運命の糸を操る令嬢は婚約破棄で王子に報いる
【連載版】『運命の糸を操る令嬢は婚約破棄で王子に報いる』
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もう少し続きを書いてみたくなったので、本編を読んで続きが気になりましたらこちらもぜひ。
「君は本当に退屈な女性だね。美しいのは生み出す刺繍ばかり……婚約を破棄させてもらうよ。理由はわかるよね? 僕の幸せを君が望んでくれるなら、受け入れるべきだ」
宮殿の広間。着飾った貴族たちのどこか冷たい眼差しが壇上に注がれた。
エドワード王子が私に告げる。なんとなく、こうなることはわかっていた。
顔はいいけど中身は空っぽ。そんな人。
私――男爵令嬢リリア・シルバーベルクはごく普通だ。家柄に至っては、貴族の中でも下から数えた方が早い。
なのにセリア王国の元第二王子エドワードと婚約をすることになったのが、半年前。
私が作った金鹿の刺繍のハンカチを、このバカ男が気に入ったのがきっかけだった。
刺繍を欲しがったので「お好きにどうぞ」したところ、これを肌身離さず持つようになったエドワードは私生活が絶好調。
嫌っていた……憎んでさえいた兄王子ウィリアムに、いつも負けていた鷹狩りでも、カードでも、運の絡むあらゆる勝負で全戦全勝。
急におモテになりだして、婚約したあとから女遊びが激しくなったのも、私は知っている。
他国の王子たちを相手に賭け事をして、租借地まで得てしまったほどだ。
それでもエドワードは私のことを幸運の女神と呼んで、崇めていた。優しくしてくれた。生涯愛し、大事にするのは君だけだと言ってくれた。
先月、第一王子ウィリアムが不慮の事故で亡くなるまでは。
エドワードは繰り上がり、王位継承権を得てしまった。本来ならウィリアムが結婚する予定だった、隣国の王女と婚儀の話が出て、トントン拍子で進んだ結果――
私はお払い箱になった。
バカ王子が声高らかに――
「皆に紹介しよう。僕の新しいパートナー……いや、未来永劫の伴侶となるシャーロットを!」
奥に控えていた美姫が壇上に上がる。
同性から見てもハッとするほど美しい。ふわふわの金髪に青い瞳。整った容姿もさることながら、スタイルまでも抜群だ。
バカ王子も見た目だけは一流なので、並ぶととっても絵になった。
同じところに立たされる、私が浮く姿に会場から暗い嘲笑が向けられる。
シャーロットがじっと私を見て――
「あら、ここは子供の来るような場所ではありませんわよ……ところで刺繍しか取り柄がない退屈な女性のことを、あなたはご存知かしら? 社交場につれていっても華もなく、お喋りも苦手で贅沢の仕方もしらない貧乏貴族だそうですけれど。エドワード様とは釣り合いませんわね」
まるで私だけが悪いみたいな言い方だ。
「そうですね。ここは私のような者がいるべき場所ではありません……お二人ともお幸せに」
家を守るためと、我慢してきた日々も今日まで。王子の側からの婚約破棄なのだから、シルバーベルク男爵家の名に瑕はつかない。
むしろ清々しい気持ちになった。
一礼して壇を降りる私をエドワードが呼び止める。
「待て」
もしかして、未練とか、半年……実際に一緒にいた時間はもっと少ないけど、私への愛情が欠片も残っているのだろうか。
「なんでしょうエドワード様?」
「これはもう不要だ。誰か燭台を持ってきてくれないか?」
王子は私を見初めた金鹿のハンカチを手にとると、使用人が持ってきた燭台で火をつけ投げ捨てる。
床の上で燃えるハンカチ。私が心を込めて一針ずつ縫い上げた刺繍の金鹿が灰になって焼け落ちた。
手にした人が幸せになることを願ったのに。
エドワードは冷淡な眼差しで、床の灰を指さし鼻で笑う。
「ほら、返すよ。君との思い出の品だ。かき集めて早々に田舎の領地に持って帰るがいい。二度と王都に足を踏み入ることを禁ずる」
あーあ。バカ王子は燃やしてしまった。この国はもう、終わりかもしれない。
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セリア王国北方の半島。三方を冷たい海に囲まれた小さな領地。豊かではないけれど、慎ましやかにしていれば、暮らす分には十分なシルバーベルクの家に戻った私を、故郷は優しく迎えてくれた。
冬場は雪に閉ざされる。私は刺繍をして過ごした。王都に行ったのも芸術に触れるためだったから、最後の半年間を除けば良い思い出ばかりだった。
反芻するように、王都で見聞きしたものを頭に浮かべながら、指先に願いを込めて刺繍をする。
金鹿をこの手で甦らせると、私はこれまで育ててくれた感謝と家の発展を願って、ハンカチをお父様に贈った。
「おお、なんと素晴らしい。リリアの腕は母さんを超えたな」
「私なんてまだまだです。お母様の残した作品の足下にも及びません」
「そうか。いいかいリリア。おまえには母さんの血が流れている。母さんの刺繍にはね……誰かを幸せにする不思議な魔力があるんだよ。運命の糸が幸運を呼び寄せるのさ」
「幸運?」
「ああ、自分のためにはその力は使えない。贈り物とはそういうものだからね」
思い出すようなお父様の声色はとても優しかった。
ずっと前から、そうなのかなと思ってきたけど、私が想いを込めた刺繍には人を幸せにする力があるみたい。
やっぱりそうだったんだ。
「大切にするよ。母さんの刺繍も、大切にした人を幸せにしたんだ。それを軽んじる者には不幸が訪れるというからね」
「でしたら、燃やしたりなんてしてはいけませんね」
「もちろんだとも。とんでもないことだ。それによってもたらされた幸せの反動は、引き絞った弓の弦にかかる力よりも強いものだからね」
お父様は手で弓を引く真似をして、ヒュンと口で放った。
時々お茶目。私は笑った。久しぶりに、心の底から。
心配そうにお父様が言う。
「なあリリア。こんな寂れた田舎に引きこもらせるようなことになって……本当なら、母さんの故郷の国で刺繍の勉強をさせてやりたいのに、ほんとうにすまないね」
「いいえお父様。王都に行かせていただいただけでも十分です」
「そのせいで背負う必要のない苦労をかけてしまった」
目尻の皺が帰郷前よりも深くなったお父様。婚約破棄のことですっかり老け込んでしまって、なんだか私の方こそ申し訳ない気持ちになった。
母を早くに亡くして、再婚もせず、ずっと私の幸せを願ってくれたお父様にこそ、幸せになってほしかった。
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シルバーベルク領に転機が訪れた。
海流が変わって、ニシンの群れが領内にやってくるようになったのだ。
湾を埋め尽くす魚の絨毯に領民たちは歓喜した。
加工業が盛んになって、シルバーベルク領はあっという間に海運の拠点に。
たった半年で、莫大な富を得て辺境の地方貴族が王都の大貴族にも肩を並べた。
お父様はそれでも堅実で、領民を想った領地運営を心がけた。
その間、経営や領地運営の手伝いをしながら、私は刺繍の腕を磨く。
充実した毎日が続いたある日のこと――
遠く王都から、エドワード王子とシャーロット王女の結婚の知らせが届いた。
国を挙げた盛大な挙式で、隣国の王子たちにシャーロット王女の国からも王族がやってきて、宴は一ヶ月続いたという。
王は退位しその玉座をエドワードに継がせた。
祝いの品に刺繍は贈らなかった。どうせ焼かれるのだからと、私はニシンの干物を山ほど王宮に贈った。
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さらに一年後――
領地運営は上手くいき、お父様のお手伝いを続けた私は家督を継いだ。
ずっと苦労ばかりしてきたお父様には、ゆっくり隠居してもらうことになった。
今度は私のためじゃなく、自分のために時間を使って幸せになってほしかった。
新しいパートナーを見つけることも私はすすめたのだけど「おまえが婿をとるのが先だ」と、頑固だった。
けど、前よりもずっとお父様の表情は柔らかくなった。きっとお母様を今もずっと愛しているんだと思う。
そして――
セリア王国の国庫が空っぽになったという噂が、海運船経由で流れてきた。
頭空っぽなエドワード王とシャーロット王妃が放蕩の限りを尽くし、誰も止めることがなかったら、そうもなる。
ギャンブルで得た租借地を取り返されるどころか、エドワードは逆に領地を隣国に差し出すことになった。
ある日のこと――。
王と王妃がわざわざ辺境にやってきた。
館の客間に通す。
二人は一国の王と王妃とは思えないくらい、威厳も風格もなく、まるで娼婦とヒモ男のようだった。
エドワードが震えた唇を開く。
「ど、どうだろうか?」
「きちんと税はおさめています」
「そうだ! 君には王都でその……経済を立て直してもらいたい!」
「王都から追放されましたから」
「も、もちろん追放の件は赦免する」
赦免もなにも、私は悪いことなんて何もしていない。
エドワードの隣でシャーロットがヒステリックな声を上げた。
「あ、あなた酷いですわ! エドワード様は国王! それがこんなにもお願いしているというのに!」
あのふわふわな金髪もどこかくたびれて、身につけている宝石の数が最後に会った時の半分もない。
「待てシャーロット。こらえてくれ」
「ですけれど!」
二人はにらみ合う。熱く見つめ合えるほどに、まだ夫婦仲は良好なのかしら。と、皮肉の一つも言いたくなった。
王が私に、ついに頭を下げた。
「どうか頼む! せめて……お金を貸してくれないか? もちろんタダとはいわない! そうだ男爵では格好もつかないだろ? 君には特別に爵位を与えよう」
バカ王と心中して他の貴族が落ちぶれたこともあって、経済規模的にはシルバーベルク家はセリア王国でも上から数えた方が圧倒的に早い序列になっていた。
「どうだろうか? 子爵……いや伯爵にしよう! 今日からシルバーベルク伯爵家を名乗るがいい! 社交界でも君の名誉の回復に努めると約束する! だからどうか! 頼む!」
テーブルに額をつける国王と、隣で汚物でも見るような冷たい目をする娼婦の王妃。
シャーロットが言う。
「ここまでしたんだから、いいわよね?」
「シャーロット様は頭を下げないのですか?」
「え?」
「未来永劫ともにあると誓った仲なのですから、エドワード様だけにさせるなんて不公平かと思いまして」
「だ、だれがあんたみたいな下賎な女に!!」
本音が漏れた。
エドワードがガバッと頭を上げる。
「や、やめるんだ! シャーロット!」
「許せませんわよ! たかが地方領主風情にここまで言われるだなんて!」
瞬間――
バチンとエドワードが王妃の頬を平手で叩いた。
「君は本当に不幸しか呼ばないな! 寄生虫め!」
「な、な、な、なんですって! あなたの方こそ無能じゃない! ギャンブル狂いのくせに運までなくして!」
「次は勝てる! 絶対に! だから……」
王が涙ながらに私に懇願した。
「どうか戻ってきてくれリリア!」
私はニッコリ笑顔で返した。
「お引き取りください陛下」
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国王と王妃が乗った馬車を見送ってから、私は自室に戻ると刺繍を仕上げる。
この領地の平和が末永く続き、領民とお父様が幸せに暮らせますように……と。
しばらくして――
永らく王国内でも下にみられてきた北方の領主たちは、沿岸貿易によって力を増すと、弱体化した王国から独立。
連合国として緩やかな同盟を組んだまま、没落する王国を置き去りにして繁栄した。
私は立場上、連合国の代表という形で今ではなんと……盟主だ。誰かのためにと働いているうちに、同盟盟主に祭り上げられてしまった。
連合国の国旗には、私がデザインした金鹿が刺繍されている。
旗は長く、永く棚引き、王国の歴史が幕を閉じたあとも、ずっと掲げられ続けたのでした。
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。物語の世界に足を踏み入れていただけたことを大変嬉しく思います。
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原雷火 拝