第16話 死神のレクチャー
__一方その頃、分かれ道を右に進んだトラフト、ダイス、カインの三人は、牢屋の中に閉じ込められた十数人の子どもや女性の前で武器を構える盗賊の見張り役五人と見合っていた。
「ヴィーの言ってた通り、捕えられた人がおった訳やが……」
「勿論、救出しよう」
「だな。 人数はさっきより多いが、さっきの奴等よりも格下だろう」
先程の戦闘で自信がついた三人は、躊躇する事なく見張りの五人に飛び掛かっていった。
「なんだてめえら!? 侵入者かっ!」
カインはともかく、トラフトとダイスは、先程の戦闘が、初めてとなる命を懸けた対人戦だった。 実際に、依頼を受ける前は人間と戦う事に躊躇していた。
だが、無我夢中で戦っている内に、躊躇などしている余裕など無い事に気付き、吹っ切れたのだ。
「コイツら……確かに、さっきの奴等より大した事あらへん!」
「だな!」
ハンターを生業とし、上を目指せば、必ず悪人と対峙する日がやってくる。 その時、躊躇して実力を発揮出来なくなるのか、吹っ切れて伸び伸び戦えるのかで、ハンターとしての資質が決まる。
どうやらトラフトとダイスは、今回の依頼でハンターとしての壁を一つ乗り越える事に成功したようだ。
「やるじゃないか、二人とも。 壁を乗り越えたようだな。 じゃあ、一気にカタをつけようぜ!」
カインが見張りの一人を斬り伏せる。
「任しとき! なんなら、俺が全員ぶっ倒してやるわ!」
「それは俺の台詞だ! 全員薙ぎ倒してやる!」
「フッ、悪いがハンターとしては俺の方が経験は上なんだからな!」
結果……三人は危なげなく見張りを倒し、捕まった人達を解放したのだった。
「よし、じゃあ俺たちはヴィーの手助けに行こう!」
「そやな。 でも……多分行くだけ無駄やと思うで」
「そうだな、俺もそう思う」
ヴィーの下に急ごうとするカインだったが、なぜかトラフトとダイスは、走りながらもそう愚痴った。
「なんかさぁ、ヴィーって存在自体が学生離れしとるっちゅーか……なんて言ったらいいか分からんけど」
「だよな。 なんか、強いのはそうだけど、強過ぎるだろ? 前にハイ・ランカーの狩りに同行した時に見たBランクハンターより遥かに強いって、おかしいだろ?」
「そやな。 普段はクールっちゅ〜か、達観してるっちゅ〜か、とにかく落ち着いとんのに、案外行動力もあるっちゅ〜か、好奇心旺盛っちゅ〜か……」
「今回の任務も、実際ノリノリだよな。 ヴィーって普段からクールな顔してるけど、なんか楽しい時とか目元と口元がニヤリってしてんのな」
「あれ、多分本人気付いてへんで?」
「かもな。 ハッハッハ」
ヴィーの下に向かって走りながらも、トラフトとダイスは緊張感のない雑談をしていた。
「俺は会ったばかりで分からんが、結局ヴィーって何者なんだ?」
カインの問い掛けに、トラフトもダイスも考え込む。
「ん〜……まあ、面白い奴なんは間違いないわ」
「だな。 憎めない奴だよ、ヴィーは」
結局ヴィーが何者なのかはサッパリ分からなかったが、カインは気持ちを切り替えてヴィーの下へと急ぐのだった。
……そしてその頃、ヴィーは……。
「小僧……舐めた真似しやがって。 もう生きて帰すつもりはねーからな」
ロウも今の攻防で、ヴィーがただの若僧ではないと気を引き締めていた。
「悪いが、こっちもおまえらと遊んでやるほど暇じゃないんでな。 一瞬で片付けてやる」
ヴィーの掌から、白く光るオーラの球体が浮かび上がる。
「“リフレクションボール”」
白い球体が盗賊の一人に放たれる。 それは顔面に直撃すると、跳ね返って……というより反射して、次々と盗賊の頭部に直撃して一四人の盗賊を気絶させたのち、最後にロウに向かって飛んで行った。
「……面白い技使うじゃねえか、小僧」
だがロウは、その球体を片手で掴むと、アッサリと握り潰した。
「弱い奴らと戦うのは、殺さない様にする加減が難しいんだよ。 だから、こんな子供騙しみたいなスキルを使わせてもらったんだが、一応元・Aランクには、流石に通じないか」
ヴィーの数あるスキルの中でも、このリフレクションボールは最も殺傷力の低いスキルだった。
必要とあれば決して人を殺す事を躊躇するタイプでは無いが、アンノウンの頃の罪を重んじ、大切な妹と幼馴染と再会出来た事から、無駄な殺生は控えようと意識が変化していたのだ。
(場合によっちゃあこの世には死んだ方がいい奴がいるのも分かってるんだがな)
ヴィーにとって、無差別に商人を襲い、女子供を攫い、自分の利益の為に平気で人を殺しているであろう盗賊のロウは、死んだ方がいい部類の人間だ。
だが、今の自分は学生であり、今回が初依頼となる新人ハンターでしかない、
自分が殺さなくとも、この国の司法が、目の前の男を適切に処刑してくれるだろう。
(少しでも、妹に誇れる兄貴でいたい。 だから、俺自身が人を殺すなんて事は極力避けたい)
「オイ小僧、最後のチャンスだ。 俺の部下になれ。 そうすりゃ、金も女も暴力も思いのままだぞ?」
「同じ事を何度も言わせるな、効率が悪い。 俺は自分より弱い奴の下につく気はない」
ロウの身体から湯気のように魔力のオーラが立ち昇る。
「なら、死ねっ!」
ロウは自身の右腕を外す……義手だったそれを鉤爪の義手に替えて、ヴィーに襲い掛かる。
「うりゃああっ!」
ロウは鉤爪を武器とした接近戦を得意とした戦闘スタイルだった。
古来から伝わる功夫と呼ばれる体術は、技のキレ、威力、共に申し分無い。
「功夫か……」
功夫は流れる様に攻撃が繰り出される体術だが、ヴィーは難なく躱す。
「どうした? 小僧、反撃してみろよ!」
一見、防戦一方のまま後退を余儀なくされてる様に見えて、ヴィーには考えがあった。
「おるああああっ!」
ロウの攻撃のスピードが更に上がる。 だが……
(そろそろかな)
ヴィーが、助け出した女性に目をやる。
(傍にいられると、流れ玉が当たらないとは限らないしな)
ロウの攻撃が間違っても女性に当たらない様に、そして、再び人質に取られないように、守勢に回りつつ距離を取っていたのだ。
そして、調子づくロウの顔面に、軽くカウンターのジャブを当てた。
「くっ!? そんなパンチなど効かん!」
多少の打撃などお構いなしに、再びロウが攻撃を繰り出す。
「功夫は確かに優れた古武術だ。 だが、俺は近代格闘術の方が優れてると思うぞ」
二発、三発、四発と、拳闘と呼ばれる武術のジャブがカウンターでロウの顎を捉える。
「そんな蝿が止まるパンチなど、効か……あっ?」
突然、ロウの膝が折れて転びそうになる。
「打撃ってのは威力よりも、スピードとタイミング、そして狙うべきポイントが重要なんだよ。 特に、対人戦ではな」
魔獣と対する場合、打撃で最も重要になるのは、やはり威力だろう。
だが対人戦においては、あまりに強大な威力はオーバーキルでしかない。 適度な威力を伴った、スピードが重要となるのだ。
それをヴィーは、何故かロウにレッスンする様に実践してしまったのは、アンノウンだった頃の、魔王軍七騎将を鍛えていた鬼教官としての癖だった。
「なぜだ!? 貴様の攻撃など、ちっとも効いてなかったのに……」
ロウの足がふらつき、視界が揺れる。
「おまえの功夫は悪くないが、それでも打撃を軽く見過ぎてる。 これまでは力任せでなんとかなって来たんだろうが、より緻密に、シャープに、戦略的に技を繰り出す事で、打撃は力など然程加えなくとも倒せる武器となる」
ロウは何度も何度も顎を打ち抜かれ、脳が揺れてしまった上に、今度は脛にカーフキックを喰らわされ、大きくよろけてしまった。
「ぐうおおおおっ! 小癪なあああっ!」
それでもロウは踏ん張り、全力を込めた拳を放つ。
「最後に最も大切な事を教えてやる。 戦闘において何よりも大事なのは……自分が倒れる寸前まで、絶対に冷静さを失わない事だ」
今度はジャブではなく、少しだけ力を込めた、一直線に放たれた美しい右ストレートが、クロスカウンターでロウの顎を粉砕した。
「ごっ……このやろう……くそったれがあっ!」
今の一撃はヴィーとしても倒すつもりで放たれたのだが、ロウは血を吐きながらも倒れる事なく、最後の大技を繰り出す。
「ぐらえっ! 羅漢金剛拳!」
ロウの最後の力を……圧倒的な力を込めた一撃が、ヴィーを襲う。
「はぁ……結局、教えた事を何にも理解してないな」
ヴィーも拳にオーラを纏い、またもカウンターでロウの鳩尾を打ち抜いた……。
「がはあっ!?」
頭を打たれて倒れる時、人は天にも昇る気持ち良さを感じながら意識を失うが、ボディを打たれて倒れる時は、まるで地獄の苦しみを味わいながらも意識を失えないという。
「……これは、俺の情けだ」
蹲って苦しむロウの脳天に、ヴィーがハイキックを喰らわせると、まるで糸の切れた人形のように、ロウはストンと崩れ去った……。
「……ああ、つい癖でレクチャーしてしまったな。 でも、多分死刑になるおまえに俺の教えを実践する機会は、もう無いか」
倒れたロウを一瞥し、何事もなかったかのごとく、ヴィーは女性を促して広間を後にしたのだった。




