第12話 期待のルーキー
Cランクの男が剣を抜いた……。
ギルド内での喧嘩は御法度とされてはいるが、ハンターなど血の気の多い人種が集まる場所なのだから多少の喧嘩は日常茶飯事であり、ギルドの職員も黙認する事が多い。
今も、他のハンター達はヴィー達の喧嘩を面白おかしく眺めていたのだが……Cランクが剣を抜いた瞬間、空気が変わった。
喧嘩ならともかく、殺し合いとなれば本当に洒落にならない状況になるのだから。
「……剣を抜いたか。 つまり、覚悟は出来てるって事だよな?」
そして、今まで余裕綽々だったヴィーの表情も、より一層冷たく変わる。
「舐めやがって……腕の一本も斬り落としてやらなきゃ気が済まねえっ!」
「腕一本だと? 得物を抜いておいて何を甘い事を言ってるんだ?」
剣と拳では、殺傷能力が明らかに異なる。 剣とは、簡単に他者の命を奪える武器なのだから。
その剣抜くという覚悟を、ヴィーはCランクの男に確認したのだが……。
「悪いが、剣を向けられたからには、死を以って償わせるしか俺は方法を知らない……と、昔なら言ってたけど、今は程々にしてやるよ。 運が良かったな」
ヴィーから、Cランクの男に対して明確な殺意が溢れ出す。
……魔王の右腕だったアンノウンの、最強の暗殺者と恐れられる死神の殺意が。
「!? ヒ、ヒイイッ!?」
ヴィーの殺意に当てられた瞬間、Cランクの男は腰を抜かして座り込み、股間からはチョロチョロと汚水を漏らす。
Cランクの男程ではなくとも、トラフト達も、この場にいた他のハンター達も、自分に向けられた訳では無いにも関わらず、強烈なオーラに恐怖で動けなくなってしまった。
「……冗談だよ。 こんな所で人を殺す訳ないだろ?」
ヴィーは殺気を消し、微笑みながらCランクの男を見下ろす。
「……続きがしたかったらいつでも来い。 建物の外だったら、いつでもどこでも何時だって構わない……ただ、次は命の保証はしかねるけど」
そう言って微笑むヴィーに、Cランクの男は、まるで死神にでも魅入られた様に、全身から血の気が引いて気絶してしまった……。
Cランクの男の連れが恐る恐る男を担いでギルドを出て行く。
殺気は消えたものの、ヴィーに圧倒されて、ギルド内は今だに凍り付いた空気が張り詰めていた。
すると、ギルドの受付奥の階段から精悍な風貌の男が降りて来た。
「……なんだこりゃ? なんでこんなに静まり返ってんだ?」
白髪の混じった精悍な男が受付嬢のミアに問い掛けるが、ミアもまた呆然として固まっていた。
「……おい、ミア!」
「ハイッ!? ……あ、マスター?」
精悍な男はこのギルドのマスター、『ヤーマン・ザックス』。
そんなヤーマンに耳元で叫ばれ、漸くミアは正気を取り戻した。
「状況を説明しろ。 こんだけ人がいりゃあ普段はギャーギャー騒がしいのに、なんでこんなに静かなんだよ?」
「ああ……その、いつもの様にハンター同士で揉め事が発生しまして……でも、Cランクの『ビビール』さんが本気になって剣を抜いてしまって……」
「ビビールが? あの野郎……Cランクになってもまだ新人いびりしてんのか?」
Cランクの男……ビビールは、どうやら新人をいびる常習犯だった様だ。
「……ん? ビビールがいねえじゃねえか? あの野郎、追いかけてとっ捕まえてやる」
「待って下さいマスター! 問題はビビールさんじゃなくてですねえ……」
言いながらミアは、トラフトに肩を貸すヴィーを指差す。
「……学生か? で、あの銀髪がどうかしたのか? まさか、腐ってもCランクのビビールをぶっ倒したのか?」
「いえ……ぶっ倒したというか……むしろ何もしなかったというか……」
業務中だったミアは、全てを見ていた訳ではなかったので説明に詰まる。 代わりに、ヴィーの書いた申請書をギルドマスターに手渡した。
申請書のPR欄には“剣術と体術は学生上位レベル”と書かれていたが、ヤーマンは書き潰されていた“剣術と体術は騎士団見習いレベル、魔法は使えないが、スキルを多数所持”に注目した。
「あの銀髪がこの場の空気を作ったのか……面白え。 いっちょ試してみっか」
「え? まさか、マスター……」
嫌な予感がしたミアがヤーマンを止めようとした時には、ヤーマンは腰に掛けた鞘に手を添えてヴィーに向かって飛び掛かっていた。
高速で飛び掛かるヤーマンの姿を、ギルド内にいたハンター達は誰も認識出来なかった……ヴィー以外は。
突然自分に向けて放たれた居合い貫き。 それは、Cランクハンターだったビビールの攻撃とは比べ物にならない、威力と速さを伴っていた。
静寂……。 元々静まり帰っていたギルド内が、突然、ヴィーの首筋に刀を添えたまま止まっているヤーマンの姿を認識して、更に空気が張り詰める。
「……何故、避けなかった?」
刀を添えたまま、ヤーマンはヴィーを睨みつける。
「……殺気が籠ってなかったし、どうせ寸止めだろうと思ったから。 ただ……次は無いぞ?」
……次は無い。 そう、無表情で言ったヴィーから、ヤーマンは底知れない何かを感じ取っていた。
(コイツ……佇まいからして只者じゃねえ。 もしかしたら、あの書き潰された方ですら、謙遜して書いたのかもしれねえな)
今でこそ第三支部のギルドマスターに納まっているが、ヤーマンは元Aランクのハンターであり、魔王との最終決戦にも参加した実力者である。
その際、年齢的にも四〇歳を迎えて体力の衰えを感じた事から現役を退きはしたが、長年の経験からくる洞察力は勿論、その戦闘力はまだ錆びついていない。
そんなヤーマンは今のやり取りで、戦闘力だけで見ればヴィーの実力を、ハ少なくともBランク……下手すれば、もっと上かもしれないと読んでいた。
ヤーマンが刀を鞘にしまい、満面の笑みを浮かべる。
「ようこそ、ハンターの世界へ。 俺はこのギルドのマスターやってるヤーマンだ。 おまえみたいな期待のルーキーは大歓迎だぜ、ヴィー」
そして、ヴィーに笑顔で握手を求めた。
「……ギルドマスターか。 ……ただ、今後はギルドマスターだからと、なんでも許されるとは思わないで下さいね」
ヴィーは突然斬り掛かられた事に不満を抱きつつも、ヤーマンの握手に応じる。
「おわっ……鋼の剣豪・ヤーマンや。 このギルドには何度も来とるけど、初めて見たわ」
「俺も。 やっぱ渋くてカッコイイな……」
「僕も! 一年前の最終決戦でも大活躍した英雄だもんね!」
トラフト、ダイス、マルクも、ヤーマンを知っており、羨望の眼差しを浮かべている。
(最終決戦に? ……ああ、確かにこの人、最終決戦の時に見かけたな)
ヴィーは最終決戦の際、どうすれば最善の方法で魔王を倒せるかをシュミレートする為の一環として、人類側の殆どの参加者の情報を頭に叩き込んでいた。
(確か俺と同じく刀を主武器とした剣士だったな。 当時の個人的な評価だと、闘神・リョウには大分劣るが魔王軍の師団長クラスの実力はあったハズ。 どうやら定年を迎えてギルドマスターに落ち着いてる様だが、引退したハンターでこのレベルとは……やっぱりハンターも侮れないな)
ヴィーの中で、ビビールがCランクと聞いて下がりかけていたハンターの評価が、既に現役を退いているヤーマンのおかげで持ち直していた。
「どうやら今日はアカデミーの部活動で来たって所か? おまえのレベルだと低難度の依頼なんてつまらねーだろ? 俺はいつも二階の自室で昼寝してっから、気が向いたら来い。 特別に本来第三支部じゃ受注出来ない難易度の依頼をくれてやる」
そう提案して、ヤーマンは受付に戻って行った。
「マスター、いくら得体が知れないとは云えあの子は学生だし、新人ですよ? 特別扱いは……」
ミアが戸惑いながらもヤーマンに意見する。
「いいんだよ、アイツなら問題ねーだろ。 例え星五つ以上の依頼でもな。 そんな事より、おまえは固定観念を捨てて、もう少し人を見る目を鍛えろ。 でなきゃこの第三支部からは抜け出せねーぞ?」
襲い掛かったのはあくまで確認作業で、ヤーマンは一目でヴィーの素質を見抜いていた。 少なくとも、申請書に書き直されたPRの方が嘘だったのだと。
だがミアは、学生がそんなに強い訳がないと頭ごなしに決めつけ、ヴィー本人にPRを修正させた。
第三支部は、第一支部や第二支部よりも位が低い扱いになっている。 当然、そこで働く職員の扱いや給料も。
ミアも、いずれは上の支部に昇格したいと望んではいるのだが、今のままではまだ早いと、ヤーマンは暗に告げたのだった。
一方ヴィーは、去って行ったヤーマンを気にもせず、トラフト達に問い掛ける。
「なんか出鼻を挫かれたけど、依頼はどうする?」
「いやいや、依頼はどうするって、あのヤーマンに認められたんやで? もうちょい喜びいや!」
「流石ヴィーだな……」
「凄い、凄いよヴィー君! 最終決戦を生き残った英雄に認められるなんて!」
興奮する三人を見て、自分がその最終決戦に大きく関与した人物だとバレたら面倒だから、絶対にバレない様に気を付けようと心に誓うヴィーだった。




