10話 コンコ「妹さん」
「──んく、ごくん……っ。けほっ、………………ええと。これは……?」
凍りついたように固まった みぃ君と、どうしたらいいのかわからない わたし。
そんな空間の静寂を破ったのは……咀嚼を終えた口内のスナック菓子を嚥下する音。それに続いて紡がれた、しっとりとした女の子の声だった。
「…………!!!」
どお、と。
その子の声を聞くと同時、みぃ君の顔は青ざめ一気に汗という汗が吹き出した。がばりと慌て体を起こして、わたしの上から離れてしまう。あぁ、みぃ君の重みと ぬくもりが……ちょっと残念。いや、だいぶ……。
「おおお、おっおっ、おかえりぃいい、『ゆーゆ』。………………その、な?これは…………ちがうんだぞ」
「ちがう、とは……」
みぃ君の言葉に小さく首をかしげる、『ゆーゆ』と呼ばれた女の子。
わたしと同じくらい長い髪。でもわたしのより、もふもふ?ごわごわ?した印象を受ける。さっきまで、手のひらで触れていた……みぃ君のと似た感じの髪質なのだろうか。それを、紙垂のような飾りがあしらわれた髪留めで大きくまとめて横側に結んでる。
見た感じだと背丈は……みぃ君とわたしとの、丁度まんなかくらい? 間違いなく わたしより背が高いけど……ぴしりシワひとつない真黒のセーラー服、そのスカートの膝下から伸びる脚や袖口からのぞく色白い手首なんかは、わたしのそれよりもずっと細いように見える。今にもぽきりと折れてしまいそう、なんて、ちょっと心配になるくらい全体が ほっそりしてる……。
「このひとは……そういうアレじゃないんだ。ちいさくみえて、小さくないっていうか。だから犯罪じゃなくて……?! いやっそもそも合意の、そォ知り合いだからさ!!!ちゃんと誘拐じゃないし!?!」
「落ち着いてください」
お菓子らしきものを頬張りながら入ってくるっていう、こう……言ってしまえば だいぶお行儀のよくない姿で現れた彼女。だけど。なんだろう、纏ってる雰囲気が……独特で。眠たげにも見える力の抜けた目つきとは裏腹に、背筋の伸びた真っ直ぐに堂々としているその立ち姿からは、不思議とどこか品を感じて。さっき、ものを咀嚼しながらに言葉を紡いでいたその口元も、不快に感じさせないというか、むしろ何かしら惹かれるものすらあったというか……うう、言語化がむつかしい。
この女の子をひとことで言うなら…………『存在感がある』? のかな。
特別に派手な格好でもない、おとなしい……ともすれば地味めで、体躯の華奢な、普通の女学生って見た目をしているのに。なぜだか、惹かれる…?ひどく、存在を感じさせる……。
「子供……?」
「っ!」
どきり。視線がみぃ君から、わたしの方に。その女の子と、ここで初めてハッキリふたり目と目が合った。
……目元が彼と、似てる気がする。
「ああああの、わっ、わたしはっ……!」
「兄さん……この子は、一体」
『兄さん』。みぃ君のことを、そう呼んだ。やっぱり、この人は……!
「コンコ……っ、 はじめましてのじゃ、わたし、ここのおコンコと申しますっ……!」
「こんこ……さん、 ですか?」
気づくと同時、姿勢を正して頭を下げた。尽くさなくちゃ、わたしが知ってる限りの礼儀……!
「……はじめまして、私は ゆうゆ。井成野ミフネの妹の、井成野ゆうゆ と申します。どうぞ私のことは、親しみを込めて『タマちゃん』と呼んでください」
わたしの自己紹介に応えるように、自らも名乗りながら 膝下までしっかり長い制服のスカートを軽くつまんで優雅に会釈。……その作法、一般的なやつ?それは今時な挨拶、なのかな……そんな風にやってるひと、わたし多分見たことないけど……。
いや、そんなことより。
やっぱり。みぃ君の…………妹さん!!
『ごめんっ!ほんとーにゴメン!急にさ、妹のおみまい行くことになって……!』
『妹のしゅじゅつで、トウキョーにお引っ越しなんだ。ここから、すげー遠いんだってさ…… だから……』
妹さんがいること自体は知っていた。
ただ、あの頃はずっと入院していたらしくって、わたしは会ったことがなかったんだ。
「よろしくねっ、ゆー…………ゆん、え?……っと。いや…………たま、ちゃん……?」
待って。ええと、なんておっしゃられたっけ。 ゆうゆ……たまちゃん……?
………………???
「ゆーゆ……その自己紹介は相手を混乱させるって、兄ちゃん いつも言ってるだろう? ……コンねーちゃん、こいつの名前は漢字で夕方の夕……『夕々』って書くんだ。カタカナの『タマ』に似てるから、タマ。っていうアダ名……呼ばれ方を気に入ってるみたいで」
「っ……!? ──コン!!ね、っっ………………」
「な、なるほど……?」
みぃ君からの助け舟。なるほど、そっか……文字の読み書きがまだサッパリだから、漢字とかは説明されてもよくわからなかったけども。妹さんのことは、タマちゃんって呼ぶのが良いみたい。
「じゃあ……えとっ、よろしくのじゃ、タマちゃん!」
「………………」
あらためて、握手を求めて手を差し出す。
───けども、なんだろ……?
妹さん、タマちゃんの様子が……なんだか変わった……?
「………………コン、ねえちゃん……」
「えっ?」
どこか考え込むような沈黙ののち、ぽそりと小さく呟かれたのは……わたしの名前だった。だけどそれは、みぃ君がわたしを呼ぶ時の。
「は……??? えっ。 ぇ おれ、ゆーゆにコンねーちゃんのハナシしたことっ……!? ──いや、ないよな……!? 誰にも無い、ハズだ、え!?」
そして再び わたしと真っ直ぐ合わせてくれた彼女の目の、その瞳の奥底には……先ほどとは異なる何かを孕んでいる気がして、ぞくり と 少し背筋が冷えた。
「そう、ですか。あなたが、あの…………」
「えっ?あっ……ええと、」
「ここのおさん。 なぜ…………あなたは一体、どんな用があって、うちに………………?」(ぎろり)
「ぴぅっ」
な、なに……!? “圧”が、“圧”が強い……っ!というか、なんだか急に妹さんの雰囲気がピリついた気がする。えええ、わたし、なにか怒らせたりしちゃった……!?
「どんな用……、っ。 用、は。 わたし、わたしは……」
ちらりと一瞬だけ、みぃ君の方に目をやった。わたしがここにいる理由は ひとつしかない決まってる。でも……それを、そのまま言ってもいいのかな。こんな、今の雰囲気で……っ、
「───みぃ君に、ミフネ君に!!!あなたのお兄さんに会いに来ました!!! ……わたしっ、ミフネ君のお嫁さんになりたいんですっっ!!!」
いや、言おう。全部言う!
だって相手は、みぃ君の家族。
ちゃんと全部、そのままに。
「わたしは人間じゃないけれど……!ここのおコンコは妖だけど!! 本気のじゃ、みぃ君のことが、だいすきで……!!!だいすきだから!!!今、ここに いるんですっ!!! みぃ君と!!!結婚したい一緒にいたい!!! ミフネ君がっ、だいすきです!!!そのために逢いに、来たんですっっっ!!!!!!」




