第23話 大切なもの
トラフト、ダイス、カインは、三人の友情を再確認したように、目を見合わせて微笑んでいた。
だが……。
「貴様ら~……教師に暴力を振るっておいて、まさかタダで済むとは思ってないだろうな」
「あ? ぐわっ!」
ヤイーミがトラフトの胸元に掌を置くと、次の瞬間、トラフトが吹っ飛ばされて壁に叩き付けられた。 なんらかの魔法を発動したのだろう。
「トラフト!」
カインが慌ててトラフトを抱え起こす。
「理事長~、これはもう、申し開きも出来ませんなあ。 教師であり、貴族のこの私に、不良どもが暴力を振るったんですから!」
「てめええっ!」
ダイスがヤイーミに殴り掛かると、またもヤイーミの掌から放たれた魔法で、ダイスも吹っ飛ばされてしまった。
ヤイーミは、名門カイゼルアカデミーで魔法の授業を受け持つ教師だ。
戦闘面に於いても、魔法中心の戦闘であれば普通の学生に遅れをとる事はない。
「ヤイーミ先生! 校内での魔法の使用は、教師陣といえど許容できませんよ!」
「理事長~。 私は、殴られたのですよ? こんな小汚い奴等に……多少の体罰は致し方ありませんよねえ!」
ヤイーミの掌から、一際巨大な白い魔力の塊が、倒れるトラフト、ダイス、二人を庇うカインに向けて放たれようとしていた。
「やめなさい! ヤイーミ先生!!」
「心配しなくても、部屋の修繕費はこの貧乏人から搾り取ってあげますよ! 借金をさせてでもね!」
白い魔力の塊が放たれた。 喰らえば、三人は無事では済まない威力を誇るだろう。
「くそったれ! コイツ等は俺が守る!」
「待て、どけや、カイン!」
トラフトとダイスの前で両手を広げ、カインが立ちはだかった。
絶体絶命の状況だが、カインの心の中は、不思議と満たされていた。
自分には、本当の友達がいるのだと。 お互いが、その身を投げ出してでも救いたと思えるような、本当の友達が……。
目を瞑る……。 名門アカデミー魔法科の教師の魔法、喰らえば、下手すれば死ぬかもしれないと、覚悟しながら……。
……だが、いつまで経っても、魔法による衝撃はやって来なかった。
目を開ける。 すると、カインの目の前には、掌を前に突き出したヴィーが立っていた。
「……ふぅ〜……あんまりムカついて、怒りを抑えるのに苦労したぞ」
掌の先に出現した魔法陣が、ヤイーミの魔法を吸い込んだのだ。
「おい、ヤイーミ……貴様に教師を名乗る資格は……ない」
そして、ヤイーミを睨みつけた瞬間、膨大な殺気が理事長室を支配した。
「な、なななななっ!?」
魔王軍最強であり最強の暗殺者の殺気だ。
直接殺気を向けられた訳ではないカイン達ですら、あまりの強大さに震えが止まらないのだから、殺気を向けられたヤイーミの股間から暖かい水が流れ出てしまっていても仕方ないだろう。
「……さあ、立てよこの糞野郎。 おまえ、今なんて言った?」
ヴィーがヤイーミの胸倉を掴み、強引に持ち上げて壁に押し付ける。
「ひっ!? やめで!!」
「貴族とか平民とか、金持ちとか貧乏人とかって、いつまでもくだらねー事に拘るな。 おまえは教師じゃないのか? 教師ってのは、どんな時でも、どんな奴でも、自分の教え子なら責任を持って面倒を見るもんじゃないのか?」
ヴィーの脳裏に、幼かった自分を厳しく鍛え、学びを与えてくれた人物が蘇る。
……アリシアも、その一人だった。
完全に死神モードのスイッチがオンになってしまったヴィーを、アリシアが止めようとする。
「ちょっと、ヴィー! 止めなさい!」
「目の前で、友達がコケにされてんだぞ? しかも、担任だった奴にだ。 なんでそんなクソ教師の好きにさせてるんだ? 俺の知っているアリシアさんは、そんな薄情な人じゃなかった」
ヴィーの中では、アリシアに対する不信感も募っていたのだ。 カインの件を知らながら、放置していたと。
だが、アリシアにも事情があり、計画もあった。
ヤイーミは、自身も子爵家の出であり、自分よりも上の階級の貴族にも上手く取り入っている事から、教育の場ではそれなりの発言力を有している。
平民出の上に、畑の違う業界から来たアリシアは、教育委員会でも若干浮いた存在だった。
なのに、名門校の理事長となったアリシアを、疎ましく思っている貴族は少なくない。
そんな貴族と対するには、アリシアはもう少しだけ時間が必要だと思っていたのだ。
「社会には、貴方には分からない事情ってものがあるのよ。 大義を成す為には、我慢しなきゃいけない時があるの」
ヴィーは掴んでいたヤイーミの胸倉を離し、アリシアを睨む。
「大義……確かに大義は大事だよ。 どんな汚い仕事でも、全ては大義のためだって言えば綺麗になるからな」
アンノウンとして行った全ては、大義のためだった。 だが……
「でもな、そんなもののせいで生徒一人守れないなら……本当に大切なものを無くさなきゃならないんなら、大儀なんてクソくらえだ」
カインへの想いに自分の想いが重なってしまった。
ヴィーの怒りの矛先がアリシアへ向けられてたのをチャンスと見たか、ヤイーミは全力で魔力を込み上げる。
「この、私を侮辱するとは……万死に値する! 死いねええええっ!」
そして、この理事長室全部を吹き飛ばす程の魔法を放った。
トラフトも、ダイスも、カインも……自分に放たれたわけではないにも関わらず、死を覚悟した。
「……邪魔、すんな!」
だが、その巨大な魔法は、ヴィー掌の小さな魔法陣に、瞬く間に吸収されてしまった……。
「…………へ?」
今の魔法は、ヤイーミとしても全身全霊の攻撃魔法だった。 それが、あっという間に消え去ってしまったのだ。
「へ? じゃないだろ……コロスぞ?」
ヴィーが一睨みすると、ヤイーミは恐怖で固まってしまった。
「ひっ、ご、ごべんなざい!」
そして、ヴィーはカインに向かって歩み寄る。 カインは、急に死神モードに変わったヴィーに対する恐怖からブルブルと震えていた。
だが、そんなカインに、ヴィーは優しく微笑みかけた。
「ごめんな……。 おまえの苦しみ、おまえの努力、おまえの悔しい気持ち、全部分かってやれる大人がいなくて」
父親が亡くなり、それからは母親が家計を支えるべく働いたが、元々病弱だった事もあり、無理が祟って倒れてしまった。 結果、カインが働かざるをえなくなってしまった。
それからは、カインは兄としてだけでなく父親代わりとして、家族の為に必死で働いた。 そして、将来家族に恥ずかしくない人生を送ってもらいたいと思い、給与も安定している騎士団を目指すことにしたのだ。
だが、いつしか騎士団への入団は、安定した給与のためなんかではなく、自分自身の夢に変わっていたのだ。
「おまえの夢を潰そうとする奴は、俺たちが全員ぶっ潰してやる。 おまえを笑う奴がいたら、俺たちが全員泣かせてやる。 金が必要なら、また一緒にパーティー組んで稼げばいい。 だから俺たちを……友達を頼れ。 俺たちは皆、まだ子どもなんだから」
すると、トラフトとダイスも、カインの肩を組んだ。
ヴィーの言ってる事は綺麗事だ。 そんなもの、簡単に出来る訳がない。 そう思いつつも、気が付けばカインの瞳からは、また涙が溢れていた。
父が死んだ日から、ずっと我慢していた涙が、今日は……。
「みんな……俺……夢を諦めたく……ない……」
「誰が諦めさせるか! 俺たちが、おまえの夢を叶えさせてやるわ。 せやから、アカデミーに来い」
「…………ああ。 よろしく頼む……」
これでカインの説得は、漸く成功したのだった。
「ふー、ふー、こ、これは大問題ですよ! きょ、教師に、ぼ、暴力行為とは!」
ヴィーから殺気が消えた事で、ヤイーミはなんとか正気を取り戻し、暴力を振るったヴィー達に抗議を始めた。
「大問題ねぇ……なら、生徒に頼んで、他の生徒を陥れた教師はどうなるんですかね?」
その場にいる全員が、いつの間にか理事長室にいたマルクに視線を向けた。
ヤイーミは一瞬固まり、そして誤魔化す様に笑みを作った。
「マ、マルク君!? なななな、なんの事だい?」
「ヤイーミ先生がカイン君を疎ましく思ってたのは分かってましたけど、まさかあの暴行事件までヤイーミ先生の仕業だったとはなねえ。 ……ホント、ビックリしましたよ」
わざとらしく咳払いをしながら、マルクはおもむろに胸ポケットから魔通電話を取り出し、ダイヤルをポチポチとする。
最後にスピーカーホンにすると……
「もしもし、僕です」
それだけ言うと、マルクはその魔通電話をヤイーミに差し出したのだった。
不思議そうにするヤイーミに、電話を渡したマルクは、ニッコリと微笑む。
「ああ、スピーカーにしましたから、そのまま喋ってくれていいですよ?」
天使のような悪魔の笑顔を浮かべるマルクに、ヤイーミは怯えながら、受け取った電話に話しかける。
「もしもし……」
『は、はい! デフールです! き、昨日はスミマセンでした!』
電話の声の主はデフール子爵。 カインが大怪我をさせてしまった卒業生の父親である。
「あ、あの……デフール様ですか?」
『ん? この声はヤイーミ!? 貴様あ〜っ、貴様のせいでワシはとんでもない目にあって……』
何かを言い掛けたデフールに、マルクが横槍を入れる。
「あ~、デフール子爵。 全部失いたくなかったら、余計な事は口走らない様に」
『ひやっ!? と、とにかくだ! ヤイーミ、貴様がワシの息子をけしかけて、自分のクラスの生徒を襲わせたせいで、ワシはとんでもない目にあったんだ! 息子の怪我もとっくに治ってるし、今後は一切あの家にはチョッカイを出さんからな! もうワシは関係ないからな!』
それだけ言うと、デフール子爵は一方的に電話を切ってしまった。
「……えっと……ちょっと意味が分かりしぇ〜ん?」
ヤイーミは魂が抜けた様に、訳のわからないポーズで呆然としてしまった……。




