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三話 高内夏奈火

 ウィズ対策機構の支部は駅から降りてすぐのバス停から最寄りの便が出ていた。

 ちょうどバスは出た直後だったが、バス停には屋根付きの待合所があってベンチもちょうど空になっている。


「ちょっと待つか」

「うん」


 次のバスが来るまでにそれほど時間が掛かるわけでもないし、鶴城はいのりとベンチに腰を下ろす。そのすぐ後に二人の隣に大学生くらいの女性が一人やって来て座った。


 後ろ髪をまとめた長めのポニーテールが特徴的で目を引く女性だ。


「あんたが上凪鶴城ね」


 座ってすぐにその女性は鶴城へと目も向けずに話かけて来た。


「っ!?」

「こっちを向かないで。そっちの子と会話してるように話してちょうだい」


 告げながら女性はスマホを取り出して自身の耳に当てる。それで鶴城が指示に従えば傍目からは二人が会話しているようには見えなくなるだろう。


 どうするか一瞬鶴城は迷うがとりあえずは従っていのり方へと視線を向ける…………にこりと微笑みを返されて少し和む。


「私はあんたの友人からの伝言役よ」


 鶴城が指示に従ったのを確認して女性は用件を切り出した。


「ええと、あなたは?」

「御子柴湊が今所属しているウィズのグループのリーダーよ。全く、所属した直後にグループのリーダーを使い走りにするんだからいい度胸してるわ」

「…………」


 ウィズのグループという単語に鶴城が警戒の色を強める。

 それに気づいたのか女性は心外な、とでも言うように顔をしかめる。


「警戒するのは当然でしょうけどウィズのグループがみんなテロを起こすような輩の集まりだと思わないで欲しいわね…………それともあんたの友人は喜々としてテロ組織に入団するような思想でも持ってたの?」

「…………いや、そうですね。すみません」


 少なくとも鶴城の知る限り湊はテロを起こすような人間ではない。

 敵と判断した相手には苛烈ではあったが、無関係な人間に迷惑をかけるのは嫌うタイプだ。


「素直でよろしい…………自己紹介しとくわね。私は高内夏奈火たかうちかなか。気ままな風っていうウィズのグループリーダーをやってる」

「上凪鶴城です。こっちはいのり」


 向こうはすでにこちらの名前を知っていたが、礼儀として鶴城も返す。


「それで私たちのグループだけど名前の通り気ままに生きたいウィズの集まりよ。国に囚われずにほどほどにウィズの力を使って暮らしたいってだけ」

「…………でも、力を使うには楔を壊す必要がありますよね?」


 ウィズは本能的に力を使いたいという欲求があるのは鶴城も知っている。

 しかし当然ながらウィズがその力を使うには現実を固定している楔と呼ばれる装置が邪魔をする。


 けれどそれを壊せばウィズではない一般人たちは現実濃度の低下に耐えきれず溶けてしまうのだ。


「別に楔を完全に壊さなくても力は使えるわ。楔はあくまで現実を固定する装置であってそれを改変する私たちの力を封じてるわけじゃないしね…………現にほら」


 夏奈火が空いた左手を軽く払うとそれに合わせたように風が吹いた。


「まあ、流石に楔が完全に機能した状態じゃ大したことはできないけどね…………でも逆に言えば楔の機能をちょっと落とすだけでも自分達が満足できるくらいに力は使えるの」


 それくらいなら一般人への影響はほとんどないし、そもそも人が近寄らない場所を選んでやっていると夏奈火は説明した。


「なるほど」


 もちろんそれも犯罪ではあるし人への迷惑がゼロということもないだろう。だがそれでもウィズによるグループがテロ集団だけではないということは納得できた。


 つまるところ彼女らの集団はスポーツクラブのような方向性なのだろう。


「それで伝言ってなんですか?」

「別に大したことじゃないわ」


 もったいつけずに夏奈火は続ける。


「簡潔に伝えるなら問題なく無事にやってます、それだけよ」


 別れてからウィズ対策機構に捕まる事無く過激でもないウィズのグループに落ち着けた。

 だから心配はしなくていいという友人への安否報告だ。


「それとあんたの性格的にウィズ対策機構に近づいてるかもしれないから、忠告するようにとも頼まれたわね」


 夏奈火がそう口にしたところで目の前にバスが到着する。


「…………」

「確かに必要な忠告だったわね」


 呆れる様な視線が横に向けられつつ、鶴城は対策機構行きのバスが再び発進していくのを見送った。


「あの」

「なに?」

「ウィズ対策機構の何が問題なんですか?」


 現状の印象だと鶴城には湊たちが警戒する理由がわからない。


「とりあえず、あのバスに乗って対策機構の建物に近づいていたらあんた達は調査対象のリストには載ったでしょうね」

「え!?」


 なぜそうなるのかわからず鶴城は戸惑う。


「ウィズ対策機構なんて周りに他の施設があるわけでもないし基本的に用もなく近寄る場所じゃないでしょ? そんなところに近づくのは関係者か対策機構がどんな場所か気になった隠れウィズくらいのもんよ。だから対策機構に近づいた一般人はチェックされて調査される…………もちろんそれで100%ウィズが見つかるわけでもないけど、未登録のウィズを当てもなく探すよりは確実よね」

「…………」


 反論したいが正に鶴城がその隠れウィズなので何も言えなかった。


「で、でもそれが事実だとしても国への登録を強制されるだけですよね?」


 今のところウィズであることを隠すのは犯罪というわけではない。

 強制というと嫌な言い方になってしまうがそもそも登録は国の法で定められた義務だ。


 それに登録したところで普通に暮らすことが出来るし公職についているウィズだっている。


「なるほど、こりゃ湊も心配になるわけね」


 夏奈火は溜息を吐く。


「確かに国に登録したウィズにも自由に暮らせる人間はいるわ…………でもそれはごく一部の話よ。国に登録したウィズが最初に送られる場所をあんた知ってる?」

「送られる場所って…………?」


 そもそもなぜ送られるという話が出て来るのかすら鶴城にはわからない。


「あんたもしかして登録したらそれですぐに解放されるとでも思ってたの? 登録されたウィズはまず対策機構の本部の方に送られるのよ…………これからウィズとして暮らしていく上での規則なんかを学ぶって名目でね」


 それだけならしょうがないと言える範囲なのではと鶴城は思ったが、これまでのパターンからしてすぐに否定されるのが分かっていたので何も言わなかった。


「言ってしまえばあそこは収容所みたいなもんよ。出られるのは国への忠誠を認められて安全と判断されたウィズだけ…………ほとんどのウィズはそこで収容されたままウィズに関する研究の為の実験体して扱われてるわ」

「いや、そんな…………」


 さすがにすぐには信じられない話だ。ウィズ対策機構は公的組織であり、それが事実であれば国がウィズに対してそういった仕打ちを行っているということだ。


 彼の知る限り今日本を運営している政府はディストピアの独裁者ではなくまともな組織である。

 それがそんなことをしているといきなり言われても困惑するしかない。


「ま、信じるも信じないもあんたの自由よ。私は湊から伝言を頼まれたから伝えるだけであんたに義理があるわけじゃないいしね…………まあ、そっちのかわいい子まで巻き込まないようにはして欲しいとは思うけどね」


 いのりへと向けるその視線はとても優しいものに見えて、今しがた聞いた話を荒唐無稽と否定する気分にはならなくなった…………それを事実と認めると鶴城の望んだ日常は遠いところへ行ってしまうのだけれども。


「で、私の用件は終わりなわけだけど……………あんたこれからどうするの?」


 義理がないと言っておきながらそういう事を尋ねてしまう辺りが彼女の人間性なのだろう。

 よくよく考えてみればリーダー自ら新人の伝言役を買って出ているのもその人柄が出てしまっている気がする。

「ウィズであることは隠したまま平穏に生きていければいいなと」


 ウィズになっても鶴城が望んでいるのは結局それだけだ。


「まあ、それが無難ね。正直あんたがうちのグループに入りたいって言いだしてもちょっと悩ましいところではあるし」

「俺の力を知ってるんですね」

「港を恨まないであげてよね。流石に私も本人が直接行きたくない理由を話してくれないと引き受けられなかったしね」


 湊が鶴城と会いたくない理由がその能力ゆえに、直接会うことになる夏奈火としては理由を聞かねば危険と判断するしかなかったのだろう。


「やっぱり俺の力はウィズには嫌われますか?」

「そりゃま願望に否定みたいな力だからね」


 ウィズの能力の根底にあるのは本人の強い願望だ。

 その能力を無効化されるということは願望の否定であり不快でないはずもない。


「もちろん全員が全員そうってわけでもないよ。例えば私なんかはそういう力もあるだろうねとしか思わない…………でもあんたの友人みたいにコンプレックスが願望に繋がってるようなウィズだと忌避感は大きいだろうね」


 ようやく解消されたと思ったコンプレックスを戻されるかもしれないからだ。


「だからまあ、逃げて居場所を探そうとするよりは今の状態を維持する方向の方が正しいだろうね。別にあんたは力を使わなくてもストレスを感じないんだろう?」

「それは、はい」


 そもそも力を使うような状況が鶴城の願望と反しているがゆえに。


「後はもちろん対策機構に行って自分からウィズとして登録するのも一つの選択肢ね。あんたの能力はあいつらには有用だろうし国への忠誠をしっかり示せば自由にもなれるかもね…………まあ、そうなったら全てのウィズから真っ先に狙われる対象になるでしょうけど」


 その場合は湊も夏奈火も鶴城の情報を明かすことは躊躇わないだろう。


「流石に友達は売りませんよ」


 だが考えてみれば鶴城がウィズだと明らかになることで湊の情報を明かすように強要されていた可能性もある…………不用意に対策機構に近づこうとしたのはちょっと考え足らず過ぎたなと鶴城は反省した。


「それがいいわ。じゃあ用も済んだし私はそろそろ…………あー」


 立ち上がろうとしたところで夏奈火は何かに気づいたように動きを止める。


「どうしました?」

「あんた狂信者共に恨まれるようなことは…………あるわね」

「…………ありますね」


 先日駅でその狂信者の一人を叩きのめしたばかりだ。

 その様子は湊も見ていたようなので夏奈火も聞いているのだろう。


「その狂信者共にちょっとそれなりの数で囲まれてるわ」

「…………」


 恨まれる理由はあっても居場所が掴まれる理由が鶴城にはわからなかった。

 あの水波とか言う男から二人に関する記憶はちゃんといのりに消してもらったからだ。


「しょうがないわね」


 そう呟いて夏奈火は立ち上がる。


「私が話をつけて来るわ。だからあんた達はここでじっとしてなさい…………くれぐれも動いちゃ駄目よ? 騒ぎになったらあんたが望む平穏とやらはどっかへ行くからね」

「あ、はい」


 鶴城が頷くと夏奈火は面倒なことになったとぶつくさ言いながら歩き出す。


「…………いい人だな」


 その後ろ姿を見ながら鶴城は呟く。


 隣でいのりもこくりと頷いていた。


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