第21話 舞い降りる死神
夜の帳が降りる頃……漆黒のマントを羽織り、顔を懐かしの黒仮面で隠したヴィーが、デフール子爵の豪邸の屋根の上に佇んでいた……。
この黒仮面はアンノウンが身に付けていた仮面だが、実は暗殺の時も同じ仮面を使用していた。
ただ、アンノウンと死神が同一人物だと知っている者はミゲール達と、既に死んだ魔王・アレキサンダーだけなので、特に問題はないと考えていたが、まさか黒仮面をまた着ける日が来るとは思っていなかった。
(カインのためだ、我慢するか)
全ての元凶であるこの家の息子・スヴェンは、今も怪我が癒えずに療養しているとの事だったが、確実に仮病である。
親子揃って締め上げて、一連の事件が全て自分たちの画策だったと証言させた方が話が早いと考え、デフール家までやって来たのだ。
外の警備が門番二人。 その程度では、死神にとってザルとしか思えない。
(まあ、一〇〇人いようが、俺にとっては大して変わらないけど……ん? アイツら……)
屋根から門を見下ろしていると、数名の男がやって来る。 それは、随分とガラの悪い男達だった。
(ふむ……これは面白くなってきたな……)
男達がデフール家に入ると、小太りで顎髭を蓄えた家主であるデフール子爵が待っていた。
男達はどうやらデンブル金融の者だった様で、デフールはデンブル金融の男達を応接間に招き、男達から事情を聞くと……
「ほう、あの小僧、随分頑張っとるようだな」
「そうですね。 まさか、一六〇万をポンですからね。 でもまあ、それでも利子にすらならないんですけどね!」
「フン、父親が死んで、母親が借金を背負った上にぶっ倒れて、それでも借金の利子分は毎月稼いで来るとはな」
どうやらカインの事を話しているみたいだが……。
「最初にヤイーミとスヴェンから、あの家族を陥れてくれと言われた時は、なんでこれ以上返金のあてもない貧乏人の相手をしなきゃいけないのかと思ったがな。 ビルバーク家当主が死んだのを機にあの母親を騙して、ビルバーク家の利権は全て奪ってやっただけでも満足だったんだがな」
つまり、カインの母親が被害に遭った詐欺は、ビルバーク家の利権を手に入れるためにデフールが故意に騙したのだ。
その上、困っている母親に高金利の借金まで背負わせた。
更には、息子のスヴェンとアカデミーの教師・ヤイーミが、気に入らないカインを陥れるために、元々あった借金に加えて、示談金や治療費という借金まで背負わせたのだ。
……その会話を、ヴィーは屋根裏部屋から覗いていた。
(……スヴェンはともかく、ヤイーミって確かアカデミーの教師だったよな? 去年はカインの担任だったって……どういう事だ?)
「にしても、ヤイーミも冷酷な奴よのう。 いくら貧乏人が特待生なのが気に食わないからといって、スヴェンと共謀して一人の生徒を陥れるとは」
「まあいいじゃないですか。 その息子はせっせと毎日ハンターとして稼いで、その金を借金の返済にあててくれてるんですから」
ヤイーミは昨年までカインの担任だったのだが、カインの事を疎ましく思っているのを隠しもしていなかったそうだ。
つまり、卒業式の事件も実行したのはスヴェンだが、首謀者はヤイーミだったのだ。
(……いくら平民を見下してるからといって、教師がここまでやるのか? 何の罪も無い、貧しくとも前向きに頑張っていた生徒を……)
ヴィーは、怒りから拳を強く握る。
当然、主犯であるヤイーミを許すつもりはないが、デフールもそれに便乗し、多額の借金をカイン一家に背負わせて嘲笑っているのだ。
借金は返済すべきもの……だから、金を貸した側のデフールには、己の罪を認めさせる程度のお仕置きをしに来たつもりだった。
だが、考えが変わった……。
デフールは、カインの父親が死んだのを良い事に、カインとその家族から全てを奪った張本人だったのだから。
「しかしあの母親、まさか示談金の件を馬鹿正直に信じるとはな。 だが、借金は借金だ。 どんなに法外な利子でも、契約は契約だ。 もしかしたら、更に難癖をつければ、あの母親なら何も分からずにまた騙されるんじゃないか? なんせ、貧乏人は皆バカだからな~、グワッハッハッハッ!」
すると、デフールを若くして、細身にしただけのよく似た風貌の男が部屋へ入って来た。
「父さん、随分上機嫌だけど、何か良い事でもあったの?」
恐らくは、デフールの息子のスヴェンだろう。 見た所、一切怪我をしてる風には見えないが。
「フッ、おまえの嫌いな貧乏人が、案外役に立つと話していた所だ。 この分だと将来は優秀なハンターになるかもしれんぞ」
「……チッ、あの野郎。 貧乏人のくせして特待生で、騎士団を目指してるなんて生意気だったからな」
デフールの息子はカインに大怪我を負わされていたハズだが、やはり傷一つなくピンピンしていた。
「怪我のフリして引きこもってるのにも飽きたよ。 折角騎士団に入団が決まってるのに、もうそろそろ良いだろう?」
スヴェンはヤイーミとデフールのコネで騎士団入りが内定していたのだが、形式上、怪我をしているという理由で入団を遅らせていたのだ。
「そうだな。 あの小僧をアカデミーから追い出すという、おまえを騎士団に推薦させる為のヤイーミの条件は叶えてやった。 早速明日、騎士団の事務局にはワシから連絡しておこう」
騎士団もボランティア団体ではない。 勿論、国から運営費は出ているが、こうした貴族などからのスポンサードも大切な資金となる為、コネで入団させる貴族も多いのだ。
ただ……結局は実力がなければ、新人訓練と称する入団一年目の訓練に耐え切れず辞めて行く者も多いのだが。
「それにしても、カインの奴、しぶとくハンターズギルドでも有望なのか……ムカつくな。 父さん、貧乏人から金を巻き上げるのなんてもう良いだろう? アイツをぶっ潰してくれよ。 二度と、ハンター活動も出来ないくらいに」
(……この息子も、ただヤイーミに唆された訳じゃなく、私的な恨みでカインを陥れるのに加担したんだな……)
「ん? ……まあ、一〇〇万や二〇〇万など、確かに端金に過ぎんしなぁ。 仕方ない、かわいい息子の頼みなら、そのカインという小僧には二度と歩けなくなる程度に泣いてもらうか」
もし、カインが働けなくなったとしたら、一家は稼ぎ口の全てを失う事になる。
母親も、弟も、妹も、皆路頭に迷う事になるだろう。
(…………)
ヴィーはもはや、怒りで何も考える事が出来なくなっていた。
世の中にはこんな糞みたいな人種がいるのは分かっていたが、それでも、こんな奴等を救う為に、魔王軍に潜入していたんじゃないと。
「あの小僧、確かEランクハンターだったか? おい、『モンターニャ』、出て来い!」
呼ばれて現れたのは、身長二メートルを越すモンターニャと呼ばれた巨人だった。
「お呼びですかい? デフール様」
「ああ、明日、潰してもらいたい小僧がいるのだ。 相手はEランクハンターらしいが、まだ小僧だし、おまえが出る幕も無いだろうがな」
「Eランクの小僧ですかい? クックック、小僧のくせにEランクなんて、素質はあるのかもしれやせんが、この俺なら指先一つでダウンさせてやりまさあ……ん?」
突然、部屋の窓が空き、風が差し込んだ……。
「まったく……ここは糞共の溜まり場みたいだな」
そして、いつの間にか部屋の中央に、黒仮面の男が立っていた。
「貴様、何者だ!」
デフールの叫びに、黒仮面の男……ヴィーが答えた。
「おまえらの悪事は全部聞かせてもらった。 その上で、おまえらに警告する」
「何を言っておるんだ? 怪しい奴め……オイ、モンターニャ、早速出番だぞ!」
モンターニャが巨体を揺すりながらヴィーに歩み寄る。
「仮面なんざ被りやがって……何者だてめえ?」
「……死神だよ。 おまえらにとっての」
「この勘違い野郎が。 言うに事書いて、死神だと? ガハハッ! 笑わせてくれるぜ」
「さあ? 笑いたければ笑えばいい。 もうすぐ、おまえは笑う事も出来なくなるんだから」
「そんなヒョロヒョロな身体で俺と闘る気か? 俺は元はAランクのハンターだったんだぞ?」
ヴィーは、モンターニャの言葉を無視して、人差し指を一本立てた。
「指先一つで倒すんだったな? さあ、かかって来いよ」
「クフッ、ハッハッハッハッハッ! この俺を、テメエみてーなもやし野郎が倒すだと!? 笑わすんじゃ……ねえっ!」
ゴブリン程度なら一撃で頭を粉々に粉砕するモンターニャの拳がヴィーに振り下ろされる。
「……なっ!?」
「ところで、これで元・Aランクだと? 最近はよく元Aランクのハンターに会うが、その中でもおまえ最弱だ。 これなら本当に指一本で充分だな」
モンターニャの拳は、ヴィーの人差し指一本で止められてしまった。
「なっ……おまえ、何者……」
「何度も言われるなよ。 俺は、貴様らにとっての死神だ」
ヴィーから禍々しい殺気が一気に溢れ出し、部屋中を包み込む。
デフール親子は勿論、借金取りたちもその殺気にあてられて、腰を抜かして座り込んでしまった……。
「ふ、ふざけんな! このコスプレ野郎が……調子に乗んじゃねえっ!!」
モンターニャにも元・Aランクの意地がある。 震える身体を無理やり抑え込み、ヴィーに飛び掛かった。
「……黙って腰抜かしてりゃ痛い目見ないで済んだのにな」
まるで暴風の様に振り回されるモンターニャの剛腕。 その威力は、石壁すらも粉々に砕く程……なのだが、ヴィーはその全てを軽々と避け続ける。
「くそぉっ……すばしっこい野郎が!!」
何度も、何度も、モンターニャの拳はヴィーの傍を通り過ぎる。 もはや、ワザと当ててないのではと思ってしまう程に。
「……もういい」
ヴィーが呟いた瞬間、モンターニャは己の首に冷たい感触を覚える。 それは、漆黒の刀身で、妖しい紫黒のオーラを纏った刀……ダークマターだった。
モンターニャは、目の前にいる男が心底ヤバいと、そう悟ってしまった。
そして、恐怖と驚きから、まるで金縛りに掛かったかの様に動けなくなってしまった。
「えっ……お……アンタ、ほ、本物!?……」
モンターニャとて元・Aランクハンターだ。 過去には、Sランクハンターと会った事もある。
なのに目の前の男からは、Sランクをも凌駕する強者のオーラが溢れ出ているのだ。
そんな異端な存在……もしかしたら、本当に死神と恐れられる世界最強の暗殺者なのかもしれないと思い始めていた。
全身から冷たい汗が溢れ出る。 それでも、モンターニャはなんとか声を振り絞った。
「わ、悪かった。 まさか、本物だとは思わなかったんだ、もう、俺は手を引く。 だから……」
「本物の死神が、貴様みたいな糞人間を許すと思うのか?」
「そんな……ゆ、ゆるして……」
「……駄目だ」
ヴィーの右手の人差し指……強烈なデコピンが、モンターニャの額にめり込む。
「あっ……がぁ……」
モンターニャは反動でバク宙した後、地面に叩きつけられた……。
(コイツはまだカインの件に絡んでた訳じゃないから、この程度で許してやるか。 だが……この糞親子は別だ)
殺気を消して、デフール親子に歩み寄る。 親子共、床に見事な湖を描いていた。
「……汚ねえ親子だな。 俺からの要望は三つ。 先ずは、カインの暴力事件は全てヤイーミとおまえらの仕業だったと白状する事。 二つ目は、直ぐに息子の騎士団の入団を辞退させろ。 最後に、ビルバーク家の借金を帳消しにした上で、騙し取った利権を返してやり、これまで返済された金も全額返してやれ。 いいな? 貴様らが借金を背負ってでも、ビルバーク家関連の財産は全て返して来い」
デフール親子は恐怖で頭の中が真っ白になり、事の重大さを考えもせずに無条件で頭をブンブンと上下させた。
デフールたちが白状すれば、必然的にヤイーミの企みも露見する。
息子のスヴェンに関しては、こんな糞な奴が騎士団に入るのは、臨時剣術指南役としてムカつくから、騎士団入りを阻止する。
そして、違法な金利で苦しめられたカインたちに、少しでも償いをさせるため。
更には……本来であれば、元々がカインの母親がした借金くらいは、見逃してやるつもりだった。
だが、全てを知り、慈悲の余地は無いと判断したのだ。
「直ぐにだ。 明日までに要望を一つでも満たしてなかったら……その時は、再び死神がやって来る事になるぞ」
デフール親子は、兎にも角にも頭をブンブンと上下させる。
(当然、コイツらへのお仕置きをこの程度で済ませるつもりは無いが、まだやってもらわなければならない事があるし、今日の所は良しとするか。 あとはヤイーミだが……徹底的に立ち直れない状況で叩いてやる)
去り際、ヴィーは全員を見渡すと……
「もう一つ、忠告だ。 今日、この場で起きた事、見た事は、絶対に他言するな。 いいな? 死神はいつもおまえらの隣に佇んでるからな……」
記憶を取り戻す前のアンノウンであれば、この場にいる者全員を殺すか、再起不能にしていたかもしれない。
でも、自分はもう死神ではないのだからと、無駄な殺生は避けた。
(こんだけビビらせとけば、絶対に口は割らないだろう。 さて、明日のシナリオでも考えるか)
ほんの一瞬、デフールが瞬きした間には、もうヴィーは消えていた。
恐怖から開放されたデフールは、死神に魅入られてもまだ生きてる事に感謝しながらも、ヴィーが提示した馬鹿げた指示に従うつもりなどなく、直ぐに傭兵を集めようとしたのだが……。
一時間後、電話が鳴る事になる。
その電話は、もう一人の死神からの、デフールを地獄へと誘う電話だった……。




