第17話 カインの事情
「わっはっはっは! やっぱり俺の目に狂いはなかったな!」
ハンターズギルド第三支部二階のギルドマスタールームでは、難易度星四の偵察任務から修正されて、難易度星六の盗賊団討伐任務を見事……追加依頼まで含めて成功させたヴィー達五人を、ギルドマスターのヤーマンが褒め讃えていた。
あの後、盗賊団のボスを倒したヴィーは、捕えられた人々を救出したトラフト達と合流し、洞窟を出た。
幸い、その間に逃げ出す盗賊もおらず、ギルドからの応援部隊が到着。 後処理を任せて、五人は一足先ににギルド第三支部へと帰って来たのだった。
「なあマスター、アンタ、俺達以外にもこんな無茶な依頼を学生に振ってないよな?」
今回は自分もいたから、何の問題もなく依頼を完了できた。
だが、元・Aランクハンターのロウの実力を考えても、盗賊団の壊滅まで含めれば少なくとも、ミドル・ランカー複数とハイ・ランカーが担うべき依頼だったハズだ。
もしヴィーがいなかったら、到底達成不可能な依頼だっただろう。
「馬鹿野郎、おまえだからこの依頼を任せたんだろうが。 でも……他の四人も中々の働きだったみてえじゃねえか。 おまえら、このままパーティー組んでハンターになれよ。 学生の規制なんざ気にすんな、難しい依頼だろうがハンターランクだろうが俺がどうにかしてやる」
学生は、在学中は最高でもDランクまでしかランクは上げれないし、依頼も星三までと決まっている。
いくら元・Aランクハンターの二つ名持ちとはいえ、所詮第三支部のギルドマスターでしかないヤーマンにそんな権限があるのかは不明である。
「剣豪・ヤーマンに褒められたで!」
「ああ! 本当にこのままハンターになっちまうか!?」
トラフトとダイスは憧れのヤーマンに評価されて有頂天だが、カインは取り乱す事はなかった。
そんなカインの表情を見て、ヤーマンは重そうな麻袋を机に置いた。
「これは今回の報酬だ。 盗賊団も壊滅させた事だし、約束通り五〇〇万ギルと、盗賊から商人を守った追加報酬三〇〇万ギルも足して、合計八〇〇万ギル入ってるから、あとはおまえらで分配するんだな」
八〇〇万ギル……。 追加報酬と護衛の報酬が合わさったとはいえ、学生にとってはかなりの大金である。
そんな大金を前に、カインの目の色が変わる。 だが、直ぐに金に飛びつく訳ではなかった。
「ヴィー。 一番活躍したのはアンタだし、パーティーのリーダーもアンタだ。 この金をどう分配するかは、アンタが決めてくれ」
カインが、報酬の分配をヴィーに一任する。 これには、トラフトやダイス、マルクも異論はなかった。
「俺が? じゃあ、ちょうど割り切れる金額だし、均等に分配すればいいんじゃないか?」
均等に分けて、一人あたり一六◯万ギル。 それだけでも、ロー・ランカーにしてみたら破格の報酬である。
「それは駄目だ。 アンタがいなけりゃ、俺達は全員死んでた可能性だってあるんだから、少なくともアンタは余分に貰うべきだし、我儘言って参加させてもらった俺の報酬はみんなより少なくするべきだ」
ヴィーの意見を、カインが否定する。
「そやな。 カインの分は俺らと同じでもええけど、やっぱヴィーは多く貰うべきや」
「俺もそう思う。 むしろ、ボスを倒したのだってヴィーの手柄だし、追加報酬分は根こそぎヴィーの取り分でいいくらいだ」
「そうだね〜。 僕なんか、一切戦ってないから、一〇〇万ギル以上貰うのは申し訳ないし」
全員が、ヴィーが多めに分配するべきだと主張するが、ヴィーは固辞した。
「リーダーは俺だろ? だったら、俺が決めた分配に従ってもらう。 それに……確かにお金を貰えるのは嬉しいけど、正直、俺にとっては皆と一緒に依頼をこなせた体験の方が価値があったし、これからもこのパーティーで活動したいから、分け前は均等にさせてくれ」
それは、偽らざる本心だった。
今回の依頼を通じて、ヴィーは対等な関係である友達と行動を共にする喜びを知った。
報酬の均等分配は、これからも互いに遠慮なく活動を共にしたいと思っての提案だった。
「……すまない。 本当にありがとうヴィー。 それに、トラフト、ダイス、マルクも。 あんな事言っておまえらを遠ざけた俺に……」
「あ〜それはもう言いっこなしや。 でも、おまえにも事情があるんはなんとなく分かるけど、アカデミー来いよ。 停学だって、もう終わっとるやろ?」
トラフト達とカインの間にあった溝は、今回の依頼を通じて確実に無くなった様に思われた。
「……すまん。 退学届は既に提出してる。 俺は……もう、アカデミーには行かない」
だが、カインは辛そうに表情を歪めると、割り振られた報酬を手にして出て行ってしまった。
……その後、ヴィー達四人は、ギルドマスター室を出て、ロビーのテーブルに腰を掛けていた。
「カインの停学期間はもう終わってるんだろ? だったら、なんであんなに頑なに復学を拒んでるんだ?」
カインは、短い期間とはいえ行動を共にした仲だ。 ヴィーとしても、マルクやトラフトやダイス達同様に、友達になれると思っていたから、何故カインがアカデミーに来ないのか気になっていた。
「確か、カイン君が停学になったのって、卒業式の日の乱闘が原因だったよね?」
情報通のマルクでも、それ以上何があったのかを知らないようだ。
「……カインは悪ぅないねん! 全部、アイツ等が悪いんや!」
……そして、トラフトはカインとの関係と、三月に起きた事件を語り出した。
カインの家は元々男爵家だったが、当主の父親が早くに亡くなり、母親一人でカインを含む三人の子どもを育てていたのだ。
だが、世間は厳しかった。 なんとか子どもたちに裕福な生活を送らせたいと頑張った母親だったが、詐欺に騙されて家を奪われてしまったのだ。
カインはそんな母親に楽をさせたいと、将来は騎士団に入ろうと心に決め、猛勉強して、カイゼルアカデミーの特待生の権利を勝ち取ったのだ。
カイゼルアカデミーの特待生とは、文武共にトップクラスの成績を維持している限り、全学費が免除される制度であり、卒業後の進路にも大きく影響する。 その分、成績を維持するのは並大抵の努力ではない。
カインは、特待生を維持して学園を卒業するのが騎士団に入る唯一の道だと信じて邁進していたのだ。
だが、そんなカインの存在が面白くなかった一学年上の『スヴェン・デフール』という生徒が、事あるごとにカインに嫌がらせをしていたらしい。
その都度、トラフトとダイスはカインを手助けして来たのだが、事件が起こってしまった。
卒業式の日……スヴェン含む卒業生一○人とカインが大乱闘し、カインだけが停学になったらしい。
スヴェン達は卒業生という事もあり、お咎めなしとなったが、スヴェンの親であるデフール子爵は国の要職に就き、学園にも多額の寄付を行っている大物だった。
デフールは、この乱闘で息子のスヴェンが大怪我をしたと騒ぎ立てた。
結果、乱闘は全てカインに非があった事にされ、特待生制度も解除されたのだそうだ。
特待生でなくなれば、カインには学費を払う必要が出てくる。 だから、停学期間があけても、学園に来ないのだろう……と。
「……あの日、カインはスヴェンに呼び出されたのを俺達に内緒にして、一人で待ち合わせ場所に向かったんや。 多分、俺達を巻き込まへんために……それに、カインは言うてたんや。 自分は手を出してないって。 スヴェンが怪我をしたんは、自爆で転んだからで、しかも、せいぜい足首捻った程度やったと。 なのに、先公どもは一方的にカインだけを悪もんに仕立て上げたんや!」
話を聞く限り、カインには同情するしかなかった。 だが、ヴィーには一つ気掛かりがあった。
カイゼルアカデミーの最高権力者は、理事長のアリシアだ。
そのアリシアが、そんな理不尽な処分を、自分のアカデミーの生徒に下すだろうか?
(……アリシアさんは、誰よりも卑怯者が大嫌いな、芯のある人だ。 カインだけを停学にするなんて信じられないな……)
何にしても、今日は放課後にハードな依頼を引き受けた事もあり、すっかり遅い時間になってしまった。 ヴィーは、明日の朝一番でアリシアに話を聞こう思ってると……。
「……許せない! まさか、カイン君の事件にそんな理不尽な裏が隠されてたとは……例え教師達が許しても、この僕が許さない!」
何故か、ヴィー以上に怒りに燃えているマルクがいた。
「僕はこれから、事件の真相を探ってみる! 絶対に、カイン君を特待生として復学させよう!」
「ホンマか!? おまえが協力してくれりゃあ百人力や!」
「俺達にも出来る事があったらなんだもする! 頼む、マルク!」
「そんな水臭い事言わないでよ。 僕らはもうパーティーで、友達なんだから!」
ソフィアの時もそうだが、マルクは理不尽な出来事を聞くと、まるで自分の事の様に怒ってくれる。
変に正義感を拗らせてるが、それが彼の良い所だと、ヴィーは好ましく思うのだった。




