ラウンド3:裏金をどうする?──対処と処方箋
(舞台の照明が再び強くなり、円卓が光を帯びる。ホログラムには今回の議題「裏金をどうする?」の文字。
四人の登壇者が、それぞれ静かに着席している。観客席からのざわめきが少し残っている)
あすか(司会):
「さあ、ついにラストラウンド。これまでの対談で、“裏金”が正義にも悪にもなる“あいまいな存在”であることが見えてきました。
では──それをどうするのか? 無くすのか? 制限するのか? 正当化するのか?
本日は、それぞれの立場から、“処方箋”を出していただきたいと思います。」
(全員がうなずく。最初の指名は──孔子)
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【孔子:徳による教育の提案】
あすか:
「まずは、孔子先生からお願いいたします。」
孔子(手を膝に置き、静かに語り始める):
「治すべきは、“金”そのものではありません。
“金に惑う心”を治さねば、手段を変えても、形を変えた“裏金”が生まれるだけでしょう。
だから私は、“為政者の徳”を育てることを提案します。」
マキャヴェリ(小声で苦笑い):
「……また“徳”ですか。」
孔子:
「はい。何度でも申します。
“義を見てせざるは、勇なきなり”。
もし政治家が、堂々と“金を使わず、信と礼で人を動かす姿”を見せたなら──
民はそれを誇りに思うのです。」
リシュリュー(眉をわずかにひそめ):
「だが、理想に頼る統治は、情勢が崩れたときにもろい。あなたの弟子たちの多くも、国の中枢には届かなかったのでは?」
孔子(少し目を閉じて):
「理想は届かぬからこそ、目指すものです。」
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【マキャヴェリ:制度による“見せかけの透明化”】
あすか:
「ではマキャヴェリさん、お願いします。」
マキャヴェリ(椅子に背を預け、手を組みながら):
「私が提案するのは、“裏金を合法化する”ことです。」
(会場、どよめく)
マキャヴェリ(構わず続けて):
「“秘密資金枠”として制度化する。そして、それに対する“透明な監査機関”を同時に設ける。
──つまり、裏を“表に出してしまう”のです。
これで、“裏金”という名の“影”が、光の中に姿を現す。」
マルクス(すかさず):
「そんなものは“形式的な透明性”に過ぎない!
帳簿に載せるか載せないかの問題ではない!
問題は、誰がその資金を握り、誰がそれを裁くかだ!」
マキャヴェリ:
「ならば、完璧な革命政権でも腐敗するのはなぜか?
制度化されていないからだ。“悪”は、隠せるから悪になる。
隠せぬようにしてしまえば、“使い道”の話に集中できる。」
あすか:
「“透明にするために、あえて合法化”──これは現代にも通じる視点ですね……!」
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【リシュリュー:統治の秩序と権限集中】
あすか:
「次に、リシュリュー枢機卿。お願いします。」
リシュリュー(ゆっくりと語る):
「私は、裏金を“無くす”ことは困難だと考えます。
だからこそ──“裏金の権限”を、ごく少数の“責任ある者”に限定し、
“国家監視機構”の下で、厳重に運用することを提案します。」
マルクス(うんざりしたように):
「また“統制による管理”か。あなた方のやり方は、腐敗の温床を“エリートで囲い込む”だけだ。」
リシュリュー(眉をしかめ、声を強める):
「──“民”にすべての情報と判断を任せて、秩序が維持された国があるのか?
煽動、感情、無知……それらが政治を狂わせることもあるのです。
“選ばれし者”が、“責任ある秘密”を扱うこと。それが、国家の安全を守る道でもある。」
あすか:
「リシュリューさんの提案は、“中央集権+限定的裏金管理”──という感じでしょうか。
裏金を無くさず、逆に“飼い慣らす”考え方ですね。」
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【マルクス:構造改革と資本主義の超克】
あすか:
「では、マルクスさん。いよいよ、ご提案をお願いします。」
マルクス(ゆっくりと立ち上がり、声を張る):
「裏金など、資本と権力が癒着している“搾取構造”の産物だ!
それを管理するとか、合法化するとか──“腐った果実”をどう保存するかを語っているに過ぎない!」
(観客、静まり返る)
マルクス(一歩前に):
「私は、“制度”ではなく、“所有構造”そのものを変えるべきだと主張する。
資本と権力が分離され、民が生産手段を持ち、“代表者”を直接統治できる社会──
そこには、裏金という概念すら不要になる!」
マキャヴェリ:
「理想的ですな……実現できれば、の話ですが。」
マルクス(マキャヴェリをにらみながら):
「理想は、求めねば実現しない。あなたの“現実主義”こそ、あらゆる進歩を鈍らせる毒だ!」
孔子:
「だが、理想を追いすぎて、現実から乖離すれば、また民が苦しむ。
“行き過ぎた怒り”もまた、政を乱すのです。」
マルクス(拳を緩めて、しばし沈黙):
「……わかっている。だが、黙ってはいられないんだ。」
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あすかの総まとめ
あすか(ゆっくりと歩きながら):
「──裏金を“なくす”、教育で“減らす”、制度で“管理する”、あるいは、そもそもの“構造を変える”。
皆さんの言葉には、それぞれの時代、思想、そして“人間”が滲んでいました。」
(ホログラムに4人の提案が表示される)
孔子:徳と教育で、裏金を必要としない心を育てる
マキャヴェリ:裏金を制度化し、透明化して制御する
リシュリュー:責任ある者に限り、国家のために限定運用する
マルクス:搾取の構造そのものを改革し、裏金の概念を無用にする
あすか:
「“正しさ”は、一つではない。
だけど、それぞれの正しさを並べて話し合えること──それこそが、私たちにとっての希望なのかもしれません。」
(舞台が暗転。エピローグの幕が上がる気配が漂う)