五話 小市民は魔法を否定する
「新たな世界の創造?」
宗教家としてはらしい言葉だがそれが何を指すかによって実現度は異なる。
例えばそれがウィズによる国を建国する意味であれば不可能ではないが、文字通りの天地創造であれば荒唐無稽としか言いようはない。
「あなた達はなぜ現実濃度の低下などという現象が突如起こったと思いますか?」
「それは自然の摂理って結論だっただろ」
現実濃度の低下が起こり始めて世界中の科学者がその原因を解明しようとしたが結論はそれだった…………つまり原因は全くわからなかった。
故にその現象は起こるべくして起こることだったのだと人々は思うことにしただけの話だ。
「否、神の意思です!」
だが目の前の男は違うようだった。
「神は今の世界を嘆き新たな世界の創造をせよとおっしゃっているのです! そして我々ウィズこそが新世界を創造するために選ばれた信徒!」
「…………なるほどな」
確かに起こったことをレイルズにとって都合よく解釈すればそうなる。
そして滅びの淵に立っているような今の世界の有様なら、それを信じようと考える人間も多いだろう。
ましてやそれがウィズであれば特別な力を得たこともあり自分が選ばれた人間だと勘違いもしやすい。
「それでその新しい世界の創造とその子が何の関係あんのよ」
「その子って?」
「そのいのりって子よ、こいつらの狙いは」
「!?」
驚きつつも鶴城は同時に納得する。いのりの力の破格さを考えればそういう背景があって然るべきだ…………もちろん、それと素直に渡すかは別の話ではある。
「で?」
夏奈火は視線でレイルズを促す。
「その方こそ我らが生み出せし新たな世界の創造主に他なりません」
「それは正気で言っているの?」
「もちろんです」
答えるその表情は真顔を通り過ぎて歓喜に満ちていた。
「神は我々に世界を再編するための力を与えました…………ですが残念ながら神ならぬ我々に新たな世界を創造するだけの力はない」
「当たり前でしょ」
ウィズは確かに超常的な力を持っているがそれでも人間の範疇だ。しかもその力は当人がウィズになった際の願望に影響されるので、そういう力を得るには世界を創造するという願望をあらかじめ抱いている必要がある…………まあ、目の前の男なら抱いたとしても不思議ではないが、それでも人間の扱える力には限りがあり世界の創造なんてとてもじゃないが及びつかない。
「ですから、我々は新たな世界を創造できる新しき神を生み出すことにしたのです」
その視線が鶴城の後ろに立ついのりへと向けられる。
「その子をあんた達が生み出したって?」
「ええ」
「いったいどうやってよ」
人間どころか神のごとき存在を生み出すなんて無理な話としか夏奈火には思えない。
「人々の祈りと彼ら自身の全てを用いて、です」
「っ、てめえ!」
それだけで鶴城は察してしまった。
「じゃあお前らが起こしたテロはっ!」
「ええ、全ては新たな神を生み出すため」
レイルズは鷹揚に頷く。
「今わの際に超常の存在へと救いを求める人々の祈り、そして混沌の海へと還った人々のエネルギーを集約することがその目的です…………もちろんそれも容易い道のりではありませんでした。あなた方もご存じの通り我々はこれまで幾度となく失敗して来たのですから」
自身の至らなさを悔やむようにレイルズは肩を落とす。それは周りの信徒たちも同じようで重苦しい空気を彼らは共有する。
「そう、あんた達はあれを失敗で済ませるのね」
「ええ、しかし価値のある失敗です。その道のりなくば我々は辿り着けなかった!」
こめかみに青筋を浮かべる夏奈火に気付かず、レイルズは声を張り上げる。
「そう、我々は辿り着いたのです! 新たな世界を創造する新たな神の誕生に!」
天を見上げ、その手を高らかに掲げる…………が、彼はその手を固く握りしめると勢いよく振り下ろす。
「ですが! 我々がようやく生み出すことのできたその方は! お迎えするその直前で奪い取られた! 奪い取られてしまったのです!」
憎々し気に、その視線が鶴城へと向けられる。
「…………」
ああ、なるほどと鶴城は理解する。あの時いのりが彼の元へ現れた理由も鶴城の願いを叶えるだけの存在であった理由もつまりはそれなのだ。
あの地獄のような光景で鶴城は神に助けを願った。もちろんそれは多くの人々がそうだったようにただの祈りに過ぎない…………だが、鶴城はあの時ウィズになった。その強い願いは世界を改変し…………今まさに生まれんとしていた神に届いた。
そうして彼の前に現れたのがいのりだったのだ。
「我らの希望を奪い去った罪は万死に値する…………ですがあなたも我々と同じく神に選ばれしウィズ。大人しく我らの元へその方を返すのならばその安河内を求めぬことを神に誓いましょう」
「いや死ねよ」
考える余地もなく即座に罵倒を鶴城は返していた。
「てめえみたいな狂信者にいのりを渡すわけねえだろうが」
「パパ!」
嬉しそうに後ろでいのりが顔をほころばせる。
「パパって…………まさかあんた」
それと対照的に夏奈火が訝し気に鶴城を見る。
彼女はずっといのりを鶴城の妹だと思っていたがそうでないことは今知れた…………そこに彼がパパと呼ばれているのを聞けばよからぬ想像をするの無理はない。
「いのりがそう呼びたがるだけでよからぬことはしてないから」
「…………ならいいけど」
言葉は納得しつつもその顔には疑いが残っていた。
「なんと貴様! 我らが神の父を名乗るのか! 何たる不敬! 何たる愚かしさ!」
そして当然ながらレイルズの方はより苛烈な反応を見せた。
「信徒たちよ! あの者の罪はもはや許されることはありません! 速やかに神罰を与えて我らが神を取り戻すのです!」
その言葉に従って信徒たちが再び銃を構えて鶴城へと向ける…………中にはどこから仕入れたのか自動小銃を構えているものまでいた。
流石にそこまでは対応しかねると夏奈火は顔をしかめる。
「夏奈火さん、万全に力を使えたらあいつらをまとめて吹き飛ばせますか?」
「え、そりゃ余裕だけど」
それができないから困っているのだ。
「いのり、普通の人達には影響が出ないように現実濃度を下げられるか?」
「はい、鶴城。問題ありません」
「なら頼む」
できれば頼りたくなかったがこの場では他に方法もない。
「え、まさかその子そういうことできちゃうってわけ?」
「できます」
夏奈火はレイルズの新しき神という話には半信半疑だったが、今鶴城がいのりにさせようとしているのはその証明に他ならなかった。
「それなら希望が持てるけど、それって向こうも力使い放題になっちゃわない?」
「そうなっても俺がいますから」
「ああ、確かに」
納得したように夏奈火は頷く。
「じゃあいつでもいいわよ」
「いのり」
「はい、鶴城」
答えると同時にいのりはその力を行使する。
「断罪を!」
レイルズが叫び信徒たちが引き金を引いたのはその直後だった…………しかしその頃には夏奈火が満足するくらいに周囲の現実濃度は低下しており、彼女は楽し気に唇を引きつらせた。
「ぶっ飛べクソ野郎共!」
声と共に彼女を中心として暴風が発生する。世界を改変して生み出されたその風は夏奈火の思うままに吹き荒れた。
それは放たれた銃弾を押し返し、さらにその銃を握る信徒たちを浮き上がらせて様々な方向へと吹き飛ばす。
「くぅううううううううう、やっぱり全力を出せるってのはいいわね!」
夏奈火たちも普段から力を使える環境を作っているとはいえそれは全力を出せるものではない。
もちろんその環境でもストレスを感じない程度に満足できてはいるが、やはりウィズにとって全力を出すというのは充足感が大きい。
「はん、まだ銃なんかに頼るなんて馬鹿じゃないの!」
自身を狙って放たれた銃弾を明後日に逸らし、代わりに手近な自動販売機を風で飛ばして放り投げてやる。
超常を操るウィズに対して通常の兵器で相手をしようなどと実に愚かしい行為だ。
「信徒たちよ、神に授けられた力を使うのです!」
そこでようやくレイルズが気付いて声を上げる。
「よう」
だがその頃にはすでに鶴城はレイルズの眼前まで近づいていた。
打ち合わせたわけでもないのに夏奈火は彼の信徒だけを吹き飛ばし、レイルズだけが孤立するように残されていた…………まるでボコれと言わんばかりに。
「この罪人が…………へぐぅ!?」
罵ろうとしたレイルズをとりあえず鶴城は右ストレートでぶん殴る。もちろんその一発では終わらない。左、右、左、交互に拳を振りかぶって殴り続ける。
「あのな、俺は小市民だ」
殴りながら鶴城は話しかける。
「あんなテロを起こしたお前らのことは許せないが直接ぶっ潰してやろうなんてつもりは無かった、それは警察とか対策機構の仕事だからな」
一般人の身の上では早期解決を祈るのみのはずだったのだ。
「だけどな」
レイルズの横腹を殴りつけながら鶴城は続ける。
「さすがに目の前に現れたらぶん殴りたいに決まってるよな?」
腰を落とし、大きく腕を引き、体重を乗せて殴り抜く。
会心の一撃とでも呼ぶべき見事さでレイルズの体が大きく飛んで地面へと倒れ込む。
「自分はやりたい放題やってやり返されることを考えたことは無かったのか?」
「お、おのれ…………っ!」
「お、頑丈」
あの水波という信徒よりもレイルズは耐久力があるらしい。
「天罰を受けなさい!」
「へえ」
どこかで聞いたようなセリフを吐いたレイルズを鶴城は平然と聞き流す。
「!?」
それだけでレイルズが驚愕の表情を浮かべる…………なにも起こらなかったがゆえに。
「教主様!」
そこに若い女の信徒が走り寄って来た。夏奈火の風によって散々振り回されたのかローブは所々が裂けて薄汚れている…………だが、その意思はまだ折れていないようで教祖を救わんとその目に強い光を湛えている。
「そいつを殺して!」
その信徒が叫ぶと同時に空間が歪んで巨大な熊のぬいぐるみが現れる。その力はいかなる願望によるものか、可愛らしい容姿のぬいぐるみの手には鋭いかぎ爪が長く伸びていた。
「消えろ」
それを鶴城は睨み、ただそれだけを言葉にする。しかしその効果は絶大でぬいぐるみは初めから存在しなかったように霞と消えた。
「き、貴様! まさか神から与えられし恩寵を否定するというのか!」
「ああ、俺が望む平穏な日常には必要ないものだからな」
明確に言い切る。今の世界を考えれば現実濃度の低下への耐性は必要かもしれないが、それに付随する改変能力は余計だ。
中世であれば便利な力だったろうが科学に発達した現代においては騒乱の元でしかない。
「あれ、まだ生かしてたの?」
「夏奈火さん」
ふわっと舞い降りるように彼女が鶴城の横に現れる。
「生かしてたって…………」
「流石にこいつらテロばっかやってる武闘派集団だけあって手強くってね。隔離しておいてる間にやっちゃって欲しかったけど…………そっか、あんたちょっと前まで一般人だっけ」
納得したように夏奈火は頷き、レイルズと女の信徒を見やる。
「でも流石は改変無効の能力ってところね」
二人がウィズとして無力からされていることを夏奈火は確認した。
「じゃ、後は私がやるわ」
そしてそう口にしてその手を横に振る。
すると一風が吹き、ざっくりとレイルズの腹が横に割れた。