8話 コンコ「恋の行方」
あまり人気のない広場。まばらにベンチが置かれていて、そのうちのひとつには今、みぃ君と……わたしの知らない女性とが、ふたり並んで座ってる。
そして、その少し後ろの茂みの陰に……この わたしこと、ここのおコンコなる妖が一匹。いや、ひとり?聞き耳を。……文字通りピンと立てている。
そう、わたしは みぃ君のあとを尾けてきたのだ。
「えと、どしたんですか……? 『話がある』って」
「ん、まあ……そうだな、なんつうか」
みぃ君にはもう、恋人が……。
衝撃だった。面食らった。今でもどこかまだ、信じられない、信じたくない わたしも居て…………けれどそれは、うん。仕方のないことだと思う。その事実ばっかりは、わたしがどうこうできるものじゃないし、どうこうしていいものじゃない。
だけど……いや、だからこそ。お相手がどんな人なのかくらいは、確認しておきたかったと言いますか……!
邪魔なんてしないから、この情けなくて未練がましい行為を どうか……ゆるしてください。ごめんなさい、みぃ君。
(にしても……、すごい。綺麗な人のじゃ……)
可愛らしいというよりは、格好いい……?
きれいカッコいい。みたいな……。美しカッコいい。みたいな。クールビューティという表現をまだ知らないコンから言わせてもらうと、そんな感じ。
遠目からの横顔を見ただけでも、その端正な顔立ちにドキリとさせられてしまった。
背丈も みぃ君と同じくらいあって、なんとなく大人っぽい。まさしく『お姉さん』、って雰囲気が漂ってる……ような。気がする。
(今の みぃ君は……ああいう女の人が好みなのかな)
視線を落とし、あらためて自分の姿を確かめる。昔の……子供の頃の みぃ君と比べた時なら、わたしの方がいくらか年上にも見えたけれど。すっかり彼が成長してしまった今となっては……。わたしという妖は人間の基準で言えば、もう悲しくなるほどに子供じみた……小さく、幼い容姿をしていて。
つり合い……という言葉が頭をよぎる。みぃ君にもし恋人がいなかったとしても、わたしはまず女性として見てもらうことすら出来ただろうか……なんてことまで考えてしまって、余計に気持ちが沈んでく。
「は!?そうか、記念日……!? あと3日で1ヶ月!! でもスミマセン、おれ まだその準備が……!」
「いや違えよ……。 ま、もったいぶるようなハナシでもねーし………… なあ、イナリ?」
う、今は落ち込んでる場合じゃない。みぃ君と恋人さんらしき人……ふたりの会話に集中しよう。そうだ、まだあの人が恋人さんだと決まったわけでもないのだ、今のところは。
ここなら他の人の目もない。あやかし姿でケモ耳ピコピコしっかり向けて。なるべく、少しでも聞き洩らしのないようにっ。
「すまん、もうアタシと別れてくれ」
「………………………………えっ?」
………………………………えっ?
「は??? …………えっ!? ………………ええええええええええええ!!???!?!!!」
(…………っっっ!?!?!?)
ええ?えええええ????
なにが、なに?????
言われた みぃ君も、勝手にソレを聞いたわたしも、もう……全く揃って、同じような反応を。開きかけた口を咄嗟に両手で覆い、声を上げるのを抑えきった自分を褒めてあげたい。
えええ、なんで………………いま、なんて?
「別れて、って…………なん、で、マジですか……?本気、の?」
「…………本気だよ」
どことなく気まずげに煙草と携帯灰皿を取り出し、慣れた様子で一本咥えて火をつけるお姉さん。ふう、と静かに煙を吐き、みぃ君から視線を外したまま……しなやかな指先で摘んだ煙草を、軽くトントン。灰を落とすその姿も、やたらと様になっている。
一方で、みぃ君は……ここから見ても、明らかにわかりやすく動揺してる。ベンチから立ち上がって、あわあわと、とにかく何かを喋ろうと頑張ってる。…………再会してからの みぃ君て、なんだかずっとあんな感じだなあ……。
「……わっ、訳を……理由、は? おれ、なんかやっちゃいました……?」
「理由なあ……」
ひと呼吸。噛み締めるようにゆっくりと、煙草を咥えて吸い込んで。
すぱあー、と吐き出す煙と共に……、
「オマエさ…………。まあ、カンタンに一言で言うとだな。 …………流石にな、あまりにも童貞くさすぎて無理だったわ、アタシ。だるい、しんどい、めんどくさい。正直もうキッツイから」
びしり。
その場の空気が、空間が、凍りついた音がした。
文字通り固まってしまう みぃ君。
どうてい、って……その意味は、確か……。
「それ、は…………ぁ、っその、……どう、いう……?」
「きっちり説明した方がいいか? つまりなぁ…………、」
よくない予感がした。わたしのイヤな予感はたぶん当たる。ダメだよ、みぃ君!その続きを聞いたら きっと……!あなたは深く傷ついてしまう!?そんな気がする、だから……!
「なんか付き合いだした途端、アタシに対して妙にキョドるようになったのが若干不快だった。連絡ひとつ取るにも、やたらと気遣ってくるようになったのが逆にダルかった。休日に遊ぼーぜってだけでデートがどうだこうだと気合い入れて空回ってんのに付き合わされんのも疲れるし、誕生日ん時はスーツなんぞ着て来やがって……プレゼントとかって渡されたモンは無駄に気持ち重てぇしで。アタシの隣いるとき手ェ繋いでみようかどうしよう?みたいな葛藤してんのもバレバレな上に(オマエそれは中学生かよ?)とか思っちまって、まぁー、だいぶ冷めるっつーか引いたっつーか……」
「」(白目)
ああ。嗚呼。
矢継ぎ早、みぃ君に投げかけられる言葉が何を意味しているのか……現代の人間社会にまだ馴染みの薄いわたしには、充分な理解ができてない。果たして彼女の述べたそれらが、悪口だとも思えない。少なくとも わたしは思わない……、けれど。
それでも、彼女の発する一言ひとことが……みぃ君の心を深く、深く、抉っている。ぐさりぐさりと、刺している。見ていて、それだけは……伝わった。理解、できた。できてしまった。
もう、やめて……。やめてあげて…………!!!
「きょ、キョーコ、さn」
「それと、気に入ってんのかオシャレだと思ってんのか知らねーけど。いっつも……まさに今も着てる『ソレ』みたいな、虫やら魚やらがプリントされたパーカーとかTシャツな。アタシ的にだが、ぶっちゃけ ク ソ だ せ え し キ モ い と 思 う 。オトコはどうだか知らんけど、アタシに限らず大多数の女は同じように感じると思うね、ソレは。今後、誰かと……オンナ相手の好感度を意識すんなら、悪いこたぁ言わないから 最低限ファッションの勉強くらいはしときなよ。並んで歩きたくねぇの」
致命の一撃が入った。
みぃ君が、膝から頽れてしまう。
「…………んじゃ、な。 振り回しちまって、悪かったとは思ってる」
それだけ言い残すと、長さが三分の一ほどになった煙草を ぐしゃり携帯灰皿へ捩じ込んで。お姉さんは去っていってしまった。
茫然自失の抜け殻と化して動かなくなった、みぃ君をその場に置いたまま……。