシアの蹴り上げが、ヤイーミの股間を打ち抜く……。
これには思わず、ヴィー達も目を瞑ってしまった。
「んごお……くふぅ……」
白目を剥き、口から泡を吹き出して倒れたヤイーミを見下ろしながら、アリシアが舌打ちをする。
「……あ? テメー……私の脚がテメーの汚え小便臭くなっちまったじゃねーか……どうしてくれんだ、オラ! オラオラオラオラァ!!」
蹲るヤイーミに追撃のストンピングを喰らわせるアリシア。
「ちょ、アリシアさん、やり過ぎだ!」
流石にこれ以上放置したらヤイーミが死んでしまうと、ヴィーが慌てて止めに入る。
「…………ハッ!? 私とした事が……。 この件は、絶対に秘密ですよ、ヴィー。 それに、カイン君、トラフト君、ダイス君、マルク君もね」
そう言って何事もなかったかの様に笑顔を浮かべるアリシアに、カイン達は勢いよく何度も首を縦に振る。
そしてこの日、彼等は、理事長だけは絶対に怒らせてはならないと、心に誓ったのだった。




