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#記念日にショートショートをNo.28『消えた卒業式』(The graduation ceremony has disappeared.)

作者: しおね ゆこ

2020/3/14(土)ホワイトデー 公開

【URL】

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n4635id/)

▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/n1b0abd8bbfa4)

【関連作品】

なし

 自分は恥ずかしがり屋でも奥手でもない。言いたいことはズバズバ言うし、性格ははっきりしている方だ。今回だって、簡単に言えると思っていた。

➖あの日から、学校が無くなるまでは。



 2週間ほど前、クラスメイトの女の子からチョコレートを貰った。バレンタインだ。普段からよく話している子で、見た目はまあまあだけど、優しくておしとやかで、その子が笑うとその場がふわっとした空気に包まれて、……とにかく前からいいな、って思っていた。

そんな子からバレンタインにチョコを貰ったものだから、義理だとしても…多分義理だと思うけど……僕もついに心を決めたわけだ。3月14日の卒業式に、バレンタインのお返しにチョコレートをあげて、そして告白しようって。

 それなのに、最近巷を騒がせているコロナウイルスで、全国中の教育機関が停止させられて、2月いっぱいで学校は終わりになってしまった。大学受験が終わり、張り詰めた空気を和やかに溶かしてくれるはずの1か月は、突然消え去ってしまった。卒業式ももちろん例外ではない。

 僕のプランでは、卒業式のあと、帰り道を歩く君を偶然見つけた風を装って声を掛け、チョコを渡して「前から好きだったんだ」って告白する……つもりだったのに、突然学校がなくなってしまえば、チョコのお返しも告白も行き場を失ってしまう。

もちろん、その子の連絡先も住所も知るわけないし、取っ掛かりも手がかりもゼロだ。

僕の初恋はうたかたの恋になってしまうのか……。



 政府から「不要不急の外出は自粛せよ。」なんて通達が出ているものだから、3月は毎日のようにうちにいた。

うちでゲームしたり、母親に怒られて時々勉強したり、たまに家事を手伝ったり。

ろくな趣味も目標もなく、毎日のように暇を持て余していた。



 「(しょう)ー、ちょっと牛乳買って来てー!」

今日も母親からお使いを頼まれて、ランニングも兼ねて久しぶりに外に出た。

コンビニで牛乳を購入し、夕方の公園の中を走り抜ける。引篭生活を真面目に遂行しているのか、公園に人の姿はほとんど見えない。

 「まろゆー待って!!」

女の子の声のした方を見ると、飼い主の手からリードごとするりと抜けてきたワンコが、僕に向かって走って来ていた。 

「はい確保!」

しゃがみ込み、ワンコの顔を手で挟むようにして捕まえる。秋に亡くした愛犬にそっくりの、キャバリアのトライカラーだった。

「すみません、突然走って行っちゃって……。」

ワンコの頭を撫で回していると、女の子が息を切らしながら走って来た。

「いえ……。」

そう言いながら立ち上がる。

「って、葛西?」

ショートカットの女の子が、突然呼ばれた自分の名前に、驚いて顔を上げた。

「穂村くん!?」

会いたかった人が、突然目の前に現れたことに一瞬自我を失いそうになるも、慌てて会話を繋ぐ。

「なんで、葛西が、ここに?」

「だってこの公園、まろゆーの散歩コースだし。そういう穂村くんはなんで?」

「僕も、うち近くだし。今日は、母親に頼まれたお使いとランニング。」

そこまで話して、お互いに言葉が途切れる。なんとなく、歩くことでもどかしい時間を繋ぐように、並んで歩きながら言葉を探す。

「…あ、あの……バレンタイン!ありがとな。僕も返そうと思っていたんだけど、突然学校が終わっちゃって、どうすればいいかわかんなくて……。そうだ、連絡先、教えてくれない?チョコ返すときに、連絡したいから。」

お礼を言いつつ、さりげなく連絡先を訊ねる。好きな子の連絡先をゲット出来たら、それは充分な第一歩だろう。

葛西の顔を伺う。言葉にして言う前に、僕の気持ちがばれてしまったら……それはちょっと発射し損なった不発弾みたいだ。

 「葛西?」

葛西は空中に視線を浮かせたまま、押し黙っている。

「あのさ……」

「それって義理?」

言いかけた僕の言葉を葛西が遮る。真意が分からなくて首を傾げた僕に、葛西が下を向いて、もう一度続けた。

「…あのチョコ、穂村くんにしかあげてないから。」

驚きで見開いた僕の目に、夕日と同じ色をした頬が一瞬映る。

その瞬間、葛西はまろゆーを連れて前に走り出した。さっきの言葉が、もう一度脳裏に蘇る。

「おい待てよ!」

すでに距離が開いていた。夕焼けに溶けてしまいそうなその背中を、慌てて追い掛ける。

「葛西!」

遠ざかる背中に精一杯の声で叫ぶ。

「義理じゃないから!!」

ようやく止まってくれた君へ、走る。

前で待つ君に、おかしなリズムで胸が弾んでいた。

【登場人物】

●穂村 渉(ほむら しょう/Shou Homura)

○葛西(かさい/Kasai)


●まろゆー(Maroyu-):犬(キャバリア-トライカラー)

【バックグラウンドイメージ】

【補足】

【原案誕生時期】

公開時

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