22話 コンコ「おでかけ開始」
「今日はそこそこ歩くことになるけど、疲れたりしたら遠慮せず言ってくれよ?」
「体力なら自信あるから大丈夫のじゃっ。でも、何かあったらちゃんと言うねっ。」
天気は快晴。足取りは軽く、胸元に生々しい魚(鰤)がデカデカと描かれてる上着を着た みぃ君の隣をぺたぺた歩く。わたしの履物は、着ているものと同じで“妖由来の成分”(?)から成る……いわゆる足袋と雪駄のようなもの。人の手により舗装整備をされた歩道は、足の裏を硬く強めに押し返す。マンションを出たわたしたちが向かっているのは、昨日来た時の道とは反対方向。
「おれの通ってる東大……『東京最強優秀大学』は、東京の中でも端っこの、静かな所にあるわけだけど。今日はある意味、「これぞ東京!」って感じの辺りを回ろうかなと。」
「これぞ、とうきょう……とは……!?」
「都会ならではというか。人も多くて、店も豊富で、色々あって。」
「いろいろ。なるほど……?」
この地、東京に辿り着くまでに わたしは、色々な場所を駆け抜けてきた。その中で見て知った様々な新しい風景から、実感させられたことがある。わたしや みぃ君が元々いた地方、地域は、やはりというか……ここ日本という国の中でも、とても田舎な場所だったのだ、と。わかりやすいのが、建物の高さや数だ。天を衝くような灰色の建造物を初めて見かけた時はあまりの衝撃に足が止まったものだ。わたしが在ったあの山の周辺には、せいぜい一戸建ての民家や3階建ての団地、まばらにコンビニがある程度。少し離れて小学校。あとはもう一面、緑が広がる大自然。小山、森、田んぼ、空き地、団地、田んぼ、川、公園、林、田んぼ、駄菓子屋、畑、駅、田んぼ、バス停、田んぼ。
そんな長閑な土地でした。
「田舎、だったもんね……」
「だなあ。懐かしいけど……すっかり東京に慣れちゃったおれはもう、あそこで過ごせる気しないよ。なんもないじゃん今思うと田んぼしかなかったじゃんな」
「逆に……この辺りは田んぼ、見当たらないね?」
「ないんだよ、田んぼ。もう会えないと思うと、それはそれで寂しいかもな……田んぼ……」
「みぃ君、田んぼ入るの好きだったもんね。」
「いや入ってない!田んぼ入っちゃ駄目だから!てか田んぼに行くのが好きだったワケじゃなくて、おれは田んぼの中の生き物たちが好きだったのであって……!」
「でもザリガニが奥に逃げた時とか、楽しそうに靴ぬいで、はしゃぎながら飛び込んで……」
「もおお!!?ダメそれ違うからあ!怒られるからそういうの!!!」
ずっと田んぼの話してる。わたしと みぃ君との思い出の視界の端には、いつだって田んぼがチラついていた気がしなくもない。
「ん……? あれっ、いつの間にか、人が……」
みぃ君の方ばかり見ていて周りに意識を向けないままに田んぼ田んぼと話しているうち、なんだか景色が雑然としていることに気がついた。どこを見渡しても人がいる。聞こえてくる音の数がとても多い。看板に記された大小様々な文字が目に飛び込んでくる。
「都会らしくなってきたっしょ? そんで、最初の目的地があそこね。」
みぃ君が指先で示した方に目をやるけれど……なにも分からなかった。文字が読めたなら、ぴん、と来ただろうか?
「なにをする所なの?」
そう問いかけるわたしに、みぃ君は少し笑って、答えた。
「ウチの合鍵を作るんだ。注文するんだよ、コンねーちゃんの分の鍵をね」
ふいうち頭が追いつかなくて、固まった。
「あっ…………えっ!」
「考えたけどさ、やっぱ要るでしょ。おれも ゆうゆもいない時にさ、閉じ込めとくのは あんまりだし、ね。」
わたしのことを、考えて?
わたしのために、合鍵を?
「えぇあ、ぅそんな……っ、」
ついつい口から、遠慮するような言葉が出そうになってしまう。でもそんなのって、失礼だ、逆に。じゃない?こんなっ、こんな思いやりを貰っておいて。むしろちゃんと、これは真正面から受け取って、ありがとうねって、言うべきじゃない?違うかな?あつかましい?妖とはいえ ここのおコンコ、和の国にうまれた者として矢張り、慎み深く ありたいもので……。でもでもやっぱり、嬉しくて。みぃ君が わたしの存在を、ちゃんと、本気で、受け入れてくれるんだって。
だからわたしは、わたしは、もう…………!!
「しあわせが過ぎて、おかしくなっちゃう…………!!!(胸を押さえ膝から崩れ落ちる)」
「いきなりどうしたコンねーちゃん!?」
もう朝からずっと幸せなのに。いや、昨日きみに再び会えた……ただそれだけでも わたしには、じゅうぶん幸せと言えたのに。
ああ、もう……わたしのこれまでが、ぜんぶぜんぶ報われて。これまでのわたしが、ぜんぶぜんぶ救われた、って。そう思えてさえ、しまうほど。
押し寄せてくる、しあわせが。次から次へと超えてくる。たすけて!もう、いっぱいいっぱい!コン、コーン!のじゃあ!
「あんまり嬉しくさせないでほしい……こわくなって、きちゃうから……(苦悶の表情)」
「喜んでくれてんだよな、これ……??」
なんだか思考がうわの空。店内に入る みぃ君の背中をぼんやりと追いかけながら わたしはやっぱり、(長い夢を見ているだけなのでは?)なんて、ついつい思ったり……。
幸せな夢は、何度も見てきた。眠りにつかない妖だって、閉じた瞼のその裏に、想い描いた夢物語の、情景を何度なぞったか。
・
・
・
「コンねーちゃん。ほら、行くよ。」
「はっ……?」
わたしの意識がふわふわ宙に浮かんでいるうち、みぃ君は注文を済ませてしまったようだ。
「えっ、じゃあ、合鍵はもう……?!」
「今は注文をお願いしただけ。帰りにもっかいココ寄って、受け取りにをしにくるんだよ。」
「なっ、なるほどっ……」
そわそわ。うう、なんと言えばいいのか。現物はまだ無いにしろ、当のわたしが何も言わないのは……ちがう、よね?だからそう、今かな、かなあ?
言っちゃう?言わなきゃ。 その、 ありがとう。 ってっ……!
「さ、てと。そんじゃあ次、行こう。言ったろ?今日はもっと、まだまだ歩く。鍵屋さんだけで幸せだなんて、言ってられなくしてやるよっ!……なんてね。へへっ」
─── もにゃもにゃ小さく考えてしまう、下手な わたしを笑い飛ばすよう。
あっけらかんと そう言って、みぃ君は店外へと歩き出す。
「っ…………!! ────うんっ。」
押し寄せてくる しあわせに、ついていけては ない けれど。
それでもわたしは、追いかける。
すっかり大きい、きみの背を。
その姿だけは、もう二度と。見失ったり してやらないんだ。
ぺたりぺたりと、小走りに。きみの隣に、ついて行く。
「コンねーちゃっソコうんこ落ちてる!!」
「ぴャアーーーーーーーうっ?!!!?!?!!」
…………浮かれたわたしが掬われないよう。足元とかも……気をつけながら。




