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なろうっぽい小説

とある美しいひとしずく

作者: 伽藍

とある美しい少女と、その少女を愛した王太子のお話。少女は次々に令息たちをたらし込み、ついには王太子まで籠絡したとして処刑されることになるのだった。

 とある男爵家の庶子という触れ込みで王立学園に編入してきたのは、この世の終わりみたいに美しい少女だった。

 夜のような黒く艶やかな長髪に、月のような金色の瞳の少女だった。


 男性も、女性も、見るもの全て狂わせるような少女だった。少女が一つ薄い微笑みを浮かべただけで、少女の前には貢ぎものの山が積み重なった。


 男爵家に引き取られる前は、辺境の小さな村で生活していたのだという。

 だというのに、少女はまるで最初から何もかも判っているかのようにあらゆることに秀でていた。剣を持たせれば騎士団長の令息をあっさりと地に這わせ、魔法を使わせれば魔法師団長の令息を易々と打ち負かし、知識を競わせれば宰相の令息をいとも容易くねじ伏せた。

 また少女は、所作の美しさまであっという間に知れ渡った。ちょうど二つ年上で同じ学園に通っていた、王太子と同学年の婚約者である公爵令嬢よりも教養深いのではないかと囁かれるほどだった。


 そんな少女に、王太子が興味を持つのは当たり前のことだったのかも知れない。最初は興味本位だったのだろう王太子は、少女のあまりの美しさと態度のつれなさに、あっという間にのめり込んだ。

 公爵令嬢が何かしらの手を打つ暇もなかった。王太子はことあるごとに少女に纏わりつき、愛を囁いた。その頃には少女の優秀さは知れ渡っていたので、公爵令嬢よりも彼女のほうが王妃に相応しいのではないかという話まで出るほどだった。


 けれど、熱を上げる王太子に対して少女はしらっとしたものだった。少女はいつでも薄い微笑みを浮かべ、静かに空を眺め、近づいてくる男たちを軽くあしらった。袖にする中には、当たり前のように王太子も含まれていた。


 最初のほうは、王太子は少女のそういう態度すら面白がっていたので、それで良かった。けれど困ったことに、徐々に王太子は本気で少女に入れ込み始めたのだった。身分と美貌を持ち、あらゆる女性から秋波を送られていた王太子だったから、自分に靡かない少女相手にこそ何かを感じたのかも知れなかった。

 ついには、王太子は少女の養家である男爵家に対して命令書を送るに至った。男爵は少女に王太子の側妃となるよう命じたが、少女はそれすらあっさりと撥ね除けた。


 そのことに激怒したのは王太子だった。王族の命令すら無碍にするとは不敬であると、少女を捕らえるよう命じたのだ。

 そうなれば、男爵家はあっさりと少女を見限った。いかに剣が強くとも、魔法が強くとも、知識が多くとも、権力で押し切られてしまえば少女にはどうにもならなかった。少女は牢に捕らわれることになった。


 三ヶ月の間、ほとんど毎日のように王太子は捕らえた少女のもとに足繁く通った。ほとんど脅迫のような王太子からの求婚に対しても、少女は決して首を縦には振らなかった。

 ついに痺れを切らした王太子は、少女に対して関係を強要することにした。孕んでしまえば逃げられまいと、少女を組み敷こうとしたのだ。


 少女は、笑った。道ばたでゴミを漁るネズミでも見かけたような顔だった。


「別に、大したモンでもない。くれてやっても良いのだけれど――」


 声だけで相手を狂わせるような響きが、言葉を続ける。


「こういうのは、いい加減に飽き飽きしていてね。毎度同じパターンじゃあ、詰まらない」


 言い置いて、少女は、王太子に強烈な平手打ちを見舞ったのだった。


 王太子に暴力を振るった少女は、それからほどなくして死罪を賜ることになった。しかもそのときには、王太子を誑かして国を傾けようとした悪女として名前が知らしめられていた。

 使用人への虐待やら国庫の横領やら孤児の奴隷売買やら、少女からすれば何のことやらといったあらゆる罪までが、少女の行ったことになった。少女はただの死罪ではなく、衆人の前で首を落とされることになった。


 名前を轟かせた悪女の処刑に、国中から見物人が集まった。

 少女は大衆の前に引き出され、全く覚えのない罪を読み上げられることになった。見物人たちは次々に少女に石ころを投げつけたけれど、どうしてだかただの一つも少女には当たらなかった。


 そうして、少女の首が落とされようとした、その瞬間だった。


 昼が、終わった。


 正確には、瞬きの間に、昼が捲れるように、昼から夜へと切り替わったのだった。けれど、人びとの中に状況を把握できていたものなどいなかった。

 夜を割るように、雲が流れて月が姿を見せる。きざはしのように月から伸びた光が、少女に注がれた。


 そうして少女は、忽然と姿を消したのだった。あとには、先ほどの夜などなかったかのように昼だけが残された。


***


 そうして少女は、金色の眼を開ける。月が昇るかのようだった。


「ごきげんよう、《月》の君」


 呼ばれて少女は、視線を上げた。眼の前では、《星》が瞬いていた。


「ごきげんよう、《星》の君」


 言ってから、少女はくるりと周囲を見回した。それは地上から遥か遥か上空に浮かんだ、尊いものたちのために用意された浮遊島だった。浮遊島の中央には、この世界の始まりにして終わりである世界樹が佇んでいる。


 《月》の少女は、首を落とされても生きながらえる権能など持っていなかった。だから、処刑は執行されなかったのだな、と気づいた。


「やあ、早々にまたこの世界に溶け込むことになると思っていたのだけれど」


 助かった、というわりには興味のなさそうな表情で、少女は言った。《星》に視線を戻す。


「確か、四百年ほど前に先代の《月》が処刑された折には、人びとの判断に任せるままだったのだよね。どうしてわたしのことは拾い上げたのかな」


 四百年前のことを思い出して、《月》は問うた。少女は先代の《月》の生まれ変わりというわけではなく、全くの別人なのだけれど、少女は《月》だったので《月》が見てきた記憶は全て持っている。


 先代の《月》は、とある純人国で筆頭占術師として名を馳せていた女だった。この世の終わりみたいに美しい少女と同じく、不吉みたいに美しい女だった。

 その美しさに、時の権力者が気を狂わせたのだった。当時の国王は先代の《月》を求め、そのときの《月》には愛する夫がいたので国王からの求婚を断った。国王は嫉妬に狂い、先代の《月》にあらゆる汚名を着せて彼女を処刑したのだった。


 あのとき、この世界は《月》に対する人びとの行いをただ眺めていた。それこそが、この世界の意志のひとしずくである彼女たちの役割だからだ。

 この世界は、見ている。この世界は、ただ見ている。この世界の意志の欠片を、人びとがどう扱うのかを、この世界はただ見極めている。


 だから今回も、《月》はただ処刑されて終わりなのだろうと思っていたのだ。どうせまた魂は巡るのだから、別にそれで構わないとも思っていた。


 だというのに、助けられた。だからそのことを不思議に思って、《月》は問うた。《星》が知っているのかは知らなかったけれど、どうにも近くには《星》以外には見当たらなかったので。


「四百年前とは事情が違うからよ。いまとなっては、昼が強くなり過ぎた。《太陽》も気を遣ってはいるのだけれどね、こればかりは世界の動きだからひとしずくたる我らではどうにもならない」


 昼が強くなっている、というのは、《月》も気づいていることだった。その証拠にこの世界では、もう百年以上も前から、じわじわと女性の出生率が下がり続けている。


「四百年前に、この世界の人びとは《月》を排した。《月》とは夜。《月》とは魔法。《月》とは巡り。《月》とは女性。《月》とは生命の誕生そのもの」


 謳うように、《星》は言った。


「当時、《月》がいたのはこの地上にある中で最も大きかった純人国よ。その国王ということは、すなわち全ての純人の代表にも等しい。それが、欲望のままに《月》を排したのは、ちょっと不味かったわね。国王は道を誤り、国王に侍るものたちは過ちを正せず、民衆は何も考えずに追従した」


 くるくる、と指を回す。《星》は巡る、それを示すように。


「この世界は、《月》を喪った」


 《星》は、指を一点に向けた。《月》がその先をなぞれば、夜空には月が浮いている。

 いつの間にか夜になっていたのだ、と気づいた。


「まず、魔力の均衡が崩れた。龍脈を通して世界を循環していた魔力は滞り、消費に回復が追いつかなくなった。そして女性全体への加護も薄れて、女性の持つ魔力や、繁殖能力が落ちた。《月》はあれきり四百年後のあなたまで生まれてこなかったからあなたは『覚えていない』だろうけれど、この世界では三百五十年前から百五十年前までの二百年間に賢い女性狩りが行われていてね。あれも、この世界に《月》さえ在ればあれほど状況は悪化しなかったでしょう。わたしたちはそういうものだもの」


 そこまで説明されて、《月》にも何となく流れが理解できた。


 賢い女性狩り、というのは知っている。魔法の得意な女性たちを、悪魔の遣いだと言いがかりをつけて次々に処刑したのだ。

 要因は色々あるけれど、魔法が得意な女性というのはそれだけで、社会的にも無視できず、それなりの地位を認めざるを得なくなる。そのことがきっと、男性には不都合だったのだろう。

 だから、魔法の得意な女性たちを次々に処刑台に送り込んだ。そうして、男性が支配するのに都合の良い、魔法がほとんど使えないような女性ばかりが残されたのだ。


 恐らくは、魔力の強い女性ほど賢い女性狩りの対象になりやすかっただろう。そうなれば、生き残るのは魔法がほとんど使えないほど魔力の弱い女性ばかりになる。

 ただ生きるのにも、子どもを産むのにも魔力は必要だ。魔力の弱い女性ばかりが残るということは、その子どもたちも弱い魔力を持って生まれてくることになる。もしも子どもが突発的に強い魔力を持って生まれたり、何かしらの理由で後天的に強い魔力を得たとしても、それが女性であればまた賢い女性狩りの対象になってしまう。

 そうやって、何度も同じことを繰り返し、繰り返して――。結果的に二百年をかけて、きっと人類全体の保有魔力が何段階も落ちたのだ。


 女性はもともと子どもを産むための魔力を備えて生まれてくるものだから、男性よりも女性のほうが保有魔力は多い傾向にある。それはつまり、女性が生まれてくるには男性よりも必要な魔力が多いということだ。

 何世代も何世代もかけて魔力を落とし続けた女性からは、きっと魔力の多い女性に比べて女児が生まれづらくなっている。そんなことが世界中で繰り広げられたから、行き着いたこの時代では、完全に男児と女児の均衡が崩れているのだ。もちろん人口が少なかったり大きな龍脈の近くだったりして土地魔力の多い地域などでは多少マシだろうけれど、均してみれば直近の十年では、男児と女児の出生率は八対二ほどだと聞く。


 男は昼。太陽。膂力。動。すなわち陽。

 女は夜。月。魔力。静。すなわち陰。


 陽と陰が釣り合って、この世界は成り立っている。それが、ここまで極端に男性と女性の数が違ってしまえば、この世界の強度が下がる。


「月は夜。夜は月。だから夜を補強するために、この《月》が世界に残る必要があったということだね」


 人間の行いである処刑を妨げるほど強引な真似までして、《月》を生き残らせる必要があったということだ。

 得心した《月》を褒めるように、《星》がにこりと頷いた。


「まぁ、ことの発端は純人だもの。この世界に純人しかいないのであれば、あなたという《月》が墜ちたところでまた次の《月》が生まれるまでの数百年を自分たちで頑張りなさい、と言えば良いところなのだけれど」

「そもそも放っておいても、この女児の出生率の低さならあと二百年もすれば人口が一気に減っていずれ勝手に釣り合いは取れるだろうしね」

「その二百年の間に、うっかり世界が滅びちゃったら困るでしょう? わたしたちはこの世界のひとしずく。この世界が滅びちゃうのは、さすがに寂しいわ」


 お伽噺のように嘯いて、《星》は瞬いた。


「あなたに夜の国を用意してあげる。というのも、夜の妖精の国があなたの受け入れを申し出ているのよ。歓迎してくれるのですって」

「あぁ、それは良いね。夜の生きものであれば、少しはお話も合うかな」


 《月》は微笑んだ。この世の終わりみたいに美しい笑みだった。


「我らは世界のひとしずく。この世界に生きるものたちがまだ迎えてくれるのであれば、いましばらくは夜に揺蕩うとしよう」

記念すべき『なろうっぽい小説』の30作目なので『自分らしい作品を書ーこぉ!』と思って好き勝手に書きました! 着いてきてる? 振り落とされてない?? 『わたしが書くやつだな!』感は強いのだけれど、書いている途中で『これはなろう小説と言って良いのか……?』って心が迷子になりました。まあバカ王太子がバカをやっている辺りがなろう成分ってことで


こういうお話を書いていると、なぜか『いやヒロインが特別な存在だって人間は知らないんだから仕方ないだろ』って言ってくる読者さんがちらほらいらっしゃるのですが、わたしとしては『どうして人間にご親切に何もかも知らせなければいけないの??』としか思わないんだよな。それはあまりにも、人間に都合の良すぎる世界観なのでは。神や精霊やその他の類似するものたちが何もかも人間を尊重して人間を中心にして人間に親切にしてくれるわけがないでしょう。霊長類という言葉を信頼しすぎている

そもそもこの八百万の神がおわす国に生きていて、どうして『隣人が神であることはあり得ない』という発想が出てくるのか。『コイツどうせ人間だし何しても良いやろ!』って考えるより、何ごとも『相手は人間に見えるけどもしかしたら神さまかも知れんからとりあえず親切にしーとこ!(ただしナメてきたやつは○す)』って考えていたほうがお得だし、これが信仰というものなのでは。わたしの作品は押し並べてこういう考えを下敷きにしているので、判りづらいひとには判りづらいかも知れませんね。神や精霊やその他の類似するもの(あるいはその御遣い)たちが、判りやすく神や精霊やその関係者みたいな顔をして人間の前に現れるとは限らない


【追記20250619】

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/799770/blogkey/3458962/

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― 新着の感想 ―
教えない神が悪いとか、 何故人間如きに説明する必要が?以前に、 王子の思考回路と行動が理性もモラルも無さ過ぎて怖い… 性犯罪者絶許!
まぁ、大体の読者は「神」とか「精霊」とかの設定なんてどうでも良くて、気にしてるのは、その「ざまぁ」が気持ち良く終われたかどうかでしょうからな。 ざまぁ対象の悪もんは、愚かだったり馬鹿だったりクズだった…
隣人が神様かも思考大事ですよね…人外の美貌というのはつまり人外だということかもな…と思ったことは結構あります。 無知は罪ということは習わないのかな? 今は 知らなかったからと言って罪は別に無くならない…
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