第19話 カレーライス
ヴィー、トラフト、ダイス、マルクによる、カイン復学作戦が始まった。
トラフトとダイスは、ヴィーとマルクとは別行動。 買い物袋をぶら下げながら、カインの家を訪れた。
……カインの家は貧民街にあった。
基本的には、カイゼルアカデミーは入学金や月の授業料など、一般家庭でもギリギリで通わせる事が出来るかどうかと云うくらいに金がかかる。 ただ、とてもではないが、貧民街に住む家庭の子どもが通えるレベルではない。
カインの家を見ながら、トラフトとダイスはやらせない気持ちになっていた。
「……アイツ、こんな所に住んでたんやな……」
「ああ。 昔の家にはよく遊びに行ってたけど、いつからか誘ってくれなくなったもんな」
「そやから、あんなに勉強頑張ってたんやな」
カイゼルアカデミーには特待生制度が導入されている。
入試の総合点が上位三名は入学金免除。
授業料は四半期毎の総合試験の成績が学年七〜一◯位までが一部免除、四〜六位までは半額免除、一位〜三位までが全額免除となっている。
つまりカインは、聖女ルミーナ、生徒会長で勇者の妹、副会長で剣聖の孫、将来の大魔導師などの優秀な人材が揃う三学年で、二年間ずっと三位までをキープしていたのだ。
それは、並々ならぬ努力の結果だし、文字通り死守していたのだ。
貧しくとも、努力で学費免除を勝ち取っていたカインが、あらぬ汚名を着せられ、終いにはアカデミー追い出されそうになっている。
その事に怒りを覚えつつ、トラフトとダイスはカインの家の扉をノックした。
「スミマセン、どなたかいらっしゃいませんか?」
今にも壊れそうな木の扉なので、優しくノックしつつ呼びかけるものの……返事は無い。
「留守か……。 この時間だと、まだハンターの活動をしていてもおかしくはないが」
カインが留守だからといって、ハンターズギルドへ向かうのは得策ではないと、ヴィーが言っていた。
すれ違いを防ぐためにも、黙って家で待ち伏せしていた方が良いだろうと。
手にぶら下げた買い物袋には、大人数分の食材が入っている。 これこそ、ダイス発案のカイン懐柔の策であった。
再びドアをノックする。
「俺は、カイゼルアカデミーでカイン君と友達のダイスという者です。 今日は、カイン君に元気を出してもらおうと思って、カレーライスを作りに来たのですが……」
「カレー!?」
勢いよく扉が開くと、まだ幼い少年と少女が飛び出して来た。 少年の名はケン、少女の名はアン。 カインの弟と妹である。
トラフトもダイスも、ケンとアンが生まれたばかりの頃に会っている。 だからダイスは、まずその二人の胃袋を掴む作戦を立てたのだ。
「やあ、俺はカインの友達で、トラフトっちゅうんや。 君たちはケン君とアンちゃんやな?」
「うん! ……あっ、兄ちゃんに、知らない人が来ても絶対にドアを開けるなって言われてたんだ……」
カレーに釣られてドアを開けてしまったものの、カインの言いつけを破ってしまった事に焦るケンとアン。
絶対に開けるな……。 それは、もしかしたら借金取りが訪ねて来ても、絶対にドアを開けるなという言いつけだったのかもしれない。
「心配せんでもええで。 見ろや、兄ちゃんのアカデミーの制服着とるやろ? 今日は、このデカイ兄ちゃんが料理作ってやりたい言うから来ただけや」
「デカイ兄ちゃんってなんだよ? でもまあ、本当に俺達はカインの友達なんだ。 それに、君たちがまだ赤ちゃんの頃に会った事があるんだぞ?」
ケンとアンは、ドアが開いてるにも関わらず、それでもトラフト達を家の中に入れようとはしない。
すると……
「お止め、ケン、アン。 ……久しぶりね、トラフト君とダイス君。 本当に大きくなったわね」
家の中から、ヨロヨロとカインの母親が出て来た。
トラフト達の記憶の中でカインの母親は、ドレスのよく似合う綺麗な女性だった。
なのに、目の前のカインの母親は、痩せ細り、着崩れたパジャマを着ていた。
「おふくろさん……お久しぶりです」
「母ちゃん、駄目じゃないか寝てないと!」
「いいんだよ。 この人たちは兄ちゃんの友達だよ。 ちゃんと挨拶なさい」
「……こんにちは」
渋々挨拶をするケンと、ケンの後ろに隠れるアン。
取り敢えず、家の中に入るという第一関門は突破したのだった……。
「よし、出来たぞ」
「わー! カレーんまそー! さ、食べよ、アン」
「うん! いただきます!」
ケンとアンが、ダイスの作ったカレーライスにむしゃぼりつく。 先程までのおどおどした表情が、子どもらしい元気な笑顔に変わっていた。
「本当に、本当にありがとうね、ダイス君。 それにトラフト君」
カインの母親・マリーは、もう何度目か分からないくらい、二人に頭を下げて感謝の意を伝えていた。
「おふくろさん、ええんですって。 友達が困ってるなら、助けるのは当たり前なんですから。 さ、おふくろさんも食べて下さい」
「ありがとう……ありがとうね……」
その後、ケンは三回、アンも二回カレーをおかわりし、和気あいあいと時間が流れた。
そして、食後のお茶を飲みながら、カインとダイスは本題に入る事にした。
「実は今日は、カイン君に復学してもらお思って、様子を見に来たんですわ」
「……そうでしたか。 でも、あの子はもう、アカデミーは辞めると言ってましたが……」
やはり、カインはもうアカデミーに通う意志は無いらしい。 だが、それは予想の範疇だった。
「この事件、俺はカイン君は悪くなかったと思ってます。 だから、胸を張ってアカデミーに来てくれればええって考えてるんですよ」
トラフトは出来るだけ優しく諭すが、マリーの表情は晴れない。
「私も母親です。 あの子が無闇に暴力を振るう子じゃ無いって信じてます。 でも……お相手に大怪我を負わせてしまったのは事実ですし……」
「そんなんは自業自得です。 大体、いちゃもんつけて来たのは向こうなんやから」
「お相手のお子さん……まだ入院してるそうですし、そのせいで……」
そのせいで……の後の言葉が続かず、母親は押し黙ってしまった。
「そのせいで……なんですか?」
「いえ、なんでもありません。 私が元気ならこんな事には……」
マリーがを言い淀んだのは、更なる借金や示談金の事だというのは既に分かっている。
それでも、今この場で追及するのはやめておく。
「もしカイン君が、本当はアカデミーに通いたいのに、今回の件で諦めてしまったのだとしたら……俺らがなんとかしてみせます」
「……私が病弱なばっかりに、あの子にはいつも負担を掛けてしまって……。 せめて、アカデミーは卒業させてあげたいと思ってたんですが……ううっ」
マリーは、不甲斐ない自分が許せないのか、泣き出してしまった。
父親がいればまだしも、母親のマリーは過労で倒れて以来、体調を崩したまま。 更には、ケンとアンという幼い子どももいる。
誰が見ても、カインが稼がなければならないのは必然だろう。 実際、母親が倒れてからはカインが家計を支えていたのだ。
その上で、アカデミーの特待生を維持していたのだから、トラフトとダイスは改めてカインの凄さを思い知った。
その時、入口のドアが開いた。
「トラフト? ダイスも……何やってんだ?」
カインが、恐らくハンターの仕事から帰って来たのだ。
「おう、おかえりカイン! お邪魔してるで」
「おまえら……か、母さん!? おまえら、母さんに何かしたのか!?」
母親のマリーが泣いてるのを見て、カインは何が起きたのか分からず、トラフトを睨んだ。
「違うのよ! カイン」
「そうだよ、兄ちゃん! この兄ちゃん達、カレー作ってくれたんだから!」
ケンがカインの目の前で嬉しそうにしている。 無言だが、アンも一緒に。
驚きつつも、トラフトとダイスが母親に害を為すなどありえないと分かってはいた。
だが、何故二人がここにいて、母親が泣いてるのか分からないカインは戸惑っていた。
「突然来てスマンかった。 今日は、頼みがあって来てみたんや」
「……頼み? 今の俺に、おまえらの頼みを聞いてやれる事があるとは思えないが」
「それより……腹減ってんだろ? 先ずはカレーでも食えよ」
「そーだよ兄ちゃん! デカい兄ちゃんの作ったカレー、メチャウメーんだぜ? なあ、アン!」
「……うん、リンゴと蜂蜜が恋してた……」
ダイスが隠し味で入れた食材をしっかり見抜いていたアンが、カインの分のカレーライスを皿に盛ってテーブルに置く。
「これ……」
「いいから、とりあえず食えよ。 話はそれからだ」
突然カレーを出されて戸惑うカインだったが、ダイスは有無を言わさずカレーを促した。
ニコニコしている母親と兄弟を見ながら、カインはカレーを一口。
「んまっ! まさか、ダイスにこんな特技があったとは」
「当たり前だ。 カレーとチャーハンを作らせたら、俺の右に出る者はいない」
結局、カインのカレーを口に掻き込む手は止まらず、ケンを超えるおかわり四回を記録したのだった。




