第7話 死よりも恐ろしい結末
倒れてる男達がソフィアの視界に入るのを避ける為、ヴィーは気絶した男達を部屋の片隅に寄せ集めて、その場にあったシートで覆い隠す。
「もう大丈夫だぞ、ソフィア」
そうして、ソフィアの肩を優しく叩いた。
「……」
ソフィアが目を開けると、男達は既にいなくなり、ヴィーも無傷のまま、優しい笑みを浮かべていた。
「先輩!」
安心したソフィアは、ヴィーに抱き付く。
「怖い思いさせてごめんな? でも、今度は本当にもう大丈夫だから……さ、帰ろうか」
「うん! あ……買い物……」
「それも大丈夫。 道端に落ちてたから、孤児院に届けておいた」
「ええ? ……先輩、なんでそこまで?」
不思議そうな表情で自分を見つめるソフィアに、ヴィーはマルクの言葉を思い出す。
(マズイ……過度な干渉は、妹にとってはウザいんだった……)
「た、たまたま、そう、たまたまだよ、ウン」
「なんか……怪しいなぁ……でも、まあいっか」
そう言って自分の腕に抱き着いて来た妹に、ヴィーは久しく忘れていた感情を思い出す。
(家族か……。 良いもんだな、やっぱり)
そして、これからも必ずソフィアを守ると、改めて心に誓った。
いつか、彼女が愛する人の下へ旅立つその日まで、魔王軍最強と恐れられたアンノウンは、ソフィア・ハイドローズ専任の護衛として……いや、兄として、妹を守り抜くと。
「そういえば、今日は孤児院でオムライスを作るのか?」
「えっ!? なんでそれを?」
買い物袋の材料から、ヴィーはソフィアがオムライスを作ろうとしていたのかもしれないと思ったのだ。
オムライスは、記憶を取り戻したヴィーにとって、母親が作ってくれた思い出の料理でもあったのだ。
ソフィアもまた、当時は幼かったが、オムライスを喜んで食べる兄・ヴィクトーの姿を覚えていた。 だから、敢えて今日はオムライスを作ってあげようと考えていたのだ。
「あのね、先輩。 私には、小さい頃に生き別れ……もしかしたら、もう亡くなってるかもしれないお兄ちゃんがいたんだ。 で、そのお兄ちゃんが、オムライスが好きだったな〜と思って……」
ソフィアの口から、明確に兄という言葉を聞いた事で、ヴィーの心の中は激しく葛藤していた。
もう、全てを告げても良いのではないか? 自分がヴィクトーだという事実を隠しているのは、独りよがりでしかないのではないか?
もし、ここで、自分がおまえの兄だと言ったら……ソフィアなら、喜んでくれるのではないか?
「ソフィア、俺は……」
「一つ聞いてもいいですか?」
思わず問い掛けようとしたヴィーの言葉を、ソフィアが遮る。
「もしかしたら……先輩は私の……お兄ちゃんじゃないんですか?」
不意に投げられた質問に、ヴィーの頭の中が真っ白になる。
「……なんて、そんな訳ないですよね。 分かってますよ。 本当に困った時に助けに来てくれたのが嬉しくて、ちょっと聞いちゃっただけですから」
ソフィアが発言を撤回してくれた事に、ヴィーはホッとしてしまった自分に気付く。
やはり、自分はまだ、兄だと告白する資格も、勇気も無いのだと。
「もし……ソフィアのお兄さんが生きていて、今目の前に現れたら……ソフィアはどう思う?」
「……そうですね……多分、文句を言うと思います。 いきなりいなくなって、私が何度も何度も会いたいって心の中で叫んでた時も来てくれなかったのに、今更……って思ちゃうかもしれません」
やはり、告白しなくて良かったと胸を撫で下ろしながらも、やはりショックは隠せなかった。
「でも……多分、本当に兄が今帰って来たのだとしたら、きっと私なんかじゃ計り知れない事情があったと思うんです。 ……フフフッ、ちょっと現実味が無い話過ぎて、この話はもうやめましょう」
考えれば期待してしまう……。 だから、ソフィアは話を打ち切った。
そんなソフィアの気持ちを知らずに、ヴィーはこれからも自分は兄としてではなく、ソフィアを見守ろうと決意を固めていた。
「そうだ! 先輩も今日は孤児院で私の作ったオムライス食べていって下さいよ」
「……いいのか?」
「ハイ! 実は孤児院のシスターに先輩の話をしたら、今度是非連れて来てって言われてたんです。 もし、オムライスが嫌いじゃなかったらでいいんですけど……」
「行く! オムライスは大好物だから!」
「そんなんですね! ウフフ、お兄ちゃんと同じだ……。 じゃあ行きましょう!」
こうして、ヴィーは既にロレッタの事など忘れ去り、ソフィアと共に孤児院へ向かうのだった。
……そしてロレッタは、走りながら考えていた。
(助かった……けど、よく考えたら、今回は運が悪かっただけじゃない? アイツ等が使えなかっただけで、今度はパパにお願いしてもっと使える奴等を用意してあの野郎を……)
あれだけの目に遭っても、ロレッタの腐った性根は何ら更生する事はなかった。
そして、今度はどんな手でソフィアとヴィーを抹殺しようか考えながら走ってると、気が付けば自宅の豪邸が見えて来た。
だが……見慣れた自宅の光景は、いつもと様子が違った。
「帝国騎士団団長・シュウトだ。 ポットデ・ドゥワンゴ、貴殿には帝国への反逆、違法取引、人身売買、殺人教唆、暴行、監禁、器物破損、誘拐等など複数の嫌疑が掛けられてる。 大人しく投降して頂く」
父が、多数の騎士に囲まれ、勇者・シュウトに捕らえられていた。
「ちょっと、パパ、これは一体どういう……」
「ふざけるな! 一体なんの権限があって……証拠だ、証拠を出せ!!」
「我々騎士団が最も信頼している者からの垂れ込みだ。 心配しなくても、証拠なら全て揃ってるから楽しみにしてるんだな」
シュウトに睨まれ、ロレッタの父・ポットデは、項垂れたまま、騎士団によって連行されてしまった。
「な……なんでこんな……」
呆然とするロレッタの前に、シュウトがやって来る。
勇者・シュウトは、ロレッタの理想の男性でもあったが……。
「ロレッタ・ドゥワンゴさんだね? 悪いが、君にも暴行・恐喝、殺人教唆の嫌疑が掛けられてる。 御同行願えるかな?」
「さ、殺人!? 私、殺人なんか……」
「人を雇って、同級生を襲わせたろう? 立派な殺人教唆だ」
ロレッタとしては、ソフィアを殺すつもりなどなかった。 ただ、奴隷商に売り付けようとしただけ。 だから、殺人教唆などと言われても納得がいかなかった。
「殺人なんて……そんな事する訳ないじゃない! 私はただ……」
「人を雇って、同級生を襲わせた。 そして、その同級生を、奴隷商に売り払おうとしていたのは分かっている。 君の思惑がどうあれ、まかり間違えれば立派な殺人教唆だ。 あとは、法に身を委ねるんだね」
唖然とするロレッタの手首に、シュウトが手錠を掛ける。
勇者・シュウトと結ばれる……ある意味ロレッタの最大の夢だったが、あまりにも願望と現実のシチュエーションが違い過ぎた。
全ては、こうなるであろう事を予想していたヴィーが仕掛けた罠であり、ロレッタが警告を無視した時点で、騎士団団長であるシュウトにゴーサインを出したのだ。
「いやっ……なんで私が……こんなの、絶対に許せない!!」
「言い訳なら法廷で。 ただ……君達を弁護してくれるまともな弁護士など、もうこの国にはいないだろうけどね」
ヴィーとシュウト……その裏にいるミゲールとディエゴが一旦動き出せば、この国に逆らえる者など殆どいないだろう。 そして彼らは、敵と認定した者は徹底的に追い詰める。
法廷にて裁判の際に加害者を弁護する弁護士に関しても、既に裏で手を回しており、有能な人材でドゥワンゴ側を弁護する者はいないだろう。
こうして……帝国随一の大商家であるドゥワンゴ商会は倒産した……。
その後、父・ポットデは死罪。
そして一族全員、ポットデの犯罪に加担したと判断され、無期懲役の罰を受けた。
当然娘であるロレッタも、未成年刑務所へと送られた。
こうしてロレッタは、家も、家族も、金も、地位も、名誉も……命以外の全てを失い、漸くヴィーの言葉の意味を理解したのだった。
……死よりも恐ろしい結末の意味を。
そしてゲロリアンも……。
「そんな、父上、なんで俺が、地獄の強制更生収容所になんか……」
「戯けが! 貴様の様な影でコソコソと犯罪者の娘と結託して女生徒を虐める様な奴は、このアンダードッグ家にはいらぬ! 収容所で性根を叩き直してもらえっ!」
元々アンダードック家自体がドゥワンゴ商会と懇意にしていたのだが、ゲロリアンの父・へドリアンは、自分にまで捜査の手が伸びるのを避けるため、息子を尻尾切りにしたのだ。
(なんで? 俺は忠告を守ってたのに……もしかしてロレッタが? あのクソアマがあっ!)
ヴィーが、卑しい手段で妹に手を出そうとした男を許すハズがなかった。
帝国では、問題の多い人材や軽犯罪者専用の部門が存在する。 それが、強制更生収容所。
そこでは、特別に地獄の様なシゴキがゲロリアンを待っているだろう。
収容所には主に、犯罪を犯したり問題行動の多い青少年が集められ、通常の新人騎士が受ける訓練と比べても数倍の、地獄の訓練が課せられる。 ある意味、刑務所よりも酷いと恐れられているのだが、極稀に、本当に稀に訓練を耐え抜いて更生した者の中には、特別枠として騎士団に入団を許される者もいるのだ。
ロレッタに比べれば、僅かながら希望が残されている様にも見えるが、ヴィーはこれも裏で手を回し、ゲロリアンに関しては徹底的にしごいて貰える様に要請していた。
だが、それでもこの訓練を乗り切れば、ゲロリアンは性根を叩き直され、立派な騎士として成長する可能性も残されているのだ。
一縷の望みを与えたのは、一応約束は守った事への、ヴィーからゲロリアンへの温情だった……のだが。
……その後の話ではあるが、強制更生収容所に入所してから二カ月後……ゲロリアンは、厳しい訓練に耐え兼ねて、脱走を図った。
だが、家にも帰れず、路頭に迷い、死よりも恐ろしい結末の意味を呪いながら山賊に身を落とした末に、数年後には自分がなる事の出来なかった騎士団の手によって粛清されたのだった……。




