窮鼠、街へ行く
精霊の力を使う『聖法』によって栄える《オリポス》と呼ばれる世界。これは、そんな世界の片隅の深い森の中で暮らす1人の少年と祖父のお話、、、。
◇◇
晴れ渡った空。小風に揺れる深緑に輝く森の木々。澄み切った空気に、日々に彩りを加える小鳥の囀り。木々の合間を縫って挿す光。ここは、すべてが僕らを包み込むような、そんな場所。僕は必死になって、森の中を走っていく。
「はぁ、はぁ、おじいちゃーん!」
僕が目指す先にあるのは、決して立派とは言えない古い大きめな小屋のような建物。僕の声に反応して扉が開くと、おじいちゃんが出迎えてくれる。
「ははは、これメシィ。走ると危ないぞ!」
おじいちゃんの声に、僕は息を切らしながらも、頑張って返事をする。
「はぁ、、えっへへ!おじいちゃん見て!こんなにウォルナットの実が取れたんだよ!他にもボチカとかスロベリーも見つけたんだ!」
僕が自慢げに籠を掲げておじいちゃんに見せると、ゴツゴツした手で優しく頭を撫でてくれる。僕は撫でてくれるときのおじいちゃんの手が大好きだ。
「よし、それじゃあ今日はメシィが取ってきた実でパイでも作るかの!」
「うん!僕、おじいちゃんが作るウォルナットのパイ、だーいすき!」
おじいちゃんの手を引いて、僕たちは小屋の中へと入っていく。
「メシィ、そこのパイ型を取ってくれんか?」
「これだよね!はい、どーぞ!」
おじいちゃんを椅子に座らせると、パイ型を手渡して、僕はおじいちゃんの目の前に座って、今日の出来事を話していく。
「ーーそれでね、リスが最後の実を取ってくれてね、それでさ!」
「おぉ、そうじゃメシィよ。おぬし街の方は行っておらんよな?」
「…やだなぁおじいちゃん。僕は街へなんて行ってないよ。森で木の実を集めてたって言ったじゃん。」
パイをオーブンに入れながら、僕に話しかけてくる。また始まった。おじいちゃんの心配性。おじいちゃんは僕に「街に行ってはいけない」と何度も強く言ってくる。なんでか聞いてもはぐらかされるだけだし、もう慣れたけどね。
「…そうか、ならいいんじゃ。さぁパイをお食べ。今回も自信作じゃぞ!」
「うん!それでね、それでね!ーーーー」
おじいちゃんは安心したように笑うと、パイを食べ始める。これでこのやりとりも何回目だろう。僕はおじいちゃんとの決まりで森の外へ出れない。疑問を持つこともあったけど、理由を聞くたびに、おじいちゃんが悲しい顔をするから、もう聞こうとも思わなくなった。僕はネメシス。森のネメシス。だから外へは行ってはいけない。そうずっと言い聞かせてきた。
それでも…ときどきふと思う。街にはどんな人が、どんな建物があるのだろうって。
「さてメシィ。そろそろ寝る時間だからベッドに入りなさい。」
「え!もうそんな時間!?まだ眠たくないよ!」
「我儘を言うんじゃない。明日も木の実を取りに行くんじゃろ?」
いけない、考え事をしていたら寝るように言われてしまった。おじいちゃんは頑固だから、たぶん寝ないと言っても聞かないんだろうな。
「もう…おじいちゃん、おやすみ。大好きだよ。」
「おやすみ、メシィ。わしもじゃよ。」
大人しくベッドに入って、横になる。不思議なもので、あれだけ目が覚めていたのに、自然と眠たくなってくる。おじいちゃんに撫でられているからかな?
なんて考えていたら、すぐに眠りに落ちていく。おじいちゃんの見せる悲しい顔に気がつくこともなく。
「ーー、ーィ!、メシィ!」
「うわぁ!?」
翌朝、布団を取られた勢いで飛び起きると、隣には意地悪な笑みを浮かべるおじいちゃんが剥ぎ取った布団を持って立っている。
「今日も天気がいい、森に行くんじゃろ?早く準備しなさい。」
渋々起き上がると、おじいちゃんが朝ごはんを作っている間に顔を洗おうと井戸へ向かう。庭へ出ると、どこからか大きな音が聞こえた。
「街の方だ、なんだろう…。」
音がもう一度聞こえたので目を凝らすと、うっすらと淡い光を放ちながら、空に咲き誇る花が見える。そうか、あの音は花が咲く音なんだ!
興奮が冷めぬうちに、おじいちゃんの元へ駆け寄る。
「おぉメシィ、ご飯ができ」
「おじいちゃん!今街の方でおっきな花が空に咲いてたんだよ!キラキラ光っててね、すっごく大きいの!それでね…」
「メシィ。街のことは気にするな。」
脅すような、低く怖い声にパッと顔を上げる。どうやらおじいちゃんの声らしかった。眉間にはシワが寄り、表情が険しい。
「おじいちゃん……?」
「メシィ…すまない。街のことはお前には関係ない。だから気にするんじゃない。さぁご飯ができてる。冷めないうちに食べようじゃないか。」
おじいちゃんは一瞬悲しそうな顔をすると、すぐに笑顔に戻りご飯を食べ始める。誤魔化されたような気がするけど、言いたくないことでもあるのかな…?
その日の夜ご飯を早々に食べると、急いで自分の部屋に戻る。気にするな、って言われると余計に気になって仕方がない。僕は布団に潜り、森の出口を強く思い浮かべる。僕は、何故か強く感じると、念じたことが本当になる力を持っているんだ!えっへん!
「むむむむむ…………」
出口、出口、出口…僕は森の出口に行きたい!
ぽわ…と僕の体が少しずつ光り始める。ここまで来たらあと少しだ。思いっきり念じると、体がふわりと浮き上がる感覚を一瞬感じる。ゆっくりと目を開けると、目の前には森と街を隔てる門が見えた。
「やった!成功した!おじいちゃんは使ったらダメって言ってるけど、1回だけだしたぶん大丈夫だよね!」
僕は走って行って、門番さんに話しかける。
「あの!街に入りたいんですけど!」
「ん?なんだ、坊主。お前森の方から来たのか?」
「え、えぇっと、それは森の方に遊びに行ってて、帰るところなんです!」
我ながら苦しい言い訳だな、なんて思っていたら、門番さんは少し考える素振りをしたあとに、少しだけ門を開いてくれた。
「いいか、坊主。森は本来危険なことがいっぱいなんだ。だから2度と行かないって約束しろよ?」
「うん、分かった!ありがとう、門番さん!」
門番さんに手を振りながら、隙間から街に入っていく。これから僕の身にどんな問題が待ち受けているのか知らずに………。
初投稿です。温かい目で見守っていただくと幸いです