3話 ミフネ「忘れられない」
うまく回らない頭で勢いのままに走っていたから、自然、足が向かうのはいつものルート。
大学を出て15分ほどで辿り着いたのは、おれが今暮らしてるマンションの正面にある、『真前公園』。
握っていた手を離し、息を軽く整えながら、改めて女の子と向かいあった。
「それで……ええと、」
おれが口を開けば、すぐに少女も目を合わせてくれる。
「久しぶり……で、いいのかな」
「うっ、うん! 久しぶりのじゃ……ほんとうに」
お互いに、顔が少し汗ばんでいて赤いのは……さっきまで走っていたからだ。うん。
「………………んぃ……や、その……なんだ、急すぎてさ。おれまだ混乱してるよ、なんで……」
やっぱり動揺は続いてて、どうにも言葉がまとまらない。
「どうして…………今、なんで?」
「みぃ君と、一緒にいるため……!」
おれの、我ながらぐちゃぐちゃで要領を得ないカタチになった疑問に対して、待ってたとばかり食い気味に。答えていきおい、少女は続ける。
そして。
「わたしも!!!みー君がすき!!!だいすきのじゃ!!!だから逢いに来たよ!!!コンを……!!! っコンコを、貴方のお嫁さんにしてくださいっっ!!!!!!!!!」
告白。からの、プロポーズ。
え?
「はぁ……!?」
「忘れられてたら、どうしようって……!でも、やっぱり!みぃ君は憶えててくれた!嬉しい、うれしいっ……!わたし、ようやく!ようやく、これで!!!これで!やっと」
「ちょちょちょちょちょ、待って待って!!」
こっちを置いてどんどんヒートアップしていく少女を、慌てて制して。
「いや、そりゃさ、憶えてるよ?コンねーちゃんのことは、確かに憶えてるけど……! だからってその、え? す、好き?だとか……嫁、だとか……! んなこといきなり言われても困るよ!」
「えっ……」
当たり前だ。なんで、そんなこと言うんだ。
なんで、今更。
この おれに……
そんなことが、言えるんだ?
「…………っ、急だよそんな、なにもかも……。なんで……あれから、どうして。…………それが、今更。いまさら出てきて、そんなこと……」
「あっ……!!」
なんで。どうして。わからない。頭の中は、そればかり。
今だけじゃない。さっきからでもない。
それはずっと、『あの日』から。ずっとずっと……続いてた。
「なんで……? ずっと、おれは……」
「ごっ、ごめん!?ごめんなさい!!そう、いきなりだったよね、突然だったよね、でも聞いてのじゃ、わたしっ……!」
気持ちが、心が、子供に戻る。『あの時』の おれが蘇る。
そうだ。…………ずっと、ずっと!おれは……っっ!!!
「おれ……! おれ、ずっと! ずっとずっと探してたのに!!あの時から……!!何度も!!何度も何度も呼んだのに!!! 今になって、なんだよっ!!? おれはっ!!!!!」
堰を切ったように溢れ出した言葉とともに、自分の中でどうしようもない感情が膨れ上がるのを感じる。
しまいには涙まで出てきた。大人気なく、叫ぶみたいに言葉を叩きつけてしまって、それでもまだ、止まらない。
「わけわかんないよ……!! あれから、どれだけ経ったんだよ? なんだよ、嬉しそうにしちゃってさ…… すき……!?お嫁さん!? なにを、今更……おれは。おれがずっと、どんな気持ちで」
「みぃ、君……」
おれは……ずっと教えて欲しかった。
なんで?って。どうして?って。
ずっと、わからなかったんだ。
「どうして……、消えちゃったんだよ。あんな、突然。 なにも、言わないで…………」
「………………」
「おれっ、おれは………………っっっ!!! ひゅ、ふっ う」
……そこからは言葉にもならなくなり、しばらくは、おれ がただただ情けなく、見苦しく、ぐしゃぐしゃと嗚咽するだけの時間が流れた。
そして───
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ある程度、吐き出せたおかげか。ようやく少し、落ち着きが戻ってきて。みっともなく流れ出ていた涙を拭い、深く大きく息を吐く。
そんな様子のおれを、少女は……ただ、静かに待ってくれていた。
「っっ、…………ご、ゴメン……なんか、頭ん中 ワケわかんなくなっちゃって」
「ううん……。わたしも、ごめんのじゃ」
のじゃ……?
「そうだよね……わたしってば、自分の気持ち ばっかりで。そうだよ、忘れちゃってた……君が、どんな思いをしたか。コンが君に、どんな思いをさせたのか……。ごめんなさい、本当に。 でも、だから……!」
視線がぶつかる。おれの目が、強い眼差しで正面から真っ直ぐに射抜かれる。
「…………聞いて、みぃ君。『あの時』のこと。……わたしはね ───」
あのときの、こと。
それは……、
「……消えたわけじゃ、ないんだよ。 消えてたわけじゃあ ないんだよ。 ずっとそばに、いたんだよ。 みぃ君が探してくれてるときも、わたしは。 ずっと、ずっと…………」
「え…………?」