とある惑星人類の場合3
「室長!」
「ん?」
思案に耽けていた中、遮ったのは無精髭を生やした若い男だった。
「こ、これを見てください!」
右側だけはみ出したシャツの裾を揺らし、つんのめりながら端末を差し出した。
「これは……」
端末に映し出されていたのは一つの論文。
ユニデニウムと命名された新元素、そしてあらゆるレーダー機能を受け流すという性質についての旨が記されていた。
「性質からして、内部機構もユニデニウムにせずとも装甲に採用するだけで効果を得られますね」
即座に共有された論文に目を通した部下の一人がそう言葉を漏らした。
室内がユニデニウムについての見解を話す為にざわめく中、室長は論文の作成者の名を見た瞬間に端末を握り潰しそうになった。
「アルドシア・フェブリス……! 十年ほど前から行方がわからなくなったと聞いていたが、こんな物を研究していたのか……!」
量子力学の権威としてだけでなく、その倫理観の無さと気性の荒さで名の知れた人物だった為、優秀ではあるが危険性を考慮され常に監視されていた人物だ。
アルドシアと同じく何かを探究することを生業としているからこそ、その悪名は常人に比べ良く知る者達ばかりの為に、室内は静まり返った。
「彼ならばやりかねない、と思わせることが恐ろしいですね」
若干震えながら放たれた部下の言葉に首肯で返しながら、室長は此れから起きるであろう悲劇を予想した。
(身の危険を感じ、クライアントへの腹いせに論文を世に解き放ったと考えられ無くもないが……核物理にも精通していた奴のことだ。どうせ関わっているアレの論文も何の躊躇いもなくとっくに開示している筈だ)
そもそもアルドシアが身の危険を感じる様な局面に陥るのかという疑問が脳裏に浮かんだが、今は関係がないと頭から振り払う。
(それに一切の躊躇いなく人体実験を行える様なあの男のことだ。四千万人以上の犠牲者を出したことも只の実験だとしか思っていないだろう。だが何よりも厄介なのは奴を信奉する破滅願望者ばかりのカルト共が居ることだ。オペレーターもカルトの一員だと考えれば……)
「まさか……!」
「室長?」
アルドシアの目的を理解した室長の頭には、部下の呼び掛けなど耳に入らない。
「我が国の友好国が被害を受けたというのもあるが、余りにも大き過ぎる惨状に対し、世論はこの事態を引き起こした連中への報復一辺倒だ」
「え、ええ」
困惑する部下を余所に室長は言葉を続けていく。
「報復を望む声は我が国に限った話ではない。更には未知の兵器を行使する相手に対しての自衛という名目で排除しようとする動きも当然ある。それらを自身の信奉者共を適切に利用すれば、奴自身の実験の場として最適な状況に持ち込める」
室内が一気に電子機器の稼働する音だけで支配される。
聡い者達ばかりだからこそ、室長の言わんとすることが出来た。
そうでなくとも、アルドシアという狂人を知っていればすぐに理解出来ただろう。
「戦争だ。史上類を見ない規模の」
一人の狂人を起点に始まる、世界を巻き込んだ混乱の世が開始されることを。